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推理(1)

 両脚片手に包帯を巻いた状態で、ボブに手伝ってもらいながら服を着替える。

 やはり名探偵らしい服装で臨まないわけにいかない。


「よし、これでいい。ありがとうな、ボブ」


「ふん、お前が犯人ではないことを証明するなら、これくらいお安い御用だ。シャークの汚点を消し去れる。だが、証明に失敗したら、分かっているな」


 ボブの目が冷たく光るが、もはや今更それに気後れするわけもない。さっきこいつに殺されかけたわけだし。


「大丈夫だ。で、関係者は?」


「お前の希望通り、僕が全員ダイニングに集めた」


「そうか、よし……いてっ」


 気合を入れる。その拍子に力が入り、両手両脚が痛んで顔をしかめる。


「じゃあ、ボブは先にダイニングに行って座っててくれ」


「僕なしで歩けるのか?」


「俺はヴァンだ。魔術が得意なんだよ」


 杖と、強化魔術さえあれば何とか自分の部屋からダイニングくらいまでなら歩いていける。


「演出が大事なんだ。全員揃っている場に、最後に登場して名探偵の推理が始まる。そういうもんだろ?」


 ウインクしてやると、ボブは鼻を鳴らして部屋を出て行く。


 そうして、一人残された俺は単なる木の棒を杖として握り締めて、歯を食いしばる。恐怖、不安、動揺。

 どうしようもなく全身から溢れてくる。

 それでも、ダイニングに着くまでには、それを隠し切ってしまわなくては。じゃないと、誰も俺を信用しない。

 名探偵は、関係者を説得して事件を終わらせる存在。それに意味がある。


「ですよね、ゲラルト団長」


 今、ここにはいないゲラルトに向かって呟いて、俺は目をぎゅっと閉じ、そして覚悟を決めて全身に力を入れて立ち上がる。


 行くか。





 杖を片手に、何とかダイニングに辿り着いた俺は、それまで杖に縋るようだったのを入る直前に全身に力を入れて、両脚で立って胸を張る。


「お待たせしました」


 そして、自信たっぷりに声をあげて、ダイニングに入る。


 関係者一同が、一度に俺の方を向く。

 ネイツ、レイ、キリオ、ボブ、ハヤノシン、ウォッチ、リック、リリーナ、そしてハウザー。


「犯人を教えてくれんだって?」


 口火を切ったのはネイツだ。微笑んでいる。


「そういうこと」


 俺も微笑み返しながら、ゆっくりと席に着く。


「その前に、一つ確認しておきたいことがあります。俺が気絶している間に、話がどう転がったのかです。俺は、結局、どういう立場だと疑われているんですか?」


「青い狼の一員。キジーツを殺し、ジャンゴを殺し、そしてローズを殺した。それがお前の立場だ」


 この上なく簡潔なレイの説明に、俺は頷く。

 そんなところだろうと思っていた。


「他はともかく、ローズさんを殺した件について、出入り口に閂がかかっていた点については、どう考えているんですか?」


「音に俺とウォッチが気付かなかった。もしくは、音をたてずに開けたんじゃないかってのが、今のところの暫定的な結論だぜ」


 答えたハウザーは、冷たくはあるが俺に別に敵意を向ける様子はない。淡々と説明する。


「軋む部分に、水の魔術の応用で油を行き渡らせて、音が出ないように慎重に閂を持ち上げる。土の魔術の応用で即席の防音壁のようなものを作ったのかもしれない。痕跡はないけどよ」


「ははあ」


 意外にもそれなりにちゃんとしている説明に、思わず普通に感心してしまう。


「なるほど、それで俺が犯人ってことになったわけか。証拠としては羅針盤ってことだ」


「そういうことですのお。羅針盤がずっとヴァン殿を指し示しているのはわしら全員、そしてシャークから来た一団も確認しましたし、羅針盤が聖遺物でルールも説明通りだということも判明しましたからのお」


