~出会ってしまった二人~
オレの名前は石村匡史。
一応5年前に始めた個人の建設業を営んでいる。
事業も上手くいき子供も三人生まれた。この時には子供はいたけど。
毎日が楽しかった。
そんな時間がずっと続くと思っていた。
そんなとき最近の不況の煽りをモロにくらった同業者に騙され……いや、騙された、時代の変化についていけなかったオレがきっとダメだったんだな。世の中はここから未入金や倒産をよくメディアで見かけるようになったし……。
結果から言えばお金が貰えなかった。貰えなくても従業員や材料屋への支払い蓄えは瞬く間になくなった。ついには滞った。不況への加速からまったはきかなかった。
一千万の借金を背負うことになってしまった。
何度も元請けさんのところに足を運んだがすまんと頭を下げるばかり。向こうも辛かったのだろうそのうちに夜逃げしてしまった。情報が入ったのが少し遅くオレが行った時には全て銀行に差し押さえられていた。
矢沢永吉の名言ですべてが灰色に見えた。なんて一節があるけど本当にそんな状態だった。
しかしそれでもオレは腐らずに働いた。今まで以上に働いた。奥さんも頑張れと励ましてくれた。
そのかいあってか銀行が借金の満額ではないが融資してくれることになった。
だがこの満額じゃないってとこが本当の落とし穴だった。
貸してもらえた金額は六百万。当然六百万は右から左。そして残った四百万。借りた金で支払えたという情報は広がり、ナゼうちにはない。あるなら払え。払えなかったとき以上の罵倒が飛び交うようになった。
何度も頭を下げた。何度も分割の支払い方法を相手に提示した。そして支払いを滞らないという条件でどうにか納得してもらえた。
マイナスとは言えやっと新たなスタートラインに立てたと思ったとき奥さんが倒れた。
精神からくる過労だった。
借金を背負ってから今日までで一年。かなりな負担をかけていた。
幸いなことに精神に異常をきたすほどではなかった。
退院からひと月が経った頃離婚しようと言われた。何度も考え直してくれと懇願したが、ずっと考えてたことだからとそれ以上の会話にはなれなかった。
オレはそれを了承した。
離婚届に判を押してから何日か経った頃奥さんから会いたいと連絡が入った。
養育費の話だった。話し合いの末月に十万払うことになった。
どん底だったがまだなんとかなると自分を奮い立たせ仕事に打ち込んだ。
まだオレの不幸は終わらなかった。
あくる日中学校の同級生と再開した。昔話に花が咲き今こういうことやってるんだよなどという会話になった。
そしたらそいつがオレもだ。もしよかったらうちのも使ってくれよ。などというたわいもないことでこの時は解散した。借金は背負っているというもの仕事は尽きることなくやれていたとき、またそいつに再会した。
話の流れで一緒に働くことになった。
ちなみにこいつはガキの頃からチンピラ気質な奴だったが、働くことで変わる人間も何人も見てきたから大丈夫だろと、この時オレは甘く考えていた。
数日が経ち建設資材がなくなっていることが頻繁に起こった。
こんなことこの業界ではよくあることとさほど気にしなかった。
そしてそいつが警察に捕まった。
薬所持及び使用。そいつは麻薬中毒だった。
元請け業者のところへ謝りに行くと、そんな奴を使っていたのかと、二度と来るなと放り出された。
当然貰えるものも貰える訳もなく、更に仕事も失った。信用とともに。
すべてがどうでも良くなった。
働く気力もなかった。
死んでもいいとさえ思った。
僅かな蓄えがつきそうになり絶望のまま実家に戻った。
引きこもってる間借金は親が立て替えてくれていた。
結局半年引きこもった。
また働こうと思ったキッカケは忘れてしまったが、なぜか働かなくてはいけないと強迫観念に駆られ親父に働きたいと伝えた。
親父は何も言わず明日から来いと言ってくれた。親父もまた同業種をしている。
言いたいことは腐るほどあったはずなのに全てを飲み込んで、いい年したバカ息子を受け入れてくれた。
ありがたかった。
働き始めてからはまず関係していた人たちに誤った。
