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そもそも、何の取り柄もない私を何故?
猶予である夏休みが終わることに怯えながらも日々を過ごしつつ、私がどういった理由で彼らに気に入られてしまったのか考えてみた。
あの告白は……おそらく嘘偽りないものなのだろう。
信じられないけど、彼らの気持ちを疑ってはいけない。
でなきゃ今度は、確実に暴力を振るわれてしまいそうで、私は心底恐ろしかった。
蘇芳色の髪の男―――新田馨也は、隣のクラスの不良だ。
住む世界が違う彼とは当然会話をしたことなどなく、二年になってからこまめに登校するようになったらしいがそれまではやや不登校気味だったため、噂でしか彼の人物像を知ることがなかった。
誰構わず目についた人を己のストレス発散のためだけに殴る、非道な男。
事実かどうかは分からないけど、みんなに彼について問えば異口同音にそう答える。
一年の半ばには殺傷沙汰も起こしたと有名だから、噂には若干の尾ひれがついているとしても限りなく真実に近いのだと私は推察する。
そして校内で喧嘩の強い彼と肩を並べていたのが金髪の先輩、御峠伊織。
大物政治家の息子だか大手財閥の御曹司だか言われている、とにかく教師たちから破格の待遇で持て成されるお金持ちだ。
これも噂だが、権力を笠に着て毎日いばりちらしているらしい。
彼は新田馨也ほど偉丈夫ではなく、お金の力に物を言わせる少しばかり悪知恵が働く男で、だからこそ不良と張り合えているのだと友人が教えてくれた。
しかしやはり、こちらも私との接点は見受けられない。
いつ、どこで、どうやって出会ったのか?
私は自分の外見をきちんと理解している。
絶世の美女と言うわけでも、絶望的な醜女と言うわけでもなければ、ごくごくありふれた垢抜けない顔に、平均よりわずかに小さな身長、凹凸のない体。
幼児体形が好みと言うなら別だが、とても人目を引くようなものではない。
大人数が一堂に介せば印象の薄さ故に埋没してしまう、味気ない容貌をしている。
従って、一目惚れという可能性は無きに等しいだろう。
ならば、私の知らないところで無自覚に彼らと関わっていた?
いくら過去を追想しても思い当たる節がないため、導き出された結論はそれだった。
風姿の良い彼らに言い寄ってくる女の子なんて掃いて捨てるほどいるはずなのに、よりにもよってどうして私なんだろう。
そもそも私は、どちらかと付き合うことについて了承した覚えはない。
すべて彼らが私の承諾なくして勝手に決めたことだ。
けれど、付き合わないという選択肢は認めないと言われてしまったし、仮にそれを選んだとして、私は果たして無事でいられるのか。
腹いせに何かされたりしないだろうか?
もしかしたらイジメられるかもしれない……。
自分が彼らに痛めつけられる未来は想像に容易く、それが私の不安を最大限に煽った。
こんなことになるなら、もっと早くに初恋を済ませておくべきだったと後悔した。
彼らには断り文句として恋愛に興味がないと言ったものの、まったく無関心というわけではない。
まだ理想の相手が見つかっていないだけで、私だって恋をしたい願望くらい人並みにある。
それなのに、好きでもない人と付き合うなんて……。
仲の良い友達にこの事を相談しようと考えたけど、うまく言葉が纏まらず喉元に押し留めた。
学校中から畏怖される彼らに告白されたなんて、妄想が激しいと一笑に付されるだけだろう。
誰にも言えない歯痒さが身を絞めるも、仕方ないことだと我慢するしかない。
とにかく今は、ただただ夏休みが明けないことを祈るばかりだ。
「ねー、愛生ぃ。聞いた?あの新田馨也と御峠先輩が今、全面抗争中らしいよ。あれだけ膠着状態を保っていたのに、夏休みに入ってからなんだか一気に火が点いたみたいでね。どっちがうちの高校の天下とるのか、見物だよねー」
夏休みも中盤に差し掛かったある日、友達の家に遊びに行った時のこと。
友達が嬉々として話す彼らの話題に、私はぎこちない笑みでしか対応できなかった。
「そ、そうなんだ……」
本当に決着とやらをつけるつもりなんだ、あの二人……。
ってことは火種は私?
