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集う剣士(2)

 どうして、ライカがここに?


「お前か、小娘。出戻りをよこすとは、剣友会は余程この儀に不満があるらしいな。当然だが」


 しわがれた声で言うのはスライスだ。


「まっ、そこは言われてもどうしようもないわね」


 あっけらかんと気にする様子もなく言って、ライカはウインクしてくる。


「久しぶりじゃない、ヴァン」


「ライカさん。シャークの親衛隊のあなたが、どうしてここに?」


 俺の質問に、ライカは驚いて逆に聞き返してくる。


「えっ、とっくの昔に親衛隊なんて辞めたわよ、知らなかったの?」


 全然知らなかった。確か、出世する流れになっていたと思ったが。


「あんな失態をしておいて、そ知らぬ顔で勤め続けられるほど面の顔は厚くないわ。それに、あの事件で自分の未熟さが分かったから、鍛え直したいって思いもあったし。だから、古巣に戻ったわけよ」


「古巣?」


「ホウオウ流だよ、ヴァン」


 ソファーに座ったマサカドがにやついて口を出してくる。


「父方がシャーク国の役人の筋だったからそっちに行ったが、元々はライカはホウオウ流の遣い手としては結構有名な女だったんだ」


「そういうこと。で、今はイスウ剣友会の代表ってわけ」


「イスウ剣友会についても知らないだろうから説明しておいてやるよ」


 マサカドはそう言って、ぽんと隣に座っているアオイの肩を叩く。


「おい、説明」


「はっはい」


 アオイは立ち上がると、背筋をピンと伸ばす。


「イスウ剣友会は、イスウ国の剣術の熟練者による会です。剣術が大きな意味を持つイスウにおいて、強力な力を持っています」


「とは名ばかりで、実際にはイスウ国の貴族連中、役人連中、そういった既得権益の亡者共が剣術を口実に作った寄合みたいなものだ。そういう連中は色々な意味で古いからな。使っている剣術も当然、ホウオウ流だ」


