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集う剣士(1)

 あまりにも日本の屋敷に造りが似ているから、玄関で靴を脱がなければいけないかと思ったが、そんなこともなく、そのままヒエイの案内で遊戯室に通される。


 遊戯室とは名ばかりで、板張りの広い部屋の真ん中に古いソファーが置いてあり、後は壁に袋竹刀がいくつもかかっているだけだ。

 遊戯というか、確かに袋竹刀で叩き合いくらいはできるだろうが。


 そして、袋竹刀を持って、お互いの袋竹刀を叩き合っている二人がいる。どちらも片手で袋竹刀を持ち、いかにも軽く振っているように見えるが、目では捉えられないくらいの速度で袋竹刀の剣先が動き、袋竹刀同士がぶつかるたびに、ばちりと大きな音がする。


 一人は長い黒髪の凛々しい女。まだ若い。真っ白い襦袢と真っ白い袴という格好で、どこか幻想的ですらある。

 もう一人は青白い顔をした、やせ細った男だ。墨で染めたような真っ黒い着流し、それも皺がついてくしゃくしゃなものを着ている。

 二人はほとんど手首だけで袋竹刀を動かすようにしながら、凄まじい速度で叩き合っている。


 その様子を、面白げににやつきながら見てソファーに座っている男。巨大な男だった。縦にも、横にも大きい。巨人のような男。

 壮年のようだが、若さと荒々しさが内側から漲っているのが分かる。屋内には、いや平時には不釣合いな鋼鉄製の甲冑を身に着けているが、男にはまるで普段着のように似合っている。

 赤みがかかった短髪を後ろに撫で付けている男は、楽しそうに男女の袋竹刀の遊びを眺めながら、自らの腰に差してある刀の柄を掴む。まるで、今にも二人の叩き合いに参加しそうだ。


 そして、大男の占領するソファーの端っこで、はらはらと大男を心配そうに見ている女。まだ若い、ポニーテールの生真面目そうな女だ。パンゲアでは珍しいめがねをかけている。服装は地味な紫の着流し。確か、これはイスウの役人の制服だったはずだ。


「ひひ、やってるな」


 遊戯室に入ったヘンヤは、動じることもなくそう言ってつかつかと叩き合っている二人に近づく。


 それに気付いたのか、二人も袋竹刀を振るのをやめて、ヘンヤに向き直る。


「来たか、ヘンヤ」


 顔色の悪い男がそう呟いて、袋竹刀を壁に戻す。

 男は目にも生気がなく、死人か重病人のような見た目だ。さっきまで高速で袋竹刀を振っていたとも思えない。


「紹介するぜ、こいつはスライス。俺と同じくセキウン流の免許皆伝、師範代だ。こいつがヴァン。知ってるだろ、シャークの探偵のヴァンだ」


「よろしく」


 死人の目を合わさず、スライスは会釈する。


「あ、どうも」


 こちらも会釈を返す。

 どうも、この男の前に立っていると背筋に寒気がする。殺気というか、死の影が纏わりついているような感覚だ。


「俺とスライス、そしてこいつがセキウン流の師範代だ。こいつはトウコ」


「よろしくお願いします」


 黒髪のまだ若い女性は背筋を伸ばしたまま、機械のように正確に腰を折って礼をする。


「祖父がお世話になったようで」


「え?」


 祖父?


「トウコは名門だぜ。ひひ。本名はトウコ・ヤザキ」


「ああ、ハヤノシンさんの」


 あの大貴族の血縁か。


「孫です。本家の血筋ではありませんが」


 頭を下げているトウコと向き合っていると、今度はじっとりと汗が滲んでくる。まるで、鋭い刀の刃先を突きつけられているような気分になってくる。


「ひひ、抜き身の刀みたいな女だから、気をつけろよ」


 そうして、ヘンヤは視線をソファーに移す。


「よう、久しぶりだな」


「兄弟子殿、一年は会っていないな」


 座っている大男はにやつきを消さずにヘンヤを見て、


「それにしても、また腕を上げたんじゃないか、兄弟子殿」


「適当なことを言うなあ、相変わらず。見ただけで分かるのかよ、ひひ」


「馬鹿にしないでくれよ、兵法者の端くれだ。それくらいの目はある」


 大男は、そこで俺を向く。


「よお、ヴァン。ヴァン・ホームズ。初めまして。七探偵なんて大層な名で呼ばれてるもの同士、仲良くしよう。ああ、でもジャンゴがああなっちまったから、今は六探偵なんだっけ?」


