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派遣社員、宇宙へ行く!  作者: 相内みなぎ
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月経由

やがて地球が見えなくなり、たくさんの星がプラネタリウムのように広がった。



「月?基地?」


窓の外のプラネタリウムに見とれていた楓の隣から声がかかる。


話しかけられるとは思っていなかった楓は、質問の意味を一瞬考える。


あ、行き先か。


「基地です」


「そうなの?俺も基地。仕事なんだ。ロボットジャパンに四月から」


隣の席の男性は、馴れ馴れしく言った。


楓より少しだけ歳上だろうか?

座席に座っていてもがっしりした体つきで背も高いのが分かる。


「わ、私も‥です」


「え?」


「私もロボットジャパンで‥四月からの契約で‥」


楓はうっとおしさ半分、行き先が同じ人がいた事に対する安堵感半分の気持ちで返事をする。


「そうなんだ!俺は平野翔平。宇宙基地まで誰とも話さないのも退屈だと思ってたから良かった!」


「そうなんですか‥」


楓は内心、迷惑だなぁと思った。

が、これから知り合いもいない宇宙で働くのだ。


顔見知りはいたほうがいい。


「あの、平野さんは新卒なんですか?」


昔ならいざ知らず、現代ではこんなプライベートな事を聞くのは本当ならあまり良くない。


でも平野は全く気にしていないふうに答える。


「ずっと小さい作業所で働いてきたからいきなりメーカーに入るのは不安だったけどワクワクしてる」


「そうなんですか‥」


「ここだけの話、キッカケは占いだったんだ」


「そうなんですか‥」


楓は同じ返事を繰り返した。


「そうなんですか‥」


占いで決めてしまうなんて、そんな人いるんだな、と楓は思う。


でも自分だったらとうだろう?


今回の宇宙基地行き、もしも占いで行かないほうがいいとでたら中止していたと思う。


何故なら本当は行きたくなかったから。


今まで仕事が見付からなかったから行きたくないけど行くことにした、それだけだ。


もしも行くことを望んでいて、後は背中を押してもらいたいだけだったとしたら占っただろうか?


行くなと言われるのを恐れて占っては貰わなかったと思う。


「それがさ、スゴイ占い師だったんだ。その占い師の言う通りにしたら決心が付いたんだ」


「決心が?行った方がいいって言われたんじゃなくて?」


「それなんだよ。行けとも行くなとも言われなかったんだ。

ただ、その占い師の言う通りに行動したら自分がどうするべきかが分かったんだ。本当にスゴイ占い師だったよ」




月へは高速シャトルでも十二時間かかる。


窓の外も同じような光景が続く。


飛行機と違って映画や音楽などの娯楽もない。


二回出てくる食事も弁当とペットボトルだ。


漫画の一冊でも持ってくれば良かった‥


楓は隣の青年の話を聞き、同じ返事を繰り返す。


「そうなんですね」


しかし占いで転職を決めちゃうなんて思い切った事をしたものだな、と楓は思う。


楓自身、宇宙で働くなんて事は簡単には決められなかった。


二日ほど悩んで、祖母に相談した。

祖母はあっさり「行けばいいじゃない」と言った。


駄目だったら帰ってくればいいじゃない、と。


祖母は今年七十歳になる2000年産まれだ。


高校を卒業してすぐに東京に出てきて工場で働き始めた。


ところがそのニ年後。


祖母が二十歳になる年にコロナとかいう感染病が流行した。


祖母が働いていた工場はクラスターがおき一時期閉鎖。


祖母自身はコロナにかかることはなかったが、その工場はそのまま閉鎖になってしまう。


シェアハウスといわれる建物に住んでアルバイトを渡り歩く日々だったそうだ。


アルバイトもシフトが滅茶苦茶だったり、時給を誤魔化されたりしてたらしい。


祖母は祖母で仕事には苦労してきている。


なので、楓にもすぐに帰ってきてもいいと言ってくれるのだ。


去年までいたバイト先の先輩は辞めたくても辞められないと言っていた。


両親が辞めるなら家を出ていけと言うらしく、独身マンションに引っ越してひとりでやっていく自信がなくズルズルといてしまっているらしい。


祖母が辞めていいと言ってくれる楓は恵まれていると言ってもいいだろう。



シャトル内の灯りが消される。


さすがの平野もおしゃべりは止めて仮眠を取っている。


乗り物の中で寝るのが苦手な楓は静かに窓の外を見る。


こうしている間にもどんどん地球から離れているのだ。


グーグルマップを開いて、自分が宇宙のどのあたりにいるのか見てみる。


半分を過ぎたあたりだろうか。


窓の外の光景を数枚撮ってからスマホで動画を見始めた。。



(まもなく月に到着します。シートベルトを着用してください)