「そっ。そういうわけで、ホウオウ流の免許皆伝で、なおかつ何の背景も持たないあたしが代表に選ばれたわけ」


 結構不愉快な役回りだと思うが、そこまで機嫌は悪そうに見えない。いや、むしろ。


「何だか、機嫌良さそうですね」


「当然でしょ」


 すっとライカの目が細まり、そして周囲の温度が一段下がったような感覚。


「だって、セキウン流の秘剣、その一端を目にすることができるかもしれないのよ?」


 欲だ。

 ただただ純粋な欲が目からあふれ出ている。


「欲しい。凄い欲しい。その剣の術理が。それは、自然なことでしょう?」


「う……」


 俺が言葉に詰まった一瞬、


「まあまあ、ヴァン殿は剣士ではありませんからな。そういう気持ちはいまいち理解できないのでしょう」


 するりとヒエイが割って入る。


「そうかもね」


 あっさりとライカは元の様子に戻り、


「しっかし、どうしてヴァンがここにいるわけ?」


 そういえば、向こうからすれば俺がいることの方が不思議か。


「ああ、それはですね」


 大体の経緯を説明しながら、横目でライカと共に入って来た青年を見る。


 青年はトウコと何やら会話しながら、遊戯室の隅の方へと移動している。


 あれが、おそらくナムトの剣士。


「お久しぶりですね、ウーヘイ」


 トウコは青年の名を呼ぶ。親しげな印象はなく、鉄のように冷たく固い口調だった。あるいは、彼女にとってはそれが普通なのかもしれない。その存在自体が刀のような女だ。


「トウコ。秘剣を伝授されるのは君だと思っていた」


 ウーヘイと呼ばれた青年は、棒読みでそう語る。


「ん」


 ここに俺が来た経緯を聞き終えたライカは、さっきからずっと俺の視線がウーヘイに向けられているのに気付いていたらしく、


「ウーヘイに興味があるの? まあ、そりゃあるか。ナムトの剣士だもんね」


「というより、ナムト自体に興味がある」


 最小の国土を持ち、孤立主義で情報をほとんど外に出さない謎の国。亜人の特徴を濃く持つ者が多いとか、独自の魔術を持つとか聞いてはいるが、どれも噂の域を出ない。


「そうよね。でも、あたしもウーヘイとは付き合い長いけど、それでもナムト国についてはほとんど知らないわ。教えてくれないわよ、そこら辺は」


「ふうん」


 そんなもんか。


「久しぶりにお手合わせできませんか?」


 トウコが、刃のような目と声でウーヘイにそう提案している。


「竹刀で叩き合いか?」


 断る様子はなく、ウーヘイは静かにそのトウコの目と声を受け止める。


「いえ、それでは面白くありませんね。どうです、道場で打ち合いは?」


 その提案は、ウーヘイに対してのものだというのに、部屋にいる全員を凍りつかせる。明らかに部屋の雰囲気が変わる。


「トウコ殿、それは」


「やめとけって、大事な儀式の前なんだしよぉ」


 ヒエイとダイゼンが止めようとするが、


「トウコ、君の太刀筋がまた鋭さを増したかどうか、確かめてみるのもいいな」


 言うが早いか、ふいとウーヘイは部屋を出て行く。


 その後姿をトウコが追い、ヒエイとダイゼンは顔を見合わせてから頭を抱えている。


「あーあ」


 ライカが耳元で囁く。


「道場には木刀が置いてあるからね」


「木刀?」


 だとしたら。


「当たり所悪ければ死にかねないですね」


「そういうこと。もう一つ、恐ろしいことに、セキウン流の掟として、道場では真剣勝負も許されてるのよ」


「真剣って……」


 え? あの真剣?


「ほら、結構皆、剣を持ってるでしょ、既に」


 言われてみれば、そもそもそう言っているライカが剣を革鎧の腰に差しているし、トウコはやけに長い刀を差していた。ウーヘイもあのマントの中に武器を持っていてもおかしくない。未だににやついているマサカドの腰には、巨大な刀が体の一部のように身につけられている。


「おい、見に行こうぜ」


 この上なく嬉しそうに、わくわくとしているのを隠そうともしない声でヘンヤが言う。


「物好きな」


 咳き込みながら言って、スライスはその場から動こうとしない。


「俺も面倒だな。けど、俺達イスウの探偵団がいる前で死人が出てもまずい。アオイ、見に行って来い」


「はいっ」


 マサカドの命令に勢いよくアオイが立ち上がる。


「ヒエイさんとダイゼンさんは? 来ないのかよ?」


 部屋を出ながら振り返ったヘンヤが確認するが、


「もう、勝手にしてくだされ」


「ったく、おら達年寄りの頭を悩ませるなあ、若い連中は。もう知るもんか」


 二人は愚痴って部屋の片隅でぐったりとしている。


「二人とも老け込む歳じゃああるまいに。まあ、いいや、じゃあ、ヴァン、ライカ、それと、ええと、アオイだっけ、行こうぜ」


 いつの間にか行くことになっている俺とライカだが、少なくとも俺は興味があったのでいそいそとヘンヤに続いて部屋を出る。


 ぎしぎしと俺やアオイが歩くたびに古い板張りの床が音を立てるが、さすがというべきか、ヘンヤとライカ、この剣士二人は足音をさせない。

 特に慎重に歩いている様子はないのに、無音で足を進めていく。


 遊戯室を出て廊下を右に曲がるところで、大きな窓がある。というより、そのスペースに壁がないだけ、と言うべきだ。

 そこから、地図にもあるように隣にある離れが覗ける。


「小さいな」


 顔を窓から出して、思わず呟く。

 この屋敷に比べれば、小さい。それでももちろん建物としてはそれなりの大きさなのだが、あそこに全員で雑魚寝、と考えると結構小さい気がする。


「お、あれは」


 そして、窓から顔を出したまま右を向けば、犬小屋と見取り図には記されているスペースが目に入る。

 屋敷に併設されているそれは、小屋というよりは、金網で仕切られたスペースに木製の屋根が載せてあるだけといった造りだ。金網というのも、俺の前の世界にあった金網ではなく、細い鉄柱が荒く交差させられている、なんとか中の犬が逃げ出すことはできないであろう程度のもの。

 その内部に、なかなかの大きさの真っ黒い犬が数匹、じゃれあっているのが見える。じゃれあっているのだろうが、もしあの感じで俺にじゃれつかれたら命の危険を感じるレベルだ。とにかく、犬がでかくて怖い。


