6 新婚生活は波乱万丈
オーリアの一番の特技は早寝早起きだ。「それって特技?」とよく首を傾げられるが、実際に寝つきと寝起きの良さは抜群なので間違ってはいない。
今朝も例にもれず朝日が昇ってすぐに目を覚ましたオーリアは、隣でまだ眠っているディオンをつぶさに観察していた。
(やっぱり綺麗な人だなぁ)
昨日夫になったばかりの青年は、眠っている姿さえ絵になるほどの美形だ。
鍛えあげられた身体は男らしく引き締まっているが、顔のつくりは中性的でオーリアよりずっと美しい。どうやら彼は母親似のようだ。
(綺麗なお母さんだったもんなぁ。…あたしのお母さんは綺麗な人だったのかな?)
国王の愛人だったという母の記憶はまったくない。
王宮で下働きをしていた母はオーリアを身ごもってすぐに王妃によって追放され、故郷に戻って出産したらしい。けれど産後の肥立ちが悪く母は間もなく亡くなり、オーリアは親戚の家を転々とした。
その後紆余曲折あってイールメインに流れ着き、そこで友人たちと気ままな暮らしをしてきた。
貧乏ではあるが、毎日好きなように過ごせる日々がオーリアは嫌いではなかった。
ところがある日、下町には不釣り合いな立派なお仕着せを着た王宮の遣いがやって来て、国王の庶子として王宮に迎え入れると言われた。
母は子供の父親について誰にも語らなかったので、オーリアは自分の出生をここで初めて知った。
下町育ちの自分が、実は王女様だった。誰でも一度は憧れる身分になれると聞いて、オーリアは即座に馬車に乗った。友達にはもう少しよく考えろと言われたが、オーリアの頭では悩む要素が一切見つからなかったのだ。
生まれて初めて見た王宮は、想像以上に豪華で美しかった。今日からここが自分の家になると大喜びしたまま、オーリアは国王に謁見した。
父親だと教えられた国王イグニス3世は鳶色の髪と瞳の渋いおじさんで、オーリアとはまるで似ていなかった。
国王のほうもあまりに似ていないオーリアが娘だとは思えなかったようで、近くにいたおじいちゃん(あとでえらい魔術師だと聞いた)にこそこそ耳打ちしていた。
おじいちゃん魔術師の太鼓判によって無事に王女と認められたオーリアだったが、順調なのはそこまでだった。
国王と親子であることが認められたので早速「お父さん」と呼んでみたところ、その場にいた人全員に変な顔をされた。
(娘なんだから何もおかしいことは言っていないのに、何がいけなかったのかなぁ)
継母にあたる王妃にはさすがに気を使って「お母さん」とは呼ばなかった。
オーリアより大きな子供がいるというのに王妃はとても若く綺麗に見えた。そこで実年齢を尋ねた途端、ものすごい形相で睨まれた。
(年齢が分かんないくらい綺麗だって褒めたのに、どうして睨まれたんだろ?)
それからいきなり増えた兄弟姉妹たちとなかよくなろうとして、いなくなった二番目の姉以外の全員に手紙を送った。しかし返事は二通しか来なかった。
一番上の姉には特にたくさん手紙を送ったが、ついに一度も返事が来なかった。
第五王女である妹は返事のかわりにわざわざ部屋まで来てくれたが、教養がないだの字が汚いだのと散々馬鹿にされた。
返事をくれた第一王子である兄と第三王女になったばかりの姉はどちらも多忙でほとんど会えず、結局オーリアは誰とも仲良くなれずじまいだった。
結婚の準備で忙しい姉とは違い、王宮にいる間オーリアはひたすら暇だった。
そこで暇つぶしも兼ねて王宮中の厠掃除を買って出たのだが、女官たちに止められたうえ部屋に押し込められた。
(あの時は人生で一番退屈だったなぁ)
窮屈な暮らしに嫌気がさしてきた頃、突然嫁ぎ先が決まったと告げられた。
相手は王家に忠誠を誓っている騎士で、家柄も悪くないと言われた。
おまけに王宮きっての美男だと女官が力説していたが、結婚を口実に厄介払いされているんだろうなぁ、と薄々気づいていた。
けれど王宮での暮らしも十分楽しんだし、部屋に押し込められているよりはマシだからいいや、と素直に受け入れた。
もし結婚相手が大酒飲みの乱暴者だったり、好色な年寄りだったりしたなら隙を見て逃げ出し、街へ帰ってしまおうと思っていた。
ところがオーリアの予想はいい意味で裏切られた。
夫になったディオンは女官の言葉通りの美男で、しかも誠実で優しい人物だった。生真面目で堅苦しいところはあるけれど、王宮の人々のように嘘くさい笑顔であしらったり、あからさまに鼻で笑ったりすることなく、ちゃんとオーリアに向き合ってくれる。
結婚した以上避けられないとひそかに腹をくくっていた初夜さえも、彼が紳士だったおかげで安気に眠ることができた。実は娼婦になった友達からいろいろと聞いていて、多少なりとも不安は持っていたのだ。
(でもディオンならいつかはそうなってもいいかなぁ)
まだ彼と出会って間もないが、すでにオーリアはそう思い始めていた。
オーリアにとっての〈いい男〉とは、真面目な働き者で、食うに困らない程度には稼ぎがある男だ。欲を言えば見栄えもいいに越したことはない。
この条件を全て満たしているディオンとの結婚は、オーリアにとってまさに奇跡だった。
どんなくだらない話にも律儀に返事をしてくれるおかげで、一緒にいて退屈しないところも気に入っている。
だからこそ、オーリアは彼にふさわしい妻になると決めたのだ。
(ディオンと一緒にいるためなら、あたしだって頑張れるかもしれない)
なんだか一気に奥さんらしくなれたような気がして、ついにやけてしまう。
もっと近くで見ようと匍匐前進で身体を寄せる。その時、彼の瞼がぱっちりと開いた。
「うわああああっ!?」
目が合ったと同時にディオンが叫びながら飛び起きる。目が飛び出しそうなほど驚いている彼を見て、オーリアは思わず噴き出してしまった。
「そんなにびっくりしなくてもいいのに!朝から元気だねー」
「…あなたこそ。朝から楽しそうでうらやましい限りだ」
けらけらと笑い倒していると、彼がむっと口を引き結んでしまった。
「ねぇ、ディオンって寝起きが悪いタチだったりする?なんか機嫌悪そうだけど」
「…わざとか?目が覚めた瞬間に驚かされたら誰だって気分を害するに決まってるだろう」
「そう?あたしはディオンに同じことやられたらおもしろいと思うけど」
「残念だが私は絶対やらない」
起きたばかりだというのに疲れたようにため息をつき、ディオンは朝日が差し込みはじめた窓へ目を向けた。
「それにしてもずいぶん早起きだな。よく眠れなかったのか?」
さっきまで苛々と髪をかき乱していたというのに、ディオンはオーリアの睡眠不足を心配しているらしい。
昨日の取り決め通り敬う態度はとらなくなったようだが、気遣いが細やかなところはあまり変わっていない。
「ディオンのそういうところが好きなんだよねー」
「は…?なんのことだ?」
怪訝そうに片眉を上げるディオンに、オーリアはへへっと笑ってみせた。
やっぱりこの人と結婚できてよかったと改めて思う。
「ぐっすり眠れたよ。おかげさまでね!」