消失(3)
「ローズは昔から頭のいい姉貴でな、いつも比較されて嫌で、お決まりのルートだけどよ、それで俺はグレたわけだ。悪ガキでな、今もそうだけど」
決まり悪そうに、ハウザーは下を向く。
「ヤンチャしてるうちに、ローズは国の研究機関に勤めて、ヤバいことに巻き込まれて、最終的にジャンゴなんて奴の下に転がり込んだ。で、俺も心配になって、後を追ったわけだ」
「へえ、仲いいのね、お姉さんと」
にこやかにキリオが言うが、
「はっ、そんなんじゃねえよ」
返すハウザーの顔は、単に強がっているようには見えない。
「あんた、一人っ子か?」
「え、ええ、そうだけど」
一瞬、戸惑いながらも喜怒哀楽が入り混じった複雑な表情をする。自分に兄も弟もいなかったことで、家族の形が歪んでいたキリオにとっては、少し痛い質問なのかもしれない。
「正直な話、俺はローズが未だに好きじゃない。何考えてるか分からねえし、あいつのやってる実験やら研究は話を聞くだけで気分が悪い。実際、向こうも俺のことは弟だけど好きじゃねえだろうな、あいつは単純馬鹿が嫌いなんだ、俺みたいな。けど、それでもだ。ああ、兄弟ってのは妙だ、そう思わねえか? 産まれてから一緒に育ったあいつが苦しんでいると思うと、やっぱりこっちもちょっと苦しいもんだぜ」
そして肩をすくめて、
「ちなみに、あいつらは違う。リックとリリーナ、あいつらは二人とも、お互いがお互いを大事に思ってる。正真正銘、仲のいい兄妹だ」
最後にもう一度深呼吸をして、ハウザーは研究所に入っていく。
「まっ、妹いるから、分からないでもないかな」
呟いてネイツが、そして無言でレイがハウザーに続く。
「さて、冷えますな。わしらも戻ろう、ウォッチ」
ハヤノシンも続き、その後を追おうとしたウォッチが、しかし足の動きを緩め、やがて扉の寸前で立ち止まる。
「ヴァン」
もう、外にいるのは俺とキリオ、ウォッチだけだ。
その静かな場で、ウォッチは声をかけてからしばらくの間、冷静沈着なこの男にしては珍しく無言で目を彷徨わせた後、ようやく俺に真っ直ぐ目を向けて、
「お前にだけは、言っておくことにする。あの事件に関係しない、探偵であるお前には。穴に向かって叫ぶのと同じ、自己満足だが」
「え?」
意味不明の言葉に、驚く。
「あの事件?」
「ワルズ事件だ。あの事件で、イスウの影が一人、殺戮に参加した」
「あ、ああ」
「その影が、俺だ」
遠い目をしてから、目を閉じてウォッチも研究所に入っていく。
俺とキリオは、足を縫い付けられたようにしばらくその場から動けず、喋ることも、互いの顔を見ることすらできなかった。
俺とキリオが研究所に戻ると、リックが待ち構えていた。
「ああ、戻られましたか。皆さん、ダイニングでお待ちです」
「え? ダイニング? また話し合いするの? 私もう寝たいんだけど、寝巻きだし」
眠気が限界なのか、キリオは目をこすりだしている。
「すぐ済みますので。これからの方針について、単なる確認です。申し訳ありませんが、お願いいたします」
丁寧なリックのお願いに、
「いいけど、途中で寝ても怒らないでよ」
と首をかくりかくりと揺らしながらキリオが答える。
こいつ、こんなに夜に弱かったのか。
そして、俺とキリオ、リックがダイニングに入り、ジャンゴ以外の全員が集まったことになる。
「で、提案って何?」
全員揃ってすぐに、ネイツが切り出す。
「そうだ。この異常事態で、そっちの言うことをそのまま飲むと思うなよ」
相変わらずボブは釘を刺すのを忘れない。
「これは、私、リックの発案です。皆様に受け入れていただけると思います」
そう言って、リックは全員に何かを一つ一つ手渡し始める。
何だ?