「おい、なあに犬に見とれてるんだ。早く行こうぜ」


 ヘンヤに急かされ、俺は頭を戻して道場に急ぐ。

 窓をもう一つ通り過ぎてから、漆喰の壁に取り付けられた両開きの木製の扉の前に立つ。


「ここ、だよな」


 見取り図ではここのはずだ。

 だが、自分で開ける勇気が中々出ない。外からは中が窺えないし。


「さっさと開けろよ」


 ひょいっと、無造作にヘンヤが扉を開く、その瞬間。


「うっ」


「ひぃっ」


 俺とアオイが、よろめく。

 その扉を開けた瞬間に溢れて出てくる殺気に押されて。


「お、まだじゃねえか、間に合った、ひひ」


「さすがに真剣ではないみたいね」


 平然と道場の中に入っていくヘンヤとライカ。


 俺とアオイは一度、不安な顔を見合わせた後で、ゆっくりと道場に入る。


 板張りの広い道場。

 その中で、ライカの言葉通り、真剣ではなく木刀を持って、トウコとウーヘイが向かい合っている。


 俺達がどやどやと道場に入って来たというのに、トウコとウーヘイはこちらに意識を向けようともせず、お互いを凝視し合っている。

 その緊張感に俺もアオイも口すらきけなくなるが、


「どう思う?」


「そうねえ。あのトウコ・ヤザキの生真面目な剣がどこまでウーヘイに対応できるかがみものじゃない?」


 隅に腰を下ろしながら、ヘンヤとライカは暢気に会話する。


 俺とアオイはもう動くことすら苦しくてできず、その場に立ち尽くしたまま二人を見守る。


 前世で学生時代に授業でやった剣道の授業さながら、正眼に木刀を構えた、分かり易い、教科書のような姿勢のトウコ。


 対照的に、ウーヘイは黒いマントに隠れて木刀を握っているのかどうかすら分からない。ただ、足元、マントの裾から木刀の剣先が覗いているのが確認できるだけだ。


 いつ始まってもおかしくない。そんな緊張感の中で、トウコは石のように落ち着き払っている。


 得体の知れないウーヘイの方が、むしろその緊張感を嫌うように、体を左右に揺らしている。


「ブレないな、相変わらず、トウコは」


「本当に。王道の風格みたいなものがあるわね。後継者にはあっちが相応しい気さえするけど」


「ひひ、実は俺も結構それ、あるんだぜ。家柄といい、剣風といい、人柄といい、あいつの方が後継者には相応しい」


「だったら、どうしてあなたが後継者に?」


「決まっているだろ」


 声を小さくすることなく、ヘンヤは言い放つ。


「俺の方が強いからだ」


 う、と声を出しそうになる。


 ヘンヤの言葉に反応するように、トウコの落ち着き払った雰囲気に一瞬の揺らぎが生じたのが俺にも分かる。


 その揺らぎを見逃さず、ウーヘイが斜め前に跳ぶ。体を回転させながら。


 あまりにも挑発的なヘンヤの物言いに心を動かしたトウコ、それを見逃さなかったウーヘイ。


 そして、ウーヘイの剣がはしる。


 マントから、突然出てくるように木刀がトウコに襲い掛かる。

 握りすら見えないマントを使った構えから、体全体を使って突如として切りかかる。これでは、相手は太刀筋の予想などできない。

 これが、ウーヘイの剣か。


 あまりにも綺麗な、型にはまったトウコの構えの隙に向かって、不意打ちにも等しい剣が伸びる。


 だが、トウコは一歩、たった一歩横に動くだけだ。そして、それと同時に、正眼に構えていた木刀をただ振り下ろす。

 たったそれだけの作業で。


「えっ」


 アオイが声を漏らす。


 トウコの木刀による一撃で、ウーヘイの木刀がへし折られていた。


「また君は一段と鋭くなったな、トウコ」


 ウーヘイは大した動揺も見せずにそう言って、一歩下がる。


「強かにもなった。あれは誘いか。無様に誘い込まれてしまった」


「それで私が騙せるとでも思っているのですか」


 一方、圧倒的に勝利したはずのトウコの声は鋭さを増している。


「わざと手を抜きましたね」


「君を騙せるとは思っていなかった。ただ、後ろで見物しているヘンヤとライカが、少しでも油断してくれればと思っただけだ」


 平然と答えて、ウーヘイは目を細める。


「しかし、無駄な努力か。どちらにも見抜かれていた」


「勝負で敢えて手を抜くなどと」


 目を尖らせて激昂するトウコだが、


「いいじゃないか、ひひ。それも兵法だ。そこら辺が甘いから、お前は選ばれなかったんだよ。看板背負ったら、綺麗ごとだけじゃやっていけねえからな」


 ヘンヤの笑いながらの言葉に、不意に表情を消す。


「確かに、私には向いていないのでしょうね。師匠にも真っ直ぐすぎると言われました」


「自覚あるだけマシじゃないの?」


 同じ流派でもないライカがそんなことを言うのに驚く。

 フレンドリーというか、馴れ馴れしい奴だ。


「それでは、どうする? 再戦して、無理矢理にでも俺に全力を出させてみるか?」


 挑発ではなく、純粋な疑問としてらしい言い方でウーヘイが言う。


「ヘンヤ、君でもいいぞ。ライカ、もちろん君でも」


「俺でもいいのか?」


 死人の声。


 全員が虚を突かれたように一斉に声の方向を向けば、道場の隅に、突然床から滲み出たかの如く、スライスが立っている。


「ただし、真剣勝負を所望する」


 死人の目で、スライスはウーヘイを見る。

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