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派遣社員、宇宙へ行く!  作者: 相内みなぎ
2/25

占いで決めた転職


「お婆ちゃん、宇宙に行ってみたかったのよね。けど年も年だしもう諦めてたけど、楓ちゃんごが宇宙で働くなら会いに行かないとね」



楓は祖母の言葉を聞きながら湯呑みのほうじ茶を一口飲んだ。


楓は宇宙基地の派遣社員専用の寮に入らなければならない。

その為に今住んでいるアパートから貴重な漫画やゲーム機を祖母の家に運んでいた。


一年間預かってもらう為だ。


「そうか、おばぁちゃん今年で七十歳か」


楓は答える。


「そうそう」


楓の祖母、真鈴まりんはニコニコしながら頷いた。


宇宙基地に行けるのは七十歳までと決まっている。


来年七十一歳になったらもう宇宙基地へは行けない。


「色々と書類を用意しないとならないみたいだけど、楽しみだわ」


派遣社員として働く楓はマイナカードとパスポートさえあれば提出する書類も少なく、比較的簡単に宇宙基地まで行けるが、真鈴はそうもいかない。


まず、観光として行くには働くよりも書類が多くいる。

そして六十五歳以上は健康診断書がいる。


しかしマメな真鈴なら役所や病院に通って書類を集めるなど苦にならないだろう。


まぁ、おばぁちゃんの唯一の楽しみだからな。


楓はザラメせんべいをかじりながら思った。


真鈴の趣味は旅行である。


東京しか知らない楓と違って国内は四十七都道府県を制覇しているし、海外も五十ヶ国は行っている。


「月とか宇宙には行っていなかったもんね」




あの占い師すげぇな‥


平野翔平は、目の前で繰り広げられている光景をただただ眺めていた。


こっちと向こうとでは、見えない壁に隔てられているようだ。


小さい工場では、毎日時間に追われている。

本当ならこんな事で手を止めて居られない。


三月とはいえまだ冷え込むこの地域。安い電子暖房器のジジジという音を聞いて眼の前の争う声が聞こえないようにしてみる。


泣きじゃくるバイトの二十代の女の子。


困った顔で頭を掻くの三十代の主任のオッサン。

何も語らずに難しい顔でその様子を見つめる白髪の社長。


そして自分はいつもの自分が担当している機械の前に突っ立っている。

手持ち無沙汰で、腕を組んだり解いたりを繰り返してしまう。


さっさと機械を動かして今日の仕事を終わらせたい。



なぜこんな事になっているのか。

それは、昨日配達されるはずの、いや、配達されたはずの貴重な部品がどこにも見当たらないのだ。


会社の電子判子にも運送会社の受け取り記録にも、間違いなく十時二十七分に受け取ったと記録されている。


ただ小さな工場の電子判子は、社員皆が一つの判子を使っているので、誰が荷物を受け取って誰が判子を押したかは分からない。


「だから、十時半って事は自分はいつも奥の部屋の機械を使っているから荷物は受け取れないんだよな、平野、覚えてない?」


「ですから、僕は昨日は休んでいました」


これで五回目だ。


そうなのだ。今まで何度も釈然としない思いをしてきた。

そうだ、やっぱり今までのは嘘と屁理屈だったんだ。、俺のせいじゃない事まで、俺のせいにしてたんだ。


バイトの子が縋るような目で主任の方を見る。

そうか、いつもこんな時は 庇ってくれたもんな、主任。

犯人は君じゃない、平野だって。


でも今日は駄目じゃないかな。


だって、君じゃなかったら、犯人は主任になっちゃうから。


今までのように、嘘と屁理屈で僕のせいにしたいようだけど、無理なんだ。

だって僕はその日、休んでいたんだから。

あの占い師の言う通り、仕事を休んだんだから。



先週の事。


平野翔平は悩んでいた。


工科大学を卒業して2年。

大手の内定を蹴り、小さな東北の町工場に就職した。


何故そこを選んだかというと、その町工場の社長には貴重な技術があったのだ。


現在、日本の輸出黒字の半分近くをしめるロボット産業。

その部品の一部がどうしても機械では作る事が出来ず、手作業となる。


社長は、その部品を手作業で作る事が出来きる数少ない技術者のひとりだったのだ。


面接の時に、この日本の産業における国家機密を君にもいつか受け継いでもらいたい、と言われた。

一人でも多くの技術者がいるんだ、と。


その言葉を真に受けた平野は、大手ロボットメーカーの内定を断り、この町工場に就職した。

しかし、その夢と希望はあっけなく崩れ去る。


少なくとも面接の時の社長には、その意思はあったのかもしれない。

しかし現実は違った。


社長は素晴らしい技術者であったが、人に教える事は向いていなかった。


人に説明するより先にやってしまう。


明日は平野君にやってもらうと言っても、次の日に本当にやらせてくれた事はなかった。


そんな話はなかったかのように。


そして社長のそばは必ず主任が陣取り、平野は近づけない。


社長が作業しているときは必ず、主任が近くにいて、平野には他の雑用を言い付ける。


平野は見学する事すら出来ない。


おそらく、主任は平野に技術を身につけさせないようにしている。

そして、なんとか機密の部品の製造スキルを自分ひとりに教えてもらおうとしている。


ただでさえ、社長という人は技術を受け継いでほしいと口ではいつも言っているが、実際に作業を任せる事はない。


よく見ろとも言わない。

国家技術だけあって資料もない。


主任も口先だけの教えてやるしか言わない社長になんとか食らいついている。


内定、断るんじゃなかった‥

断った企業は日本でトップクラスのロボットメーカーだ。


人生の選択を間違えた。あれは気の迷いだった。


両親だって反対した。


小さい看板が目にとまる。


占い

人生の選択に迷っているあなたに


そんな古ぼけた手書きの木の看板がアパートの入口にかかげられていた。


近づいて見てみると、四階・404号室と書いてある。



バカ言うんじゃない。今は2070 年だぞ。

人類が月や宇宙基地で働いてる時代だぞ。

占いなんか信じたこともなかった。


だけど‥


仕事を続けたいのかと言われたらそうでもない。

では辞めたいのかと聞かれてもそれも違う気がする。


もう行きたくないという拒絶反応があったらとっくに辞めてる。

しかし、このまま続けても確実に技術は身に付かないだろう。


ならば‥

どっちに転んでもいいのならば占いに決めてもらうのもいいのではないか。


いやいやいや。

いくら優柔不断でも人生の選択を占いで決める?