俺も手渡される。
それは、鍵だった。魔術錠の鍵に、キーホルダーのようにして陶器製の鈴のようなものがついている。
「これは?」
俺達の疑問を代表するように、レイが質問する。
「鍵です。そして、こちらが、それぞれに対応する魔術錠です」
と、今度は南京錠の形の魔術錠を配っていく。
「上の倉庫に仕舞われていたものです。動作は先程確認いたしました。皆様には、お部屋にそれで鍵をかけていただきたいのです」
予想外の提案に、俺達は互いの顔を見合わせる。
「何のために、ですかのお」
ハヤノシンも困惑していた顔を隠さない。
「皆様の安全のためです。今、ここで何か異常事態が起こっていることは間違いありません。皆様が部屋の中にいる時は、中からこれで鍵をかけることで皆様にご自分の身を守っていただきたいのです。あるいは、部屋を出る時に外からこれで錠をかけて、勝手に部屋に侵入されないようにしていただくという使い方もあります」
「私はそこまでする必要はないって言ったんだけどね」
ローズが拗ねたように口を尖らせる。
「その鍵や錠に仕掛けがないって保証がねえだろ、僕はそれに乗れないな」
挑むようにボブが食ってかかるが、
「ではこの錠を使わないか、もしくは自力で身の安全を保証するようにしてください。別に強制はいたしません」
と突き放したようにリックに言われて、途端に言葉に詰まる。
しないよりはマシなのは確かだ。向こうが用意した安全策とはいえ、使えるものは使ってみた方が賢明だろう。
「ちなみに、この鈴は?」
俺は陶器製の鈴らしきものを手の中で弄ぶ。転がす度、からんころんと涼しげな音がする。
「鍵を身につけて過ごすことになりますので、なくさないようにつけておきました。音がするので分かりやすいでしょう?」
なめとんのか、と思ったが、まあ口には出さずにおく。過保護すぎて子ども扱いされているみたいだが、慎重には慎重を期しているのだろう。
しばらくリックは反応を待ったが、誰からも反論はない。
ちなみにキリオは寝ている。反応のしようがない。
「それでは、このお話はご承認できたものと思います。皆様、お気をつけください。ちなみに、研究所自体の出入り口の扉には、決して外からは開かないように閂をかけておきました。ご安心ください」
つまり、内部に脅威が存在する場合は、その閂は効果がないわけだ。
「一つ、いいか?」
そこで、レイが口を挟む。
「話は変わるが、確か二階に見張り部屋があった。今夜も、リックとリリーナはそこに詰めるのか?」
「いえ、リリーナは危険ですので空き部屋で待機させておくつもりです」
「えっ、何よそれ」
リリーナが頬を膨らませるがまったく無視される。
「リック、お前も休め。空き部屋、リリーナと一緒の部屋でもいいから、引っ込んで寝ておけ」
レイの意外な言葉に、
「何故ですか? 私には、夜には見張り部屋にて上の貴重な機材や薬品を守るという役目があります。役目をおろそかにするわけにはまいりません」
「理由その一、危険だから。その二、この状況でお前とリリーナを全面的に信用することはできない。だから、見張りの意味がない」
「では、私とレイ様ではどうですか?」
全く動じることなく、リックは即座にそう答える。
「何?」
「一緒に見張り部屋に詰めて、交互に仮眠を取るようにすれば、怪しい動きも取れないでしょう」
「ほう」
一瞬だけ、レイは考えてから、
「いいだろ――」
「ちょっと待ってよ」
嫌そうに、渋々という顔をしてネイツが割って入る。
「そんなことされると、一応は護衛ってことになってる私の立場ないんだけど」
「ならば、俺と代わってリックと一緒に詰めるか?」
「冗談でしょ」
「では、三人で交代で見張りますか?」
当然ながら、レイの提案にネイツは無言で顔をしかめることで答える。
「ヴァン」
ふと見ると、ボブがにっこりと笑っている。
何だか嫌な予感がする。
