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推理(4)

「ブラドの死に方、シロナの見立てでは毒殺ってことだった。そして、それをシロナが犯人じゃないと分かった今、疑う必要もない」


 俺はまずそこから詰めていくことにする。


「つまり、どうやって毒を盛ったか、が焦点になるわけだ。ここまでは全員が同意してくれると思う」


 そう言って見回すと、誰もが軽く頷く。


「食事に毒を盛るとしたら無差別な方法がありうる。例えば全部に毒を入れておいて、犯人だけ解毒薬を飲むとか。けど、それはしてない。俺達が生きてるわけだからね」


「一人だけ、誰に当たってもいいから毒を盛ったとかは?」


 キリオの質問は確かに理屈ではあるが、しかし。


「どっちにしろ、その毒の入った食事を任意の人物に食べさせる方法がないと、そのやり方はしないんじゃないかな。もしも、その毒が自分にあたったら、解毒剤で死ぬことはないとしても、結局何の意味もないことになる」


 自分で毒を飲んで、自分で解毒するとしたら、ただ単に誰にも気付かれずに毒殺の機会を逃すだけだ。それに、誰でもいいのなら、やはり全員分に毒を盛るのが当然な気がする。


「だから、やっぱり食事の時に毒を盛られたとは考えにくい」


「けどよ、全員が寝てから、こっそりあの鉄の箱に忍び寄ってってのもなしだぜ。自分で言うのもなんだけどよ、寝たとはいえ、いや寝たからこそ一応俺は警戒してたから、妙な動き誰かがしたら気付く自信はあるぜ」


 確か、ヘンヤはあの時も同じようなことを言っていたな。


「別にそれがなくとも、夜中にこっそり毒殺するって手はあまり考えられない。なにせ、男女別に分かれて皆で狭いテントの中で寝てたわけだから。普通、そこを抜け出してこっそり殺しに行くなんて危険すぎる」


「それもそうだな。では、いつ毒を?」


 ウォッチに促され、俺は自分の考えを答える。


「食事より以前、キャンプに降りる過程としか考えられない。遅効性の毒なら、それでも問題がないはずだ」


 だが、俺の答えに誰もが首を捻る。

 やがて、代表するようにシロナが疑問を呈する。


「反論が二つ、一つはそれまでに毒を盛る機会があったとは思えない。もう一つは、いくら遅効性とはいえ、そんな前から毒を盛られれば、痛みや体の不調を医術師である私に訴えるはず」


「毒を盛った、というより、打ち込んだんじゃないかな」


 これもまた、確かな証拠があることではないが。


「は?」


 意味が分からないのか、エニが眉を寄せる。


「毒を塗ったナイフか何か、それで刺して毒を打ち込んだというのが正確なところだと思う。確かに、口から毒を摂取させる機会はなかったと思うしね」


「馬鹿な」


 吐き捨てるように言うのはベント。


「私はあの男のことを知っている。あの男は、そう易々と攻撃を受けるような男ではないし、そもそも、武器で攻撃されたのならなおさらすぐに気付いてシロナに治療を求めるだろう。それに毒が塗られていたかどうか知らずとも、だ。あの男は病的なくらいに用心深い男だ」


「そう、用心深い人でした」


 ダンジョンで、背中を極力見せようとしなかったブラドの姿を思い出す。


「毒を飲むのを警戒し、背中に人が近づくのを警戒した。それが凄い不思議でした。ブラドの戦闘スタイルは、敵からの攻撃をものともしないで巨大な剣で叩き斬るってものですから。その臆病さと、どうしても矛盾しているように思えました。けど、その疑問もジンに教えてもらったブラドの過去で、ようやく解決しました」


「え、俺?」


 訝しげなジンに、


「ブラドの、手のひらの火傷の話だ」


「ああ、あの話か」


「有名な話よね」


 ジンに続いて、エニも口を出してくる。

 どうやら、冒険者の間では有名な話らしい。


 逆に、ヘンヤ、ウォッチ、そしてキリオという冒険者ではない人間がぽかんとしているので、


「いや、実は」


 と、俺は自分がブラドの火傷を見つけた経緯、そしてそれについてジンに教えてもらったエピソードをできるだけ要約して伝える。


「その話が、どうかしたのか?」


 ヘンヤはまだピンとこないらしく、目を瞬かせている。


「根性があるとかないとか以前に、燃え盛る鎧の手元を掴むっていうのが、どうも納得できなかった。反射の問題だ。熱いものに手が触れたら、手を引っ込めてしまう。普通はそうだ。それが、自ら掴みかかって、命を拾った。凄い話だ。もちろん、訓練をしたり経験を積めばそういう反射もある程度制御できるのかもしれない。けど、その時のブラドは駆け出しだったはずだろ」


 だから、ふと思ったのだ。


「だから、鈍いんじゃないかと思ったんだ。熱さをあまり感じなかったから、そんなことができたんじゃないかと。耐性でもあるのかと。そんな風に思っていたら、それがブラドの戦闘スタイルとも結びつくことに気付いた。敵の攻撃を受けながら攻撃する。痛みを感じて怯んでいたらできない戦闘スタイルだ」


「そうか、つまり、ブラドは」


 頷きながらもシロナが目を丸くする。


「けど、そんな話、聞いたことがない。よく思いついたわ」


 感心されるのは悪い気がしないが、実のところ、それは俺が転生者だからだ。テレビを見ているだけでも、世界中の珍しい事件や体質、症例については情報収集できる世界の住人だった。