真実を伝えたらみんなもっと相談しろとか頑張れよとか暖かい言葉がかけてもらえた。
嬉しくて一人で泣いてしまった。
元奥さんにも連絡した。長い沈黙の後ため息混じりに生きてたならいいか……。来月から頼むぞ。といい電話を切られた。一言も責められなかった。
腐っていた自分を殴りたかった。
世の中はこんなに暖かいのに何を腐っていたのかと。
迷惑をかけた会社を含め全てに誤っているとまた来いよ。こんなのあるけどどうだ。と仕事をふってくれる人がまた出てくれた。
そこからは仕事を頑張ろうと必死に見積もりした。それを持っていくとぱっと見ただけでできる金額のを持って来い。と笑いながら返された。
それからは適正な金額、適度な儲けを見込める自分に無理のない見積で話が通るようになった。
また頑張れる気がした。事実頑張ったし、頑張れた。
そんな日々が続きどうにか生活が安定した頃、欲が出た。
月々の安定した仕事。月々の返済、養育費。そして仕事終わりの一杯。そんな世の中のあたり前があたり前になり、性欲が出てくるようになった。
2年前奥さんと別れてからと言うもの忙しさの中に埋もれあまりなかったのだ。あまりと言うのはたまに自分で処理すれば問題ないレベルだったのだ。
だが元々オレの性欲は強く彼女がいたときはほぼ毎日セックスしていた。これは結婚しても変わらず求めた。でも浮気していた訳ではないとここに記しておこう。
自分の性欲に気付いたときには止められなかった。返済等で残った金で風俗に行った。体は満たされた。そんなのが何ヶ月か続いた。
そしてまた満たされてない自分に気付いた。
一時の肌の触れ合いでは満たされなかったのだ。心の渇きが。でも気付いたからといって簡単に彼女が出来るわけでもなく色々なことを試した。料理教室に通ったこともあった。仕事の都合上毎回行けることもあったが行けないことも多々あった。大体二回休みが続いたらやめていた。
そんな時たまたま現場に来ていたよその業者の若い奴が休憩になるたびに携帯を弄っていた。何回もそんな姿を見て毎日弄ってるけどゲームでもやってるのかと訪ねてみた。するとゲームであったりつぶやきのSNSサイトでバカなことを書き込んでみたりと、取り敢えず退屈はしないですね。と返事が帰ってきた。
仕事が忙しくそんな会話をしたのも忘れていたのだが、ある日その話を思い出した。その日は仕事が順調で定時より少し早く家に帰れた。早く帰れたといってもそのまま見積作成を始めたのだが…。最近の材料は多種多様で自分が使ったことのないもので溢れているが、インターネットで調べればなんでも分かった。いつものようにインターネットを立ち上げたら普段は無視している画面脇の広告が目に入った。この時になりいつかのあんちゃんが言ってたことを思い出した。本当になんとなくな気持ちでパソコンの脇に置いてあった携帯を手に取りそのSNSを取り入れ、始めてみた。
そしていざ始めてみると使い方が全くわからなく適当に弄ってやっと投稿は出来た。そして投稿だけしていた。ただそれだけのことだったがいつの間にかフォロワーという欄の数が増えていた。よくわからないまま右はじの+マークの所を押して行った。所謂相互フォローというやつだ。知らずにやっていたのだが。
たまに弄っては投稿、そしてフォロー。それだけ誰とも絡みはない。そんなのがずっと続いた。そんな時可愛いトップ画像の女の子、名前はちいから返事があった。もうこの中には機械、ロボットしかいないのかと諦めていたところだったし、初めてだったので素直に嬉しかった。そしてオレも返事を返した。それからはオハヨ、おやすみに始まり些細なやり取りをすることが出来た。楽しかった。単純なものでちいから仕事がんばれと来るだけで一日が楽しく頑張れた。
あくる日ちいが悲しんでる投稿があった。話を聞いてくと、どうやらちいはアイドルだったのだ。と言っても頭に売れないがつくらしいが。学校で一番可愛い女の子が全国から千人、一万人集まったらちいは何番目なのと苦しんでいたのだ。オレの狭い世界では一番可愛くてももっと上の世界では通用しない。それはなんとなくわかった。最近のテレビは確かに可愛い女の子で溢れているから。でもオレは挫けるな頑張れと励ました。
