キジーツシステム(3)
そもそも、聖遺物と通常のアイテムの違いは何か。
簡単に言えば、通常のアイテムは原理を「推測可能」、そして聖遺物は原理を推測することすらできないという区別だ。
かなり曖昧ではあるが、世界の礎となっている魔術すら未だに曖昧としたものなのだから仕方がない。マジックアイテム、つまり魔術によるアイテムはその原理が曖昧なものになる。
要するに、魔術を利用して作られたアイテムだとしたら、その原理が曖昧にならざるを得ないわけだから、区別も曖昧なものになるわけだ。
逆に、どんな拡大解釈をしようとも、つまり魔術の天才が数百年かけて作り上げたアイテムだとしても、それでもやはり単なる魔術によるものとは思えない現象が起こるアイテム。それが聖遺物だ。
例えば、多くの聖遺物は壊れない。都市を破壊し尽くすような攻撃をして、かすり傷がつくかどうか。これはどんな魔術でどれほど強化しようとも、世界のどんな希少で強固な原料を使用しようとも、再現できない。どうすればそんなものができあがるのか、推論すらできないのだ。これがダンジョンの壁や床自体が聖遺物判定されている理由でもある。
一方、イスウの探偵、マサカドが持つと言われる「焰」という刀。これは振れば業火を発する、ダンジョンで先先代のイスウ王が発見したと言われるレアアイテムだが、聖遺物ではない。世界中の魔術師が集まっても、炎術師という炎術師が協力しても、焰のような強力な炎を延々と放つアイテムは作れなかった。
だが、それでもその紛い物は作ることができた。要するに、圧倒的に技術、魔力が不足しているため完全な再現は不可能だが、それでも原理だけは再現することができたわけだ。だから、聖遺物ではないと判定されている。
聖遺物はその名の通り、神が残した物とされているから、逆に原理推論可能なものを聖遺物判定した国があれば、教会側とひどく揉めることになる。
本音を言えば、どの国も重要なアイテムは聖遺物判定して国の管理下に置きたいだろうが、それができない悩ましい事情があるわけだ。
「なるほど」
するりとテーブルから降りて、レイは元の席に戻る。
「そう主張するわけか。なら、今、ここでその羅針盤を鑑定させてもらえるわけだな」
「さて、それはどうかな」
ジャンゴは上目遣いに油断なく全員の顔に目をはしらせる。
「俺が今まで、お前をはじめとする各国の調査を断って逃げ回っていた理由、知らないわけじゃあるまい。ここで、お前を信用して羅針盤を渡すと思うか?」
どういう意味だ?
だが、俺が疑問を挟む前に、
「わしとしても、ここでペース国が強引にことを進めるならば、国際問題にせざるを得ませんな」
にっこりと目を線にしてハヤノシンがレイに笑いかける。
「おい、待て」
テーブルの上に転がった矢を掴み上げて、ボブが大声を出す。
「シャーク国としては、当然、うちの人間を青い狼だって言ったんだから、根拠をはっきりさせてもらわないと困る。さっさと調査してもらおう」
そして、握った矢をジャンゴ目掛けて投擲する。
「まあ、妥当だね、どうする、オヤジさん?」
その矢を人差し指と中指で挟み止めたハウザーが振り向いてジャンゴに問う。
「分かっている。犯罪者扱いされた当人、ヴァンはどう思っている?」
突然の問いかけに焦りながらも、それを押し隠して冷静な顔を保つ。
「そうですね、まず、そもそもその羅針盤で俺が示されることが、青い狼の一員である根拠になる、その経緯を教えてください。キジーツシステムとやらを使ったというのは知っていますけど」
「ああ、そうか」
はっとジャンゴが目を見開いた。
「その話がまだだったか。うっかりしていた。そうだ、キジーツに青い狼が関わっていると思われる事件を調査させたのがそもそもの発端だ。キジーツと言っても、ヴァンや、ウォッチもそうか、君らが知っているキジーツとは別人だ」
それはそうだ。あの時、キジーツは確かに死んでいたのだし、そもそもキジーツは殺されることが役目らしい。
だとしたら、キジーツとは個体名というよりも役名。何度でもローズによって作り出されるものなのだろう。
「ちなみにキジーツに皆殺しなんて二つ名が付いているのは、一つは事実を知っている関係者が最終的に全員死ぬことが多いから。二つ目は、あえてそんな物騒な二つ名を広めることで、キジーツが何度も死んでいるって噂を目立たなくするためよ」
ローズによる補足。
組織犯罪への対抗、しかもその際には非合法な手段を使って拷問紛いのことまでするわけだ。そりゃあ、関係者が多く死ぬ結果になるんだろうとは予想がつく。そもそも犯罪組織に飛び込む役割なわけだから、役割を果たすイコールその際の犯罪組織の壊滅だものな。
