儀式の場へ(3)
感慨深げに屋敷を眺めて立ち止まるヘンヤと、それを待つ俺。
「ヘンヤ殿」
と、そこに屋敷の方から大男が駆けて来る。
日焼けした巨大な体に角刈りの頭、そして厳つい顔と三拍子揃っている男が走ってくるのに一瞬ぎょっとするが、
「ああ、ヒエイさん」
とヘンヤが普通に返事をするのでほっとする。
何だ、知り合いか。
「久しぶりですな。そちらは?」
「ひひ、こいつは、何を隠そうあの高名な探偵、ヴァン・ホームズだよ」
「ほう、これはこれは」
ヒエイと呼ばれた大男は会釈をして、
「わしはヒエイという者です。初めまして。このシジマ道場の管理人をしておりますな」
「どうも。ヴァンです」
シジマ道場、あの屋敷のことか。確かにシジマが道場として改造した屋敷だから、その呼び方であってるのか。
「それにしてもお早いお着きで。シャーク国からだから、もっとかかると思っておりましたぞ」
「あ、そう? 他の連中はどう?」
「ほとんど全員集まっておりますよ。ウーヘイ殿と剣の友の代表者がまだですが」
「なるほど。じゃあ、とりあえず全員に顔見せてくるか。あ、そうそう、ヒエイさん、見取り図は?」
「ここにあります。どうぞ。ヴァン殿もとってください」
そう言って渡されたのは、シジマ道場の見取り図だ。
「これは?」
「何が起こるか分からねえからな。ヒエイさんに頼んで、前もって見取り図を作っといてもらったんだよ」
なるほど。
「説明すると、これは上が北になっておる見取り図です。壁にところどころ書かれているマークは、窓ですな」
「窓?」
「ええ、イスウの古い屋敷の造りでして、窓がかなり大きめに作られております。ですので、大人でも楽々窓から侵入できるので、ヘンヤ殿がそれを心配して、見取り図に書いておいてくれと言われましてな」
「ふうん」
見れば、窓はかなり多い。イスウの古い屋敷は風通しをよくするため、大きな窓をいくつも作ることが特徴的だとは聞いたとこがあるが。
そこから出入りすることを考えれば、確かに出入り口は無数にあることになる。
「窓っていうのも、要するにただのでかい風を取る穴だからな。格子とか付けるのは粋じゃねえし、曲がりなりにも剣聖の儀式の場があまりにも厳重な警備だったら興ざめだろ、自信ないみたいでよ。だから、侵入し放題ではあるな。まあ、セキウン流の聖域に侵入する度胸のある奴がどれだけいるかは別にしてよ、ひひ」
口の右端だけを吊り上げるようにして笑うヘンヤ。
「この犬小屋って言うのは? 見取り図からすると、かなりでかいみたいだけど」
見取り図を見ながら気になったところを言う。
「ああ、それはわしが世話をしている犬の小屋ですな。小屋というか、金網で仕切られた屋外にあるスペースですぞ。巨大な犬が十匹近くおりますで、当然大きなものになりますな」
「番犬ですか?」
「まさか。師匠の趣味だよ。あの人、犬と遊ぶのが趣味だから」
答えたのはヘンヤだ。
「ええと、この離れって言うのは?」
「そこは皆さんが眠る場所ですな。道場には部屋がありませんので。道場に寝てもらってもいいですが」
「ちなみに、どっちを選んでも雑魚寝だぜ」
「えー」
ヘンヤからの情報に暗澹たる気分になる。雑魚寝なんて、かつての事件でのダンジョンでのテント以来だ。
「あとこれ、食卓って何ですか?」
食事室、なら分かるけど。
「ああ、すみませんな。しかし、そこは何と言うか、本当に食卓としか言い様がなくてですな」
よく意味が分からない。
「もう、部屋のほとんどが食卓なんだよ。どうしてあんな馬鹿なことになっちまったのかは知らないが」
