入基地許可
楓と平野は、通路を歩いていった。
五分ほど歩いて行くと、シャトル乗り場があった。
アメリカ基地、イギリス基地、カナダ基地、フランス基地行きの乗り場に続いて日本基地行きがあった。
十三時半出発なので、あと一時間半ある。
二人は先に荷物を預けようと荷物預かり所に行く。
月から各宇宙基地にいくシャトルは小さめで、荷物は入口横のスペースに入れるようだ。
待合スペースの後ろには売店とカフェがある。
二人はカフェに入る事にした。
楓がコーラ、平野はコーヒーを頼む。
カフェは、壁一面がガラスになっていて宇宙が広がっていた。
何を話せばいいか分からない。
気まずい空気が流れるかと思えば、平野はかなりおしゃべりで楓はただ黙って話を聞いているだけで良かった。
「占いの話は本当だったんですね」
確か昨日、キッカケが占いだとか言っていた。
「信じられないかもしれないけれど、本当にスゴイ占い師だったんだ。その占い師の言う通りにしたら前職を辞めるべき理由がハッキリ分かる出来事が起こってね」
「はぁ」
「だからきっと今回の転職もいい方向に行くと思うんだ」
楓も占いは嫌いではない。
しかし、ここまで盲目的に信じてしまうのもどうかと思う。
その一方で興味深いとも思った。
今はちょっとしたアプリのシミュレーションで進路を決める人も多い。
だがそれは、コンピューターのプログラミングだ。
過去と今現在の環境と将来の希望を入力するとどういう選択をすればいいかを導いてくれる。
それは産まれた家庭環境から始まる。
家は裕福か普通か貧しいか。
将来は稼ぎたいのか、プライベート重視か。。
両親は干渉タイプか放任主義か。
何人兄弟の何番目か。
将来、両親は誰が面倒を見る事になりそうか。
両親は何人兄弟の何番目か。
祖父母は健在か。
将来、祖父母は自分の親が診ることになるのか。
出身地はどこで、現在は何処に住んでいるのか。
その町から出ていきたいのかこのまま骨を埋めたいのか。
住居環境は、近所付き合いが濃密がいいのかそうではないのか。
それらを全て入力する。
そうすると今現在何から始めればいいのかが分かるという。
有料アプリなので使った事はないが、口コミではまぁまぁ当たるらしい。
手に職をつけて都会に出るべき
ブラック企業をスッパリ辞めて婚活に力を入れるべき
心を鬼にして義理の両親の介護を拒否するべき、など。
離婚や転職、移住など人生を変えたい事を後押ししてくれるという。
実は今回の宇宙基地への就職も楓も悩んだ。
でも、そもそも占いやアプリに相談しようという考えがなかった。
嫌だったら辞めて帰ってくればいいと思っているのもあるし、何より問題を起こした事がない人が集まっているのでパワハラがないと口コミで見た。
ならば淡々と工場で働いて、休日は部屋でひとりで過ごしてお金を貯めるのもアリだろうと思ったのだ。
出歩くのはそんなに好きではないので、宇宙基地に行っても漫画や動画のサブスクさえあれば退屈しないだろう。
しかし平野はどう見ても出歩くのが好きそうだ。
口コミによると宇宙基地は娯楽が少なく、それが耐えられなかったと書いている者もたくさんいた。
まぁとにかく行ってみてからだ。
なにしろ自分たちは宇宙基地に入れることになったのだから。
平野の宇宙基地で働く事になった経緯を一通り聞いていたら十三時になった。
もうシャトル内には入れる。
そんな訳にはいかないと止める楓にいいからいいから、と平野はクレジットカードで二人分の支払いをすましてしまう。
「ありがとうございます」
楓は恐縮しながら礼を言う。
月から宇宙基地に向かうシャトルは、想像していたよりも大きかった。
どうやら乗客は少ないが積み荷が多い。
その大半が食料との事であった。
すでに積荷は積め込まれているようであとは乗客のみ。
その乗客も今日は楓と平野の二人の他、基地に観光に行くらしい男性一人の計三人のようだった。
チケットとパスポートを見せてシャトルに乗り込み出発時刻を待つ。
座席数は流石に少なく八席しかない。
楓と平野は入口に近い席に並んで座る。
出発五分前になって、もう一人の乗客が駆け込んできた。
若い男性である。
預かり荷物にしなかったのか、大きめのリュックを背負っている。
前の席に陣取るとスマホを取り出して窓に向けて固定した。
