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世界の把握(1)

 覗き込んでくる男と女。

 意識を取り戻した俺が最初に認識したのは、その男女の姿と声だった。


 声。

 何かを喋っている。

 けれど、意味が分からない。

 男女の喋っている言葉は、明らかに日本語ではない。英語でもない。

 男女の見た目は西洋人だ。金髪碧眼。肌が白い。二十代後半から三十代前半といったところか。

 探偵をしていた影響で、ついついそんな風に特徴ごとに簡潔に分析してしまう。


 しかし、妙だ。

 話す言葉の意味が分からないのはもちろんだが、それ以前に音が妙だ。

 音の聞こえ方がおかしい。


 そこで、電流が流れるように瞬間的に、意識を失う前の記憶が蘇る。


 そうだ。

 俺は、刺された。刺されて、死ぬしかないような状況だった。


 ああ、ということはあれだ、今、病院だ。


 と思うが、男女の顔の隙間から見える天井を見る限り、病院ではない気がする。

 だって天井は木をそのまま切り出したみたいに無骨で、見ようによってはお洒落に見える。こういう天井って、どちらかといえばホテルとか西洋風の一軒家とかにありそうな。


 ひょっとして、と不安が過ぎる。

 こんな風に訳が分からないのは、俺の脳に異常があるからじゃないだろうか。刺されて重体になって、脳に血液が行かなくなったとかで、見たり聞いたりしたものの意味がよく分からなくなってるとか。

 そこまで考えてぞっとする。

 喋ってる言葉の意味が分からないこと、この意味不明の状況、音に対する違和感。全てに説明がついてしまう。


 嘘だろ、そんな。

 自らそれを否定する材料を探そうと体を動かそうとして、絶望する。

 体が思ったように動かない。

 ああ、これは全身不随ってやつか? だとしたら、やっぱり、俺は刺されて、脳にもダメージがあるんだ。


 これじゃあ、気軽に本屋に行ってミステリ小説を漁って読むこともできない。

 そう絶望して、俺は目を閉じる。

 ショックのせいか、さっきから眠くて仕方がなかった。





 結論から言えば、俺の考えは的外れもいいところだった。

 だが、言い訳をさせてもらえば、こんな状況を正確に判断しろという方が無理がある。情報が少なすぎる。これがミステリだったら、アンフェアだと烙印を押されるところだ。


 俺が気づいたのは、数週間、だろうか? ともかく、俺の体感時間で数週間程度経ったころのことだ。

 少しずつだが、男と女の言っている内容が分かってきたからだ。

 分かるといっても、「これが挨拶の言葉か」とか「ああ、これは俺の名前を呼んでるらしいな」というレベルだが。

 脳へのダメージで言葉が理解できないなら、こんなことが起こるとは思いにくい。


 さらに、どうも必死に体を動かしたり自分の状態を確かめようとしたところ、体のサイズが以前と全く違うことが分かった。


 簡潔に言えば、俺の肉体は乳児のそれだった。


 そこまで判明したところで、俺は薄々ではあるが、自分に何が起こったのか分かった。


 いわゆる、生まれ変わり、輪廻転生というやつだ。

 俺はあの一件で死に、日本ではない別の国に生まれ変わったらしい。


 しかし、だとすれば転生前の記憶を俺が持っているのはどういうことだろうか。

 そう疑問にも思うが、よく考えてみれば、前世の記憶があると主張している人間なんて何十人、何百人、いや、何千人もいるはずだ。その中のいったいどれくらいに信憑性があるのかは不明だが。

 ひょっとしたら、前世の記憶があるのは、そこまで特別なことではないのかもしれない。


 さて、そうなると、俺はかなり有利になるんじゃないか?

 この精神年齢のまま子どもからやり直せるなら、神童としてもてはやされるかも。


 とらぬ狸のなんとやらで、俺は妄想を膨らませた。

 まずは知識だ。知識が足りない。自分の状況に対する知識。

 さしあたっては、まず自分がどんな国に転生したかが一番重要かな。


 そんな俺の思いが、更に別の方向にぶち破られるのには体感時間で二、三か月かかった。

 女、つまり俺の母であろう女が俺を抱きあげてくれた時のことだ。

 初めて、俺は窓から外の景色を目にすることができた。


 そこには、田畑が広がり、ロッジハウスのような木造の小屋がぽつりぽつりと点在していた。

 なるほど、どうやら異国の、それも結構な田舎に転生したらしい。まあ、両親の服装が、質素かつ手作りっぽいからそうじゃないかとは思ってたけど。

 俺はそんなことを思っていた。


 けれど、それも、窓の外、畦道を六本脚の馬らしき生物が走っているのを見るまでだ。

 何だ、あれ?

