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エピローグ

 ジンの一撃を受けた肩の傷は、回復薬では完全に治すことができなかった。

 いずれ、もぐりの医術師にでも見せて回復させなければいけない。だが、それは後の話だ。

 まずは、この国から離れなければ。


 モーラはマントとフードで全身を隠すようにしながら、必死で山中を歩き続けている。


 終わりだ。

 モーラの脳裏を過ぎるのはそれだけだった。

 自分の死を偽装する流れになった時は、そうするならば彼らを全員殺すべきだとは分かっていた。だが、はっきり言って冒険者という裏と表の社会を行き来するような職業をしているモーラにとって、裏に潜ることなど大したこととは思えなかった。

 だから、攻略が中止になればそれでいいと思っていた。そう、自分が死人だと思われるだけなら、それでよかった。


 名だたる冒険者達が挑戦してもやはり攻略できなかった、帰らずの地下迷宮。以前生き延びたブラドさえ死んだ。そんな風に誰もがあのダンジョンを恐れればいいと思っていた。

 ハントとブラドが死ねば、あのダンジョンをこれからどう育てていくかを自分だけで決められる。そう、自分だけの手で、歴史に残る、誰も攻略することのできない、死と謎のダンジョンを作り出すことができる。

 そのはずだったのに。


 歯軋りしながら、モーラはふと自分のそんな感情を不思議に思う。


「妙なものね」


 呟く。


 本当にそうしたいのならば、最初にあのダンジョンの秘密をただ一人発見した時に、自分一人でそうしておけばよかったのだ。

 だがしなかった。あの時は、そんな考えは毛頭なかった。


 どうにかその秘密で金を得ることはできないか。

 それだけが頭にあった。

 そうしてハントとブラドと手を組み、冒険者を殺し、死体を漁り、ダンジョンを宣伝してやる。

 最初はそれで全てだったはずだ。


 いつしか、そのダンジョンが恐怖と興味に塗れて人の噂話にのぼるようになっていき、モーラはその時に不思議な気持ちを感じた。

 そのダンジョン、この世のどこにもない、何も知らない人々の想像の中だけにある、現実のものとは違う、世界一難易度が高く誰も攻略できない謎の地下迷宮は、自分が作ったのだという不思議な快感。

 それが、時と共にどんどんと大きくなっていった。

 あの二人を殺してしまうほどに。


「いや」


 モーラは思い直す。

 別に、そこまで自分はおかしくなっているわけではない。

 ハントはどこか浮世離れしているところがあって、ふらりと自分達の悪行を白状しそうなところがあったし、ブラドは逆に猜疑心が強すぎてこちらが殺されそうだし得体の知れない不気味さもあった。

