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3.一人目の犯罪者

 ライツが二人の拠点として用意していたのは、十階建ての賃貸マンションだった。

 3LDKの間取りで、バスとトイレは別。立地は駅前とあって結構な賃貸料の物件であったが、人間界の物価に詳しくない二人には、そんなことは知る由もない。

 一体どこから金を調達してきたのか、という疑問はあったが、二人はあえて考えないようにしていた。拠点のマンションでは、ライツが常に待機してくれている。自分たちは犯罪者を捕まえることだけを考えれば良いのだ。

 エントランスを出た二人は、ビルの谷間からわずかに覗く夜空を見上げた。こちらの世界は、獣人界と比べて空が近い。鉛色のビル群が、そう錯覚させているだけなのかもしれないが。

 獣人界と人間界の生活はかなり似ている部分もあるのだが、やはりこちらの世界には緑が圧倒的に足りない。任務を早く終わらせて、故郷の土を踏み締めたい。口にはしなかったが、二人は同時に同じことを想った。


「今日こそ見つけるぞ」

「ああ。これ以上時間をかけて、獣人王様を失望させてしまうような事態だけは、絶対に避けたいしね」


 彼らの凛々しい表情から滲み出るのは、不退転の意志。に違いないのだが――。


「その決意の割には、今日もソフトクリームをペロペロかいっ!? 真面目にしてよ!」

「うるさい。俺の頭が糖分と冷たさを求めているんだ。これ以上適正な食べ物は他にないだろう」


 マンションの冷凍庫の中には、フェリクスが近くのコンビニで買い溜めたソフトクリームが大量に詰められていた。ライツが「他の食品ガ入らない」と小言を洩らしても、どこ吹く風といった様相だった。

 フェリクスはこの三日で、既に八つもソフトクリームを食べている。いや、もしかしたらイルメラの知らないところでも、こっそりと食べているのかもしれない。


「あーもう、わかったわかった。溶けるからさっさと食べちゃいな」


 既にソフトクリームは半分なくなっている状態なので、置いてこいと言うには(いささ)(はばか)られる。そんなに冷たい物を食べて腹は大丈夫なのか、と思わず小声で洩らすイルメラだった。






 駅前の大通りから少し外れた路地。住宅地に入る手前辺りを、人間に扮した二人の獣人は歩いていく。人目に付きにくい場所の方が、犯罪者たちがいる可能性は高いと踏んだのだ。

 黙々と歩き続ける彼らだったが、大通りから外れて三分ほど歩いたところで同時に足を止めた。


「……イルメラ」

「あぁ、わかっている」


 近くの電柱に素早く半身を隠し、息を殺す二人。極限まで気配を消し、闇と同化する。

 二人の視線の先。長い髪を金色に染めた少女が、二人の方に向かって歩いてくる。

 濃いピンク色のキャミソールに、白色のタイトなスカートという格好の少女だ。踵の高いミュールはバランスが取り難そうだが、慣れているのか歩くスピードは早い。彼女の顔を彩るメイクは濃い目で、睫毛も、瞬きをすると音がするのではと思うほど長かった。

 その彼女の背後に、急に背の高い男が現れた。男がどこから現れたのかを確認していた二人は、表情を固くする。民家の屋根上から飛び降りてきたのだ。明らかに普通の男ではない。

 さらに二人は、男を見て小さく息を呑んだ。まるで苔を彷彿とさせる不気味な肌色をしていたのだ。それだけではない。顔や腕などには、人間にはない鱗がビッシリと張り付いている。

 鱗の男は、満月のような黄色の瞳をギラリと鈍く光らせた。

 刹那。 

 男は金髪の少女目掛けて、鱗で覆われた手を素早く伸ばす。

 手の先には鋭い爪。彼の手は、少女の頚椎を狙っていた。

 フェリクスが飛び出したのは、その時だった。


「ぐっ!?」


 突然、男が呻き声を上げる。男の手が少女に届く直前で、フェリクスが横から強く手首を掴んだのだ。


「えっ!?」


 そこで男の声に気付いた少女が振り返る。フェリクスに掴まれている男の異形な姿を確認すると、その双眸が大きく見開いた。


「きゃ――」

「おっとゴメンよ」


 少女が悲鳴を上げる直前で、イルメラが後ろから少女の口を塞ぐ。ここで悲鳴を上げられてしまうと、人が集まって来かねない。そうなると厄介だ。

 少女は身をよじらせて懸命に抵抗を試みるが、イルメラはまったく動じない。イルメラは少女の腹を軽く殴り、さらに首元を軽く絞めて昏倒させる。少々乱暴であるが、この場合仕方がない。イルメラが気を失った少女を道の端に移動させたところで、ようやく男は声を発した。


「お前ら、もしかして!?」

「やあぁっと見つけたよ脱獄犯め。このままおとなしく、あたしらと向こうの世界に帰ろうよ。そしたら痛い目に遭わずに済むよ?」

「…………」


 鱗の男は答えない。無言のまま、フェリクスに掴まれていた腕を乱暴に振り払う。そのまま刃物のような鋭い眼光で、二人の一挙一動を見逃さまいと凝視する。

 フェリクスも睨み返しながら、ライツから事前に得ていた、脱獄した五人の犯罪者に関する情報を思い出していた。


『脱獄したノハ、虎、鷹、(わに)(ひょう)、そして狼の獣人の五人デス』


 容姿から察するに、この男は鰐の獣人だろう。


『鰐の獣人は獣人界で四件の殺人事件を起こシ、服役中でシタ。いずれも些細な喧嘩が原因だったようデス。性格は非常に頭に血が昇りやすク、凶暴。名は――』


「アルガル」


 フェリクスの口から出た名を聞き、男の肩が小さく震える。瞠目したまま、鰐の獣人は口を開いた。


「俺の名前を知っているってことは、やはりお前ら、獣人界の――?」

「人間を食らったのは、お前か?」


 フェリクスはアルガルの問いに答えず、質問で返す。フェリクスの言葉に、アルガルの瞳孔が細くなった。


「ちっ、先を越されたか」


 忌々しげに、そして悔しげに、アルガルは小さく舌打ちをした。人間を襲ったのはアルガルではないということは理解した二人だったが、これから彼も人間を食らおうとしていたことも、その返答で同時に読み取る。


「あたしたちは誇り高き獣人だ。同族に近い人間を食べるなんて、許せない」


 空気を震わす、イルメラの低い声。しかし彼女の凄みを利かせた声を、アルガルは一笑に附した。


「人間の、若い女のな」


 アルガルの口角が不気味に吊り上がる。

 生温かい風が吹き抜け、この場にいる者の全身を等しく撫でていく。


(はらわた)を食べると、な。俺たち獣人は、凄い力を手に入れられるそうだ」


 アルガルが吐いた(にわ)かには信じられない言葉に、二人は同時に息を呑んだ。

 出鱈目を――。

 フェリクスは否定しようとしたのだが、男のやけに自信に溢れた表情が引っかかり、その言葉は腹の底へと落ちていく。


「だからよ。そこにある『強くなれる食料』を、俺によこせ!」


 アルガルの全身が膨れ上がり、服が大きく裂けた。

 彼の服の下から現れたのは、苔色の屈強な肉体。尾骶骨(びていこつ)付近からは丸太の如く太い尻尾が勢い良く伸び、アスファルトの上でとぐろを巻く。そして、アルガルの顔も大きく変貌した。

 前に大きく突き出していく口。何本もの鋭い歯。感情の読み取れない目。

 その姿は、人間がリザードマンと呼ぶ、架空の生き物に酷似していた。

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