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8 新婚生活は波乱万丈Ⅲ

半月後の舞踏会に頭を悩ませながらディオンが屋敷に戻ると、母が出迎えてくれた。

いつも伯爵夫人として楚々とした振る舞いを心がけている母だが、今夜はやけにくたびれた顔をしている。その理由は嫌でも分かった。


「母上、オーリア様の様子はいかがですか」


「それはもう元気でいらっしゃるわ…」


家庭教師が見つかるまでひとまず母にオーリアの教育を頼んだのだが、やはり一筋縄ではいかなかったようだ。今日一日で一回り老けたような気がする。


「ねぇディオン。今日王宮から舞踏会の招待状が届いたのだけれど、オーリア様は…」


「今後の様子次第ですが、出席する方向で支度します」


「そう…。オーリア様にとっては初めての舞踏会ですから、しっかりとお支えするのですよ…」


侍女に支えられながらふらふらと去って行く母を見送り、ディオンは暗鬱とした気持ちで私室へと向かう。


(まず早く良い家庭教師を見つけなければ始まらないな。それからドレスを仕立てて、合わせて宝飾品も取り寄せなくてはならないが…。やはり女性の衣装は私では分からないな。申し訳ないが、しばらくは母上に頼むしかないか…)


階段を重い足取りで上がり、真紅の絨毯が敷かれた廊下を進んでいると、部屋の方からどすん、ばたんと大きな物音が聞こえた。


「…………」


母の言葉通り、妻はすこぶる元気なようだ。ため息を一つして扉を開けると、部屋の真ん中で尻餅をついているオーリアと目が合った。その周りには、なぜか本が散乱している。


「ディオンおかえり!お仕事お疲れ様!」


後ろめたさなどかけらもない様子でオーリアはディオンを出迎えた。一方壁際に控えた侍女たちは、申し訳なさそうに身を小さくしている。


「…これは一体、何の練習をなさっていたのですか」


「綺麗な姿勢で歩く練習だよ。こうやって、本を頭に乗せて歩くんだって」


頭に乗せた本を落とさないように歩く練習は、正しい歩行姿勢を身につける方法としてよく知られている。

実際にオーリアがやってみせると、本を落とさないようにすることに気を取られすぎてどんどん前かがみになっていった。だが本人は誇らしげにこちらを見てくる。


「ね、ね、すごいでしょ!しかもこんなことまでできるようになったんだよ」


そう言ってオーリアは頭の上にさらに本を乗せた。そのまま歩き出すと本がぐらぐらと揺れだし、今にも崩れ落ちそうになる。


「お止めくださいオーリア様!危険です!」


慌てて取り上げると、重ねられた本はそこそこの重さだった。よく頭に乗せて動けたものだ。


「もしや先ほどの大きな音はこれを落とした時のものですか?」


「うん。さすがに六冊は無理だった」


「なんで本の数を増やしてるんですか!?これじゃただの曲芸ですよ!!」


「えーっ。多ければ多いほど練習に効果があると思ったんだけどなぁ」


「どこから来たんですかその考えは…」


これでは到底舞踏会まで間に合わない。

焦ったディオンは侍女たちに本の片付けを命じて退室させた後、オーリアを長椅子に座らせた。自らも隣に腰かけ、腕を掴んで念を押す。


「オーリア、我々は今窮地に立っているんだ。急なことだがソフィア王女のお披露目舞踏会が行われることになった。あなたもこれに参加しなくてはならない」


「そーなんだ。楽しみだね!」


あっけらかんと笑うオーリアは、どう見てもことの重大さを分かっていない。思わず彼女の腕を掴んでしまうほどこちらは焦っているというのに。


「いいか、舞踏会はただ踊ったり食事をしたりするものではないんだ。国中の貴族が自らの威信をかけて着飾り、隙あらば誰かの粗を探そうと目を光らせている。もし失態を犯せば自分だけだなく、実家や婚家の名まで貶めることになってしまうんだ」


「ふぅん。貴族って大変だね。ごはんくらい好きなように食べればいいのに」


「それが貴族の仕事なんだ。だからあなたも半月後までに貴婦人として完璧な振る舞いを身につけなければならない。…分かってくれたか?」


恐る恐る確認すると、オーリアはこっくりと頷いて胸を張った。


「うん、分かった。ディオンが『自慢の嫁です』って言いふらせるように頑張るからまかしといて!」


「…ああ。目的は高いほうがいいからな…」


自分の性格からしてそれはあり得ないのだが。

とりあえず真面目に取り組む気にはなっただろう。となると次は衣装の準備だ。


「では早速だが、明日仕立て屋を読んであなたのドレスを作らせよう」


「ドレス?お父様からもらったやつがいっぱいあるから大丈夫だよ」


「いや、あなたは私の妻として出席するのだから私に贈らせてくれ。そうだ、結婚が急だったからあなたにはまだ何も贈り物をしていないな。これでは夫として甲斐性に欠ける。他に何か欲しいものはあるか?」


この国では初夜が明けた朝に夫が新妻へ贈り物をする習慣がある。もとは女性の純潔の代価としてはじまったものだが、現在では単なる礼儀の一つとして広まっている。

オーリアのことだから奇想天外なものを要求されるに違いないとひそかに身構えていたのだが、オーリアは首を横にふった。


「ないわけじゃないけど、今はいいや。しばらくは忙しくてそれどころじゃなさそうだし」


「…?遠慮はいらないが」


「うん。ありがと」


そう言って言葉を濁すオーリアにディオンは疑念を抱いた。

初対面の時からあけすけな物言いをしてきたオーリアが口を閉ざすなんて明らかに変だ。けれどここで無理に聞き出すのはなんだか恩着せがましい気がする。

結局それ以上は何も言えず、ディオンは悶々と夜を過ごしたのだった。

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