青い狼(2)
ジャンゴのアジト、というよりもジャンゴについての情報全般が、どうして一国の威信と釣り合うのか。どうして世界が注目するような価値があるのか。
それは、ジャンゴの存在自体が、暗黙のうちにアンタッチャブルなものとして認識されていたからだ。
元々、ジャンゴはダンジョンの奥深くや紛争地帯という危険極まりない、国に属した探偵が手をつけない地域で起きた事件を、その剛腕で解決してきて名を馳せた私立探偵だ。
だから、ずっと不穏な伝説、噂、都市伝説が付きまとってはいた。
ジャンゴは凄まじい戦闘能力を持っている。ジャンゴは秘密裏にいくつかの聖遺物を手に入れている。ジャンゴは超一流の冒険者を何人も仲間にしている。ジャンゴは戦争に関する国々のスキャンダルを手にしている。ジャンゴはダンジョンや戦場で、様々な有力者からの裏の仕事を請け負っている。
何よりも問題なのは、そのいくつかが真実であることだった。
だから、ジャンゴはすぐに、世界に対して暗然たる力を持ち始めた。あらゆる国々の有力者という有力者は後ろ暗い秘密を握られ、目に見えない戦力を持つジャンゴを恐れた。その恐怖を元にしてジャンゴは手を広げ、人脈を構築していった。
手が広がれば、また情報が集まる。人脈ができれば、力が蓄えられる。
いつの間にか、誰もがジャンゴを忌々しく思いながらも、誰もが手を出せない状況ができていた。
下手に手を出せば、何が出てくるか分からない。
またジャンゴ自身、自分が危険視されていることを理解しており、だからこそ自分の情報を徹底して隠蔽するようになった。
荒野のジャンゴが部下を持つのも、そのうちの三人を独立させたというのも、要するに彼らを使うことで自分が表に出ずに済ませるためのシステムだろう、というのが大方の有力者の予想だった。
当然、宮廷探偵団の役職者である俺も、そして騎士団の一員であり貴族でもあるボブもそれを知っている。
だからだろうか、馬車の中には、緊張や不安と同じくらいの興奮や期待が満ちていた。
「シャーク国内に虫がいるっていうのは、確定なの?」
俺達のそんな複雑な緊張をよそに、キリオが髪をいじりながら問いかける。
あまりにも直球な質問に毒を抜かれたのかボブは目をしばたいた後、苦々しげな表情を作って、
「どこにでもいる。ジャンゴのシンパは世界中に巣食っている。僕に言えるのはそれくらいだ」
「騎士団にもか?」
「探偵団にもだ」
殺意を込めてボブが睨んでくる。
「確かに否定はできないな」
俺があっさりと認めると、ボブは目をそらして、
「とはいえ、ジャンゴのアジトの件がなかろうと、この件が世界的な注目の的になるのは間違いないからな。どっちにしろ国の威信を賭けた一大事になっていただろうと思うぞ」
それには賛成だった。
ジャンゴのことがあろうとなかろうと、青い狼の一員として俺が名指しされた時点で世界規模の問題ではある。
青い狼は現時点で世界最大の犯罪組織であるし、今まで幹部クラスが生きて捕まえられたことはない。自分で言うのも恥ずかしいが、七探偵の一人でありシャーク国宮廷探偵団副団長補佐のヴァン・ホームズが青い狼の一員であるならば、確実に幹部クラスのはずだ。俺を生け捕りにして拷問にでもかければついに青い狼の核心に迫ることかもしれない。
ただ、問題は俺が青い狼の一員ではないということだが。
「ふん、やはりな」
馬車の外の流れる景色に目を向けていたボブが、景色に緑が混じる割合が増えていく様を見て鼻を鳴らす。
「どうしたんだ?」
「この方向は、暗黒森だ。間違いない」
自分の所属している騎士団の予想が正しかったことに満足しているのか、ボブの目には誇らしげな光が見える。
樹齢が何年なのか想像もつかないような朽ちかけた木々の間を馬車は走っていき、やがて木々の枝葉に日が遮られて陰るようになる。
暗黒森だ。
じめじめと湿って苔むした地面を馬車が進む。
「空気が湿ってるわね」
ぼそりとキリオが呟く。
やがて何の前触れもなく馬車は停止した。
「ん?」
「あれ?」
「お?」
突然の停止に俺達は顔を見合わせてしばらく待つ、が何も起きない。御者が声をかけることもない。
「これは、降りろってことかな」
自信ない俺の疑問に、
「じゃ、ないか?」
