叙爵
「……よって、ここに貴殿を、ウェスト・シュミーテル公爵に叙する」
皇帝が宣布する。
公爵はさらにその上にある爵位である大公爵についで、2番目に高い爵位である。
親任によって爵に叙される場合は、他の同名の爵位よりも、若干地位が高いことを示している。
さらに、伯爵以上には爵地が与えられ、その地名が爵の中に組み込まれている。
俺の爵地は、ウェスト・シュミーテル地方だと、これではっきりと分かるという仕組みだ。
さて、爵親任式が終わると、すぐに俺は自らの爵地を見に行くことにした。
ちなみに、今までに俺は爵地を何個かもらっている。
ただ上位の爵になるほど広大な領域を与えられるから、一番大きな爵地だと言える。
大公爵にもなれば、1つの要塞都市をまるまる与えられる。
「見えてきました、こちらになります」
執事が、電車の中から教えてくれるのは、草原地帯である。
「きれいなところだな」
「さようですね」
執事は、俺の父親の代から、俺の一家で勤めてくれている。
だから、かれこれ30年は軽く超えるだろう。
「領主の館は、どこになるのだろう」
「駅に迎えが来ているとのことなので、尋ねれば連れてもらえます」
「さすがだな」
「恐れ入ります」
電車は、そんな会話をしている俺たちを連れて、タタンタタンと軽快に進んでいった。
さて、駅についたはいいが、誰が迎えか分からない。
「ウェスト・シュミーテル公爵閣下、でいらっしゃますか」
声をかけてきたのは、まだ10台前半と思われる男子だった。
「君が迎えかな」
「はい。父親が連れてこいとのことなので、お迎えにあがりました」
すぐに俺が分かったのには、服装に秘密がある。
親任爵は、勅任爵つまり親任式を経ずに爵位を授かる一般の爵と違い、帯刀することが義務付けられている。
爵刀と呼ばれているもので、それぞれの爵によって刀の形状が決まっている。
また、公爵と大公爵は、それぞれ帽子をかぶることも義務となっている。
無論、建物の中やその場に合わせて脱ぐことになっているが、屋外では、原則着っぱなしだ。
「では、案内をしてくれるかな」
俺は執事が荷物を持ってくるのを見計らって、彼に言った。
案内先は、先ほど見た草原地帯の方向で、さらに堅牢な城が見えてきた。
「ウェスト・シュミーテル地方は、皇帝が最後に先陣を切って闘った地です。その戦争は、20年間に及びました。最終的には皇帝陛下が勝たれ、この地を治めていた、ラグフォート・シュミーテル王は、二度とこの地に足を踏み入れぬことを条件に、処刑されることを免れました」
「すごいな、郷土史を全部覚えているのか」
案内の彼の指示によって、執事が運転している車の中で、彼がすらすらとこの地の歴史を教えてくれている。
「このあたりの学校では、全員が教わることになってますから」
「確か、シュミーテル地方は、ウェストエリアとイーストエリアに二分されていましたね」
執事が尋ねる。
「はい、その通りです。ラグフォート王の時代は一つでしたが、公爵領と指定された時点で、ウェストとイーストに分かれました。しかし、当時の中心地である町はイーストエリアにあり、現在はイースト・シュミーテルは大公爵領とされています」
「そういえば、君の名前は?」
「あ、申し遅れました。この地の国司の息子、ガリウィック・シュトルーレンです。ガルとお呼びください」
「ガルか、よしガル。そろそろだと思うのだが、君の父親が、今の国司なんだね」
「はい、その通りです」
「よろしい。では、これは小遣いだ。とっときなさい」
俺は、車をゆっくりと止める執事に命じて、30ポルク紙幣を、ガルに渡した。
「こんな大金、いいんですか」
聞いてくるガルに、俺は言い返した。
「良いからとっときな。それと、もう1つ」
ドアを開ける前に、俺は聞く。
「俺の守護兵になるつもりはないか」