馬鹿げてる。


小さな看板の前を通り過ぎる。


優柔不断・・・。

そうなのだ。昔から優柔不断だった。

なのに、就職だけ一切悩まずに突っ走った。


その結果がこれなのだ。


平野は振り返り、アパートの前に戻る。


こんな時間ならやっていないかもしれないし、とアパートの入口に入る。


看板に書いてあった通り四階まで階段で上がる。

端から400、401、402、403と続き、404号室のドアの前に着く。


アパートのドアにはなんの看板もない。


何かの間違いだったら・・・と怯んだが、思い切ってインターホンを押す。


自分は人生の道筋を修正するのた。



「どうぞ。開いてますよ」


中から声が聞こえた。


恐る恐るドアを少しだけ開けて中を覗き込む。


暗くてよく見えない。


にゃ〜


足元から声がして、心臓が止まりそうになる。


見下ろすと、二つの黄色い光が足元に動いていた。

その光が平野のスニーカーにすり寄り、もう一度声をあげる。


にゃ〜


「黒猫‥」


足元に擦り寄ってきたのは小さいクロネコだった。


占いの店らしいような気はする。


平野が固まっていると、黒猫は裾に背中を擦り付ける。


よく見ると、左前足だけが白い。


「こら、クウ」


足元を見下ろしていたので、目の前に人がいる事に気が付かなかった。


「占いですか?」


正面を向くと、黒いワンピースを着た四十代半ばくらいの女性が立っていた。


「あ、はい。その‥‥」


もじもじしている平野に、占い師は猫を抱き上げて言う。


「料金表がなくては心配でしょう。うちは二回払いなの。今日は千円だけ頂きますね。」


「それでは二回目は‥?」


「それは、あなたが払いたい金額を後日。」


「払いたい金額?!」


「ええ。占いの結果を実感してからね。」


‥‥‥。


よほど占いに自信があるのか。


少し迷ったが、ここで帰るのもどうかと重い、促された席に座る事にした。


小さい茶色のテーブルを挟んで合わせの椅子に座る。



平野翔平


紙に書いた名前のメモを見ながら占い師は、右手の人差し指でテーブルの上になにやら描いている。


おそらく画数を見ているのだろう。


テーブルの中央には野球ボールくらいの大きさの水晶玉が置いてある。


平野は部屋の中を眺める。


左側に大きめの本棚がある。

タロット占い、占星術、手相に姓名判断、パワーストーン。


こぶしほどの大きさの水晶玉。


クロネコのイラストのタロットカード。


右側をみてみる。机があった。


机の上にはノートパソコン、その正面にはキーボードとペンタブが置いてある。ペンタブの左側にタブレット。机の右側の小さい棚にはにはプリンターが置かれていた。


右の棚と左の机で雰囲気が違う。


右の棚は占いやスピリチュアル。


左の机はデジタル製品。


真逆な気もする。



「仕事の悩みかしら」


声をかけられ、正面を向く。


「そうです‥」


まぁ、仕事の相談する人は多いのだろう。特に男は。


「転職しようか迷ってますね」


「はい‥」


「就活で選択を間違えたかもしれないと、悩んでいるのですね」


「えっ‥」


「でも、まだお若いからいくらでもやり直せます。でも、今の職場にも未練がおありで?」


「いや‥その・・・」


「人生の選択は、自分で決めないとなりません。やりたい事を選ぶのも無難な道を選ぶのも人生」


「わっ」


座っていた膝の上に小さな衝撃があり、声をあげる。


膝の上には、黒猫が。



あれ、さっきまで向こうテーブルに‥と思い目をやるとそこには黒猫が何かを食べている。


改めて膝の上の猫を見てみると、この子は右前足が白い。


「こら、ネル」


膝の上の黒猫はそのまま眠ってしまったようだ。


「ごめんなさいね。服に毛がついちゃうわね。この子、寝るのが好きなのよ」


寝るのが好き‥ネル。

