推理(3)
「まあ、そういうわけで私が決死の思いで外に出て、ベントさんに是が非でもさっさと救助隊を出せってお願いしたわけ。もっと感謝していいわよ」
ふふん、と鼻高々なエニをキリオは無視して、
「シロナさんが言っていた、自分が殺されるかもしれないことに対する対策っていうのは?」
「簡単。殺されるよりも先に、死ねばいい」
「えっ」
一瞬キリオは飛び上がるが、
「ああ、そっか、そういうことね。犯人に、死んでいると勘違いさせるわけね」
「そう、そのために一番いいのは、仲間割れして殺しあったと思わせればいい。そういう内容を紙に書いておいた」
「その案はいいように思えた。ジンの話を聞いて、犯人が俺達の動向を窺っているのを予想できるからなおさらにな」
ウォッチはその時のことを思い出すように目を閉じる。
「そして、その案を更に改良することにした。つまり」
「全員で殺し合って、相打ちって話にしようってことだ。ひひ、そうすりゃ、犯人は満足してどっか行くだろ。あるいは、俺達にまだ息があるかどうか確かめようとのこのこと近づいてくりゃ、そこを斬れる」
ヘンヤは手刀を喉に当てて斬る仕草をする。
「こっそり話をしているうちに、そういう案をウォッチが出して、ヘンヤもかなり乗り気になった」
ジンは苦笑して、
「あまりに二人が自信がありそうだったから、俺達も乗ることにしたってわけだ」
「そもそも、二人については謎だよな」
これまで必死だった俺は気づかなかったが、ヘンヤとウォッチについては未だに謎だ。
「あれだけ因縁がありそうで、正直仲が悪そうだった二人が、どうして仲間割れと殺し合いの演技なんて危険でよほど信頼し合ってないとできないようなことについては一番に同意したのか。あの殺し合いの演技中に言ってた二人の因縁は、あれは本当なのか。結構、二人については未だによく分かっていない部分が多い」
「ああ、まあ、大した話じゃねえけど」
ヘンヤはぽりぽりと頬をかく。
「気になるなら、別にもう言っちまってもいいよな、ウォッチ殿」
「もう隠すような話でもない」
ウォッチは頷く。
「あの因縁話に出てくる、ホウオウ家ってのがうちの師匠と指南役を争った挙句潰れたってのは本当だよ。けど、それ以外は全部でたらめだ。大体、ウォッチ殿はホウオウ家じゃねえしな」
「はっ!?」
ヘンヤとウォッチ以外の全員の声が重なる。
「ああ、偽名だ。俺は貴族ではない。本当の名は、ウォッチ、ただそれのみだ」
「影だよ、俺の師匠のな」
「影?」
首を捻る俺。
何だそりゃ。シャドウと関係があるのか?
「なるほど」
一方のジンは腑に落ちた顔をする。
「噂には聞いていた。剣術指南役として、一切の卑怯なマネができず、全ての挑戦を受けざるを得ないがゆえに、セキウン家は影と呼ばれる調整役を飼っていると」
「要するに裏の便利屋だ。俺もウォッチ殿にはずいぶん世話になったぜ」
ヘンヤの補足説明でなるほどと思う。
あの様々なギミックが仕込んであった槍は武人らしくないとは思っていたけれど、裏の人間だったわけか。
「ひひ、もちろん、ウォッチ殿が今回の探索に参加するってことは、師匠からの何らかの任務なんだろう、ぐらいは想像できたぜ」
背もたれに全体重を預けるようにリラックスしながらヘンヤはウォッチに目をやり、
「けど、どうもウォッチ殿がよそよそしいし、おまけに紹介の時に、よりによってセキウン家にとって宿敵のホウオウの家を名乗ったからな。他人の振りをしろってことだと思って、よそよそしい態度をとってはみたが、ひひ」
自分で笑ってしまってから、
「俺はそういうのが下手みたいで、やりすぎて逆に因縁があるみたいな態度になっちまったな。しょうがないから、途中から因縁があるように演技をシフトする破目になったぜ」
「ふうん、で、結局、ウォッチが今回の件に参加したのって何の用だったの?」
結構聞きづらそうなところを、無邪気にエニが突っ込む。
「単なるお目付け役だ。セキウン流の跡継ぎ、どうやら親方様はヘンヤにしようとしているらしい。そのヘンヤに、冒険者の真似事で何か変なケチがついたらまずいということだった」
過保護だな、と俺は呆れる。
「ともかく、俺とヘンヤは昔何度か稽古をしたこともあって、ある程度お互いの手の内は分かっているし、人となりも理解している。殺し合いの演技をして犯人を騙すことに自信はあった」
多少無理矢理にウォッチが話題を軌道修正する。
「だから提案したわけだが、俺としてもヘンヤの好戦的すぎる性格は誤算だった。予想以上だ。親方様が心配するわけだ」
珍しく、呆れたように眉を寄せたウォッチがヘンヤの顔を見る。