ちいはこのとき二十歳。高校もろくに行かず、ダンス、楽器、声と一日の大半を稽古で埋め、残りはアルバイト。たまに入ってくる仕事は地方巡業。この年まで誰の目にも止まらなかったんじゃもうダメかな。などと心身ともに疲れきっていた。オレは毎日励ました。がんばれ。がんばれと。その甲斐あってかちいは少しずつではあるが笑顔が戻ってきたらしかった。笑顔といっても営業スマイルのような作った笑顔ではなく普通の笑顔。そして心からの笑顔は人の目にとまる。とまったのだ。少しずつではあるが仕事は入るようになった。
そんなお互い充実した生活が続いた数ヵ月後、ちいの方から連絡が入った。この時にはお互い電話のやり取りもするようになっていた。話がそれたがちいがあってお礼がしたいと言ってきた。しかしオレは北関東ちいは関西お互いの距離的な問題や毎日の生活がありオレは気持ちだけ受け取っとくと直接的ではないが断った……はずだった。季節は九月。その年は月曜に二十日の敬老の日、国民の休日、秋分の日と土曜から数えると五連休あったのだ。それの始まる前の金曜にちいから連絡が入った
「今どこにいるの?」
「うちだよ」
いつもの何気ない会話の始まりだと思っていた。しかし次の瞬間オレの考えは打ち砕かれた。
「小山駅に着いたから迎えにきて」
「………は?」
「だから、新幹線乗って来ちゃった」
「…………」
「早く早く。あ、ほらイケメンさんこっち来たよ。早く来ないとちいイケメンさんに連れてかれちゃうよ」
どんな脅し文句だよと悪態を吐きつつも顔はにやけてしまっていた。すぐ行くと電話を切り車を走らせた。確かにうちから少し遠いが小山駅は新幹線が止まる。だけどちいの住んでる所はたしか奈良とか言ってなかったか。無理しやがって。わざわざこんなとこまでくるなよ。
頭の中を色々なことが駆け巡った。取り敢えずあったら文句を言ってやろう。そんなことを考えながら駅にたどり着きちいの本人を確認した瞬間すべてが吹き飛んだ。
あまりにもちいは可愛らしくそしてその場所だけ異彩を放っていた。写真で見た顔より実物は全然可愛らしく。
オレは目を奪われた。
まさに時が止まるとはこのことだと思った。
多分時間にして数秒くらいだと思うのにその僅かな時間があんなに長く感じられたのは後にも先にもこの時が初めてだった。
そしてちいがオレに気付く。
小走りで近づいてきたちいはそのままオレに抱きついた。
「来ちゃった」
ちいは上目遣いでそしてオレの胸の中でそう呟いた。
オレは何も言えなかった。
それをちいは迷惑ととったのか離れようとした時やっとオレは動けた。ちいを抱きしめたのだ。人目なんて気にならなかった。ちいも抱き返してくれた。しばらくそうしていた。
やっとのことでお互いの体を離すとオレは。
「飯は?」
「朝から何も食べてない」
ちいは笑いながらそう言った。
車に乗り込み走らせようとしたとき車のボロさを恥じた。
「悪いなこんな車で」
「まさくん」
ちいはオレのことをそう呼んでいた。
「まさくん。やっと言えた。ちいずっと逢いたかった」
「…………」
「ちいのことずっと励ましてくれたのは、応援してくれたのはまさくんでしょ?」
「…………」
「まさくんがどんなでも、ちい嫌いになんかならないよ」
オレは嬉しさと恥ずかしさを紛らわすかのようにちいを抱きしめた。
「まさくん実は泣き虫さん?ちいがいっぱいいーこいーこしてあげる」
オレの背中に回した手で背中をさすりながらちいはそう言って微笑んだ。
ずっとそうしていたかったが恥ずかしさを紛らわすようぶっきらぼうにじゃなにか食べいくかと車を走らせた。走り始めてすぐに気がついた。どこに連れてけばいいのだと。流石に今日来たばかりのちいにどこがいい?などとは聞けるはずもなく信号機で止まるたびにどこかないか、と脳内で模索した。それを察したのかちいのほうから別にファミレスでいいよと言ってもらえた。その時は本当に苦しかった。いい女の前でカッコつけられない自分に。気の利いた言葉も気の利いた店も何も出てこない自分に。結局そのままどこにでもあるファミレスにつき車を降りた。椅子に座り注文をしている間もいたたまれないでいるとちいに軽くだったが頭を叩かれた。
