助っ人として
食堂に着くと楓はカレー、瀧澤は日替わり魚定食を頼んだ。
楓はここで離れて座るのもどうかと思い瀧澤の隣に座る。
「松居さんは前職は地球?」
「そうなんてす」
「じゃあ宇宙務めは初めてだ。私はここの製薬会社にいたんだ。」
「ここって宇宙基地ですか?」
「そうそう。そこの工場にいたんだ。でもちょっとしんどい事があってね、体壊して辞めちゃって」
「そうなんですか」
人間関係だな、と楓はカレーをスプーンですくいながら思った。
楓も高校の夏休みに製造業のアルバイトをした事がある。
結論だけ言うと、二度と工場では働かないと決心した。
なのに何故今回ここを選んだかといえば、ひとりでレーンに着くという話だったからだ。
個人個人の仕事ならば、人間関係の辛さはないだろう、と。
それに、宇宙基地には入れる人が揉め事の経験がない人に限られるはずなのでキツイ人がいないだろう、と。
けれどそんなに甘くはないようだ。
宇宙基地の会社であっても揉め事はあるんだな、楓はそう思った。
それから一週間後。
楓は無心でレーンをまわしていた。
今では頭を空っぽにしてもこなせる。
もう手が覚えてしまっていた。
しかし覚えたらまた仕事は増える。
一週間後から時々他の持ち場に駆り出される事になった。
楓が担当しているレーンは最悪数時間は止めても平気らしい。
今日は初めて助っ人として他の持ち場に手伝いに行くのだ。
いわれていた時間。
中年女性が迎えにきた。
その女性に付いて隣の部屋にいく。
すると、楓が担当しているよりスピードが早いレーンがありビビる。
楓はそのレーンのカーブの部分に案内される。
「ここのカーブで製品が落ちたり曲がって置かれてしまわないように見てて下さい。何かあったらここのスイッチを押せばレーンは止まります」
案内してくれた中年女性はそれだけ言うと行ってしまった。
「じゃあお願いますね」
その立ち位置にいた若い女性もじゃ、お願いしますと言い去っていった。
楓は慌てて立ち位置に着く。
レーンは目が慣れてくると製品を追えてくる。
十個に一個はカーブで曲がってしまい、百個に一個はカーブから落ちる。
職場に慣れていた頃だったので、この持ち場も約一時間半で慣れていた。
そんな時。
隣のレーンにいる若い女性にさっき案内してくれてた中年女性が声をかけた。
「ちょっと部屋の温度設定を冬から春に変えて」
「はい」
その若い女性は後ろにあるスイッチを押した。が、反応しなかったようだ。
すぐに何かに気付いたようで、主電源らしきスイッチを押す。
「何やってるの!」
その時怒声が飛んだ。
そばにいた楓は一瞬固まる。
「ほんっとに使えない」
中年女性は吐き捨てるように言った
。
一瞬だけ固まった楓はすぐに我に返りレーンに目をやる。、
今のは・・・
恐らくエアコン設定。
地球上の企業では、常に適温に設定している所がほとんどだ。
しかし日本の宇宙基地では外気に変化がないので、企業内での空調を春夏秋冬に設定している所が多い。
そのエアコン設定を変えようとしたら主電源が入っていなかった、という事らしい。
それで怒鳴られたようだ。
そんな事で・・・?
そっと、怒鳴られた女性の方を見る。
今にも泣き出しそうな怯えた顔をしていた。
うわ〜と思ったが新人の自分にどうすることもできやしない。
楓自身も僅かに手が震える。
ハラハラしながらレーンの仕事を続け、終業の時間になる。
楓はホッとした。
怒鳴った女性はさっさと戻っていった。
楓は怒鳴られた女性に大丈夫か声をかけようと思ったが、入社したばかりで明らかに年下の自分にそんな事されてはツライだろうと思い直し止めた。
でも気になって仕方なかった。
それから楓は一週間に一、二回ほどそのレーンに行くようになった。