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 一人でも抵抗があるのに、二人同時になんて無理!


 そうやって断る勇気と度胸があればどんなに良かったことか。

 ニコニコ笑う二人に何も言えない私は、あまりの仕打ちにボロボロ泣いてしまった。

 私が何をしたっていうの?

 こんなのって……。


 二人は、そんな私を見てギョッとし、狼狽しながら必死に慰めてきた。

 強面な彼と普段は笑ってばかりの彼があたふたする様はどうにも可笑しかったが、続いてお菓子やら飴玉やらを取り出してきたのは驚いた。

 だって何の偶然かそれらは、私の好きな銘柄だったから……。

 おまけに「お前、これ好きだろ?よく食べてたもんな」と言われ、流石に涙も引っ込んだ。


 なんで……知ってるの?


 特に誰かに言ったわけでもない。

 ただ美味しいから好んでよく食べていただけで、これで二度目の対面になる彼らには知る由もないことだ。


 愕然として泣き止んだ私に気を良くしたらしい二人は、固まる私を撫で回し、抱き締めたりと好き勝手に弄ぶ。

 暫しぼやっとしていた私は、“チュッ”という音とともに唇に感じた生温い感触に、慌てて意識を手繰り寄せた。

 視界には彼らの片方の嫌に整った顔がアップに映っている。


 え……。

 私、キス……された?


 驚きのあまり瞠然とする私を他所に、彼らは恍惚たる表情を浮かべる。

 文句の一つも言えやしない私は、代わりに泣きべそをかきながら訊ねた。



「なんで、なんで私なんですか」



 訴えたと言ってもいい。

 こんなことをされる謂れはない、暗にそう叫んだ。



「私なんかより可愛い子は山ほどいます。私じゃなくても……」



 いいじゃないですか。


 しかしすべてを言い終わらないうちに、私は新田馨也に上唇を噛まれた。



「い……っ」


「今日だけは許してやる。次そんなことを口にしたら……分かってるな?愛生」



 分からない、とは言えなかった。

 これ以上彼らの逆鱗に触れたくない。



「いい子だねー、愛生ちゃん」



 軽く頷いた私の頭を撫でる御峠伊織の瞳は、何を思っているのか分からない底なし沼のようだった。


 そして、私は様々な制約を求められた。






 翌日、暗然とした気分で家を出た私は、待ち構えていた新田馨也と一緒に手をつないで登校することになる。

 曰くみんなに見せつけているらしい。

 私にはそれが、縄張りを主張し威嚇する肉食獣のように思えた。


 私はうんともすんとも頷いてないが、私たちは付き合うことになったようで、朝は新田馨也と、帰りは御峠伊織と下校する制度に至った。

 三人で付き合う、の意味がよく分からなかった私だけど、つまりは二股みたいなものかと一人納得する。

 いや、納得しちゃダメだよね……。


 新田馨也との二人きりの会話は案外普通だった。

 昨日までの横暴さは鳴りを潜め、そう、終始こちらを見る瞳に危うい熱さえ篭っていなければ、まったく普通なのだ。


 だから、怖さを忘れたわけではないがつい、眼帯をした右目の経緯について触れてしまった。



「あ、あの。新田くん、夏休みのことなんだけど……その、右目……」


「名前」


「え?」


「名前で呼べって言っただろ」



 まずい。

 そういえば昨日、彼らのことは名前で、しかも呼び捨てで呼ぶように強要されたんだった。

 敬語はなんとか取れたものの、そちらを失念していた。



「きょ、馨也」



 たどたどしくなってしまったが、慌てて彼の名を呼んだ。

 機嫌を損ねたくない。

 私は私の身の安全を確保するために、彼らの要望にはなるたけ答えようと努力することにした。

 余程のことがない限り、彼らの意のままだ。



「可愛いな、愛生」



 あ、と思った時には遅かった。


 私と彼の影が一つに重なる。


 付き合ってまだ一日も経っていないのに、唇を合わせる行為はすでに両手じゃ足りないほど経験した。

 初めは涙が出そうなくらい嫌だったけど、今では、私は恋愛初心者なのに妙なスキルだけ上がってくな、とぼんやり遠い目で思うだけだ。



「夏休み、俺と御峠が何をしていたか知りたいか?」



 私は曖昧に頷く。

 知りたいけど、知らない方がいい気もする。

 彼の右目と先輩の片腕が如実に事の真相を語っているにも関わらず、私はそれを否定していて、実相の輪郭がはっきりするのが怖かった。

 でも、知らないままの方が様々な想像を掻き立てるので、先程は思わず尋ねてしまったに過ぎない。



「や、やっぱりいい……」



 臆病な私は、かぶりを振って俯いた。


 彼も無理に教えようとはしなかった。



 馨也にクラスまで送ってもらう間、生徒や教師までもから色んなものが入り混じった視線を一身に注がれた。

 大方、不良として有名な彼と地味で大人しい私が肩を並べているのが不可解なのだろう。

 その証に、教師の人たちからは物案じするような色が伺えた。

 ……誰も、直接話しかけては来なかったけど……。

 一体どんなことを邪推されているのかと心配になった。



「じゃあ、ここで。またな、愛生」


「うん……」



 名残惜しそうに去ってゆく馨也の背中。

 私はため息をホッと吐いて、教室に入った。


 ―――瞬間、そこにいたクラスメイトたちに囲まれた。



「どういうこと!?遠山さん!」


「あの新田くんと付き合ってたの!?」


「いつから?なんで?」



 まさか、と大合唱しそうなクラスメイトの勢いにたじろぐ私は、しどろもどろに「えっと」「その……」の繰り返しだ。

 四方八方から質問攻めにあったけど、何を言っていいのか分からない私は茶を濁す。


 なんで?の部分は、私だって知りたいくらい……。


 しばらくして何一つ明瞭な答えが返ってこないと分かると、クラスメイトたちは私の元から一人、また一人と去っていった。

 チャイムが鳴る頃には、投げて返しての質疑応答からも解放された。



「それにしても、新田馨也ってあんなに紳士的だったんだね。信じられない」



 前の席の友人が話しかけてきたので、私も「そうだね」と力なく笑った。


「付き合うことになったの?」の質問にはやはり、どう答えていいのか分からなかった。




 私は知らない。

 授業が終わり、伊織先輩が私を迎えに教室に現れたことで、新たな波紋が生まれるのも。


 私は知らない。

 その時友人が、ひどく虚ろな目で私を睨んでいたことも……。



 何も知らない私は、罪ですか?





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