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青い狼(1)

 青い狼。

 盗賊団、ということにはなっているが、実際にはそれよりも手広くやっている。結成された当初は金を盗み出すだけの集団だったが、やがて構成員が増えてくると誘拐、人身売買、盗品売買に殺し屋稼業までも行うようになったという。

 犯罪組織と言った方が正確だ。


 主にイスウを荒らしまわっていたが、最近は他の三国にも出没しては凶悪犯罪を起こしている。


 最早、各国の探偵も騎士団も、その正確な規模、人数を把握していない。集団、組織に属していない犯罪者や小規模な盗賊団を取り込み、吸収し、今のこの瞬間も拡大し続けていると言われている。


 村を一つ潰して、若者は男女問わず奴隷として売り飛ばし、それ以外を皆殺しにする。

 貴族の館に押し入り、皆殺しにして奪い尽くす。

 使用人を殺し裕福な商人の令嬢を誘拐、高額な身代金を奪い逃走する。


 青い狼の起こした陰惨な事件は枚挙にいとまがない。

 今や、どの国の探偵、騎士団はもちろん、有力者や王族までもが青い狼を目を血走らせて探している。

 だからこそ、一人でも青い狼の構成員を見つければ、その人間は秘密裏に情け容赦ない拷問にかけられ、知っていることを全て白状させられる。

 それでも、これまでは精々が青い狼内の小規模なグループを潰したくらいで、全体に致命的なダメージを与えることはできていない。


「まさか、その青い狼の一員だったとはね」


 キリオが目元を白い指で押さえて泣くふりをする。


「ショックよ、ヴァンがまさか」


「おい、いい加減にしろよ」


 その冗談に笑う気にもならず、俺は渋い顔で詰め寄ろうかと動いたところで、喉元に剣が突きつけられる。


「動くなよ、犯罪者。僕が見張りなのを忘れたのか?」


 その剣を握る背の低い男が、憎々しげに吐き捨てる。

 敵意をあからさまにするその態度に懐かしいものを感じて、俺は思わず笑いそうになるが、笑うとこの男が激昂して本気で刺しかねないことも知っているので我慢する。


「落ち着け、揺れてるんだ、振動で刺さるだろ、ボブ」


 士官学校を卒業して以来に会う騎士団所属のボブ・メージンにそう声をかける。


「ふん」


 顔を少し赤らめて、学生時代とほとんど変わらないボブは鼻息を荒くする。


 俺とキリオとボブの三人は、馬車に乗っている。

 行き先がどこかは、三人とも知らない。これだけで、この状況がいかに異常かが分かる。その上、ボブが俺に剣を突きつけている、というのが現状のわけだ。だから早く剣を降ろしてもらいたい。馬が何かに驚いて、馬車が揺れたら一巻の終わりだ。


 どうして、こんなことになっているのか。


 これは、三日前、突然現れたジャンゴが俺を「青い狼」の一員だと言い出したことに起因する。

 シャーク国の宮廷探偵団の副団長補佐という役割の俺がそんな風に告発されたことの影響は大きかった。いや、大きくなるところだった。


 だが、その場に団長であるゲラルトがいたことが幸いした。

 相手が同じ七探偵の一人、ジャンゴだということから、普通の手で穏便に済ますことが不可能だと考えたゲラルトは、その日のうちにシャークの王と王妃、有力者に手を回し、ジャンゴに「根拠を公の場所で明らかにしない限りその告発は取り合わない」と突っぱねた。

 翌日、ジャンゴが人脈をフル動員して俺を逮捕しようとした時には、ゲラルトが既に国外の有力人物に手を回していた。

 この時点で、勢力としてはゲラルトの方が優勢だった。ゲラルトは政治力に優れる、純粋に物事を解決することに特化した探偵だ。その力で七探偵の一人になっている。だから、その土俵で戦う限り、ジャンゴはゲラルトに勝てない。


 俺も、どうやら何事もなく終わりそうだと安心していた。


 状況が変わったのはつい昨日のことだ。「ヴァンが青い狼の一員である根拠を、公の場所で明らかにする」とジャンゴが発表した。元々、それをしない限り取り合わない、というゲラルトの言葉は、逆に「明らかにするなら告発を取り合う」と言っているのと同じだ。


 ジャンゴについて、詳しいことは各国の要人も把握していない。捜査方法についても同じだ。そして、それがジャンゴの強みでもあるはずだ。ましてや、事は青い狼に関わること。俺を疑う根拠を話せば、その情報自体に高い価値がある上に、捜査方法とその内容、情報ルートについてもある程度明かさなければならない。

 だからこそ、根拠を明らかにすることはない。

 そう考えてゲラルトは啖呵を切ったわけだが、見事にそれをひっくり返されたわけだ。


 とはいえ、宮廷探偵団の副団長が犯罪組織の一員だと言われたことに抵抗しないでいるわけにもいかない。シャーク国の立場もある。

 おまけに、ジャンゴとゲラルトがお互いに人脈をフルで使ったために、各国の有力者には今回の一件がある程度広まってしまっている。青い狼に関連した事件ということで注目度も高い。


 というわけで、引くに引けなくなったゲラルトとジャンゴによる、政治力による綱引きが更に大事になり、当事者のはずの俺はどんどん大きくなっていく話をおろおろと見ているしかできなかった。