アナウンスが流れて、楓は慌てて目を開けた。


いつも乗り物では寝られないのだが、流石に長時間の移動なので少しだけウトウトしていたようだ。


慌てて窓の外を見てみる。


できれば間近で月を見ておきたい。


窓の外には地球では決して見ることの出来ない大きな月があった。


そして月はどんどん大きくなり、やがて窓からはみ出す大きさになり、月の表面が見えてくる。


月の表面に透明な巨大ドームがあって、ドームの中には小さめのビルが並んでいた。


今晩はあの建物の中のどれかに泊まる事になる。


どんどんドームに向かって行く。


近づいてみると、ドームの隣に離着陸できるスペースが見えてきた。


短めの飛行機の滑走路のようだ。


(到着します)


再びアナウンスが流れる。


どんどん陸地に近づく。


やがてシャトルのスピードが落ちていき、ほんの小さな衝撃と共に月に到着した。


(そのままお待ち下さい)


アナウンスから二、三分ほどするとシャトルはのろのろと前に進み、滑走路に現れた地下に続いてそうな入口に入っていった。


シャトルが地下に入ると入り口に耐久シャッターが降りる。

明かりが灯った。


だだっ広いガレージのような場所だった。


がれの正面にある大きな液晶パネルに「酸素注入中です」と日本語で表示されていた。


数分経つとアナウンスがされた。


(ドアが開きます。後列の席の方から順番に降りてください)


シャトルのドアが開き、明かりが入り込む。

とうとう月に着いたのだ。


楓は、先にぼろぞろと降りていく乗客を上着を着ながら眺めていた。

平野が立ち上がったので、その後ろを付いていく。


シャトルから降りると、制服を着た男性従業員立っていて声を掛ける。


「宇宙基地へ行く方は左の通路へ、月へお越しの方は右へお進みください」

ガレージの前には入口が二つあった。

それぞれの入口の上に、

宇宙基地、月と看板が掲げられている。


宇宙エレベーターで一緒だったカップルと女性は右の通路へ進んでいった。


そして、楓と平野は左側へ進む。

薄暗い通路を進んでいくと、女性従業員がカウンターに座っていた。


カウンターの向こう側はガレージの外らしく、その出口の向こうの目立つ場所にコンビニが見える。


「チケットを拝見します」


女性従業員が声を掛ける。


平野が手に持っていたチケットを従業員に渡す。


楓はモタモタと鞄の中を探す。


「この通路を進んでいただいて五階の508号室にお泊りいだきます。荷物は部屋に届いております」


平野に続いて楓もチケットを渡す。


「九階の987号室にお泊りいだきます。松居様のお荷物も部屋に届いております」


「えー五階と九階!だいぶ離れてるなー」 

平野が声を上げるが楓は聞こえないふりをした。


さすがに今日はひとりでゆっくりしたい。


従業員が手にしたガジェットをチケットにかざすと、九階987号室と文字が浮かび上がる。


楓はチケットを受け取ると、平野に向かって言う。


「あそこにあるコンビニで何が買って部屋で食べようと思います」


宣言してしまわないと、外食に誘われそうだ。


今日はこれ以上神経を使いたくない。


「そっかー残念だな、色々と月のお店を調べてきたのに」


残念そうな平野に軽く会釈をして楓はコンビニに向かって歩く。


月は日本ではない。


しかし月にある基地建設は、日本の大手ゼネコンも参加していたのでコンビニや空港でも日本語表記がある。


楓はペットボトルの緑茶とおにぎりを二個、ソーセージパンと月の雫という名前の入浴剤を買うと、指定されていた部屋に向かう。


泊まるホテルはどうやら宇宙基地へ向かう人専用らしく、地上でいうビジネスホテルのような質素な部屋だった。


宇宙基地は現在、日本の他にアメリカなど数ヵ国あるが皆このホテルに泊まるようだった。


970号室から999号室までと案内があるエレベーターに乗り込むと自動的に九階に着いた。


987号室はすぐにあった。


チケットをドアにかざしてロックを解除する。


部屋は狭く質素であった。


一つの階に百部屋あるがひとつひとつが狭い。


それでもバスタブやトイレがそれぞれの部屋にあり、テレビやネット環境もある。


ベッドの横には楓のスーツケースが届けられていた。


楓はリュックを下ろすと、そのままベッドに倒れ込んだ


月に来たんだ・・・


昨日までは、東京からすら出たことがなかったのに今、自分は月にいる。


不思議な気分だった。


備え付けの小さいテーブルの上に書類が置いてあった。


(明日午前十時半にロビーでお待ち下さい)


やった、遅くまで寝ていられる。


スマホのタイマーを九時に合わせる。


楓は、コンビニで買ったおにぎりを食べ、バスタブにお湯をはる。


先程購入した入浴剤を入れてみる。


月の雫というだけあって、乳白色のお湯に変わった。


備え付けのシャンプーやボディソープも同じブランドのようだ。


楓はバスタブからあがり、備え付けのドライヤーで髪を乾かすとベッドに倒れ込み、そのまま深い眠りについた。

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