「ちいまさくんといるだけで嬉しいからそんなに気にしないで。それに口が上手な人よりまさくんのほうがずっと共感もてるよ。だってちい売れないアイドルだよ」
そう言うとちいははにかんだ笑みを浮かべた。実際その言葉どうりちいの周りの男は、遊んでます、カッコつけてます、みたいなやつしかいなかったらしいが。
そしてその言葉に少し心が軽くなった。そしてちいがオレのことを聞くものだからはじめはポツポツとそしてだんだん色々話している時にふと気付き目をあげた。
「まさくんやっとちいの顔見てくれた」
そうオレはちいの顔をまともに見れていなかった。チラッとは見るのだがあまりの整った顔立ちに直視出来なかった……。正直言うとそれはオレのなかでは少ない部分で大半はお世辞にも見てくれがいいとは言えない、更にオッサンな自分に劣等感を抱いていたのだ。
ちいはオレの頬を両手で優しく包みオレの目を真直ぐ視た。
「ほらちいはここにいるでしょ。ちいはまさくんしかみてないよ」
暫くそうしていると笑いがこみ上げてきた。オレのほうがずっと年上なのになに気をつかわせているんだ。しかも態々オレに会いに来てくれたのに。とある種開き直った。そしてごめんとあやまりそこからは楽しく会話が出来た。
腹も満たされ、会話も弾み、たまに二人でドリンクバーへ行く。そんなどこにでもいる恋人同士のやりとりだった。気恥ずかしくもあったがオレはそれをちいに言ってみた。
「まだつきあってる訳じゃね」
「つきあってる」
「いや…」
「つきあってる」
本当に受け入れていいのか迷ったがちいがあまりにまじめに言うものだから吹き出してしまった。
「そうだな。改めて付き合おう」
悪ふざけのつもりでそしてそれを隠して真面目に言ってみると、良く女性の笑顔を花が咲いたようだと言うが本当にそのような笑顔でオレに微笑んだ。そしてこの瞬間オレも全てを受け入れようと決意した。
時計の針が十時を指した頃じゃ帰るかと切り出した。当然この頃には腹はくくっていたが問題もあった。
「ちい、オレんち言ってもいいけど風呂入れないぞ。どっか泊まり行くか?」
ちいは可愛らしく少し考えまさくんち行く。と答えた。途中コンビニに寄り飲み物と軽くつまめるものを買って家に戻った。ちいはオレんちが近づくにつれ興味津々に周りを見ていた。そして家に上がりオレの部屋へと入ると本当に何もないんだと呟いた。そのへんの話は結構前にしてあったのでオレとしては隠し事は全くないぞと開き直れた。ちいには悪いが十月が近いがまだまだ日中は暑く汗を結構かいていたので風呂入ってくるとバスタオルを掴み出ていこうとしたら腕を掴まれ少し待ってと言われ待った。するとセミロングの髪をくるくるまとめてゴムでとめ、みるみる裸になり俺の持つバスタオルを剥ぎ取り自分の体に巻きつけ、行こ、と微笑んだ。オレは悪魔だと思った。仕方なしに二人で風呂に入った。入るときにちいに近くに親の寝室あるから声出すなと注意をした。ちいは素直に頷いた。オレは自分とちいにかけ湯をし、ちいを椅子に座らせ体を洗ってやった。当然大事な部分は自分でやらせたが…。その間ちいは嬉しそうにずっと微笑んでいた。洗い流し湯船につかり歯を磨き(さっきコンビニで買った)部屋へと戻っていった。ここでまた問題があった。ちいの寝巻きがなかったからだ。どうにかタンスをひっくり返し甚平の下と適当なTシャツを渡し着させた。
流石に疲れたのかベッドに横になり枕を占拠したのでどうしたものかと悩んでいるとポンポンと隣に来いと無言で言ってきた。仕方なしにオレはちいの隣に潜り込んだ。普通に仰向けに寝転がると私の方を向けい言わんばかりに遠い方の肩を自分の方へ引っ張ってきた。引っ張られるままちいの方を向くとちいがキスし抱きついてきた。
「一応言っておくがSEXはしないぞ」
これは決してオレがへたれたわけではなく家に親が居るのとその家が築四十年もので昔女を連れ込んでやったときギシギシ家中に響くからだ。ちなみにそれ以降実家でしたことはなかった。これもちいには伝えてあった。だからえ~と不満を言うもののその顔は笑っていた。
