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3 王女様の降嫁Ⅲ

 その後も王女の口はなかなか止まらず、やむなくディオンが声をかけたことでようやく聖堂から連れ出すことができた。

王宮から手配された馬車に王女が乗り込んだ時、ディオンは背後から声をかけられた。振り向いた先にいた公爵夫人はやや疲れた様子だったが、持ち前の気品で体裁を保っていた。


「ディオン・サーヴェルト殿。この結婚は国王陛下が御自ら取り計らわれたものです。そのことをくれぐれもお忘れなきように」


要するに『何があっても離婚など考えるな』と釘を刺しているのだ。一見すると嫁ぐ妹を案じる姉の配慮のようだが、実際ほどの光景を目にした後では『お願いだから王女から目を離さないで』と言われているとしか思えなかった。

けれどディオンの選択肢は最初から一つしかない。


「どうぞご安心ください。私が国王陛下のお望みに逆らうことなどあり得ません。それ故にこの〈大役〉を仰せつかったのでしょうから」


おそらく国王は堅物で義理堅いディオンなら必ず命令を受け入れると踏んで、王女の伴侶に選んだのだろう。実際にその通りだ。骨の髄まで国王に使える騎士として生きているディオンでとって、国王の命令は絶対だ。

王宮を知り尽くしている公爵夫人もそのことはよく知っていて、慇懃に頭を下げたディオンに対し、今度は少し同情のこもった眼差しを向けた。


「先ほどの出来事でお分かりでしょうけれど、第四王女は育ちが良いとは言えません。けれど弁はたちますし、愛嬌は人一倍あります。無礼な振る舞いにも悪気はないのです。…おそらくは」


「…ええ。仰るとおりでしょう」


なんとなくお互いに目をそらしてしまった。

擁護しようとすると墓穴を掘ってしまいそうで、それ以上は何も言えなかった。


「ねぇ、まだ乗らないの?はやくお屋敷に行きましょうよ!あたし、すっごく楽しみで待ちきれないわ!」


当の本人が馬車の窓から顔を乗り出して大声で叫ぶと、漂う空気はさらに微妙なものになった。

公爵夫人に一礼して、ディオンは逃げるように馬車へ乗り込んだのだった。




馬車のなかで王女は至極ご機嫌だった。鼻歌を歌いながら窓の外を眺めているので大人しいが、足がそれに合わせてぶらぶらと揺れている。


のんきな王女の姿が目に入るたびディオンの頭痛は増した。

なぜ自分はこんな王女とは名ばかりのトンデモ娘と結婚することになってしまったのだろう。

やはり日頃の融通の利かない頑固な自分の振る舞いが今回の結婚を招いたのだろうか。

しかし自分は騎士としての務めを全うしていただけであって、それに誇りを持っていたのだ。それがこんなことになるなんて、運命を呪いたくなる。


「ねぇ、ディオン」


不意に王女が言葉を発すると、情けないことにビクッと体を身構えてしまった。


(またあの立て板に水どころではない早口が始まるのか!?)


「このベール取ってもらってもいい?顔にはりついてうっとうしいんだけど、髪飾りとくっついてるから自分では取れなくって」


「あ、はい。かしこまりました」


馬車を降りる時にはまたつけなくてはならないのだが、馬車の中くらいは自由にさせておかないと後でまた何かしでかしそうなので素直に従うことにした。


「では失礼します。…これはなかなか手が込んでいますね」


ベールを縁どる三連の真珠が後頭部の髪飾りにひっかけられていて、一連ずつ外していく必要があるようだ。

時おりゆれる馬車の中、低い天井の下で前屈みになりながら作業に没頭していると、ベールの奥から王女がじっとこちらを見つめていた。


(な、なんだ?ずいぶんと視線を感じるが…)


