1 王女様の降嫁
ローグスト王国は国王イグニス3世の治世のもとそれなりに栄えている。国土はさほど広くはないが、温暖な気候と魔法物資に恵まれているのだ。
そんな王国で国王に代々使える騎士の家系に生まれたディオン・サーヴェルトは王宮随一の堅物として知られていた。
鍛えられながらもすらりとして見える長身がシャンデリアのもとで注目を集め、プラチナブロンドの髪や翡翠色の瞳に貴婦人が熱い眼差しを送っていても、眉ひとつ動かさずに職務を遂行するのが常だ。
どれだけ堅物だの唐変木だの言われようと、騎士として王家に忠誠を誓う自分を誇りに思っていたディオンには詮無いことだった。
だが、彼の運命はある日国王から告げられた言葉で大きく変わる。
「ディオン・サーヴェルト。そなたに第四王女との結婚を許可する!」
「…は?」
彼にあるまじき間抜けな反応にも無理はない。許可も何も、王女との結婚を申し込んでなどいないし、そもそも考えたことすらない。そんな不敬を働くことなど、生真面目な彼にできるはずがなかった。
「陛下。恐れ多いことですが、私には身に覚えがございません。何かの間違いでは…」
「間違いなどではない。余自らが選んだのだ。第四王女の婿としてふさわしい人物はそなたの他にいない」
つまりディオン側の意見など関係なく、この結婚は国王命令なのだ。国王の命令による政略結婚はけして珍しいことではないが、妙に結婚をせかすことにディオンは疑問を抱いた。
そのうえ国王は今まで一度も王女の名を口にしていないことが気にかかる。
「第四王女はたしか…オーリア様、でしたか。ご降嫁があまりにも早すぎるのではありませんか?」
「何を言う、王女は17歳だ。結婚に適した年齢だろう。20歳のそなたとはぴったりだ」
「いえ、年齢のことではなく!」
実はここ二か月の間にローグスト王国では王女が三人増えていた。
それまで王室には、数年前公爵家に降嫁した第一王女と、隣国の王子との結婚が決まっていた第二王女の二人の王女しかいなかった。
しかし三か月前、結婚を目前に控えた第二王女ユリーシアが従者の一人とまさかの駆け落ちをしてしまった。
隣国との関係を悪化させるわけにはいかず、国王はそれまで公にしていなかった庶子を正式に王女として王宮に迎えることにした。
その結果、三人の娘が王宮に呼ばれ、年齢順に第三・第四・第五王女としての地位を得た。
その中で最も美しい第三王女が政略結婚をすることになり、残された第四王女と第五王女は王宮で何不自由ない暮らしを手に入れた。
事態は丸く収まった。…はずだった。
「なに、ユリーシアの二の舞にならぬよう早く身を固めさせたいだけだ。王女にとってもそなたにとってもいい話だろう。…さて、そろそろ返事を聞こうか」
国王直々の命令に根っからの騎士であるディオンが断ることができるはずもない。
「…ありがたいお話、謹んでお受けいたします」
こうして、堅物騎士ディオン・サーヴェルトはついに独身生活と別れを告げることになったのだった。