「今日はまさくんにやっと会えたからこれでいい」
そう言いキスしながらオレの体に脚を絡ませてきた。ちいが子供の頃の話を聞かせてくれと話しているといつの間にか眠っていた。ふっと笑い頭を撫でながらオレも眠りに就いた。
翌朝、ふと腕の違和感で目が覚めるとそこにはちいがいてオレの方を見ていた。寝ぼけながらおはよと挨拶した。
「ずっとまさくんの事見てた。好きな人見てると飽きないってホントだね」
そう言いながらオレの首に手を回しキスして来ようとしたのを肩を抑えてどうにか押しとどめた。
「なんで」
「中年になるといろいろあるんだよ」
そう言いちいから体を離し歯磨きに行った。多分ちいは笑っていた。
「ちい今日は?つかいつまで休みなの?」
「ん~赤い日は全部休み最後の日に帰れれば大丈夫かな。あとは、下着買いに行きたい」
ちいは本当に最低限のものしか持たずに出てきたらしい。当然着替えなど持っていなかった。本当に勢いで出てきたのだ。
「近くにアウトレットあるから行くか?あそこならだいたいあるだろ?」
「え?近くなの?行く」
そして車を走らせること二十分。目的地にたどり着いた。
「ホントに近くなんだね。これだけ近いと逆につまらない」
ちいが隣で身も蓋もないことを言っていたが、たどり着いてもそのまま通り過ぎた。こちらを向き何かを言いたそうにしてたので、飯と一言だけ言った。通り過ぎ大通りの反対側は軽く飯が食べられるとこがあるのだ。と言ってもまたファミレスだが。そもそもまだ時間的に開店まで時間があり時間を潰す必要があった。ちいのために連れてきたつもりだったのだがどうやらちいは朝食はあまり食べないらしい。斯く言うオレもだが。だが来てしまったものは仕方がないとばかりに量の少ないものをひと皿頼みそれを二人で訳あった。押し付け合ったとも言うが。
開店の時間になったので向かった。そしてオレは女の買い物を忘れていた。舐めていた。さっきまでのちいはどこに行ったのかと言わんばかりに右へ左へ…。関西人なめたらあかんでぇと冗談を言いながらオレを引っ張り回した。お約束だったのが、下着売り場だった。服は女性専門店でもまだ許せた。だがそこは別だハードルが高すぎる。店の前で人目を気にせず行く行かないで引っ張りあっていた。結果は半ば強引に大人げないとは思うがオレが勝った。そのまま逃げ出した。お詫びにとクレープを買って戻ると丁度店から出てくるところだった。空いているベンチを探し歩いてるとすぐに見つかり二人並んでクレープを食べた。近くにスタバもあり買って飲んだ。その後も忘れてきた化粧品を探しに飛び回った。
楽しい時間はあっという間に過ぎ、またファミレスで晩飯を食べた。
「今日はまさくんちじゃないとこ泊まろ?」
話もそこそこに夜の街へと車を走らせその一角へと入った。ちいは興味津々に周りを見渡しちいからお風呂はいってもい?と訪ねてきたので了承した。タオルに包まれたちいがでてくるとさまくんどうぞと、オレも風呂に入ってでてくると、タオルに包まれたまま化粧をしていた。それも終わり明かりを薄くしようとするとこのままでいいと言われたのでそのままにした。ちいは先に横になり両手をオレを迎え入れるように広げこう言った。
「ちいの全部をみてください」
もう抑えはきかなかった。欲望のままちいを貪った……。
ちいは初めてだった。
本当はこれも聞いていた。だけど嘘だと思った。思っていた。なぜならちいがあまりに綺麗だったから。男がほっとかないと思った。本当だと思えなかったのだ。だが実際は本当だった。またオレは自分に負けそうだった。そんなオレちいは優しく包んでくれた。本当だったでしょ。と。オレは力任せにちいを抱きしめた。もう絶対離さないと抱きしめた。
翌朝目覚めるとまだ隣でちいは眠っていた。幸せそうな寝顔だ。見ていると胸のあたりがほっこりした。その視線を感じたのかちいが寝覚めた。む~まさくんの寝顔見てたかったのにとぼやきながら起き上がった。
