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派遣社員、宇宙へ行く!  作者: 相内みなぎ
3/25

宇宙基地へ向かう


「ねえ、君。もしかして月か宇宙基地に行く?」


楓は見知らぬ男性に声をかけられた。


いよいよ宇宙基地へ出発の日。


楓は生まれて初めて東京を出て千葉県の成田空港に来た。



ここから宇宙エレベーターで宇宙ステーションまで行く。


チケットの手配も交通の手順も全て派遣会社側がしてくれていた。


スマホに送られてきた手順に従って空港にまでやってきた。


細めの背が高いスーツ姿の青年だった。



楓が警戒する表情を浮かべる。

が、相手は構わず続ける。


「もしも宇宙基地に行くのならこれを渡して欲しい人がいるんだ」


そう言った男は、脇に抱えていたブラウンのテディベアを差し出してきた。


「娘なんだ。会いたいのに会わせてもらえない。せめてこのぬいぐるみを娘に貰って欲しい、それだけなんだ」


「あ、そのくらいでしたら‥」


テディベアに手を伸ばしかけた時に、後ろから声がした。


「待ってください」


テディベアをひょいと取り上げられる。


後ろを振り向くとそこには警備服を着た中年男性が二人立っていた。


「あなた、戸井久志さんですよね」


男はとっさに逃げようとしたが、いつの間にか別の警備員がすぐ後ろに

いて腕を掴む。


「このぬいぐるみを調べます。あなたも付いてきて下さい」


警備員は楓にそう伝えた。





「盗聴器?」


空港の取調室。


部屋にはさっきの警備員がひとりと、警察官が来ていた。


「いいえ、盗撮器です。あのぬいぐるみには盗撮器とGPSが入れられていました」


警察官が説明する。


「宇宙基地は、基地全体がWi-Fiスポットみたいなものです。

なので盗聴器や盗撮器が持ち込まれたら映像や居場所が永久にネット経由で地上で見ることができます。

私用で地上に帰る日時や役所の予約なども筒抜けになります。

おそらく容疑者は、何とか元妻が地上に戻った時を狙ってお子さんと接近したくてこのような事を仕出かしたのでしょう」


青ざめる楓に、警察官は伝える。


「未遂ですので、あなたは罪に問われません。

しかしくれぐれも気を付けて下さい。もしもあのぬいぐるみが月まで持っていってしまったら無意識に犯罪の片棒を担ぐ事になってしまったかもしれませんよ。

今後はそういった依頼は断って下さい」


「はい‥分かりました」


楓は仕事がなくなるとか、宇宙基地に行けなくなるとか考える隙間もなく、ただただ青ざめていた。


宇宙基地で働く事は、一部の人には簡単で一部の人は非常に難しい。


立派な学歴も経歴も必要ない。

遠隔で診察や手術が出来るので年齢制限はあるが健康状態もさほど厳しくはない。


条件はただ一つ。

一切の犯罪歴がない事。

それは、小学校時代の万引きであっても警察沙汰になった事があればアウトだ。


ここ十年ほどは、学校内での虐めでもすぐに警察沙汰になる。


証拠さえ揃えばすぐに刑事事件になるのだ。


地球上での進学や就職ではそこまで掘り起こされる事はまずないが、宇宙基地だと話が違う。


宇宙基地は、日本国の経済を支える製造業が名を連ね、扱う技術も国家機密級ばかりだ。


間違っても国外にもらす訳にはいかない。


それだけではなく基地内は小さな島の様なもので、警察署もあることはあるが、強盗や立てこもりがあると制圧が厄介だ。


そこで暗黙の了解で、犯罪歴の大小を問わず、入国禁止になる。それが軽犯罪であっても月までは行けるが宇宙基地には入れない。


それは大々的に発表はされていないので、月まで行って初めて自分は基地に行けないと知る人もいる。


例えば小学校時代の虐め。

相手がボイスレコーダーを持ち込みしっかりと証拠音声を録音した場合、今はすぐに警察が介入する。警察が介入すればそれは虐めではなく、暴行、傷害事件となる。


保護者も証拠を押さえられては争うだけ無駄、大事になるだけなので大抵認める事になる。


そうして水面下で解決したはずの忘れ去られた過去の事件が、宇宙基地に行こうとした時点で表に出てきてしまう。


数年間にある芸能人が新婚旅行で月に行き、宇宙基地を見学しようとした時に旦那である俳優が基地には入れないと言われその場で離婚になったとニュースがあった。

高校時代にスクーターの無免許運転をしていたのだ。

その一回だけだと粘ったらしいが許可が下りることはなかった。


それがニュースになり、婚前旅行や社員研修旅行に月と宇宙基地へ行くのが一時期流行った。


探偵を雇わなくても相手や新入社員の犯罪歴が分かる。


憤慨した俳優はネットに怒りを書き込んだが、自分の犯罪歴を書き込む事になり炎上。


それ以来、誰もこの件に関しては声をあげられない。

小さくても犯罪歴を晒す事になるからだ。


勿論未成年なので、ニュースにはならないし、経歴に傷は付かない。


これは宇宙基地のホームページにも記載されていない。

 