 ハヤノシンが言う。


「なるほどなるほど。分かりました。さて、それじゃあ始めますか……と、その前に」


 俺はリックに顔を向ける。


「その、大丈夫なわけ? このまま話始めて」


 ちらちらとリリーナを見る。


「ボブ様に全員集めてくれということでリリーナも同席させましたが、正直、席を外していいならリリーナを部屋に戻らせていただきたいです」


「えっ、何それ? どーしてどーして?」


 リックに向かってぎゃあぎゃあ喚くリリーナ。


「ああ、じゃあ、いいですよ」


「そうですか。ありがとうございます」


 そしてリックは喚くリリーナを引き剥がすようにしてダイニングから出て行くと、一分もしないうちに一人で戻ってきた。


「お待たせしました」


「いやいや。さあ、じゃあ始めますか」


 仕切りなおしとばかりに、俺はぽんと手を叩く。


 お手並み拝見、とばかりに目線を送ってくるボブ。


 いいさ、名探偵の手並みを見せてやる。





「さて、まず重要なのは、どこから考えるかです」


 俺は全員の顔を見回す。視線に絶対の自信を込めて。


「今回の事件は、ちょっと考えただけでも大きな問題が三つあります。羅針盤の問題、ジャンゴ消失の問題、ローズ殺害の問題。この中で、どの問題から考え始めるか」


 一旦言葉を切り、全員に考える間を与える。演出も大事だ。


「羅針盤からです。何故か。羅針盤の問題について、俺は他の誰も持ち得ない推理の材料を持っているからです」


「材料ですと?」


 ハヤノシンが眉を寄せる。


「そうです。だから、その材料を使って推理できる。そこから始める。肝心の俺しか持ち得ない材料ですが、これは簡単です。つまり、『俺は誰も殺していない』ということです」


 全員、ぽかんとした顔をする。


「いいですか、俺だけは、俺が誰も殺していない、俺が誰かを殺したって認識していないことを確信できます。なのに、殺したという認識のある者を指す羅針盤が俺を指すのはおかしい。ここが出発点です」


「悪いが、お前じゃない俺達からすれば、出発点の時点で世迷言にしか聞こえないな」


 レイが冷静に突っ込む。


「もちろん、出発点がそこなだけで、根拠は他にもあります。が、それはまだ先の話です。ともかく、その点から考えていくと、どうして俺を指さないはずの羅針盤が俺を指したのか、それが問題になります。俺の側に何かトリックが仕掛けられていた、というのは考えにくいです。最初に、いきなりシャーク国内にジャンゴさん達が乗り込んできた時点で羅針盤は俺を指していました。じゃあ、羅針盤に仕掛けがあったか? けど、羅針盤は何も妙なところがないように見えたし、聖遺物だということが確認されました。魔術も通用しない。それは確認したんですよね?」


 俺の問いかけにボブが無言で頷く。


「それなら、ルールが違ったのか。殺した認識のある者を指すというのが間違っているのか。しかし、これはハヤノシンさんが保証しているものですし、そのルールを元にした捜査でジャンゴ一派は青い狼の連中を逮捕してきた。現時点でそこまで詳しい調査はしてないでしょうが、おそらくそのルールが間違っていないという確認程度ももう終わってるはずです。ですよね?」


「そうみたいよ」


 キリオが相槌を打つ。平常運転で、特に緊張している様子は見えない。これで人を納得させられなかったら俺は終わりだと言うのに。まあ、俺の能力を信頼していると好意的に解釈しよう。


「ふむ、それでは、実は羅針盤がキジーツではなく、別の持ち主を殺した人間に反応しているということでしょうか?」


 リックが頬に指を添える。


「いやいや、それもありえない。いいですか? キジーツかキジーツじゃないかなんて問題じゃなく、俺は、誰も、一人として殺してないんです。しかし、羅針盤は俺を指した。羅針盤のルールにも、俺の側にも問題はない」


「お手上げだな」


 呟いて、レイが背もたれに体重を預ける。


「逆です。選択肢が消えていくということは、残ったものが正解ということです。実に分かり易い。あの時、確かに羅針盤は俺を指していた。誰も手を触れていなかったというのに。どうすれば、そんなことができるか? 一番簡単に考えれば、もちろん魔術による操作です」


「だが、羅針盤は聖遺物で魔術が通用しない」


 ボブが目を閉じる。


「そう、羅針盤は聖遺物だった。ルールも、魔術が通用しないのも本当だった。それは確かめられました。ついさっき、ね」


 そこで、俺は一気に喋りすぎたので喉が渇く。用意されていた水を一口飲んで、


「そう、ローズの懐から発見された羅針盤は、確かに正真正銘、聖遺物でジャンゴの捜査に貢献してきた羅針盤でした。それは証明されました。けれど、俺を指していた羅針盤、もっと言えば、ローズの懐から発見される前の、ジャンゴと共に消えた羅針盤については、何も証明されていません」


「何ぃ?」


 全員が目を見開くが、その中でもボブは閉じていた目を一杯に広げる。


「偽物だっていうのか、あの羅針盤が?」


「それしか考えられない。レイさん、あなたが最初に羅針盤を剣で斬ろうとした時、冷静だったジャンゴさんが激昂したのを覚えていますか?」


「ああ」


 その時のことを思い出しているのか、レイが視線を上にやる。


「あったな、そんなことが」


「あれは、斬られたら実際に傷がついてしまう、つまり聖遺物でも何でもないことがばれてしまうから慌てたと考えれば納得がいきます」


「だが、待て」


 話を先に進めようとする俺を、レイが止める。


「シャーク国内での出来事は俺は知らない。だが、この研究所で、羅針盤がお前を指していた時、羅針盤を持っていたのはジャンゴだった」


「そうですね」


「他の誰かが魔術でジャンゴの手にある羅針盤をずっと操作し続けるとは考えにくい。そもそも、ジャンゴがずっと使い続けてきた羅針盤が偽物にすり替わっていることに気付かなかったとも思えない」