 あの二人を殺したのは、自分の身を守る為だ。


 夜の山中を早足で歩きながら、モーラは自分に言い聞かせる。


「ぐっ」


 ジンに斬られた肩の傷が不意に痛んで、思わず声を漏らす。


 あれは不覚だった。

 モーラは今更どうしようもないと分かっていながら後悔する。

 そう、芝居だったのだろう、全てが。今なら分かる。

 だが、あの時はそこまで頭が回らなかった。あの男のせいだ。


 得体の知れなかった探偵、キジーツのことを思い出してモーラは歯噛みする。

 突然一人で行動して、迷宮を歩き回った挙句、アイテムを集め始めた。

 最初は何をしているのか分からなかったが、アイテムを手に入れるというより、出たアイテムを確認するのを繰り返すような仕草を見て、ようやく気付いた。

 あの男は、ダンジョンの秘密について勘付いている。あれは、上の階で手に入るアイテムよりも上等なアイテムが出ないかどうかを試しているのだ。

 そう気付いたモーラは、キジーツに襲い掛かるしかなかった。


 おまけに、致命傷を受けた後のキジーツの反撃。

 全身から武器を突き出した時のことを考えると、今でもモーラは鳥肌が立った。あの瞬間、必死で悲鳴を抑えたものだ。

 結局、こちらが傷を負うことはなく、キジーツを殺すことはできたが、あの一件で自分の中の歯車がずれた感は否めない。


「くそっ」


 誰に向けたものでもない悪態を吐き出す。


 これで終わりだ。

 あのダンジョンも、単なる犯罪に利用された少し珍しい構造のダンジョンに成り果てる。危険と謎に満ちた迷宮は、ついに消え失せてしまった。

 そのことにとてつもない喪失感を覚えている自分自身にモーラは戸惑う。


 ともかく、自分はもはや死人ではなく犯人だ。

 トレジャー家の令息を殺した自分を、ペースの有力者達はこぞって捕らえようとするだろう。

 もうこの国にはいられない。


「ああ、いたいた」


 機械的に足を動かしながら思考に没頭していたが、不意に聞こえてきた乾いた若い女の声にびくりとモーラは動きを止める。


 夜の山中に、女?


 自身も女であることは棚に上げて、モーラは警戒する。


「モーラでしょ、あなた」


 今度こそ愕然となり、モーラは瞬時に身構える。

 この状況で自分の名を知っている、イコール敵とみなして構わないはずだ。


 やがて、暗い木々の間から現れたのは、まだ若い女だった。

 銀の髪と瞳をしたその人形のような美貌の女は、白衣に身を包んでいた。いや、もう白衣ではない。それは、全面的についている明らかに血が飛び散り乾いた跡によって、赤黒くまだらに染まっている。


「ああ、間違いない、反応してる」


 そう言う女の手には、コンパスのようなものが握られている。


「……人違いじゃない?」


「あはは」


 人形のような顔をほとんど動かすことなく女は笑い声をあげて、


「聖遺物が人違いをするって言うの?」


「聖遺物?」


「そう、この羅針盤はね、持ち主を殺した人間を示す聖遺物。私の師匠が、昔ダンジョンで手に入れて、ずっと隠匿してるの。酷いわよね。これ、国に訴えたら処刑ものよね」


 平然と言う女にモーラは不気味さを感じつつ、いつでも襲いかかれるように体の重心を落とす。


「師匠って?」


 頭がおかしいのか分からないが、ともかくこの女は危険だ。

 話を続けて、隙を作ったら即殺す。


「ジャンゴ。ああ、自己紹介がまだだったっけ、私は『殺戮』とか物騒な通り名で呼ばれてるけど、失礼よね」


 こいつが、あの「殺戮」? 荒野のジャンゴの三人の弟子の一人。

 どうして、いや、だとすると、予想されるあの羅針盤の持ち主は。

 モーラの頭の中で思考が交差する。


「昔、研究用に死刑囚を十数人借りて、それを全員狂死させたことはあるけど、それだけで殺戮って二つ名は酷いと思わない? 風評被害って意味では、キジーツが一番気の毒だけど」