俺が納得していると、同じようにハウザーも感心したように何度も頷いている。本当にキジーツに関しては詳しいことを知らされていなかったらしい。
「ええと、つまり、俺やウォッチの知っているキジーツじゃなくて、その次の代とか次の次の代のキジーツってことですね」
俺は大まかな解釈を口にする。
「そうだな。そのキジーツが殺された。青い狼絡みの事件で、だ。怪しいと見ていた集団に接近させていたわけだ。つまり」
「犯人は青い狼の一員、少なくとも関係者だと考えられる、と」
落ち着いた声でウォッチは相槌を打つ。
「うむ。そして、羅針盤は、この通り」
金色の羅針盤が再びジャンゴによって差し出される。
「ヴァンを指し示している。間違いなく、ヴァンだ。疑うなら動いてみろ」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
俺は立ち上がってジャンゴに近づく。
ジャンゴの手の中にある羅針盤は、確かに俺の方向を指している。
俺が横にずれれば、同じくらいに羅針盤の針もずれる。逆方向でも同じ。
なるほど、どう見ても俺と羅針盤の針の動きは連動している。
「ううん、ちょっと俺に貸してもらっていいですか、それ」
「駄目だ」
「えっ?」
当然受け入れてもらえるだろうと思っていた提案を断られて驚く。
「信用、できないのでな」
ジャンゴは守るように羅針盤を懐に入れる。
「おい、いい加減にしろ。そこまで拒んで、お前の羅針盤の話が信用できると思うのか。ヴァンをはじめとするシャーク国には、その羅針盤を調査する権利があるだろう。それに、俺からしてみれば彼らを信用しない理由が分からない」
さすがにレイが反論するが、
「ほう? では、逆に、彼に渡して、シャーク国が出した結論ならばお前は信頼するわけだな」
弱点を見つけたように、ジャンゴが目を光らせて笑う。
「例えば、この羅針盤がイカサマだと、聖遺物などではないとシャーク国が結論を出したら、それを受け入れるんだな」
「ち」
冷然とレイが舌打ちする。
返す言葉がないのか、それ以上はレイは責めない。
どういうことだ、何かあるのか? 意味が分からない。
「おいおい、じゃあ、俺達を集めたのは何の意味があるんだよ? ここで屁理屈言ってゴネるためかよ」
言葉を止めたレイの代わりとばかりに、ボブが吠える。
確かに、そうだ。根拠である羅針盤の調査すら拒否するなら、これからどうやって話を進めるつもりだ?
「ここに、何というかな、今回の件の『利害関係者』を集めたのは、それを話し合うためだ」
「それ?」
ネイツが形のいい眉をひそめる。
「そう、どうやって話を進めるか、だ。誰かを立てれば誰かが納得しない。これでもずっとドブ裏に体を浸してきた身だ。俺に関して何か大きな動きが起きれば、国々の暗部で波がたつくらいは分かっている。だから、一番波風の立たない、誰もが納得する方法で、今回の件のかたをつけたい。これでも、もう歳でな。国々の思惑の裏をかき、争わせ、間を縫うようにして自分の利益を得るなんてのは、もうしんどいんだ」
髭の生えた頬をひきつらせるようにして笑い、ジャンゴは小さく息をつく。
その息は、確かに年相応の疲れたもののように聞こえる。だというのに、目だけが獣のようにぎらぎらと光っている気がして、気を許すな警戒しろと俺の直感が叫ぶ。
「ふふん、ペース国とイスウ国とシャーク国が、この件に関して合意できる取り扱い、ね。難しい注文するわね」
他人事のように、くすくすと面白がってネイツが笑う。
「俺達で話し合ってどうするか決めろというのか、下らん」
吐き捨てながらもレイは目を閉じて何事か考え出す。
「が、確かに俺が勝手に鑑定しても、それをシャーク国とイスウ国に信用はされない、か」
「当然だろう」
ふん、とボブが胸をそらす。
「そもそも、これはシャーク国とジャンゴの間の問題だ。ペース国が出てくること自体がおかしい。シャーク国の聖遺物判定官をこれから呼ぶから、ペースは引っ込んでおけ」
「さて、シャーク国が全てを判定するのは、わしとしては異を唱えざるを得ませんなあ」
おっとりとした口調でハヤノシンが割って入る。
「うちが信用できないってのか?」
噛みつくばかりにボブが食ってかかるが、
「シャーク国としては、自国の重要人物が青い狼の一員などと認めるわけがありませんからな。そのシャーク国に全てを任せるなどできないに決まっているでしょう。それに、シャーク国とジャンゴ殿の問題と申されましたが、わしはそもそものこの件の発端の依頼主ですじゃ。わし、そしてイスウ国も話に入れてもらわねば筋が通りませんぞ」
穏やかな口調のまま、ハヤノシンが跳ね返す。