ボブも同じく自信なく答える。
ともかく、俺達三人は馬車から降りる。
俺達が降りるのを見計らったかのように、馬車が動き出して走り去ろうとする。
本来ならそれを見て慌てるべき俺達だが、他のものに気をとられてそれどころではなかった。
「これは」
思わず声を漏らすボブ。
俺達の目線の先には、木々が切り払われたような広場があり、そこに白い建物が二つ存在していた。
一つは三階建て程度の、辺境の砦くらいの大きさの石造りの建物、そしてそれから五メートルほど離れて、その建物の背を低く一階建てにしたような建物が並んでいる。
「これが、アジトか」
言いながら、俺の中にはこれをアジトというのには違和感がある。
真っ白い、直角的な石造りの建物は、アジトという暗く隠れた地下に潜っているイメージとはそぐわない。むしろ。
「病院、みたいだ」
「鋭い」
思わずつぶやいた俺の言葉に反応したのは、ボブでもキリオでもない。
「誰だっ」
過剰に反応して剣まで構えるボブを筆頭に、俺とキリオも突然の声に身構える。
「病院というより、研究所だけどね」
突如として俺達の傍に寄ってきた、いや俺達からすれば突然出現したとしか思えなかった声の主は、女だった。
銀色の髪をしたマネキンのような女。白と黒の衣を羽織っているが、よく見ればそれは医術者が羽織る白衣に、血が散り、その血がかわいて黒くなっているようだ。
「あの、あなたは?」
剣を構えた臨戦態勢のまま一言も口を開かないボブを放っておいて、とりあえず俺が質問する。
「ローズ。殺戮のローズとか呼ばれているけど、ローズでいいわ。気に入ってるわけじゃないし」
言葉遣いも声の調子も極めて普通だが、顔を見ると口がほとんど動いていないまま喋っている。人形っぽさはどうやらこの顔の不変性から来ているようだ。
殺戮のローズ。
物騒な二つ名に負けないくらいに物騒な逸話を持っている、ジャンゴの三人の弟子の一人だ。
「初めまして」
初対面なので挨拶をする。
「あっ、初めまして」
慌ててキリオも続いて、
「これはこれはご丁寧に」
表情を全く変えず、機械人形のように背筋を伸ばしたままでローズが僅かに体を傾ける。
「おいっ」
剣を構えたままのボブが苛立つ。
「ジャンゴの弟子が、何の用だ!?」
態度はよくないとはいえ、疑問の内容は同感なので俺は黙って様子を見る。
「とりあえず、研究所を案内をしようと思って」
剣呑なボブに対して、ローズは人形のままだ。
「研究所って、これ?」
キリオは二つの建物に目をやる。
「そう、その大きい方が研究所。私の研究所で、ジャンゴ一味の隠れ家ってわけ」
「一味?」
その発言に妙な気がして、俺は訊き返す。
「そう。だから、ジャンゴだけじゃなくて、ハウザーも待ってるよ」
「無手のハウザーか」
目を見開いたボブは、剣を握る手に力を込める。
「そんな、敵地にむざむざと乗り込むと思うか?」
「え、来ないの?」
声だけでローズがきょとんとする。
「いや、行くよ」
そのためにここまで馬車に乗ったんだ。
「私も」
当然、キリオも同調する。
「お前ら、少しは俺の駆け引きに乗れ!」
本気で怒ったらしく、ボブが俺達に剣を向けて激昂する。
「いや、とは言っても」
ここで駆け引きしたところで、どんな条件を飲んでどんな要求を通すかなんて分からない。そもそもの情報が不足しすぎている。
正直、ボブは力が入りすぎて空回りしすぎているように見える。
が、この傲岸不遜な男がそこまで力を入れているというのを見て、逆に俺も今になって緊張してきた。やはり、ボブが神経質になるくらいに大事件なのだ、今回の件は。
「ちっ」
舌打ちするボブは、やはり焦っているようにも見える。
別に、手柄を立てなければ危ないような立場でもあるまいに。
「とにかく、どうぞ。まだ、全員は到着していないけれど」
そうローズに案内されるが、言葉が引っかかる。
「全員?」
ジャンゴやハウザーがいない、というだけなら、そんな言い方はしない気がする。
「ええ、全員。今回は、お客様が多いから」
こちらを不安にさせるようなことを言って、ローズは振り返ることもせずにさっさと研究所に歩いていく。
一瞬だけ俺達は顔を見合わせた後、急ぎ足で後を追う。