しかしネット上では、一部の人たちの間では浸透している。


ストーカーや元旦那から逃げる為に宇宙基地へ来る人たちも多くいる。


駆込み寺だ。


国は企業に補助金を出しているので、そういった人たちを優先して雇ったりしているのだ。


ストーカーは、当然警察から接近禁止命令がでているので犯罪歴がある。ゆえに月で止められる。


たとえ観光であっても基地まで行く事が絶対に出来ないので、地上のシェルターよりもはるかに安全なのだ。


仕事も住む場所もある。


地上のシェルターでは接近禁止命令が出ても、人権などの問題でストーカーにGPSなどを使う事が出来ない。

よって、居場所を探し出して会いに来たり子どもを連れ去ったりなどの事件も後を絶たない。


しかし宇宙基地では通信授業や遠隔診察が多いが学校や病院もあるので、小さい子がいてもまったく問題ない。


楓自身は数枚の書類とマイナカードだけで比較的簡単に宇宙基地に入国できる。



出発前だというのにどっと疲れてしまった。


時間に余裕をもって空港まで来たのに、結局出発時間ギリギリになってしまった。


空港内の電子案内板にスマホをかざしながら宇宙エレベーターの受付まで急いで進む。


受付に着いたのは締切十分前だった。


派遣会社から送られてきたチケットとパスポートを渡す。

チケットには、「月経由日本宇宙基地行き」と印刷され、満月と北斗七星のイラストが書かれていた。


受付に小さめのスーツケースを預ける。

この荷物は月で一度受け取る事になっている。


スーツケースは乗客より先に月に届くらしい。


係員は、パスポートの写真と楓を見比べてからチケットの宇宙エレベーターの欄にスタンプを押す。


「右側の通路へどうぞ」


楓は言われた通り右側の通路を進む。


三分ほど歩くと、小さめの人混みが見えた。


制服姿の女性が案内をしている。


「宇宙ステーションに行く方はこちらに並んで下さい。五人ずつエレベーターに乗っていただけます」


係員にチケットを見せる。


宇宙エレベーターのスタンプを確認するとすぐに楓に返した。


町中で見かけるエレベーターの三倍はありそうなドアの前で短めの行列が出来ている。


その行列のすぐ後ろに並ぶ。


ゴタゴタがあった楓は受付をしたのが一番最後だったらしく、後ろには誰も並ばなかった。


エレベーターは十分おきに乗れるようで二十分後に楓の順番はきた。


両開きのドアが左右に引かれると、片面がガラス張りの部屋が現れる。


ガラスの外は滑走路が眺められるようになっていて、ちょうど空を飛び立つジャンボジェットの姿が見えた。


「しっかり立っていてください。ドアが閉まります」


職員が声をかける。


エレベーターの中には楓の他に熟年カップルが一組、若い男性が一人。

若い女性が一人。


若い女性はスマホを取り出し、ガラスの外を撮影し始める。

動画を撮っているのだろう。


ドアが閉まりる。ゆっくり上昇していくのがガラスの外の景色で分かる。


宇宙エレベーターの外観はテレビなどで見たことはある。


細いビルのようになっていて、それが天まで続いている。


空港に着いたときに建物が見えていたような気もするが覚えていない。



「意外と遅いのね」

カップルの女性の方が言う。


「最初はゆっくりなんだよ。ある程度高い位置に来たら急にスピードを上げるから」

男の方が答える。


その男の言う通り、滑走路全体が見渡せる高さになった時、急にスピードがあがった。


見る見る地面が遠くなり、雲が下になり、地図で見るままの日本の形が見えた。

その日本が小さくなっていき、地球儀のようになってきた時にアナウンスが流れる。


(まもなく宇宙ステーションにつきます)


スピードがゆっくりになっていき、

やがて止まる。


ガラスを覗くと遥か下に地球が見えた。


日本が地図のままの形で見える。


(出口に酸素を送っております。お待ち下さい)


再びアナウンスが流れる。


そうか、ここはもう宇宙だ。

このガラスの向こうは空気がない宇宙なんだ。


楓は改めて不思議な気持ちになる。


つい半日前まで東京の祖母のマンションにいたのに、今はもう宇宙にいる。


「どのくらい待つの?」

カップルの女性が男性に尋ねる。


「すぐだったと思うけど。五分くらい?」


五分もたたずにドアは開いた。


動画を撮っていた女性がスマホをかざしながら一番に降りる。


その次をカップルが続く。


楓は最後に降りたかったのだが、男性が歩き出さないので仕方なくそれに続く。


長い通路を歩いて行くと、乗り物の入口と思われる開きっぱなしのドアが現れる。


ひとりひとり、入口の前に立っている職員にチケットとパスポートを見せる。


宇宙基地は日本だが、月はどこの国でもない。

日本でもないのでパスポートが必要だ。


楓はパスポートにチケットを挟んで職員に渡す。

職員はパスポートを開いてチケットと見比べるとすぐに閉じて楓に返した。


シャトルに乗り込む。


宇宙ステーションのシャトル乗り場は、シャトルの入口がピッタリ乗り込み口に収まっていて、シャトルの全貌は見えない。


入口をくぐるとバスの中みたいな座席が並んでいた。


「前からつめて座って下さい」


席は決まっていないようだ。


狭い通路を横向きになりながら歩き

窓側の席に座る。

窓の外からは青い地球が見え、覆っている雲が見え、雲の隙間から日本列島が見えた。


楓がその光景に見とれていると、隣の席にエレベーターで一緒だった男性が座った。


自分達で最後の乗客だったらしい。


お陰で一番後ろの席だ。


シャトルのドアが閉まり、シートベルトをするようにアナウンスが流れる。


いよいよだ。

地球を離れて月に向かう。


窓の外から見える地球が急に小さくなっていく。


シャトルはスピードがあるようだ。


やがて地球が見えなくなり、たくさんの星がプラネタリウムのように広がった。





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