2 王女様の降嫁Ⅱ
王女の降嫁に一番喜んだのはディオンの母とサーヴェルト家の召使いたちだった。
古くから続く伯爵家だが家格としては中の上といったところのサーヴェルト家に、元庶子とはいえ正式に王女が嫁いでくるのだ。名誉なことこの上ないと母は感激し、結婚適齢期を迎えても女っ気が一切ない主君が奥方を迎えられたことに召使いたちは感涙した。
だが彼らに囲まれても、ディオンの気分は晴れなかった。もともと浮かれるような性分ではないし、なによりこの結婚には裏があるような気がしてならない。
その裏付けとなったのは全く喜ぶそぶりを見せない父の存在だった。ディオンに負けず劣らず堅物の父は、ただ王女を丁重に扱うようにと義務的に言うだけだ。しかも目を合わせようともせず、そそくさと立ち去ってしまう姿はさすがに奇異に見えた。
「…この結婚には何かあるな」
ディオンの直感は、それから間をおかずして執り行われた王女との婚礼で見事に当たった。
初めて目にしたオーリア王女は、明るい赤毛が目を引く小柄な少女だった。
ベールの奥の顔はよく見えないが、そんなことはディオンにとってどうでもいいことだ。
それよりも気になったのは、参列者がディオンの両親と、すでに降嫁し公爵夫人となった第一王女コーネリアとその夫である公爵の他にいないことだった。最低限の証人だけ揃えたところを見ると、挙式の手配をすべて行った王室側の思惑が働いているようだ。
視界の端で母が困惑した表情を浮かべているが、その隣の父はむっつりと黙り込んでいる。
反対側では公爵夫妻がやけに苦い顔をしていて、結婚式にそぐわない雰囲気を醸し出していた。
そうこうしているうちに司祭によって式は着々と進行していった。
しばらくしてディオンは花嫁である王女の体が左右にふらついていることに気づいた。
(もしや…緊張で貧血でも起こされたのでは)
この異様な雰囲気はディオンさえ気が滅入るほどだ。深窓の姫君にはさぞ辛いことだろう。
「…オーリア王女。お辛ければ私に寄りかかってくださいませ」
小声で耳打ちしつつ、さりげなく花嫁の手を取って体を支えると、王女はびくりと体を震わせた。
ベール越しにこちらをうかがっている王女に、ディオンは努めて優しい声で言う。
「ご安心ください。私が貴女をお支えいたします」
(いくらこの結婚に裏があろうと、王女には何の非もないはずだ。騎士として、そしてこれからは夫として、この方をお守りしなくては)
緊張で今にも倒れそうなか弱い淑女を支えようと、ディオンが騎士道精神を密かに燃やしていたその時だった。
「えっホント!?たすかったー。ちょうど足の裏がヒールで痛くなってきたところだったの。ありがとう!」
早口で捲したてたかと思うと、王女が全体重をかけて腕にしがみついてきた。
ぎょっとディオンと司祭が目を向くと同時に、背後の参列者席からは息をのむ音が聞こえた。
「お、王女?」
緊張で倒れる寸前のか弱い淑女かと思っていた王女は、一切の躊躇なくディオンに身を預けている。
全体重をかけているとはいえ、女性一人を支えることは騎士であるディオンにとって難しいことではない。だが頭の中では必死で今の状況を整理しようとしていた。
(いや、たしかにそう言ったのは私だが。まさか人前でこんな無遠慮なことをなさるとは!それに先ほどの話し方は一体…)
一足早く平静を取り繕うことに成功した司祭が再び式を進めるなか、王女はどこか嬉しそうな様子でディオンの腕に頬を寄せていた。
「――これをもってディオン・サーヴェルトとオーリア・ルイス・ローグストは正式な夫婦として神に認められたものとする」
司祭が締めくくりの言葉を告げ、妙に長く感じた結婚式もようやく終わった。
ただ立っていただけにもかかわらずぐったりと疲労感に襲われたディオンだったが、気を取り直して参列者に向き合おうとした。が、さっと身を離した王女が先に異母姉である公爵夫人のほうへ向かっていった。
(ああ、先ほどの失態をお詫びされるのか)
やはり先ほどは緊張で思ってもみない言動をしてしまったのだろう。公爵夫妻が快く許してくださるといいが、とあたたかく見守っていると。
「コーネリアお姉様ぁあああ!やっとお会いできた!あたしが書いたお手紙、読んでもらえました!?」
王女は勢いよく公爵夫人の手を取り、ぶんぶんと振りながら脇目も振らず早口で話し始めた。
「あ、自己紹介がまだでしたね!あたしは4番目のオーリアです。今年で17歳になりました!お姉様の噂はいろんな人から聞いてます。美人で冷静沈着で何でもできる人だって聞いて、あたしずーっとお姉様に会いたかったんです!ああ、こんな綺麗な人が家族なんて夢みたい!公爵様もダンディで素敵な方だし、あたしって家族に恵まれてるわぁ。あ、あたしの事はオーリーって呼んでください!地元ではみんなそう呼んでくれていて」
呆気にとられている公爵夫妻に対し、王女はおかまいなしに自分の話を続けた。
近寄ってきた母にどうなっているのかと尋ねられたディオンだが、自分こそわけが分からない。
王女の甲高い声が響く聖堂の中で、ディオンの父がぼそりと呟いた。
「…耐えることもまた、騎士の務めだ」