推理(2)
話を最初から整理する。
「つまり、こういうことです。ジャンゴさんはいつペース国に殺されてもおかしくない緊張状態から、穏やかに引退するために一芝居打つことにした。偽物の羅針盤を作って、それで俺を青い狼呼ばわりする。それが今回の事件の発端です」
「ならば、最初の時点でレイ様に斬りつけられて傷がつけばよかったのでは? どうして、あそこまで必死に羅針盤を守り、そして激昂されたのですか?」
リックの質問はなかなか鋭い。
「難しいところですが、早い時点で、そしてあっさりとその羅針盤が聖遺物でないと判明すると、そのことを疑われるのを避けたのではないかと思います。ジャンゴさんがしたたかだって先入観を持っている人ほど、羅針盤がただのインチキアイテムだと簡単に判明した場合、これは偽物で本物がどこかにあるんじゃないかと疑うでしょうからね」
もちろん、その疑った相手はジャンゴが引退したいのだとは欠片も思わないだろうが。そして、妙なことに動機は違えど本物が別にあるという点は当たっているわけだ。
ジャンゴとしては避けたいだろう。
俺の説明に、しばらく関係者は黙り込む。
それぞれが飲み込み、吟味するように口を閉じていたが、やがてハヤノシンが口を開ける。
ジャンゴと組んで数々の功績を挙げただけに、納得するわけにはいかないのだろう。
「申し訳ありませんが、ヴァン殿が羅針盤に指されたことの言い訳、のように聞こえますぞ。そうだったと仮定したら、ジャンゴ殿とローズ殿の殺人について、何か分かるんですかな?」
「もちろんです」
少し噛み付き気味のハヤノシンに、俺は笑いかける。
「そうだと仮定したら、偽物と本物が替わったタイミングはどこか。ローズさんの懐から現れた羅針盤は、そのままチェックされて本物と判定されたわけだから、その前。ジャンゴさんと一緒に消えたところで替わったのだと予想できます。正確には、ジャンゴさんと共に偽物が消え、ローズさんの懐から本物が現れた。そうなると、また疑問が出てきます。では、どうして本物の羅針盤も俺を指しているのか」
「そうだ。状況は変わっていないだろうが」
ボブが睨む。
お前は俺の味方なんじゃないのか?
「いや、変わっています。大きな違いが、一つ」
俺は指を一本立てる。
「ところで、羅針盤のルールについてですが、こんなものがありましたね。殺人者の体の一部にも反応する、と」
「あ、ああ、そうですじゃ」
戸惑いながらもハヤノシンが頷く。
「つまり、お前がローズ殺害犯の体の一部を持っているということか?」
ウォッチの質問に、俺は思わず心から微笑んでしまう。
いいお客さんだ。して欲しい質問をしてくれる。
「だったら、怪我をした奴が犯人ということになってしまいます。ローズさんの懐から発見されたのは、目眩ましくらいに思うべきでしょう。羅針盤はおそらく、死んだ後にローズさんの懐に入れられた。だから、ローズさんを殺した人間を指すのではなく、それ以前に羅針盤を持って殺された人、その人を殺した人を指す状態です」
「いや、どっちにしろ、その服も何も自前なんだから、体の一部なんて気持ち悪いもの持ってないんじゃないの?」
ネイツが言ってから、口を押さえる。
「うっ、まっ、まさか」
「ん?」
そのリアクションの意味が分からず戸惑っていると、
「ひょ、ひょっとして、料理として出されてて、知らないうちに食べちゃってるとか?」
その発想はなかった。気持ち悪い。
「粉々になったら反応しなくなるっていうのもルールでしたから、それはないでしょう。考えるのも気持ち悪いですけど、そうやったら最初はよくても消化されていくうちに羅針盤が指さなくなるって危険性がありますから」
「けど、だったらどこに人の体の一部なんて……」
キリオが首を傾げる。
俺は、ゆっくりと懐に手を入れて、鍵を取り出す。