あっちの猫は、クウ。食うのが好き‥とか?


「猫が好きなお客様で良かったわ。中学までトラ猫を飼ってらしたのね。」


占い師は水晶玉を覗き込んで言った。


えっ?!


例えば一週間前に予約したとすればその間に調べられたと思う。


しかし、自分は飛び込みで来た。

まだ名前しか伝えていない。


今の時代、ネットの規制が厳しくて名前だけ検索しても個人の情報は出てこない。


特に平野は自分の情報などネットにあげていない。


ブログやSNSなどに飼っていたネコの名前や写真などのせた事もない。


出身校のホームページに自身の写真すらない。


背中を汗がつたって行くのを感じる。


占い師はかまわず続ける。


「そうですね、私から続けるべきか辞めるべきか決めることはできません。あなた自身決めることはなんですね」


なんだ、過去の事は当てられても未来の事は決められないのか?


「来週の火曜日に休んで下さい。そうすればどうするべきか結論が出ます」


「休む?それだけで?」


「そうです。休むだけです」


休む‥一日休んでよく考えたら結論が出るとでも?



釈然としない気分のまま千円を支払ってアパートを出る。


支払いは後日と言っていたけれど、連絡先は聞かれなかった。


このままバックレる人もいるんじゃないのか?


バカバカしい。


一日休んで考えたところで何がかわる。


そして訪れた火曜日。


平野は部屋でテレビを観ていた。


本当だったらとっくに仕事をしている時間だ。


悩みの内容まで当てられた?

飼っていたネコの模様まで何故分かった?


そもそも自分で決められないから占いを頼ったのだ。


辞める勇気もない。続ける気力もない。


その占い師にかけてみた、というよりもただ休みたかっただけなのかもしれない。


いつもは観る事のない平日昼間のワイドショー。


そこそこ時間外の多い職場なので、今頃てんやわんやだろう。


電話に出たのが社長だったから休みの連絡だけですぐに電話を切る事ができたけれど。


忙しく働いていて、テレビからもネットからも遠ざかっていた。

いつの間にか世の中はかなり変化しているようだ。


宇宙基地の入国規制が厳しすぎると訴えた芸能人が炎上してるらしい。


何がするべきなんだろうと思うのだが、何もする気にならない。


せっかく平日に休んだのだからショッピングモールにでも行ってみるか、それともハローワークに行ってしっかりとスキル相談でもしようか、そう思っていたのだが。


結局、なにも成し遂げられないまま夜になる。


ただ横になってテレビを見ながらスマホでSNS三昧。


家事もやらなかった。

何も変えられなかった、そう思っていた。



ところが次の日。


あの占い師本当にすげえな‥

本当に「休んだだけで」決心がつく出来事がおきた。


平野は確信した。


もしも昨日出社していたら、間違いなく目の前のトラブルは自分のせいにされていた。


そしてこう考えたらだろう。


釈然としないけど、自分じゃないとは言い切れないし、と。


でも、今回は言い切れる。

何故なら、昨日自分は休んでいたのだから。


「すみません俺、仕事します」


そう言い、席を立つ。

「おい、今大事な話してるだろ」


主任が怒りを含んだ声をあげる。


「何度も何度も何度も言ってます。僕は昨日休んでいました。ここにいませんでした。

僕がここで話を聞いていてもしょうがないでしょう。

仕事進めていた方がよくないですか?」


いつもなら主任はここで大声をあげる。

しかし、眼の前に社長がいるから出来ない。


辞める前に、きちんとやることはやろう。


平野の心は決まった。


そうだ、今日すぐに支払いに行かないと。

現金で払った方がいいのだろう。

昼休みに銀行に行って。

二十万円は下ろさないとな。


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