「一応、二代目が頑張ってますよ」


 言いながら、やはりと俺は納得する。

 ということは、やはりこいつは。


「ええと、マサカドさん、でよろしいですよね?」


「ああ、もちろん。他に誰だと思う? ああ、横にいるこいつ、こいつは」


「助手のアオイ・エンドウです!」


 真面目そうなポニーテールの女が、ソファーから立ち上がって勢いよく名乗る。


「違う。単なる部下だ。探偵だ。一応、うちの探偵団の期待のホープなんだよ、こいつ」


「はいっ、頑張りますっ」


 何を頑張るつもりかは分からないが、かなり意気込んでいる。

 いや、意気込んでいるのはいいのだが、どうも俺を見る目に敵意があるように感じる。気のせいか?


「というわけだ。七探偵が二人、それにアオイがいる。これで安心だ、兄弟子殿。他の師範代二人に殺されても、すぐに解決して供養してやれるよ」


 聞いているこちらがびっくりするような大胆なことをマサカドが言う。


「ひひ」


 それを聞き、ヘンヤはただ笑い、スライスは黙って死人の目で俺達を見るだけだ。


「私はヘンヤが後継者に選ばれたことは納得しています。経験、技量、人柄から言っても申し分ありません」


 一方、トウコは静かにそう言うが、その立ち姿の鋭さが増している気がする。


 いや、現に、部屋の中に、一瞬にして殺気が渦巻いている。誰のものなのかも分からない大量の殺意が。

 部屋に満ち、緊張で息苦しくさえなる。誰も、もう口を開かない。


 まずい、さっきまで、普通だったのに。

 分かる。これは、もう爆発する。何かが起こる。


「そこまでですぞ。まったく、若い連中はすぐにかっかとして困りますなあ」


 ぱんぱんと手を叩きながら遊戯室に入って来たのはヒエイで、そののんびりとした口調で一瞬にして殺気が打ち消される。


「いや、うらやましいことでさあ。おいらくらいの歳になると、そういう気概を持つのも一苦労ですからなあ」


 ヒエイの横には、片脚を引きずっている中年の男がいる。

 中肉中背で、短く刈り上げた髪と素朴な感じの顔がよく似合っている、人の良さそうなおじさんといった趣だ。


「おお、ダイゼンさん。ひひ、ダイゼンさんとも久しぶりだな」


「ヘンヤ君、久しぶりだなあ。セキウン様のところに最近顔を出さないから、おいらあ心配してたよ。で、こっちがヴァンさんか」


 ダイゼンと呼ばれた男はにっこりと笑う。

 だがその笑いの素朴さとは裏腹に、俺は無意識に一歩下がっている。


「おっ、ヴァン、さすがだな。この能天気そうなおっさんにも警戒するのはいいことだぜ、ひひ」


「師匠の付き人として諸国を巡っていた男で、元々は剣客。油断をしていると首を落とされる」


 そう言ってスライスが咳き込む。


「昔のことさあ。おいらは、もう、脚がこれだからな」


 ぽん、とダイゼンは引きずっている右脚を叩く。


 右脚のことを聞いていいのかどうか迷っていると、それを察したらしくマサカドが、


「ダイゼンさんは、セキウン流を起こしたばっかりの師匠に闇討ちしたんだよ。で、返り討ちにあって、その始末だ」


「えへへ」


 照れたようにダイゼンが頭をかくが、別に照れるような内容ではない。むしろ戦慄すべき内容だ。


「おいら田舎の腕自慢だったし、その時一番強いって噂になってるセキウン様を倒そうと思ってなあ。でもそんな人がおいらが試合を申し込んだって受けてくれるわけないから、闇討ちしたんだあ。所詮井の中の蛙で、あっさりやられて脚が駄目になっちまったけどなあ」


「師匠は常々、ただの田舎の腕自慢なら手加減もできただろうに、と仰っていました。それなりの腕があったダイゼンさんが不意に襲ってきたからこそ、師匠は片脚を奪わざるを得なかったのでは?」


