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9 新婚生活は波乱万丈Ⅳ

翌日からオーリアは舞踏会の準備に追われることになった。

正しくは周囲がなんとかして若奥様を貴婦人に仕立て上げようと躍起になっていたわけだが、まず仕立て屋が5人がかりで採寸を行い、ドレスの細微に興味のない本人に代わって侍女たちが衣装を決めていった。


「やはりオーリア様の明るい髪には赤が映えると思いますわ」


「では宝飾品を真珠にして上品な感じにいたしましょう」


「髪飾りは何がいいかしら。最近の流行は…」


本人よりよほど真剣な顔つきで話し合う侍女たちを傍目に、オーリアは飽き飽きとした気持ちで鏡に映った自分を眺めていた。

そこにいたのは下町で暮らしていた時とは比べものにならないほど飾り立てられた自分だった。

伸ばしっぱなしにしていた赤毛は綺麗に結い上げられ、薔薇をモチーフにした髪飾りで止められている。ゆったりとした若草色のドレスはオーリアの貧相な体を豊満に見せてくれているが、その下のコルセットが苦しくて息がつまりそうだ。


「このままでも十分立派な恰好だと思うんだけどな」


「ええ、もちろんオーリア様はどんなお召し物でもお美しいですわ。ですがもっとお美しくなるためにこれは必要なことなのですよ」


ぽろっとこぼれた呟きを拾ったのは、椅子に座って様子を見守っていたディオンの母だ。

いささか疲れた顔をしているが、優しいまなざしを向けてくれる姑は、やはりディオンとよく似ている。


「ねぇお義母様。あたしが綺麗になったらディオンは喜ぶと思う?」


「それはもう。あの子は照れ屋なので表には出さないかもしれませんけれど、オーリア様をとても気にかけていますから。今朝もあなたのことを何度も頭を下げながら頼まれたのですよ」


そういえば出仕前にディオンが義母にぺこぺこ頭を下げていた。

親子なのに変なの、と不思議に思っていたが、まさかそんなことを頼んでいたとは。


「あはは、ディオンは優しいからあたしのことすごく心配してくれるんだよね。もっと気楽になればいいのに。まぁディオンのそういうところが好きだから、あたしも頑張らないとね」


「あら…。まぁまぁまぁ…!」


気づけば義母が少女のように頬を赤らめて微笑んでいる。なんだかとっても嬉しそうだ。

思ったよりお熱いのですね、と言われたけれど、今日は朝から肌寒いくらいだ。オーリアは姑の意図が分からず首をかしげたのだった。




三日目からは家庭教師によって立ち居振る舞いや挨拶の受け答えの練習がはじまった。

家庭教師は男女一人ずつつけられたが、いかにも厳しそうな40歳過ぎのおばさん教師の講義はとてもきつかった。中でも机に向かってひたすら貴族の家名と領地を暗記する勉強はオーリアにとって一番の苦痛だった。

読み書きはできても本なんてこれまでろくに読んだことがなかったので、途中で何度も投げ出したくなってしまう。

そのたびにぴしゃりと雷を落とされるのでたまったものではなく、オーリアはこの教師をひそかに雷夫人と呼ぶことにしたのだった。


もう一人の頭がちょっと寂しいおじさん教師のほうはダンスの担当だった。体を動かすのが好きなオーリアにとってこれは楽しい時間だった。

けれど調子に乗っておじさんをくるくる振り回したり、うっかり足を踏みつけたりし続けた結果、顔を合わせただけで相手がひるむようになった。しまいには若い使用人の男を身代わりに躍らせて、自分は口で指導するだけになってしまったのだった。


そんな忙しい一日の中で、オーリアの一番の楽しみは眠る前のディオンとの会話だった。

舞踏会が差し迫っているためディオンもまた多忙であり、屋敷に戻ってくるのはいつも夜遅い。時には城に詰めたまま帰ってこない日もある。

それでも顔を合わせると、ディオンはオーリアの気がすむまで話を聞いてくれるのだ。


「聞いて聞いてディオン。今日はね、おじぎの練習がすっごく厳しかったんだ!ずっと立ちっぱなしで足が痛くなっちゃって大変だったんだから」


身ぶり手ぶりも加えていかにおばさん教師もとい雷夫人が厳しいか力説していると、ディオンがふっと微笑む。

そうするときりっとした目元が優しくなって纏う雰囲気も変わるのだが、滅多に見せてくれないのが残念だった。

結婚以来毎晩枕を並べて眠っている二人だが、今に至るまで夫婦らしいことは何もしていない。ただ、こうして他愛ないことを話している時間だけは、二人の距離が縮まっている気がするのだ。


「ねぇディオン。ソフィアお姉様はベルネシアに嫁いだら幸せになれると思う?」


「どうなるかはあちら次第だが、丁重に扱われるとは思う。ベルネシアはソフィア様を歓迎しているらしいからな」


あくまで客観的なディオンの答えは、オーリアが求めたものとは少し違った。聞きたいのはベルネシアの情報などではなく、ディオンの考えだ。


「そうじゃなくって、顔も知らない相手なのに本当に夫婦になれると思うかって聞きたかったの。しかも行ったことのないよその国だよ。ソフィアお姉様は大人しい人だから心配なんだよね」


「…私の口からは言えないな」


王宮ではなく屋敷の寝台の中であっても、やはりディオンは王室に忠誠を誓った騎士なのだった。

頑固なまでの忠誠心にさすがのオーリアも少し呆れてしまう。


「でもさ、あたしたちも結婚するまでお互いのことを知らなかったでしょ?ディオンはあたしと結婚することが決まってどうだった?」


「もちろん驚いた。なぜ自分が選ばれたのかと、不思議で仕方がなかったな。だが今となっては悪くないと思っている」


「えっ?そうなの?」


意外だった。ディオンはオーリアのいい男の条件を満たしているけれど、自分が彼にとって理想的な女性とは思えない。

国王の血を引いているとはいえ育ちが悪く、今も行儀見習いに必死になっている美しくもない自分と結婚させられて、それでも厭わないほど王室への忠誠が深いのだろうか。だとしたらもはや職業中毒だ。


「ディオンはお父様が大好きなんだね」


「好きという言い方は止めてくれないか…。それに、私は陛下への忠誠心だけであなたと添い遂げる覚悟をしたわけではないぞ」


顔をしかめたと思ったらすぐに向こうを向いてしまったディオンの耳は、なぜか真っ赤に染まっていた。もちろんそんなことに遠慮するオーリアではない。


「ねぇねぇディオン。添い遂げるってずっと一緒にいるってこと?あたしとずっと一緒にいてくれるの?」


「…まぁ、そういうことだ。あなたの他に妻を娶ったりはしないし、私のほうから離縁をすることもない」


「そっか。…ふふふ、そっかそっか」


全身がむずがゆくなり、思わずにやけてしまう。ディオンに怪訝そうな顔をされたが、原因は彼にあるのだからそんな顔をされる筋合いはないと思う。


(ソフィアお姉様のお相手もディオンみたいな人だといいなぁ)


もうすぐ嫁ぐ姉を思うと、そう願わずにはいられなかった。


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