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4 王女様の降嫁Ⅳ

「オーリア様の結婚式は無事に終わったようですな」


国王の執務室で白髭の老人が満足そうに微笑む。一方彼の真向いに座る国王イグニス3世は、結婚式の証人を任せた(または押しつけた)長女からの書状を手にため息をついた。


「無事ではない。式の前後にもあれは色々とやらかしたようだ。…やはりあれを城に呼び寄せたのは間違いではなかったのか、ライゴン」


「何を仰る。庶子の姫君方を探すようにと陛下が仰せになり、わしは魔術で忠実にその命を果たしたのですぞ。国一番の魔術師であるこのわしが」


「そなたの魔術の腕が確かであることは余もよく知っているとも。だがあれは除外すべきだったのではないか?とても政略結婚などさせられんことはそなたも分かっていただろう。それどころか迷惑料をせびられてもおかしくない。あれを突っ返してこないのはサーヴェルトの息子くらいだ」


「人と人の縁とはそういうものです。これから姫君はきっと幸福になられる」


なぜか自信たっぷりの老魔術師は、ふぉっふぉっふぉと独特の笑い声をあげたのだった。




「父上、そろそろ教えてはいただけませんか」


家族と新たに嫁いできた王女が揃って晩餐を終えた後、ディオンは父の私室に押しかけた。

屋敷に着いてからというもの、大はしゃぎで屋敷中を探索する王女の相手で父とろくに会話することができていない。

ちなみに今は王女を侍女たちに押しつけてある。早くも侍女たちは破天荒な若奥様に音を上げていたが、今しばらくは時間が欲しい。


「オーリア王女のことだな」


父も息子の訪問は予想していたようで、すんなりと椅子をすすめられた。


「父上はご存じだったのでしょう。なぜオーリア王女の降嫁がこれほど急がれたのか」


「国王陛下から内々に打診があったのだ。王女の伴侶にふさわしい人物はおまえしかいないと。王女は早くに母君を亡くされて市井で育ったため、王宮に馴染むことが難しかったようだ」


「…具体的にどのようなご様子だったのですか?」


怖いもの見たさで尋ねると、父はうむ…と唸りながら顔を伏せた。


「王妃様との謁見での第一声が『綺麗に化粧してるけど本当はいくつなんですか?』だったと聞いている」


「王妃様にそんなことを!?」


王妃レオノーラはその美しさゆえに若さに執着している。それは王宮で誰もが知っていることで、彼女の年齢について触れる者はいないのだ。

かつて王の愛人をことごとく城から叩きだした苛烈な王妃にそんなことを言い放つとは、知らなかったとはいえとんでもないことだ。


「そのほかにもコーネリア様に珍妙な手紙を送り続けたり、お世話になってばかりでは悪いと言って自ら厠掃除に乗り出されたりしたそうだ」


「か、厠…!?」


「さすがにそれは女官たちが止めたそうだが」


「当たり前でしょう!」


どうやら王女は思っていた以上に優れた庶民感覚をお持ちのようだ。王宮でそれを実践していたなら、早く身を固めさせてどこかの屋敷の奥に隠すべきだと考えられたことに頷ける。問題はその屋敷が我が家であることだ。


「しかしどんなお方であろうと正式な夫婦となった以上、おまえは王女の庇護者だ。粗雑に扱うことは許さんぞ」


「それはもちろん承知しています。サーヴェルト家の名に泥を塗るようなことはいたしません」


とはいえこのままでは王女自身が泥まみれにしてくれそうな勢いだ。

父の部屋を辞した後、ディオンは頭を抱えながら自分の寝室に向かった。


(このまま眠って、目が覚めたら全て夢だった――とならないだろうか)


どうにもならないことを考えながら寝室に入ると、長椅子に座った王女を三人の侍女が取り囲んでいた。

王女は風呂上りらしく、濡れた赤毛を侍女たちが布でふいている。


「あ、ディオンおかえりー。お風呂すっごく気持ちよかったよ!」


王女がぶんぶん手を振って出迎えると、こちらに背を向けて作業に没頭していた侍女たちがディオンの存在に気づいた。


「あっ若君!」

「お早かったですね。てっきりもう戻られないのかと。いえ、なんでもありません!」

「それでは私たちはこれで失礼いたしますので!!」


侍女たちは風を切るような速さで退室し、後には呆気にとられたディオンと髪が濡れたままの王女が残った。

途中で放り出すほど王女の相手が大変だったのだろうか。これから王女の相手をしなくてはならない身としては、もう少し時間をかけてほしかったのだが。


(そういえばなぜ王女が私の部屋に?できればもう休みたいのだが…)


とにかくまずは王女の身支度を整えなければ部屋から出て行かせることもできない。侍女たちには酷かもしれないが、仕事はこなしてもらわないと困る。


「王女、もう一度侍女を呼びましょうか?まだ髪が乾ききっていないようですが…」


「大丈夫大丈夫。もう寝るだけだし、わざわざ気を利かせてくれたのに呼び出しちゃ悪いって」


自分で手早く水気をとると、王女は止める間もなくディオンの寝台に横たわってしまった。

そこまで来て、ディオンは侍女たちの行動の意味がようやく分かった。


(そういえば今夜は新婚初夜だった…!)


王女の言動に振り回されるあまり、今の今まですっかり失念していた。


(今日一日ですでに精根尽き果てているのに、まだ相手をしなくてはいけないのか…)


いくらなんでも気力も体力も限界だ。それだけでなく、正直に言えば今は王女を女性としてみることはできそうにない。どちらかと言えばおてんば盛りの親戚を預かっているような心境なのだ。


「と…とりあえず髪は乾かすべきです。私がお手伝いしますから起きてください」


「んーじゃあお願いしようかな。そのままでもできるしね」


「で、できる!?」


一体何ができるというのか。動揺を隠せないまま、ディオンは布を手に王女の背に回った。


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