 表情を一切変えず、歯切れよくトウコが言う。


「へへへ、そう言われると悪い気はしねえけどよ」


 ダイゼンはまた頭をかいて、


「まあ、それで片脚を引きずることになったのを、セキウン様は気の毒に思ってくれてな。それからずっと、おいらを従者として使ってくれてるんだ」


「はああ」


 はああ、としか言えない。凄まじい世界だ。


「まあ、そういう意味ではスライス君と同じようなもんだなあ」


 ははは、とダイゼンが笑って、話が終わる。


 が、俺だけは終われない。

 どうやら全員、さっきの話を何も疑問に思っていないらしいが、俺としてはダイゼンの話とあの青白い顔のスライスがどう同じなのかがさっぱりと分からない。


 話が終わって各自が思い思いに動き出したので、俺はできるだけさりげなくヘンヤに近づき、


「あのさ」


「ん?」


「さっきの、どういう意味?」


「さっきの?」


 本気で分かっていないらしく、ヘンヤは呆気に取られた顔をするが、


「いや、ダイゼンさんとスライスさんが同じって」


「ああ、あれか。ひひ、有名な話だけど、そうか、お前、知らなかったのか。影殺しの異名は知ってるだろ?」


「セキウンさんが狙ってきた影を返り討ちにしたところからついたって言われる異名だろ」


「そうそう、あれ、本当のことなんだぜ」


「え?」


 てっきり、創作だとばかり思っていた。

 剣聖セキウンの凄さを誇張するためのものだとばかり。


「返り討ちにあった影は三人。そのうち、内臓をいくつか駄目にしながらも一命を取り留めた影が一人いてな。なんやかんやで、その影はそのまま師匠の弟子になった」


「えっ、じゃ、じゃあ」


 スライス、あいつ元は刺客だったのか。あの顔色が悪いのは、内臓がいかれてるから?


「スライスとしても、影が任務失敗して死にかけたのにどの面下げて帰っていいか分からなかったし、一方の師匠としてはかなりできる奴だから、取り込みたいと熱心に口説いてな。ひひ、結局、免許皆伝まで進んだわけだから師匠の目は確かだったってことだなあ」


「うげえ」


 理解できない世界だ。

 殺しにいって、返り討ちにあいながらも生き残ってそのまま弟子入りする。

 命を狙ってきた相手でも、才能があれば自らの弟子にする。

 どっちも感覚的に理解のしようがない。


 と、気がつくと、ヒエイの姿が消えている。


「あれ、ヒエイさんがいない」


「ああ、さっき気配がしたからな、出迎えに行ったんだろ」


 平然と言うヘンヤ。


「気配?」


 意味が分からない。


「ああ、誰かがこの屋敷に近づいてくる気配だ」


「気配って、外から物音なんてしなかったぞ」


 俺の反論にヘンヤは呆れて、


「おいおい、だから気配っつっただろ。物音じゃないんだよ。信じてないみたいだけど、お前以外、兵法者なら多分全員気付いてるぜ。おおい、皆、何か、誰かが屋敷に近づいてきている気配するよな?」


 そう全員に問いかけると、驚いたことにほとんど全員が、何を当然のことを、とでも言いたげに頷く。

 アオイとかいうマサカドの部下の少女だけは、戸惑ったようにきょろきょろと全員の顔を見回している。が、それでも一応頷いているのはきっと周りに合わせているのだろう。


 剣士って、極めればここまでのレベルになるのか。


 そして、ヘンヤの言葉を証明するかのように、少ししてから、遊戯室の扉が開く。


「これで、全員揃いましたな」


 そう言って入ってくるのはヒエイで、その後ろから続いて二人の男女が入ってくる。


 一人は、尖った耳、金色のさらさらと流れる髪、そして白い肌とエルフの特徴が色濃く出ている青年だ。体つきもほっそりしていて、ぱっと見ただけでは美貌の女性にも見える。

 いや、違うか。

 よく見れば、痩せているわけではない。むしろ、かなり鍛えこまれている。だが、全ての部位が長い。エルフの特徴ゆえなのか、手足が長く、指が長く、首が長く、背も高い。だから、鍛えこまれているのに細いような印象を与えるのだ。

 青年は真っ黒いマントで全身を隠すようにしている。


 そして、もう一人は女性だ。

 浅黒い肌と尖った耳、明らかにダークエルフの特徴が出ている。まだ若い女性。革製の軽い鎧を身に着けた美しさと荒々しさを持ち合わせたような女性で、動き一つとっても隙のない優雅さと獣のような獰猛さの両面が。


「あれ」


 そこで、気付く。


「あら」


 向こうも気付く。


「ライカさん」


 俺は思わず名前を呼んでいる。

 かつて、士官学校の卒業の儀の際に巻き込まれた事件、その事件の関係者だった彼女の名を。

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