インタールード(2)
「嫉妬だ」
その答えに、ハウザーは目を点にした。
砂漠で、ローズとジャンゴを先に行かせたハウザーとレイは殺し合っていた。
一刻も早く追いついてジャンゴを取り調べたい聖遺物判定官であるレイ、時間を稼ぎたいハウザー。
元騎士であるレイは長剣を見事に操った。
ハウザーはその刃を体一つでかわすと、魔術で限界まで筋力強化をして、その一撃に全てを込めるかのように全身を使って拳を突き出す。大振りの、防御も反撃も頭に置かない一撃。
「しいっ」
それを踊るようにしてかわし、かわすその動きのままにレイの長剣が振るわれた。
隙だらけのはずなのに、不思議とハウザーはその一撃をかわした。
そして、時間切れ。
もう追いつけないと知ったレイは、舌打ち混じりにハウザーと距離を取り、剣を降ろした。
「おお、やっと諦めてくれたかよ」
息を切らせながらハウザーは汗を拭い、
「それにしても、しつこい。まさか騎士から聖遺物判定官に転職してまでオヤジさんと喧嘩したいなんて。そんなにレイさん、オヤジさんとそりが合わないわけ?」
その質問に対する答えが、冒頭のものだ。
「え、誰に? オヤジさんに?」
「ああ、いや、忘れろ」
喋ったことを後悔するように、レイはかぶりを振る。
「で、どうするんだよ、レイさん。俺を拷問でもして、オヤジさんのアジトを吐かせるか?」
「いや、一対一で、お前を生け捕りにしようとはぞっとしない。やめておこう」
もう一歩、レイは後ろに下がり、
「ここで別れるとしよう。お前も俺を追うな、見逃せ」
「ああ。しかし、一応うちはペースの大物とは良い仲なんだけど、レイさんに俺達への追及止めるように話来なかったのかよ?」
「来た。だが、俺が」
そこで、かすかに鉄のような顔を崩して、レイは笑みらしきものを浮かべる。
「この俺が、そんなものを聞くと思うか?」
レイはくるりと背を向けて、
「じゃあ、追ってくるなよ」
「そっちこそ」
ハウザーも背を向ける。
「ふん、ハウザー」
「え?」
お互いに振り向かず、背中合わせで会話を続ける。
「お前のことは嫌いじゃあない。一つ教えておいてやる」
「何だよ?」
「もうじき、お前らの仲間が増えるかもしれない」
「は? どういう意味だよ」
「いずれ分かる」
足音と共に声が遠ざかっていく。
「俺は、お前達のやり方を認めてはいる。ワルズ村を襲った連中、まともなやり方じゃああそこまで根こそぎ捕らえられなかった」
「だったら、そこを評価してもうちょっと当たりを柔らかくしてもらいたいけどなあ」
「しているつもりだ」
そして、レイは去った。
しばらく様子を見た後、ハウザーも砂漠をゆっくりと歩き出す。
ハウザーが、その時のレイの「仲間が増える」という言葉の意味が分かったのは、それから十日後のことだった。
イスウのハヤノシン、そしてペースの研究賛同者の一部にしか明かされていないジャンゴ達の研究所に、来訪者が現れた。
目立たぬよう、地味な木綿のローブで身を包んだ二人組み。まだ若い、男と女。いや、青年と少女だった。
「なるほど」
応対したのはローズだった。
ローズは、青年が渡してきた書類を読んで、納得する。
場所はダイニング。そこに、全員が集まっている。
「誰?」
ハウザーは万が一のために横で待機したまま、端的に尋ねる。
「私の元いた研究グループ、今も裏で私の研究を支援してくれている、表立っては合法的なグループからの紹介状よ。まだ歳若いけど、優秀な研究員ですって。ああ、名前は、リック?」
「はい」
表情を変えずにリックと呼ばれた青年は頷く。
その無表情さは、ローズのものとは違う。ローズのように、最初からないのではなく、懸命に表情を抑えているようだ。
「私の助手になりたいって書いてあるけれど、本当?」
「はい」
「どんな実験をしているか、知らないわけじゃないでしょう?」
「はい」
怯むことなく、冷静にリックは頷く。
「ローズ、俺からも質問させろ」
眺めていたジャンゴが、初めて口を開く。
「リックだったな。ローズは、進めていた研究を手段を選ばずに更に進めるために、国を離れ、俺の一派に加わった。お前は、どうして俺達に加わりたい? 是が非でも研究がしたい、マッドサイエンティストか?」
「いえ」
そして、ふっとリックは横の少女に目を向ける。
「む」
ジャンゴも黙って、その少女の方を向く。ローズもだ。
ようやく、ハウザーもリックの隣にいた少女の異様さに気付く。さっきから、何も喋っていないし、何の反応もしない。ローズに似ている。まるで、能面、いや人形のような。
「あれ?」
そこで、ローズが目を見開く。能面のような彼女には珍しい反応だ。
「ひょっと、して」
「その節は、妹がお世話になりました」
リックが深く頭を下げる。
「そう、そうなの」
ゆっくりと、ローズは目を閉じる。
その時には、ハウザーにもこの少女の正体の見当がついていた。
「ワルズの、生き残りか」
ワルズ、と言った瞬間に、自分の喉をざらつく不愉快な感触にハウザーは顔をしかめる。未だに、あの光景は振り払えていない。
「ええ、私はあの村を出ていたので無事でした。妹も、命だけでも助かって幸運でした」
平坦な声で呟くリックに、ハウザーは戦慄する。
あの惨状を見た。生き残ったリックの妹が、ぼろぼろの体なのにも関わらず暴れ狂っているのを見た。そして、今、彼女はまるで人形のように反応がない。
兄として、単純に幸運だったと言えるはずがない。
「そして、あなたに、ローズさんに治療していただいたのも幸運でした。あなたでなければ、気が狂ったように暴れ続けて、リリーナは命を落としたでしょう」
「リリーナ? 妹さんの名前かしら?」
「ええ、そうです」
「そう……落ち着かせることはできたけれど、それだけだったわ、私にできたのは」
今の置物のような状態を見れば、リリーナの心が健全なものに回復したとは誰も思わない。
「それで充分です。おかげで、体の方は何とか回復させることができました」
そして、リックは今度はジャンゴにも頭を下げる。
「私の村を襲った連中を、全員捕まえていただいたそうで、ありがとうございます」
「仕事でやったことだ」
がりがりとジャンゴは髭をかく。照れているようだった。
「しかし、それで理由は分かった。精神についての研究を続けたいんだな。そして、そこの妹を」
「はい」
リックはしっかりと頷く。
そう言えば、リックの立ち位置は、リリーナを守っているようにも見える。
今更ながらハウザーは気付いて、少しだけ共感を覚える。自分も、いつも意識的にしろ無意識のうちにしろ、ローズを庇っていることが多い。
「どうする、ローズ?」
ジャンゴの投げかけに、ローズはなおも目を閉じたまま、何事か考えている。
やけに長く感じる沈黙の時間が過ぎた後、
「分かった」
とローズは目を開く。
「あなた、さっきから馬鹿丁寧な喋り方してるわね?」
「は? え、ええ。失礼があってはいけないと思って」
「執事になってもおかしくなさそうね」
あまりにも意味不明なローズの言葉に、リックだけでなくジャンゴとハウザーも眉を寄せる。
意味が分からない。
「その、どういう?」
戸惑っているリックに、
「執事もしてくれるというなら、助手として雇ってもいいわ。正直、今は家事が得意なメンバーがいないから」