旅慣れてそう、と楓は思った。
(出発します。シートベルトをお願いします)
アナウンスのちシャトルはゆっくり動き出した。
宇宙基地までは約一時間半。
十五時に到着の予定だ。
昨日見たのとと同じような景色が続く。
どんどん月から遠ざかっていく。
先程までは緊張感でいっぱいだったが、急に不安になってきた。
何しろ昨日までは東京から出た事すらなかったのだ。
ふぅ〜
楓のため息を聞いた平野が声を掛ける。
「緊張してる?」
「いや、緊張というより不安になっちゃって・・・私、昨日までは東京から出た事もなかったんですよね」
今はテクノロジーの影響で交通費や郵送料が格安になっていて、都市部も地方も格差はなくなってきている。
楓の様にずっと出身地、特に都市部に住んでいる事は少数派となり、特に小学校は二年ごとに都市部や地方の寮に入って通う事が当たり前になっている。
一、ニ年生の間は東京。
三、四年生は北海道。
五、六年生は沖縄。
そして中学校から東京に戻る、という様に。
課外授業も地方の学校は、都市部の博物館や美術館。
都市部の学校は地方の自然に触れる事が推奨されている。
北海道から沖縄まで行くのに今では飛行機で一時間、金額にして三千円ほど。
一日あれば、どこにでも国内日帰り旅行で行ける。
おかけで五十年前ほど前の二千二十年代には都市部に集中していた人口が、今ではまんべんなく日本各地に広がっている。
そんな時代には珍しく、楓は産まれた東京で二十年近く過ごしてきた。
都市部出身の人間が数年間自然の多い地方に住むパターンが実に多い。
両親を早くに亡くし、身内は祖母だけの楓は東京から離れる事は考えられなかった。
そう、ついこの間までは。
頼れる祖母は遥か遠くにいる。
いつでも通話が出来たとしても。
いきなり宇宙まで来てしまったのだ。
「分かるな〜大学進学で俺も田舎から東京に出てきた時は不安だったな〜」
「そうだったんですか」
「そりゃちょくちょく東京とか大阪まで遊びに行ったりしてたけど、住むとなるとまったく話は別。
まぁ、大学もあちこちから来た人ばっかりだったからまだ、なんとか。
てか俺も学校は大学入るまでずっと田舎だったんだけど、都会の子でもそのままストレートにいる子いるもんなんだね〜」
「同級生では私だけでした・・・」
仲のいい友人や幼馴染もいたが、皆少なくとも一、二年は田舎に行っていた。
ずっと東京にいたのは楓だけだった。
そんな話をしているうちに、アナウンスが流れる。
(まもなく宇宙基地です)
いよいよだ。
窓の外を流れる星たちのスピードがゆっくりとなり、やがて宇宙映画で見るような大きな機械的な島が見えてきた。
地球上の高速ビルが横になってその上に豪華客船が乗っかって宇宙空間に浮いているようだった。
大きな入口が見える。
シャトルはその入口に吸い込まれていった。
建物内に入ったシャトルは一気にスピードを落とす。
入り口内はカラフルなプロジェクションマッピングで輝いていた。
月や星々の絵本の様なイラストがが鮮やかに流れていく。
次々と変わっていく映像を横目にシャトルは定位置で停まる。
ニ分ほど経って、アナウンスが流れる。
(ドアが開きます)
楓と平野はゆっくりと席を立つ。
前に座っていた男性はさっさとスマホを取り外し、席を立って外に出ていった。
二人はその後に続く。
シャトルの外を出ると、いつの間に取り出されたのか二人の荷物が置いてあった。
宇宙基地へお越しの方はと案内がある。
それに従い右側にある通路を進む。
飲み物やおにぎりの自動販売機がポツポツと置いてある通路を過ぎると、地球上のバスの待合室の様な部屋に出た。
そこには人影があった。
紺色のパンツスーツが似合うスラッとした三十代くらいの女性だ。
「平野翔平さんと松居楓さんですね?」
女性は、柔らかい声で話しかける。
「はい、そうです」
平野が答える。
「ジャパンロボットの細山日和です。お待ちしてました」
二人がこれからお世話になる会社だ。
「会社の寮はここから徒歩五分ほどです。案内しますね」
二人は細山の後に続く。
待合室を出ると再び通路が続く。
しばらく行くと、北口、南口と二又に別れた。
「ジャパンロボットは北口です」
細山はそう話すと、再び前を向いて歩く。