 そして、今日、結局どういう話になったのか分からないまま、ともかく馬車に乗って目的地に向かうように、と王からの直々の命令が出たのだ。

 付き添いとして宮廷医師のキリオ・ラーフラ、そして見張り役としてシャーク国の有力貴族、ボブ・メージンをつれて。


「ボブはこの馬車がどこに行くか知ってるのか?」


 俺の質問に、ボブは馬鹿を見るような目で見下してくる。


「僕はお前の監視役だと言っているだろう。言うとでも思ってるのか?」


「ああ、知らないんだ」


「知らないわけないだろ。下らん挑発はするなよ」


 言葉とは裏腹に、ボブの瞼がぴくぴくと痙攣している。


「知らないんだろ、だってボブだし」


「アジトだ、ジャンゴのアジト!」


 見る見る間に顔を真っ赤にしたボブが叫ぶ。


「言っておくがな、この問題はお前が思っている以上に大事になっているんだぞ。これまで、どんな要人にも明かされず、どの国も発見できなかったジャンゴのアジトが明かされることになった。分かるか? 賭け金が膨らんでるんだよ、お前だけの問題じゃあない」


「ジャンゴがアジトの情報なんて賭けたから、シャーク国側もそれなりのもの賭けなきゃいけないってことか?」


「そうだ、我が国の威信がかかっている。ここまで大きくなった話、他国も注目している話で、もしもお前が本当に盗賊団の一員だという結論になってみろ。国の一大事だ。だから」


 ふっとボブの顔色が戻り、目が細まる。


「もしも、本当にそうだったとしたら、それが向こう側に判明する前に僕がお前を殺す。そうやって有耶無耶にするしかない」


「学生の時とは違うな」


 思わず、本音を漏らしてしまった。

 士官学校を卒業してから、ボブがどういう日々を送ったのかは分からない。だが、さっきの一瞬に本物の殺気を感じた。

 手ごわいかもしれない。


「そんなぴりぴりしなくても、ヴァンが青い狼のわけないじゃない」


 妙に暢気な声でキリオが答えて、


「ね?」


 と笑顔を俺に向ける。


「ああ」


「ほら、ヴァンもこう言ってるし」


 と、今度はボブに顔を向ける。


「本人が白状するわけがな」


 そこで、ボブはびくりと体を硬直させる。


 俺からは見えないキリオの顔を見て、ボブの表情がひきつる。


「ま、まあ、僕としても、さすがに学友が盗賊団だなんて、本気で信じてはいないさ」


 ひくひくと頬を痙攣させながら血の気のうせた顔でボブがそうフォローすると、


「そうよね」


 くるりとキリオが俺に顔を戻す。その顔はさっきまでと同じ、暢気なものだった。


「にしても、ジャンゴのアジトってどこにあるのかな。馬車の御者しか知らないわけ?」


 キリオへの恐怖を悟られないように、早々に話を変える。


「ああ、ジャンゴ側が提供してきた御者だから、基本的には黙って馬車に乗っていることしかできない。尾行も禁じられている。けど」


 さっきの恐怖の表情はどこへやら、ボブが得意そうな顔をする。


「実際には、我が騎士団はジャンゴのアジトについてはある程度予測がついているんだ」


「へえ」


 それは宮廷探偵団としても知らない事実だ。


「騎士団は、業務上他国の騎士団と連携をとることがある。合同訓練とかな。そこで、ジャンゴについての情報交換も行われていたのさ。ジャンゴが初期に活躍していた地域、そしてどの国もアジトを見つけられなかったという事実、各国の追跡状況。それを総合して考えれば、アジトの予測はつくってわけだ」


「ふうん、でも、ならどうして予想を確定させてないの?」


 得意そうなボブにキリオが水を差す。


「それは、予想した場所が、調査することが困難だからだ。だからこそどの国もアジトを見つけられなかったわけだからな」


 苦々しげにボブは吐き捨てる。


「シャーク国とペース国の国境地域に存在する暗黒森。そこにアジトがあるんじゃないかってのが僕の予想だ」


 僕の予想、と騎士団のものをまるで自分の手柄のようにさりげなく言うボブに、そういうところは相変わらずだと少しおかしくなる。


 しかし、暗黒森か。

 木が生い茂り、日の光がほとんど入らない暗い森。モンスターもいるし、暗くて方向感覚が狂うために迷いやすく、滅多に人が入ることはない。

 そのため、暗黒森自体がペース国とシャーク国の国境の一部になっている。


「あの森なら、確かに隠れ家にはもってこいか。何らかのマーキングをすれば、真っ直ぐ進んだりは可能だろうけど」


「ああ、そもそも目的地が決まっていなければ方向が分かっても意味がない。そして、あの森は広大だ。あそこに隠れ住まれたら手が出せない」


「けど、だからこそ、シャーク国側もペース国側も、森の内部は無理にしても森への進入禁止管理は厳しくやってるんじゃなかったっけ?」


「それは」


 うろ覚えの俺の指摘に、ボブは言葉を詰まらせた後、再び冷たく細い目を俺に向ける。


「そうだ、だからこそ、騎士団はずっとシャーク国かペース国の貴族に、森への通行の便宜を図っているジャンゴの協力者がいるんだと睨んでいた」


「なるほど」


 ボブがこの一件に入れ込んでいるように見えた理由の一端にようやく見当がついた。


「内部に虫がいた場合、大変なことになるもんな」


 俺が何気なくそう言うと、ボブは人でも殺しそうな目で見てきた。馬車の中に緊張が高まる。

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