表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/26

19.獣人界

 男は、乾いていた。

 それは自身の中に流れる野性の血が、そう思わせているだけなのか。

 それでも、錯覚でもいい。男は衝動に従った。

 男の渇望は、日に日に強くなっていく。

 破壊を。死を。そして再生を。

 願いは、もうすぐ成就されるはず。

 乾きは、潤されるはず。








 再び扉の中を潜ったフェリクスたち。

 来た時と同じく光の波に攫われながら、四人は互いに手を握り合っていた。

 ウルステッドの話を聞いた今、この光の道の中は非常に危険なものにしか思えなかったのだ。仮にはぐれてしまったら、道具を持つライツを除く三人は、もう元の時代に戻ることができない。四人は握った手を絶対に離さまいと、力を込めていた。

 来た時以上に、次元トンネルの中は長く感じられた。






 永遠ともとれる時間が過ぎた頃、ようやく光の終着点が四人の視界に飛び込んでくる。四人は緊張で強張らせていた表情を緩め、光の外へと出たのだった。

 出た場所は、外だった。

 眼前には、巨大な白い石を幾つも積み上げて作られた十メートルはあろうかという壁が、延々と続いている。端が視認できないほどの長さだ。加えて、高さもかなりのものである。

 圧し掛かってくるような存在感を醸し出すそれは、普段は城壁の内側で過ごしている三人にとっても、物珍しい光景だった。


「ここが、フェリクスさんたちの住む世界――」


 周囲を見渡しながら、霧羽が呟く。

 壁の周囲は荒地だった。茶の大地が延々と続いているが、かなり遠方には掠れた緑の山が広がっている。

 この荒野を見る度に、フェリクスは獣人王に拾われた時のことを思い出す。

 あれは、ここからどれくらい離れた場所で起こった出来事だったのだろう。その時のことについて、獣人王に直接尋ねたことはなかった。しかしその疑問も、すぐに頭から消す。今は感傷に浸っている場合ではない。


「どうやら城壁の北東部に出てしまったようですネ。ここから一番近い街の入り口は北門デス。急ぎまショウ」


 周囲を注意深く観察していたライツが、すぐさま現在地に当たりをつけて告げる。そのタイミングで、乾いた北風が皆に吹きつけた。


「うえー。もしかして歩くの?」


 靡く赤毛を押さえながら、イルメラが口を尖らせる。確かに彼女だけなら、翼を使って飛んでいく方が遥かに早いだろう。


「お前が俺たち全員を城まで運んでくれるのなら、楽できそうだけどな」

「……歩きます」


 さすがにこの高さの壁を越え、さらに三人を往復で運ぶ労力と比べると歩いた方が良いという判断に至ったのか、しぶしぶとイルメラは言うのだった。


「それに獣人王様のことも心配だが、街の様子も一応見ておきたいしな」

「確カニ。本来この世界に存在していなかった霧羽さんがここに来ることデ、何か変わってしまっていないカ、そこは気になりますネ……。彼女の存在は、獣人王様でさえ予測できなかったものでしょうシ」