「女の子はここで男の人を受け入れると女になるってホントだね」
ちいはお腹のあたりをさすりながらそんなことを言った。これには逆にオレが恥ずかしくなり枕に顔をうずめてしまった。ふふっと笑いながらシャワーを浴びに行ったようだ。手持ち無沙汰にテレビをつけて待っているとちいが戻ってきた。なぜか歩く姿がぎこちなかった。オレはそれをみなかったかのようにシャワーを浴びに逃げるように去った。オレの気持ちなどお見通しと言わんばかりにちいは微笑んでいた。
二人シャワーを浴び寄り添うようにベッドに横になりながら、今日は何をするか話し合った。今日は日曜日。連休の真ん中とも言える。どこいっても混んでいるだろうとなかなか話は進まなかった。それでも一緒にいられることが楽しくていつの間にか十時になろうとしていた。チェックアウトの時間だ。ホテルを出てそのまま近所のショッピングモールに向かった。何するでもなく歩いている時にふと思いったった。
「スカイツリー見に行こう」
実はオレも近くまで行ったことはなかった。仕事柄首都高で脇を通ることはあったがそこにいったことはなかったのだ。ちいは混んでるからと濁したので夜のを見に行こうと提案した。まだなにか言いたそうだったが有無を言わせず絶対行くと譲らなかった。ちいもそれ以上はなにも言わなかった。少し空気が重くなりかけたが雑貨屋を通りかかったときちいがこれ可愛いと物色し始めそこからはまた楽しい雰囲気で過ごすことができた。夜に備え少し遅めに昼をとりオレんちに戻った。そのまま夜まで過ごした。九時近くになった頃そろそろ行くかと車を走らせた。大体二時間弱でたどり着いた。たわいのない会話でも楽しい時間だったのでほぼあっという間だった。近くから見上げるスカイツリーは壮大でカッコよくまさに恋人同士の憩いの場だと思った。そして恥ずかしながらもそれをちいに言うとちいは立ち止まりオレを呼び目を瞑り唇を軽く突き出した。少しの逡巡の後本当に軽く啄む程度、触れたか触れないかぐらいのキスをし離れた。すごく恥ずかしかった。ちらっとちいを見ると口が弱虫と言っているようだった。でもすごく嬉しそうだった。少しぶらつき帰ろうと思ったが車を家とは逆方向に走らせた。首をかしげながらちいがどこ行くのと訪ねてきたのでウミホタル行く。と短く答えた。夜でそれほど混んでなかったので一時間ほどでたどり着いた。パーキングに車をとめ車を降りるとそこはすごく幻想的な風景が広がっていた。
「きて良かっただろ?」
着くまでずっと文句を言っていたちいだが車から降りたときからずっと周りを見回していた。満面の笑みでうんと答えた。自動販売機で飲み物を買いベンチに座り暫く見ていても飽きなかった。名残を惜しみつつもそろそろ帰るかとそのまま海を渡り近くのホテルに泊まった。二人してシャワーを浴び横になる。
「エッチしないの?」
「しないよ」
運転の疲れもあったが何よりちいの体を気遣ってのことだった。まだ昨日の出来事だからだ。それをちいに言うとまさくん好きとオレに体全体で絡みつきそして眠りについた。
翌朝目覚めるとちいに見つめられていた。
「やっぱり好きな人の寝顔見てるの好き」
と朝から満面の笑顔。おはようと挨拶し備え付けのもので歯を磨いた。ちいは相変わらず微笑んでいた。軽くシャワーを浴び帰るべく車を走らせた。急ぎの旅ではないというのもあったが山があれば登り(車で)ショッピングモールがあればよりなんとなく大きな神社があればよる。完全に観光だった。どこに行っても混んでいたが楽しかった。だいぶ家に近くなった頃このままオレんち行くかと尋ねるとどっか泊まろと言われ途中で車を止めた。
「楽しかったね」
「そうだな」
「まだ出会って何日も経ってないって信じられない」
「ホントだな」
「ちいね。こんなに遊んだの始めて。ずっとずっとまさくんとこうしていたい」
「そうだな」
「ちい、まさくんのお嫁さんになれるかな?」
「ちいのやりたいことがやり終わったらな。ハンパはダメだぞ」
「うん。約束だよ」
「わかった。でも無理はするなよ」
ちいは満面の笑みでうんと答えるとオレの体に身を寄せてきた……。