「途中から、犯人を騙そうという気も薄れていたからな。発言も露骨になってきていた。モンスター以外を斬りたいだの、待つよりもやりたいだの」
確かに、あの発言の時は、はらはらしてしまったものだ。
俺達からすれば、ほとんど直接的に「犯人を斬りたい」とヘンヤが言っているようにしか聞こえなかった。
「ひひ、悪かったって。けど、お前らがいつまでも優柔不断に迷ってるからよ」
「それは、確かに」
シロナが認める。
「ヘンヤの力技がなければ、結局俺達が殺し合いの演技を始めたかというと確かに微妙だ。やっぱり危険だしなあ」
ジンの言葉は正しい。
そして、その殺し合いの演技がうまくいって今、俺達が生きていることも正しい。
だけど。
「結果論だろ」
俺がちくりと言うと、
「結果が全てだぜ、ひひひ」
余裕たっぷりにヘンヤは笑う。
「いやいや、ヘンヤに無理矢理押し切られるようにして始まった殺し合いだから、かなりところどころに無理があったからな。今考えても冷や汗ものだ」
当時の緊張を思い出したのか、ジンの顔色が悪くなる。
「そうだなあ」
俺もあの時の不安も思い出す。
「まず、誰も明らかな傷を負ったり、血を流したりしてないから、それだけでも不自然極まりなかったよな」
「ひひ、そうだったな。まあ、ウォッチ殿が口から血を流してくれて少しは誤魔化せたんじゃねぇか」
「悪あがきもいいところだがな。口の中を噛み切る程度で少しでも犯人の警戒が緩むなら迷う余地はなかった」
ウォッチは冷静だ。
「あ、そうそう、シロナのあれも凄かったよな」
俺はぽんと手を打つ。
「目を見開いて死んだ演技をしたやつ。あれ、本当に事故で死んだんだと思ってたよ」
それほどリアルだった。
だから、全て滅茶苦茶になったと絶望して混乱したんだが。
「口に含んでいた痺れ薬を飲むと同時に、魔術で血の流れを遅くしたら、いわゆる仮死状態を作れる」
無味乾燥にそれだけ言うシロナに、
「へえ、中々高度なことをするわね、そんな極限状態で」
同じ医術を使う人間として感心したのか、キリオが声を上げる。
「ちなみに、俺の体に注入されたのは何の薬?」
そう言えばと思い出して俺は聞く。今になって不安になってきた。後遺症の残る毒じゃないだろうな。
「ああ、あれは痺れ薬。ただし、私が持っている中でも一番強力な。場合によってはそのまま死んでいたかもしれない」
「嘘だろ!?」
叫ぶ。
「こっちだって刺すつもりはなかった。事故でヴァンに刺さってしまった。けど、怪我の功名。その事故や、本当に混乱するヴァンのおかげで、あの不自然な一連の殺し合いに、犯人を何とか騙すことができる程度のリアリティを持たせることができた」
「それは確かにそうだな、お手柄だぜ、ヴァン」
ジンに褒められるが、全然嬉しくない。
「詳しく打ち合わせする間もなく、ほとんどアドリブで演技に突入したんだから、そういうアクシデントが起きるのも仕方ねぇな」
それを始めた張本人だというのに、ヘンヤは他人事のように分析する。
「ともかく、結果オーライだな。シロナの様子を見にのこのこ近づいてきたモーラを、俺が跳ね起きて斬りつけてやった」
ジンがそう言うのを、
「何を言ってんだよ、結局逃がしといてよ、俺だったら首刎ねてやってるのに」
口を尖らせてヘンヤが文句を言う。
多分、単に自分が斬れなかったのが悔しいだけだろう。
「待ってくれ」
そこで、ベントが疲れた声で割って入ってくる。
「大体の流れは分かった。諸君にとって、事件がどういう流れで起こって、そして終わったのかは。だが、結局のところ、事件自体の真相がよく分からない。動機も、ブラドとキジーツがどう殺されたのかも、全く分からない。私の息子が、ハントがどうなったのか、も」
最後は、声を詰まらせる。
「まあ、そこは、なあ」
ジンがちらりと俺に目を流す。
「探偵、お前はそれが本業だろ。分からないのか?」
無茶を言う。
だが。
「確かなことは何も言えないし、今となっては想像するしかないけど、推測ならあるよ」
今、事件を思い出しながら喋り、そして皆の話を聞いているうちに、ゆっくりとばらばらなピースが大きな絵になろうとしていた。
「おっ、さすが」
キリオは嬉しそうに笑顔をこぼし、
「本当に?」
目を丸くしてエニが驚く。
「まあ、本当に、完全な推測だから、確実な証拠なんてないけど、それでもいいなら」
俺は、そうやって予防線を張りながら、どういう順序で説明するのが一番分かりやすいかを頭の中で組み立てる。
そうだな、まず、最初は。
「まずは、ブラドがどうやって殺されたか、それから考えるのが手っ取り早いと思う」