 その名前に、やはりとモーラは納得する。


「同門の仇討ちってわけね」


「キジーツなんて、本当は誰も殺したことがないのに皆殺しなんて呼ばれてるからかわいそうね。まあ、皆殺しなんてセンセーショナルな噂を流しているのは、私達なんだけど」


 モーラの発言を一切無視する女。


 もういい、殺す。

 そう決心したモーラがついに一歩踏み出そうとしたその瞬間。


「はっ!?」


 首筋に熱。


 動物的な反射神経でその場から飛び跳ねて女からも距離をとりつつ、さっきまで自分のいた位置を振り返る。


 そこには、不機嫌そうな少年が立っていた。

 全く気配を感じさせなかった凄腕のアサシンのような技量を持つ割には、ごく平凡な、平凡すぎる少年だった。


「まったく、こんなことのために駆り出されるとは」


「悪いわね、『無手』。けど、凄腕の冒険者相手だから、私だけだと不安なのよ」


 喋って意識を引きつけているうちに、あの少年が背後に回って攻撃。

 最初からそういう作戦か。

 モーラは舌打ちしながら熱を感じた首筋に手をやる。


「それで、ちゃんと打ち込んでくれた?」


「ああ、首筋にお前の特製のを塗った針だろ。確かに打ち込んだ」


 じゃあな、と少年は背を向けて去っていく。


「こっ」


 これはなんだ、と文句を言おうとした。おそらくは神か何かに。

 だがそれよりも早く、瞬間的にモーラの全身に痺れが広がった。


「少量でも、あれを首に打たれたらもう動けないでしょう」


 女の言葉通り、全身を震わせながらその場に倒れることしかモーラはできなかった。

 視界も暗くなっていく。意識が遠のいていく。

 その中で、不思議と女の声だけがやけにはっきり響く。


「さっきの話の続きだけど、キジーツの手品の種がばれるとまずいから、それで派手な噂で上書きしてるわけ。何度も死んでるってばれたらまずいもの。皆殺しなんて派手で残酷な話、皆大好きでしょ」


 くすくすと笑う女の顔はやはりほとんど動いていない。


「キジーツはね、自ら犯人に殺され易いシチュエーションに持っていくの。それで、殺された後でこの羅針盤で私達が犯人を確定する。どう、手っ取り早いし確実でしょ?」


 女は手に持っていた羅針盤を懐に収める。


 モーラの意識は既に消えかけている。


「ちなみに、プログラミングは私がしたの。結構大変だったんだけど、最近は慣れてきたわ。あなたが殺したので六代目だから。もう、手早く製造するこつは掴めてる」


 優しく、女は動けないモーラを担ぐ。


「今回はベント・トレジャーなんて大物が絡んでいたから、わざわざ師匠が話をつけに行ったんだけど、うまくいったんですって」


 子守唄でも歌うように女が言う。


「キジーツが犯人を一般市民ごと殺したって噂を流すことへの協力も、あなたを私が自由にすることについても、ベントはもちろんその場にいた全員から承諾を得ることができたわ。あなたを絶対に捕まえるというのと交換条件でね」


 女はぐったりとしたモーラを担いだまま歩き出す。


「楽しみだわ。あなたが殺したキジーツは元がただの山賊だから、正直なところあまりうまくできなかったんだけど、あなたは素材がいいわ。多分歴代で最高に。きっといいキジーツになるわ」


 くすくす笑いが夜の山に響く。


「そうだ、あれ格好よかったでしょう、体の中に武器を埋め込むの。あれ、あなたにもしてあげるわ。四代目から始めたんだけど、私も気に入ってるの。さあ、じゃあ、まずは私の研究室に行くわよ。あなたを拘束して、夢から覚めるのを待って。それから、あなたをキジーツにしてあげる。心配しないで。最初に苦痛で人格を崩壊させるところから始めなきゃいけないけれど、もう慣れているから、ナイフとピンセット、それに尖った鉄の棒と薬品類さえあれば多分三日間で壊せるわ。それからじっくりと、体を改造して頭も改造してあげる。キジーツにしてあげるわ、モーラ」


 やはり表情を変えないまま声だけは嬉しそうに女は言って、そして女と担がれたモーラは夜の山の闇に消えていく。

ご愛読アンド挑戦参加ありがとうございました。


今回は、個別に推理について感想をここで返すのはやめておきます。何故なら大勢の方に瞬殺されたからですw


さて、ここで一応完結です。

一話の時もそうでしたが、次の話がちゃんと書けるかどうか分からないので。


特に、二話を書いていて思ったのが、「荒い!」ということです。結構プロットなんかも念入りに書いたつもりですが、それでも相当荒かったです。あと瞬殺以下略。


というわけで、第三話を出すとしたらかなり念入りにプロットを作って、話を練って、ある程度書き溜めをしてからになると思います。


そもそも今のところ話の主軸になるトリック(一話だと聖女の顔、二話だとダンジョンの構造)が全く思いついていません。だから話も一切何のアイデアもなしです。


というわけで、出るにしても第三話はかなり遅くなります。

なので一応完結ということで。


もしも第三話が無事に始まりましたら、またお付き合いくださいませ。

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― 新着の感想 ―
なるほど、主人公のガラスの目玉っていう印象もヒントだったわけだ。
[良い点] 今回も楽しませてもらいました。 死体の痕跡が全く無いモーラが怪しいなというのはすぐ分かったんですが、ダンジョンが逆になっているとは考えつかなかったのでそこで推理が止まっちゃいました……。 …
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