「いや、ヘンヤ殿は知らないかもしれませんが、元々あそこは普通の部屋だったんですな。そこに、食卓があったんですが、シジマ様が亡くなりトキタダ様がいなくなってから、お二人の私物が最終的にその部屋に置かれるようになりましてな。見取り図以上に部屋が狭くなり、今や、箪笥や棚で狭くなった部屋のスペースのほとんどに食卓がある、というような状況なんですな」
全然想像できない。
「ちなみに、その食卓のところと遊戯室にある黒い四角は?」
「これは柱です。まあ、食卓のところにある柱は、実際には気になりませんがな。物に埋まっておりますので」
なるほど、大黒柱ってやつかな。太い柱が屋敷の中心辺りに二本あるわけか。
「ええと、あと、このヒエイって書いてあるのがヒエイさんの部屋ですよね」
「そうです」
「隣のセキウンっていうのが、セキウンさんの部屋」
「はい、剣聖セキウン様のお部屋になりますな」
なるほどなあ、と見取り図を見ていると、妙なものに気付く。
「ん? この、鏡っていうのは?」
見れば、妙な位置に鏡がある。そもそも、鏡があるのをわざわざ見取り図に書き込んでいるのが妙だ。
「ああ、それな」
横から俺の見取り図を覗き込んだヘンヤが説明する。
「そこに、妙にでかい姿見が置いてあるんだよ。あまりにも大きすぎるし、妙な場所にあるから、驚いたり、奥に行けると思って鏡にぶつかったりする奴がいるんだよ」
「ええ。元々設置したのはマサカド殿ですがね」
「マサカドって、あのマサカド?」
イスウ騎士団長にして探偵団長、七探偵の一人のマサカドか。
「あいつは立場上、よく道場に出入りしてたし、ナルシストだからでかい鏡が欲しかったんだろうぜ」
「にしたって、位置がおかしくないか?」
「マサカドは騎士団に入ってからも、道場に通っては師匠のところに顔を出してたからな。ナルシストなことに、道場で鍛錬した後師匠に挨拶に行く前に鏡の前で整えるわけだ」
なるほど。
「しかし言っちゃあなんだけど、狭い道場だな。ここ、そんな大勢の弟子を取れそうにもないけど」
俺が見取り図を見てそう言うと、
「当たり前だろ。シジマ道場を道場として使ってたのは、御前試合で師匠がホウオウ家に勝つまでだよ。お家流になってからは、門弟も増えるし、格も上がったから別のところに道場を移設した。今じゃ、こういう儀式の時くらいだな。誰かに免許皆伝与える時とか、そういう時に使われる。まあ、ヒエイさんがちゃんと綺麗にしといてくれるから普段使われてなくても問題はないな」
「毎日掃除はしてますからなあ」
笑うヒエイの手には、なるほど箒が握られている。巨大なヒエイの体に見合った、太く長い竹箒だ。
「それより、ヘンヤ殿もヴァン殿も、早く顔を見せた方がいいんではないですかのお」
「だな、ひひ、行こうぜ、ヴァン」
「ああ」
そう答えながら、ひやりとしたものを感じて俺はほとんど意識せずに一歩引く。
「うわっ」
瞬間、俺のわき腹をかするようにしてヒエイの竹箒がはしる。
「うおっと」
俺の体に隠されたようにして繰り出されたその一撃を、ヘンヤは軽い声と共に俺の頭よりも上に跳躍してかわす。
そのまま、竹箒の先端を踏みつけるようにして着地する。
「相変わらず油断も隙もないな」
「はは、まあ、ただのお遊びですわ」
苦い顔をするヘンヤとからからと笑うヒエイ。巻き込まれた俺は呆然としている。
「しかしヴァン殿もいい勘をしていますな」
「ひひ、一応、修羅場は潜ってるからな。魔術ありでやり合ったら、お前もやばいかもしれないぜ」
楽しそうに会話しながら先に進む二人を、しばらく俺は見守る。というか、その場から動けない。
何だか、この先に行くのが凄い嫌になってきた。
「くそお」
悪態をつきながら、俺は離れてしまった二人の後を小走りで追う。
とりあえず、魔術でいつでも何かあれば対応できるように準備はしておこう。冗談半分で首を落とす一撃を出してきてもおかしくないぞ、こいつら。