女性から顔を見つめられることには不本意ながら慣れているが、これほど至近距離で遠慮なく見つめられることはそうそうない。

居心地の悪さに耐えながらなんとか飾りを外し、ベールを取り外す。


現れたのは、菫色の大きな瞳でこちらを見ている少女の素顔だった。うっすらと化粧が施された肌は年頃の娘にしては日に焼けていて、健康的な小麦色になっている。

けして美人とはいえないが、不思議と目が惹きつけられる。中途半端な姿勢のまま立ちつくしていると、王女はにこっと微笑んだ。


「…さっきはよく見えなかったんだけど、こうして近くで見たらディオンってかなりの美形だよね」


「はい?」


「あたし、あなたが好きかも」


「はい!?」


のけぞった拍子に天井に激しく頭をぶつけ、一瞬気が遠のきかけた。


「うわっ大丈夫!?すごい音したけどディオンって石頭?実は私も石頭なんだー。お互い頭をぶつけないように気をつけないとね」


「なぜこの状況で石頭に話をもっていくんですか…!」


こちらは王女のせいで頭をぶつけたというのに、相手は自分の言葉も忘れて次に何を話そうかということに意識を飛ばしていた。


(落ち着け…。あの様子から察するに、王女に深い意図はないんだろう。ただ私の顔が気に入ったと言うだけだ。しかも好きかも、なんて曖昧な表現だったじゃないか)


王宮の貴婦人とは違った直球な好意に戸惑いながら座りなおすと、王女はやはり嬉しそうにこちらを見ていた。


「お父様…じゃなかった。国王陛下に結婚しろって言われたときはどうなることかと思ったけど、ディオンとなら幸せになれそうだわ。王女になれたうえにこんな素敵な人と結婚できるなんて、人生捨てたもんじゃないわねー」


「は、光栄です…」


「お城に来てからさ、あなたみたいにあたしの話をちゃんと聞いてくれたり、優しくしてくれる人はほとんどいないんだ。式の最中にあたしのことを心配してくれたでしょ?あれ、すごく嬉しかった」


王女の表情には寂しさと照れが入り混じっていて、どこかいじらしく感じられた。

先ほどまでの印象が強烈だっただけに、思わずディオンの胸が高鳴る。


「い、いえ。あれは騎士として当然のことをしただけで」


「うんうん、あなたのそういうところも素敵だと思う。真面目で働き者っていうのは身分が低かろうと高かろうといい男の条件だわ。あたしの地元でも、早くにお嫁をもらってたのはそういう人ばっかりだったし。それに引きかえ体だけ立派で脳のない暴力男は最低よねー。あのまま街にいたらそういうヤツと結婚することになってたのかもしれないから、ほんっとによかった!」


愛らしい少女の顔はどうやらただの見間違いだったようだ。再び自分の話をべらべらと始めた王女に、つい今しがたの寂しげな面影はどこにもなかった。


「…失礼ですが、王宮に呼ばれる前はどちらでお過ごしに?」


「こっから東に行ったところにあるイールメインってとこの下町で友達と身を寄せあって暮らしていたの。すっごく貧乏でお腹がいっぱいになることはそうそうなかったけど、毎日楽しかったなぁ~。とくにカードで掛け金を総取りした時なんて最高の気分だった!ま、そんなのは一回だけだったけど」


「イールメイン…で、カード賭博…」


イールメインは王国第二の都とも言える大きな街だが、下町の治安が悪いことで有名だ。この少女はそんなところで賭博をして生計を立てていたというのか。


(育ちが良くないどころじゃない…最悪だ!)


生まれ育った世界が自分と違いすぎる。国王の庶子がなぜそんなところに紛れ込んでしまったのか。


「ちょっと騒がしいけどイールメインもいいところだよ。ディオンは行ったことある?」


「いえ、その近くの森で陛下のお供として狩りをしたことはございますが…」


「ああ、あの森ね。下剤の原料になる薬草が茂ってて、持って帰るとそれなりの臨時収入になったなぁ」


「…左様ですか」


これはダメだ。どうにもまともな会話にならない。よりにもよって下剤につながるとは思わなかった。

慣れない愛想笑いもそろそろ辛くなってきた。そもそも自分に女性の相手は長く務まらないのに、これからやっていけるのだろうか。

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