返事を聞くよりも先に、執事がドアを開けてくれ、俺は最初の一歩を踏み出した。
ウェスト・シュミーテル公爵領は、田園地帯が中心だ。
こういうところには、俺がいつもいるとは限らないため、国司と呼ばれる人を置く。
国司は、公爵の代理人としてこの土地を治めることになる。
通常の徴税業務から、皇帝へ送る報告書、手紙、その他もろもろまで一切を任せると言うのが、よくあることだ。
「公爵閣下。よくぞおいで下さいました」
「お前が国司か」
「さようでございます」
「……よし、城を案内してくれないか」
「畏まりました」
俺の執事はガルとどこかへと行ってしまい、俺は国司とメイド1人と一緒に案内を受けることになった。
さて、一通りの案内が定型的に終わると、晩餐会が開かれる。
国司が主宰する公式の晩餐会の為、俺も正装をする。
俺が持っている爵位全ての章を付け、また軍籍を有しているためその服装になる。
ちなみに、俺の爵位は、グラジュル・ブルンド男爵、ヘアルテ・イル男爵、イルガル・ムツリ伯爵、ラガー・テラー伯爵、シュツル・ランド侯爵で、それぞれに爵章と呼ばれる、その爵位を有すると言う証明の星章がある。
正装ならばそれらを全て付ける必要があるのだ。
さらに、軍籍として、名誉将官及び名誉皇帝警護員もあるため、それらの服装と飾緒を付ける。
そして、爵刀を、最上位である親任公爵用を付け、帽子を被れば完成だ。
これらの服装や、そのた勲章やらで、総重量が3kgもあったりするが、これも仕方ないこと。
「これでよろしいかと」
執事が言うと、俺は全身鏡へ向かい、確認をする。
「よし、いいだろう」
「公爵閣下、お席の準備が調いました」
メイドが呼びに来て、俺は晩餐会席へと向かった。
宴もたけなわ。
デザートを食べ終わったタイミングで、俺はあることを国司に提案する。
「さて、国司さん。貴方の息子さんは、とてもよく出来た子ですね」
「お褒めにあずかり光栄です」
「そこで一つ提案があるのですが」
「なんでしょうか」
「守護兵として、私の身辺に就かせたいと思います。無論、その範囲は公爵領の中のみとなりますが」
「それは願ってもないチャンスです。なあガル」
「うん!」
本人も喜んでいるようだ。
それもそうだ、守護兵は爵の保有者を守ると言うだけでなく、執事の部下として、一切の生活をサポートすることになる。
その一方で、守護兵を累計3年間無事に勤めあげれば、無条件で騎士階級へ進むことができる。
ただし、そのためには守護兵として、爵位者が許可を与えたうえで任命する必要がある。
騎士階級は爵位とは全く違う組織で、爵位を持っている人でも騎士ではない人もいるし、その逆もいる。
その上、騎士は世襲ではないため、何代も連続して出しているという家系は存在しない。
せいぜい3代連続が限界だ。
ただ、騎士階級へ入ると騎士団の一員となり、爵地領と同様の騎士団領が与えられる。
個人の物ではないのが大きな差ではあるが、その地では自らの土地のごとくふるまうことができる。
その第一歩を踏み出せるというのだ、嬉しくないわけがない。
ちなみに、軍と騎士は別物だ。
「では、やってくれるね?」
「はい、喜んで閣下」
「よろしい。では、詳しいことは執事から聞いてくれ。では、私は自室へと戻らせていただこう。真おいしい料理の数々。実に見事であった。コックによろしく伝えてくれ」
「分かりました閣下。それでは、ごゆっくりと」
俺はそういわれ、部屋から出た。
翌日の朝。
駅まで送ってくれるという国司に対して、俺はガルだけで良いと告げる。
「今日から世話になるからな」
「はい閣下」
執事がいろいろとガルに、夜中に教えていたらしく、疲れたような感じではあるが、問題はないようだ。
「では行こうか」
俺が言うと、ガルが静かに車を動かした。