でも、私が告白される以前から仲が悪かったみたいだし、私はダイナマイトプランジャーの作用に過ぎない。
つまりスイッチじゃない。
私がいなくとも、いずれは起爆したはずの二人なのだ。
私のせいではないと、臆する自分に言い聞かせる。
あわよくば、そのまま決着がつかずに終わってくれれば……。
自分の影の薄さには妙な自信があった。
だから夏休みの長い期間を経れば、二人とも私のことなんてすっかり忘失してくれているんじゃないかと、心のどこかで期待した。
……彼らがそこまでの馬鹿でないことは十分得心していたはずなのに、一縷の希望に縋らずにはいられなかったのだ。
「愛生ってば本当、噂とかに疎いよねー。そんなんじゃ情報化社会の中を生き抜けないよぉ?オトモダチ関係も大事なのはまず、どれだけ多く周囲の情報を把握してるかだからね!」
ケラケラ笑って私の肩を叩く友人は、本当にこの現代社会に向いた要領の良い子だと思う。
他人のことまで気にする余裕のない私とは大違いだ。
ふと、御峠先輩に「鈍感で無感覚」と言われたのを思い出した。
確かに私は鈍感なタイプだろう。
他人の機微に通じえないし、空気を読もうと努力はしてるけど、なかなか結果に繋がらない。
中学の頃は、そのせいで一部の女の子たちからハブられたこともあった。
「無感覚」だなんて、言い得て妙なところもあるものだ。
畢竟するに、私は誰の目から見てもそう思われているらしい。
なんだか悲しくなる。
けど、別に今は友達もいるんだし、気にすることじゃないよね……?
憂鬱な夏休みは憂鬱な気分のまま、無情に過ぎていった。
「よう、愛生」
夏休みも最終日、我が家の庭先に新田馨也が現れた。
まさか家を知られているとは思わなかった私は、唐突に現れた彼にびっくりして腰を抜かし、地面に尻餅をついてしまう。
「な、な、なんで……」
タイミングの悪いことにその時間帯は両親が出掛けていて、家には私しかいなかった。
そのため誰かに助けを求めることはできない。
金魚のように口をパクパクする私に、彼は目を細めて微笑むと、地面にへたり込んだ状態の私を抱き上げ、縁側へ座らせた。
その時、彼の片目にほんの少しの違和感を覚える。
なに……?
「ああ、気づいたか愛生。御峠の野郎がな、やりやがったんだよ。片目を潰された。……義眼が怖いんなら、明日からは眼帯でも付けてくることにするか」
御峠先輩がやったって……。
何で?
二人は夏休みの間、何をしてたの?
片目を失明させたというのに、そのことを話す彼はどこか楽しげだった。
「御峠の末路、知りたいか?」
ニヒルに笑う彼。
それがあまりにも怖くて、私の心臓はバクバクだ。
指先が小刻みに震えてきた。
先輩の末路って……。
「まさか……」
まさか、先輩を殺したの?
決着をつけるって、そういうこと?
なんて恐ろしい真似……!
力の入らない足を叱咤して、なんとか新田馨也から距離を取ろうとした時。
「―――ははっ!」
張り詰めていた空気に似つかわしくない笑い声が、彼の口から漏れた。
「なわけねえだろ。妙な想像したな、俺が御峠を殺したとでも思ったか。あいつは殺しても死なないピエロのようなやつだぞ」
「あ……」
「怖がらせて悪かった。御峠、いい加減出てきたらどうだ」
新田馨也が掛けた声に、どこからともなく飄々とやって来た鮮やかな金髪。
左腕に真っ白な包帯を巻いていたが、一先ず彼が無事であったことに安堵した。
同時に、これからどうなるのかとも憂慮した。
「やっほー、愛しの愛生ちゃん」
甘いマスクの笑み。
何も知らない人が見ればさぞ魅了されるだろうそれに、私は何故だか身の毛がよだつ。
御峠伊織は言った。
「俺たちねー、決めたんだよ。二人できみを愛そう、って」
どういうこと……?
聞き返した声は、きちんと音になっていただろうか。
「だからさあ、愛生ちゃん。
俺たち二人と付き合ってよ」
いいだろ?と、はにかむ彼らは、怪我を負ったせいで頭までおかしくなったようだ。