「その通り」


「つまり、お前はジャンゴが自らの意思で、偽物の羅針盤を持ち、それを適時魔術で操作して、お前を指すようにしたと言いたいわけだな? だが、何故だ?」


 納得できないと、ジャンゴをよく知るレイの目が主張している。


「そんなことをして、何になる? 自分の首を絞めるだけだ」


「結局、他人のことなんて分からない」


 俺は呟く。


「何?」


「ジャンゴさんに持っている印象を一度全て捨ててみましょう。そして、客観的に事実や状況を考える。そうすればその理由も薄っすらとですが想像はできます。まず、ジャンゴ一派はこのままでは破滅しかなかった。風船が膨れすぎて破裂するように、力を持ちすぎたがゆえに破滅が迫っていた。これは、レイさんも認めることだと思います」


 反論が出ないのを確認して、


「さて、そこで更に、俺を青い狼の一員だと告発したことで、シャークとも関係が悪化するわけです。ここで重要なのは、実際に俺が青い狼の一員だとしても、ペースから過去の汚点扱いされているジャンゴさんの破滅の未来が変わるわけではないということです。逆に俺が青い狼の一員ではなく、それによってこれまでの捜査方法、そして羅針盤の性能が疑われるようならどうか。今までの実績が全て疑問視され、信用を失い、人は離れていく。これまでの貯金を崩すようにして取引をしていけば生き延びることはできるかもしれませんが、それだけ。力を失い続け、誰からも相手にされなくなる。こちらも一種の破滅ですね。緩やかな破滅です」


「そうだ。だから、そんな偽物の羅針盤を使う理由がない」


 レイの言葉は、まるで自分に言い聞かせているかのように聞こえる。


「それに加えて、もう一つ情報を。最近は、ジャンゴさんは拷問まがいの尋問のやり方その他もろもろの、目を背けたくなるような、けれどジャンゴさんの捜査スタイルでは避けては通れないことをハウザーにやらせていた。そうだよな」


「ああ」


 俺の話の終点が見えたのか、ハウザーは遠い目をしている。


「そうだ。俺は嫌だったんだけどよ、オヤジさんに言われてな」


「そう。さて、現状出ている情報を、ジャンゴさんへの先入観無しで考えたらどういう結論がでるでしょうか。このままいけば破滅、羅針盤が嘘なら緩やかに破滅、そして弟子の一人に自分の捜査スタイルを仕込む」


「馬鹿な」


 初めて目にするくらいに、レイが目を泳がせて動揺する。


「ジャンゴはそんな男じゃあない」


「誰だって年齢と共にキャラクターや考え方が変わることはあります。ジャンゴさんは、緩やかな破滅を選んだ。いや、もっと言うならば、単に引退する気になったと思ってもいい。命を拾う代わりに、力も名声も捨てて隠居する気になったわけです。最後に、自分の後継者としてハウザーを鍛えていた。捜査のスタイルや技術だけは後に伝えたいと思っていたのかもしれません。細々とハウザーが探偵として活躍すれば、それでいいと思った」


 引退に付き合わされるなんて、俺としては迷惑な話だ。


「生きて引退するために、ペース国以外の国を巻き込んで、自分の持っている力を失わせ、無害な老人として扱われることを企んだ。そのために白羽の矢が立てられたのがシャーク国、そして俺です。シャーク国で影響力のある人物、まあ、自分で言うのは恥ずかしいですが、そんな人物でありながら、ぽっと出でコネクションや政争に強くなく、探偵ということで羅針盤の真偽について先頭に立って調査に乗り出してくる可能性が高い。俺が選ばれたのはそんなところでしょう」


「それ以上に、今現在世界がその方向に動きつつある、組織的合理的捜査方法の旗印ってのがあったかもな」


 ハウザーが腕を組んで天井を見上げる。


「旗印のお前なら、組織的に合理的に、誰からも文句の出しようもないように自分にかけられた疑いを晴らす。そういう期待があったのかもしれないぜ」


「ハウザー、お前、認めるのか? ジャンゴが引退を考えていたなどと」


 目を剝いてレイが問い質す。


「まあ、オヤジさんは最近特に年寄りじみてきてたしよ。それに、あの処置棟に無理矢理入れられたりしている時に、正直、自分のスタイルの核みたいなもんを俺に継がせようって焦りみたいなもんは感じなくもなかった」


 そうハウザーが語ると、しばらくその顔を凝視した後、レイはわずかに肩を落とす。

 明らかに失望したサインだ。

 何を期待していたのかは分からない。レイにとっては、ジャンゴはいつまでもしぶとく不死身で野心家の男だったのかもしれない。

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