リックが絶対に肌身離さず持っていろ、と言ったあの鍵を。
全員が、無言で俺の手に持たれた鍵を凝視している。
「親切なものです。鈴までついている。土の魔術の応用で作り出したんですか? よくできている」
リックに問いかけるが、無言で見つめ返してくるだけだ。
俺は鍵を振る。鈴が、ちりんと音を鳴らす。
テーブルの上に鍵を放り投げると、いんちきをしていない証拠として、俺はなるべくゆっくりと人差し指を鈴に向かって伸ばしていく。
全員の視線が集まっているのを感じながら、指を陶器の鈴に当てる。そして、魔術。
ぴしり、と軽い音がして、鈴にひびが入る。ゆっくりと、指を離していく。
充分に俺の指が離れたところで、鈴が割れてことりと転がる。
中身が、鈴を鳴らしていたその中身が転がり出る。
それは、白っぽい塊だった。
「キリオ、それは何だと思う?」
穴が開くほど凝視してから、キリオはぽつりと呟く。
「できのいい偽物、わざと似せて作ったものじゃなければ、これは、人の骨。それも、指先の骨に見えるわ」
ダイニングのざわつきが落ち着くまで、数分かかった。
「どういうことだ、リック。あの鍵を用意したのは、お前のはずだ」
やがて搾り出されたレイの疑問に、リックは眉一つ動かすことなく、
「さて。そもそも、あんなものを中に入れた覚えはありません。今、ここで割ったからといって、あの妙なものが私の入れたものだという証拠にはなりませんよ」
「そりゃ、ちょっと無理あるんじゃない? あの骨が本物だとしたら、ヴァンは一体いつあの骨を手に入れて、いつ陶器の鈴にそれを入れたのよ。というか、あの鈴って、出来上がった後で中に何かを入れることなんてできるの? 高熱で一旦融かしたりしても、相当な技術がないとうまくできそうにないけど」
さすがは専門家だけあって、炎術師としてネイツが突っ込む。
「援護ありがとう。これが真実かどうかは後に回しましょう。ハウザー、もしも最初に羅針盤を使って俺を告発したのがハッタリだった場合、ジャンゴ以外に絶対にその計画に関わっていると断言できるのは誰だ?」
「あ? そりゃあ、ローズだ。あいつしかいないだろ。キジーツシステムはあいつの担当なんだからよ」
特に躊躇することもなく、ハウザーが答える。
「そう、つまりジャンゴさんの引退のための芝居には最低でもローズさんは噛んでいたことになる。ああ、もちろん、俺の仮定が正しい場合、の話です」
何か反論しようとするハヤノシンを手で留める。
「ローズさんが何を思ってジャンゴさんの引退を認めたのか、自分の研究をどうするつもりだったのかまでは分かりません。ただ、確かなことがひとつある」
「確かなこと?」
ウォッチが眉をひそめる。
「本物の羅針盤の場所です。偽物の羅針盤を使って芝居を打つつもりなら、本物は決して発見されない場所に隠しておかなければならない。その隠し場所ですが、ローズさんがそれに協力しているなら隠し場所は見当がつく」
「どこだ?」
こめかみをとんとんと指で叩きながらレイが問いかける。
「ジャンゴが消失した時点で一応は家捜ししたが、偽物も本物も羅針盤は見つからなかった」
そう、特にレイはずっと羅針盤の方を主に捜していたくらいだ。
「キリオ」
「え?」
突然、名前を呼ばれてキリオが驚く。
「な、何?」
「お前、違和感があるって言ってたよな」
「え? ああ、その話? そうそう、最初にキジーツシステムの話を聞いた時に何だか妙な気がしたの。何が妙なのかは分からないけど」
「さて、皆さん。皆さんの中で、キジーツシステムに対して何か違和感をもった方はいらっしゃいますか?」
俺の問いかけに反応するものはいない。