 最初、我が目を疑った。だが、確かに馬らしい見た目だし、脚は六本ある。

 それが、複数走っていて、道行く人は平然としている。

 いや、いくら異国だろうと、あんな生き物がいるなら、さすがに噂になっているはず。俺だって知っていたはずだ。


 そして、更に目を疑う展開。

 窓の向こうに、俺の父がいる。

 父の前には、刈ったと思われる草が積まれていた。

 その前で、父は何やら呟いている。

 そうして、間違いなく、父の手から、何も持っていないその手から、炎が放出された。


 は?

 喋れていたなら、俺はそんな声を出していただろう。


 マッチやライター、着火装置のようなものを全く持っていないのに、手から炎を出している。

 どういうことか意味が分からないが、しかし。


 そこで、俺はようやく、自分が間違えているかもしれないと気づいた。

 どんな国に転生したのか、というのは一番の問題ではないようだ。

 ひょっとしたら、どんな世界に転生したのか、こそが一番の問題なのかもしれない。





 充分な日常会話ができるレベルまで言葉を覚えることができるのには、二年かかった。

 俺の体感だと二年もかかっていないのだが、二歳の誕生日を祝われたのでそうなんだろう。思うように動けないし、寝てばっかりのイメージなので時間感覚がよく定まらなかったんで仕方ない。


 ともかく、必要なのは知識。

 そのためには、言葉だ。話し言葉も書き言葉も、とにかく言葉や文字を覚えなければ。


 その一心で必死に努力をした。


 家の中ならばある程度自由に動けて、両親とも普通に会話ができるようになったのが三歳になった頃。

 その頃には、本棚に入っていた数十冊の本を手当たり次第に読み出していた。

 特に、子供向けのものを中心に。

 大人ならば当然持っているであろう常識を省略せずに書いてくれている子供向けの本、おそらくは両親が俺のために買ってくれた本の数々は、この世界を知る上で非常にためになった。


 そして、七歳。

 俺は家にある本という本、更に近くにある村の図書館、といってもかなり小規模なものだが、それも全て読破した。しかし、この世界で本が貴重なものでなくてよかったと心から思う。もしも、本がかなり貴重だったとしたら、俺の家やこの村に本があるわけがなく、俺の知識量もかなり少なかっただろう。