翌朝目覚めるとやはりちいに見つめられていた。
「やっぱりちい、女の子に生まれてよかった」
ちいの恥ずかしい言葉で朝が始まった。そしてオレんちに帰ってきた。都合のいいことに両親は旅行に出かけていた。かと言って何をするでもないが。ただ寄り添ってテレビをみて借りてきた映画を見ていた。
「あ~あ、明日の今頃はまさくんとバイバイして家に帰らないとならないのか。やだなぁ」
「まだこれからだろ。もう少し時間あるんだからもっとオレの成分を充電して頑張れよ」
えへへと、オレに抱きついてきた。何も言わず頭を撫でそのまま重なり合った……。
翌朝やはりちいに見つめられていた。オレは先手を打ち何も言わなくていいぞ、小っ恥ずかしい。と先に言うとやはり嬉しそうに笑っていた。何をするでもなく寄り添いながら他愛も無いお喋りをしていると時間はあっという間に過ぎてしまった。ちいの帰る時間だ。駅に送っている間ちいは一言も喋らなかった。
「ちい帰りたくない。このままずっとまさくんと一緒にいたい……」
「頑張るって約束しただろ?」
「うん……」
「じゃ約束しよう。本当に辛くなったらオレを呼べ。いつでもいい。どこでもいい。オレが必ず迎えに行く。だけどオレが迎えに行ったらもうちいを離さないぞ」
ちいは嬉しいような悲しいような笑顔で俺の胸に頭を預けうんと言った。しばらくそうしていたが名残を惜しむように二人は離れちいは帰っていった。
暫くするとちいから嬉しい連絡が入った。深夜ではあるが全国放送に出られるらしかった。オレは自分のことのように喜んだ。当然その放送も見た。しかしそこで見たちいは少し痩せているようにも見えた。頑張ったな、偉いぞとは言ったもののずっと引っかかっていた。それから数日が経ちちいから連絡が入った。
「…………まさくん」
声を聞いてわかった。無理しているのだと。どこだ?すぐ行く。と電話をきり車を走らせた。幸いなことに東京にいたのだ。つくのに数時間かかったがちいはそこにいた。外は寒く何もせず立ってなどいられないのに。車から飛び降り地位のもとに駆けつけ抱きしめた。
「もう離さないぞ」
抱きしめたちいの体は凄く冷たかった。
「ちい結婚しよう」
ちいは泣きそうな顔でオレを見上げる。
「うん」
ちいはそのまま泣き出した。どうしていいか分からずずっと背中をさすっていた。やっと落ち着きを取り戻し寒いとボソッと呟いた。慌ててちいを車に連れてった。車に乗せると少し待ってろと近くのコンビニで暖かい飲み物と簡単に食べられるものを買いに行った。ゆっくりとそれを口に含んでいった。少し落ち着いたのかちいはポツポツと話しだした。
「まさくんに迷惑かけちゃったね。ちいね。頑張れなかった。まさくんを体で感じちゃったから離れているのが辛くて、寂しくて。ご飯もあんまり食べられなかった電話で声は聞こえたけどあんまりダメだった」
ちいは懺悔のような独白を続けた。ちいの戦っている職場では恋愛で良くも悪くも変わるとのことだった。つまりは男を糧にするタイプと男でダメになるタイプ。ちいは圧倒的後者だったのだ。ずっと頑張り続け辛い時に励まされ温もりを知ってしまった。それが初めての感情では尚更だった。ちいはアイドルとしてみんなに愛想を振りまくことができなくなっていた。ただの一人の女の子になってしまったのだ。それでもオレはちいにまだやれるのかと聞いた。ちいはこちらに振り向き悲しそうな顔で僅かに横に顔を振った。そんなちいをオレは抱きしめた。
「じゃあ、約束通りちいはオレのものだ。ずっと一緒にいよう」
「いいの?ちいなんかで?」
オレは何も言わずちいを抱きしめる腕の力を強めた。ちいは泣きながら抱きしめ返してくれた。
あれから一年の時が流れた。
季節は六月。
今日は二人の結婚式。
「まさくんまだ花嫁見ちゃいけないんだよ」
オレは式が始まるのを待つことができず見に来てしまった。ちいも怒ってるようだがその顔は笑っていた。
「どうかな?」
「似合ってる」
「ずっと一緒にいられるんだよね?」
「当然」
「…………」
「ちい綺麗だ」
ちいは泣きながら嬉しそうに俺に抱きついてきた。
ずっと一緒にいようね