「キジーツシステムというのは、基本的にはこういうものです。キジーツに羅針盤を持たせて、青い狼の疑いがある連中に近づける。殺されたら、すぐに羅針盤を回収。その羅針盤で犯人を特定する。妙だとは思いませんか?」
「何がだよ?」
ボブが怪訝に聞き返す。
「いくら、すぐに回収するように準備していようと、です。盗賊団相手に、金色に輝く羅針盤が見逃されると思いますか? 回収するまでの間に、金目のものだと判断されて持って逃げられたらどうするんですか?」
「む」
思わず、と言ったように声を漏らしたのはハヤノシンだ。
「確かに、言われてみれば、妙ですのお。気にしたこともなかったが」
ずっとそのシステムを利用し続けてきたハヤノシンにとっては、気になるところなのだろう。
「だが、死んでいる時に身に着けていなければ、羅針盤は『殺された持ち主』として認識しないはずだ」
レイは確認するようにハヤノシンとハウザー、リックに目をやる。
三人は頷く。
「そこの詳しいところは俺も知らないぜ。けど、確かに妙だ」
ハウザーが爪を噛む。
「予想はできます。条件から、一番理想的な方法を選べばいい。いいですか、ジャンゴさん達が回収するまで羅針盤が持ち去られずその場にあってくれればいい。そしてキジーツは改造人間で、殺されるために青い狼の連中に近づく。つまり、人間としてではなく、道具として捉えていい。その二つの条件から考えれば、理想的な方法があります」
「埋め込んだのね」
俺の説明前に、気付いたキリオが目をきらきらとさせる。
その目の輝きが怖い。どうしてこの流れで目を輝かせる。
「ああ、医術系のキリオなら気付くか。そうだ、それが一番確実だ。体の中に、羅針盤を埋め込んでおけばいい。予め準備していれば、死体が完全に処理されたり遠く離れた発見不可能な場所に運ばれたりする前に発見することはできる。なら、その死体の発見と羅針盤の発見がイコールで、なおかつ何も知らない盗賊には発見できない場所。キジーツの体の中です。そして、それはそのまま格好の隠し場所になる。偽物を使うなら、本物はそのまま隠しておけばいい。だから、俺達はジャンゴさんが失踪した時、どれだけ捜しても発見できなかった。ただし、ローズさんに不安の種を植え付けることにはなった」
「種? あの捜索の……そうか、なるほど」
呟いて、ウォッチが一人で納得する。
「あの時、レイさんが言いましたよね、このままでは翌日、シャーク国から派遣された人間によって研究所が徹底的に捜査されると」
「ああ、言った。そうか、翌日になれば死体の羅針盤が発見されるかもしれないと、不安になるな」
「そして、思い出してください。あれは、本当にレイさんが自発的にローズさんの前で言ったことでしたか?」
「何?」
一瞬、レイは眉をひそめ、そして、それから目を見開く。
全員の視線が、ゆっくりと一点に集まる。
そう。腹の探りあいはやめようと言った。このままでは双方ともに損をすると言った。
「レイさん、誘導されたんですよ、あなたは。そして実に巧妙なことに、本当に誘導したかったのはレイさんではありません。レイさんにそれを言わせることで、ローズさんを誘導したんです」
俺も、全員の視点が集まっているその点に目を向ける。
「精神の専門家だからなのか、実にうまく人を操る。感動すらします。そうやってローズさんに不安の種を植え付けておいて、全員の扉に錠をかけるように提案する。その提案は、裏を返せば、そうしなければならないほど危険だということになり、無意識のうちに誰もがむやみに部屋から出ないようになる。そして、それがまたローズさんを誘導する」
俺は言葉を切り、まっすぐにその一点を、リックを見る。
「そして恐ろしいのは、これが計画的犯行ではなく、即興のものだということです。そうですよね、リックさん」
リックは、微動だにしない。
ただ、静かに佇み、俺だけを見つめ返してくる。