 どうやらこの世界には既に活版印刷の技術があるらしく、それに感謝するしかない。

 もちろん、それだけでなく両親はもちろん、近所の人や村の長老にも質問攻めをして知識を仕入れた。

 両親を含めた村の全員から、俺は「本の虫」だとからかわれる羽目になった。

 長老は冗談めかして「この坊主、末は国を動かすんじゃないか?」と笑っていた。


 さて、それでは七歳になるまでに俺が得た知識をまとめよう。


 まずは身近なところから。

 俺の名前はヴァン。

 姓はない。この世界では、貴族でもない限り姓はつかないことになっている。

 鏡はこの世界では貴重なものらしくこの村には存在しないので、水鏡で確認したところ、白っぽい金色の髪と深緑の瞳をもつ、なかなかかわいらしい男の子、という容貌だった。


 母の名前はヴィトナ。

 代々この村で農家をしている家の三女らしい。

 整った顔立ちと金髪碧眼なのは俺と同じ。ただ、ずっと農作業をしているだけあって、可憐というよりも力強さを感じさせる女性だ。

 俺は日本の感覚で二十代後半から三十代前半と見てしまったが、実はまだ二十代の前半も前半らしい。

 すいませんでした。


 父はシュタイン。

 同じく金髪碧眼で、元々は旅の商人だったらしいが、母に一目惚れしてこの村にいついて、そうして結婚という形になったらしい。

 母と比べると平凡な容姿ではあるが、優しげだ。その代わり、ちょっと頼りない気がする。

 現に、家でも母の尻に敷かれている気がする。

 こっちも、俺が七歳の時にようやく二十代の中盤に差し掛かった形だ。結構若い。というか、多分こっちの世界では結婚が早いのだろう、俺の感覚と比べて。


 この世界の名は、パンゲア。パンゲアとは世界の名であり、大陸である。

 広い大陸が広がり、その周囲は海に包まれていて、その海は「世界の果て」で囲まれているらしい。

 本に書いてあった「世界の果て」というのがよく分からなかったので両親に質問したのだが、両親もよく分からないらしい。どうも、「壁」があるという話だ。


 パンゲアは、一言で要約するならば、ファンタジーでお約束の剣と魔法の世界だ。

 あまりファンタジー小説なんて読んでいなかったが、それでもゲームでベタなファンタジーの世界に踏み入ったことくらいはある。

 剣があり(もちろん、槍や斧や弓だってある)魔法があり、モンスターがいて(ドラゴンなんてのもいるとか。もちろん、伝説的に強いらしい)、冒険者がいる。ダンジョンだってあるし、神殿もあるらしい。


 そうそう、ファンタジー世界でお約束のエルフやドワーフ、オーガなんて種族もいたらしい。

 いたらしい、というのは、もういないからだ。別に滅ぼされたというわけではない。

「エルフと人間が敵対している世界」とか「異人種が迫害されている世界」というのがファンタジーにおけるスタンダードな気がしたが、両親によればそれは確かにあったが昔の話らしい。

 遥か昔は人間とエルフが戦争したり、ドワーフとエルフが仲が悪かったりとあったらしいが、今ではもう過去の話。異種族同士の婚姻も進み、今では純血のエルフ、ドワーフ、オーガはもちろん、人間だっていない。全ての血が混じり合っているらしい。

 もちろん、個人によってどの血が強く反映されるかで見た目や能力に差が出たりはするらしい。俺と両親は人間とエルフの血が濃く反映されているそうだ。


 大雑把に言えば、パンゲアは東西南北の四つの国に分かれている。

 東のイスウ、西のシャーク、南のナムト、北のペース。

 国土の大きい順に並べるとすると、ペース、シャーク、ナムト、イスウ。


 どの国も同じ神を信仰している。名前のない、創造神だ。一神教だから、神と呼ぶだけで足りる。ちなみに余談だが、偶像崇拝は禁止されている。


 西の国、シャークの山地にあるモットという村が、俺と両親のいる村だ。

 シャークは二番目に広い国土と、農業と漁業を主力にした経済基盤を持つ国だ。王を頂く王国で、貴族連中と教会がはばをきかせている。

 シャークの教会は神だけでなく、シャークを創造したと言われる聖女ファタも信仰の対象にしている点が他の国の教会と違っているらしい。あまり興味はないけど。

 けど、聖女ファタはシャークの国民にとっては神よりも身近な信仰対象というのは確かなようだ。両親が何かある度にファタに祈っているのを目にしている。もちろん、ファタの偶像崇拝も禁止されている。だから、名前を呼んで祈るだけだ。


 俺の周りについては、こんなところだ。

 それ以上の詳しい歴史なんかについては、それを書いてある本が村では見つからなかった。


 物理や化学に関して書いてある本はなかった。おそらく、そんなに発達していないのだろう。

 とはいえ、重力は前の世界と同じくらいだし、水が熱されれば蒸気になるのも同じだ。多分、基本的なところは共通しているのだろう。

 日が昇り沈むのも同じだし、月と星があるのも同じだ。

 一日は二四時間だし、一週間は七日。一年は三百六十日というのが少し違うくらいか。


 俺がもっとも気になったのは、魔術だ。

 だが、魔術についての教本はあるのはあったが、読んでみても、魔術で何ができるのかだけで、どうすれば使えるのかについては詳しく載っていなかった。

 正確には、「まず魔力を指先に集め」とかいうように書いてあるのだが、そもそもこっちからすれば魔力が何か分からないのだ。


 とはいえ、魔術はそこまで特別な技術というわけではなくて、むしろこの世界の人間は皆がある程度は使える、基礎技術であるようだった。

 老人が腰を痛めているからという理由で、魔術で身体能力を強化しながら鍬を振っていたりする。土を扱う魔術が得意な農夫は、地面を波打たせるような魔術を使って耕している。俺が転んで肘を打った時には、母さんに魔術で癒してもらった。母さんが打った部分に手を当てて何か呟くと、見る見るうちに痛みがひいていったのには驚いたものだ。


 だから、両親に魔術を教えてくれと頼んだのだが、「ヴァンにはまだ危ない」となかなか教えてくれなかった。


 そして、父から魔術を教わるのは、結局俺が十歳になった頃。

 畑仕事の手伝いにも慣れてきた頃のことだった。

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