「お前がリックと一緒に見張れ。告発されたお前とジャンゴ側がグルってことは、まさかないだろ」
「えっ、嘘だろ」
「ん、あっ、何?」
今になって飛び起きたキリオが慌てて状況を把握しようとするが、俺には説明する余裕がない。
冗談じゃない、どうして俺が。
「ボブ、お前がやれよ」
「嫌だ。夜更かしすると肌が荒れる」
「さて、嫌がるヴァン様を無理矢理に私のパートナーにするのも考え物ですね。そもそも、レイ様が仰ったように最早見張りに大した意味はございませんから」
独り言のように呟いた後、リックは目を閉じてしばらく何事か思案して、
「分かりました。では、わたくしも空き部屋の一室で休ませていただくことにしましょう」
ため息混じりのその一言で、ようやく話が終わった。
「ようやく眠れるわ」
ほっとしたのを隠そうともしないローズが、まず一番に鍵と錠を手に持ってダイニングを出て行く。
それに続くように他の面々も鍵と錠を持ち、それぞれダイニングを出ていく。
俺も続く。眠りかけているキリオを担がなければいけなかったのでダイニングを出るのは最後になってしまった。まずはキリオの部屋に行く。
部屋の前に着くと、俺はキリオを揺すって半分寝ているのを覚醒させてから、
「ちゃんと鍵をかけろよ」
と何度も忠告しておいてドアを開けて放り投げる。
そうして、俺も自室に戻って、魔術錠をかけてみる。
かちりと音がして、南京錠型の魔術錠がかけられる。試しにドアを引っ張ってみるが、生半可な力では魔術錠はびくともしない。
なるほど、とりあえずは安心できそうだ。
鍵を枕元に置き、寝る準備を整える。
「さて今度こそ寝られるか」
色々あって疲れた。
と、ベッドに寝転がろうとしたところで、ドアがノックされる。さっき鍵をかけたばかりだというのに。
「げっ」
呻きながら、
「はい、どなたですか?」
と呼びかける。
「レイだ」
「ああ、レイさん、どうしました?」
何だか怖いので、まだドアは開けない。
「いや、ひょっとして、と思ったんだが、そちらにネイツはいないな?」
質問の意味が分からず、数秒フリーズしてしまう。
「ええ、っと……そりゃ、いないですよ。俺の部屋に、ネイツさんは」
当たり前だ。
「というか、ネイツさんが部屋にいないんですか?」
「ああ、さっき、明日の護衛について打ち合わせしようと思ったらな。誰かの部屋にいるんだと思ったが」
「それで、どうして俺の部屋を訪ねてくるんですか?」
「ん? 親しそうに見えたからな」
「いや、今日が初対面ですから」
「知っているが、色恋沙汰に知り合ってからの期間は関係ないだろう?」
真面目な声のトーンでレイがそんなことを言う。
「頼むからキリオの前で迂闊なこと言わないでくださいよ……まあ、他のところを探してください」
「ああ……ヴァン」
「はい?」
話が終わると思っていたのが、呼びかけられる。
何だ、何の用だ。
「一つ、訊きたかったことがある。お前の意見を」
「はあ」
「事件というものについてだ。探偵だから、事件にはよく関わるんだろう?」
「いや」
まだ二件くらいしか、と言いかけてやめる。他国の人間に自分の弱点を教えることもない。
「それほどでもないですよ」
「事件の解決が、探偵の役目だ。そうだな」
「はい」
何を当然のことを。
「事件が解決されると、やはり人は救われるものなのか?」
「え?」
あまりにも予想外の質問。
俺の思考が固まる。いや、しかし、これは探偵小説が抱えるテーマの一つのはずだ。事件の解決が、何をもたらすのか。人を幸せにするのか。
それはそうだが、自分で探偵をやるに至った今においても、結局俺はその答えを得たのか?
「いや、何、昔、それが原因で騎士を辞めたものだから、少し気になっただけだ。忘れてくれ」
脳内で自問自答しているうちに、俺の返事を聞く前にそう言ってレイの足音が離れていく。
そうして、錠のかかったドア越しの、奇妙な会話は終わった。