 言いながら、ライツは白の鼠の獣人へと戻る。その様子を目の当たりにした霧羽は、思わず息を呑んだ。


「ライツさんは、鼠だったのですね……」

「ハイ」


 少し照れ臭そうに頭を掻くライツ。続いて、フェリクス、イルメラも元の姿へと戻った。異なる三人の獣人の目が、霧羽に向けられる。


「霧羽ちゃんは、無理そう?」


 問われ、霧羽は目を閉じた。眉間に皺を寄せ、獣人の姿に戻ろうと何とか試みる。だが、彼女の身体に変化は起きない。申し訳なさそうに霧羽は項垂れた。

 霧羽が獣人の姿に戻ったのは、オンヴァに傷付けられ、命の危機に瀕していた時だ。人間の姿になったのも、彼女が気を失っている時。

 霧羽は、自分の意思で姿を変えることがまだできなかった。かといって元の姿になるためにわざわざ再度霧羽の命を危険に晒すようなことは、当然ながらできるものではない。


「ごめんなさい。どうやって姿を変えるのか、よくわからないです」

「無理もありまセン。霧羽さんが自覚してからまだ一日も経っていないのデス。しばらくはこれを頭に被っていてくだサイ」


 ライツが差し出したのは、首元まで隠れる深めの帽子だった。つばの部分も長く、下から覗きこむようにしないとすぐに顔は見ることができない。


「まったく。こんなのどこで入手してたんだよ?」

「もちろン、あちらの世界デス。衣服に関しては()の方が、圧倒的にデザインが富んでおりますからネ。ウィンドウショッピングもなかなか楽しかったですヨ」

「そうかい……」


 にこやかに言う世話係に、イルメラは脱力しながら答えることしかできない。

 自分は任務で女らしさとはまったく無縁の生活をしていたのに、この鼠は何を密かに楽しんでいたんだ、と若干黒い気持ちを乗せて溜め息を吐く。


「さあ、行くぞ」


 女達の話を遮りフェリクスが歩き出すと、皆もそれに続いた。





 

 歩き始めて、約十分。城壁の端がようやく皆の視界に入る。


「はぁ。やっと見えたね。これならやっぱり私が皆を運んだ方が良かったかな」


 イルメラが呟いたその時、風向きが北から西に変わる。少し強い風だ。帽子が飛ばされないように霧羽は慌てて頭を押さえた。次の瞬間、霧羽は前を歩いていたフェリクスの背にぶつかってしまった。


「あ、ごめんなさい」


 謝る霧羽に、しかしフェリクスは反応しない。そもそも霧羽がぶつかったのは、フェリクスが急に立ち止まったからだ。


「フェリクスさん?」

「……何か、ヤバそうだな」

「ええ、そのようデス」


 フェリクスとライツは、険しい顔で城壁を見上げている。一体何が起こったのか、霧羽にはまったくわからなかった。


「あの……」


 不安げな顔をする霧羽に、フェリクスは低い声で言った。


「血の臭いがする」


 その一言に、霧羽とあまり鼻の利かないイルメラの顔が強張った。


「本当かい!?」

「あぁ。さっきまでは風向きが違ったから気付かなかったんだが、これは間違いない」

「それもこの濃サ……。一人二人ではありませんネ」


 ライツも険しい顔で続けた。

 そもそも普通の人間より数倍鼻の利く獣人とはいえ、離れた場所で誰かが血を流したところで、その全ての臭いを感知できるわけではない。


「あたし、見てくる」

「頼む。俺たちはこのまま北門に向かう。くれぐれも気をつけろ」


 フェリクスの忠告に頷き、イルメラは翼を広げて舞い上がった。







「今日は風が強いね」


 吹き付ける強風に煽られつつも、イルメラはものの数秒で城壁を見下ろせる高さまで上昇した。

 イルメラの足元に広がるのは超巨大城塞都市、ウォクオート。ここがイルメラやフェリクスの故郷でもある。その故郷の街が、異様な雰囲気に包まれていた。

 多数の獣人たちが住まうこの世界の中でも、ウォクオートは特に大きな街だ。だがおかしなことに、今は声一つ街から聞こえてはこない。広がるのは不気味なほどの静寂。

 高度を下げたイルメラは、思わず息を呑んだ。そして、先ほどフェリクスとライツが言っていたことが本当だったのだと確信する。

 街の通りという通りに点々と広がるのは、どす黒く変色した赤。その血の上には、無数の獣人が横たわっていた。

 ある者は腹を裂かれ、ある者は手足を切断され、ある者は頭と胴体が切り離されている。遠目で見ても彼らが絶命しているのは明らかだ。


「何だよ、これ……酷い。どうして、こんな……」


 眼下に広がる光景に、イルメラは吐き気すら感じた。ウォクオートの街で何が起こったというのか。わかるのは、大量殺戮が行われてしまったということだけだ。

 イルメラは屋根に身を隠すようにして飛行を続ける。

 この惨劇を引き起こしたのは、一体誰なのか。そもそも何故、このようなことを。

 様々な想いが頭の中を往来する中、イルメラはどこかに生存者がいないか探し続けた。しかし通りのどこを飛んでも、彼女の目に飛び込んでくるのは獣人の遺体ばかりだった。

 もしかしたら『犯人』は今もこの街のどこかで、命を刈っているのかもしれない。ひやりとした感覚が彼女の全身を駆け巡る。

 イルメラは一度フェリクスたちの元へ戻ることにした。もし仮に『犯人』に見つかり標的にされてしまったら――という不安が、彼女を襲ったのだ。まずはこの街の状況を皆に報せなければ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