「ああ、そうだ。ブラドは、五感のうちの触覚が、皮膚感覚が鈍い、あるいは完全にない人間じゃないかな」


 そう考えれば、あの戦闘スタイル、そしてそれと相反する臆病さも説明がつく。


「そう仮定すれば、背中を気にするのは当たり前だ。目の届かないところでこっそり後ろから攻撃されたら気付かないわけだからな。味方の接近だって過敏になる。見えない、聞こえない角度では自分に何をされても気付かないわけだ。恐怖だし、ある意味でこれほど冒険者に向いていない奴もいない。けど、ブラドは、逆にそれを痛みを恐れない戦闘スタイルとして昇華させて冒険者として名を売った。今更だけど、ブラドは相当に屈折した性格の持ち主だと思う。結構興味深い奴だったのかもしれない、深く知る前に死んだけどさ」


「つまり、ダンジョン攻略中に、こっそりと毒を塗られた武器で刺されたわけか」


 まだ半信半疑の顔で、ジンが確認してくる。


「実際、俺はモーラがブラドの背中に近づきすぎて注意される場面を見てる。多分、その時にこっそり刺したんじゃないかな。あまり血が出たりしない、長い針みたいなものを使ったんじゃないかと思うけど」


 もっと的確な表現をするなら、アイスピックのようなものだと思う。岩を砕く道具として似たようなものがあるのかもしれない。

 多分そういう場合の凶器として一番適当なのはシロナが持っているような金属製の注射器だろうが、あれは医術用の専門器具だろうから、ディガーであるモーラが持っているのがバレたら怪しまれる。針か錐状のものが妥当なところだろう。


「その時点で受けた外傷については、モンスター相手に喰らった傷を治すための回復魔法や薬草、ポーションの摂取で治る。特に小さな目立たない傷ならなおさらな」


「ポイズンリザードの毒については対処できても、その他の毒の解毒はできない。毒の種類が分からないし、何よりも当人が毒を受けた意識がなければ」


 シロナはするすると手を伸ばして、悔いるようにテーブルに手を押し付ける。


「それでも、注意していればブラドの変調に気付けたかもしれない。そうすれば、毒を受けたことに気付いて、毒の種類の特定も、解毒もできたかもしれない」


「無理だよ、無理」


 呻くシロナを慰めるつもりか、ことさらに明るい声でキリオが否定する。


「いくら遅効性の毒だからって、当人が全く体の不調すら訴えないなんて状況、普通は想定しないもの。神様じゃないんだから、こんな異常な事態で完璧に振舞おうなんて、無理無理」


「……ありがとう」


 手を戻して、シロナが礼を言うと、


「はっ!? 何がありがとうなの?」


 と、キリオはきょとんとした顔をするが、耳が真っ赤だ。


「話を戻すと」


 と言いながらも、俺はついついにやにやしながらキリオを見てしまう。

 分かりやすい奴だ。

 何故か、エニが不機嫌そうにそんな俺を見てくる。


「ブラドがそうやって殺されたと仮定すると、ひとつ、重要な前提が必要なことになる」


「重要な前提?」


 ぴんと来ないのか、不機嫌な顔のままエニが聞き返す。


「いや、当たり前のことだけど、ブラドに皮膚感覚、触覚がないってことを知っていないと、そんな方法を採るはずがないって話」


「ああ、そりゃあ、確かにな」


 ジンが納得する。


「けど、あの用心深いブラドが、普通そんな重要な秘密を他人に教えねぇよな?」


「ああ、それに犯人、まあモーラだね、モーラが偶然にその秘密を知ったっていうのも考えにくい。その秘密を利用して殺すわけだから、推測じゃなくて確信としてブラドに皮膚感覚がないことを知っていないといけない。偶然、そのことを『確信』するってシチュエーションはちょっと想像できない。だから、ブラドに直接打ち明けられた、つまりブラドと犯人はある程度親しい間柄じゃないかと推測できる。ここまではいいか?」


「うん」


 素直にキリオが頷く。


「ああ、問題ない」


 ウォッチも同意する。


「さて、つまりモーラとブラドは親しい。更に、モーラとハントはある種の共犯関係にあった。そして、ブラドとハントは師弟関係。つまり、この三人については」


「なるほど、全員が一味だと考えた方が自然だな」


 俺の言葉の後をジンが引き取る。


「そういうこと。そして、あの帰らずの地下迷宮を最初に発見したメンバーの一人がモーラだったこと、ブラドがかつてあのダンジョンを攻略して失敗、死んでいったパーティーの唯一の生き残りだったこと、そして」


 憔悴を隠せていないベントの方をちらりと見てから、


「ハントがベント・トレジャーの息子であり冒険者であること。こういう事実をいくつか組み合わせて想像力を働かせれば、物語の一つや二つは思いつく」


 そうして、俺は一度、言葉を切る。


 ここから先は、さっきまでの仮定と推測の上に更に想像を積み重ねて作り上げた、文字通りの物語だ。

 どうか、この物語が名探偵が提供すべき、「関係者を納得させられる物語」でありますように。

 俺が、この事件を終わらせることができますように。


 祈りながら、俺は物語を語り始める。

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