11 新婚生活は波乱万丈Ⅵ
楽団が最初に奏でたのは誰もが知る有名曲だった。王宮の舞踏会ではこの曲が最初に選ばれることが多く、オーリアがダンスのレッスンでまず練習したのもこの曲だったという。
万人受けする緩やかで踊りやすい曲調に合わせ、ディオンはオーリアをエスコートする。もともと運動神経が良いらしいオーリアは、優美とまではいかずともダンスの動きは完全に身に着けていた。ドレス裁きも見事にやってのけ、危なげなく一曲踊りきると、オーリアはすごいでしょうと言いたげな顔でこちらを見上げてきた。なんだか人懐こい仔犬のようでディオンは思わず口元が緩んだ。
「練習の成果がありましたね」
「まだまだこんなものじゃないわ。次も踊り切ってみせるからしっかり見ててね」
小声でそう交し合う新婚夫婦の姿は、周囲の貴族から見るとそれは微笑ましいものだった。オーリアを見る周囲の目が暖かいものへと変わりつつあることを目に止めて、ディオンは内心安堵していた。
(ひとまずオーリアの印象を改善することはできたか。素行の噂を払拭するまでは至らないかもしれないが、十分な出来だ)
次の曲は流行の激しい曲調の楽曲で、素早いステップが少々難しいとされるものだった。しかしこれこそすばしっこいオーリアの真骨頂で、一曲目よりずっと滑らかに踊ってみせた。これには周囲の貴族も拍手で褒めたたえ、オーリアは雷夫人仕込みの華麗なお辞儀を返していた。
二曲続けて踊った後はさすがにオーリアの息が乱れたので、二人は大広間の中心から離れて壁際に用意された椅子に腰をおろした。
「お疲れ様でした、オーリア。足を痛めてはいませんか?」
「大丈夫!ちょっと疲れただけだ…ですよ」
疲れでボロが出始めたオーリアだが、その顔は達成感に満ちて明るかった。
「なにか飲み物を頂いてきましょう。…しかしあなたをお一人にするのは心配ですね」
「大人しくここに座っているから迷子にはならな…なりませんよ?」
「そうではなく、誰かがあなたに声をかけるのではないかと危惧しているのです」
もちろんこれは妻が他の男と話すことが許せないというわけではなく、これ以上話すとボロが出るからである。
とは言え疲れているオーリアを立ち上がらせるのは忍びない。給仕が近くにいないかとディオンが辺りを見回すと、こちらに歩み寄ってくる女性がいた。
腰まで届く美しい白銀の髪と、肌の白さに映える空色のドレスを身にまとったその女性は、妖精のように美しい。
清らかな美貌をもつこの女性こそ、この舞踏会の主役である第三王女ソフィアだった。
「ご機嫌ようディオン・サーヴェルト様。今宵は舞踏会にご出席いただきありがとうございます」
控えめに微笑む目の前の淑女は、生まれながらの王女と言われても何ら不思議に思わないほどの気品の持ち主だった。
一方彼女と時を同じくして王女になったオーリアはと言うと、疲れなど忘れてさっとたちがったかと思うとソフィアの手をがっしりと掴んでいた。
「ソフィアお姉様久しぶり…ですね!お元気そうでよかった!」
「あなたもお元気そうで何よりですわオーリア。結婚したと聞いてとても驚きました」
無遠慮に手を握られながらもおっとりと微笑むソフィアは、オーリアと正反対の女性だった。にんじん色の髪に小麦色の肌のオーリアと、白銀の髪に透けるように白い肌のソフィアが並ぶと、まるで太陽と月の化身のようだ。
(化身というほどオーリアは神々しくはないが)
自分で自分にツッコミをいれながら、ディオンは王女姉妹を見守っていた。
ソフィアが神々しく見えるのは、彼女が修道院育ちであることがおそらく関係している。国王お気に入りの愛妾であった彼女の母は、身ごもってすぐに王宮を追い出された後、生まれたソフィアを遠く離れた田舎の修道院の門前に捨てて行方をくらましたらしい。ソフィアもオーリア同様自分が国王の娘である事を知らずに育ち、つい最近王宮に呼び寄せられて王女となったばかりなのだ。
その美貌ゆえに第二王女ユリーシアの身代わりとして急遽隣国ベルネシアに嫁ぐことが決まった彼女だが、修道院で厳しく育てられていたおかげで教養や礼儀作法には申し分がなかったようである。
(つくづくオーリアとは真逆の方だが、どうやら仲は良いようだな)
親しげな様子にほっと胸を撫で下ろし、ディオンはソフィア王女に声をかけた。
「ソフィア王女。よろしければ妻をお任せしてもよろしいでしょうか?私はお二人のお飲み物を用意してまいります」
「ええ、もちろん。お気づかいありがとうございます」
ゆったりと礼を言うソフィアの隣で小さく手を振っているオーリアにそっと笑い返し、ディオンは姉妹水入らずの場を離れたのだった。