推理(2)
「話がそこまで進むと、後はパズルみたいなものだ。ハントとモーラが消えたのは、帰還石を使ったと考えられる。つまり、モーラは仕掛ける側だ。じゃあ、ハントはどうなのか」
話がそこまで進むと、ベントがおそらくは無意識のうちに身を乗り出している。
「あの消失の直前の密室で、ハントは、シャドウがいるとか、モーラはもう殺された、とか言っていた。密室からの消失が帰還石によるものでシャドウなんて存在しないという前提でそこから考えたら」
「自動的に、ハントも犯人側になる、か。そうだったな、あの時、キャンプでそういう話になった」
ウォッチは思い出すように何度も頷く。
「し、しかし、ハントは、息子は結局死んだんじゃないのか?」
呻きながらのベントの反論に、
「そうです。更に言うなら、第一の被害者のブラドはハントの師匠役でした。それなりに近しい関係だと推測されます。この状況で、モーラとハントが共に犯人側、そしてハントが後に死んでいることを合わせて考えれば、この事件の本質が推測できます」
「下らない話だけど、この事件の本質は、つまり、仲間割れ」
ぽつりとシロナが結論を呟く。
「そんな」
絶句するベントに、俺はなるべく柔らかい口調で、
「といっても、ここまでの話に確証があるわけでもありませんでした。ぼんやりと分かっただけです、少なくとも、あの時点では。確証もなかったですし、自分でも喋りながら思いついていたくらいです。ですが、俺がそこまで喋ったところで、話が動き出した。当然ながら、俺だけが色々と考えていたわけじゃあない。ここにいる、一流の冒険者の皆も当然ながら色々と考えていて、そして俺が事件の大枠をぼんやりとですが捉えたことでそれが動き出したわけです」
そこで、俺はジンに顔を向ける。
「じゃあ、次はジンで、いいか?」
「いいだろう、大した話じゃないがな」
そうして、今度はジンの話が始まる。
「俺も、キャンプで寝ぼけたヴァンの話を聞く以前から、怪しいのはモーラだと考えていた。まあ、俺の場合はヴァンのように理論的に考えたわけじゃあなくて、大部分が経験則だ」
「経験則から、モーラが怪しいと判断したって、どうやって?」
キリオの疑問に、ジンは空になったホットワインのおかわりを催促してから、
「実は、結構あるんだよ、パーティー内で仲間割れして殺し合いってのはな。話には何度も聞いたことがあるし、俺自身、三回くらい巻き込まれた。その感覚からすると、今回の犯人、というか犯人側か、それが一人だと、つまり単独犯だって予想できたわけだ。考えてもみろ、途中から俺達の信頼関係はばらばらになって、全員が疲弊していた」
「そうだな」
ウォッチが無味乾燥した相槌を打つ。
別に悪気があるわけではなくて、こういう人間なのだろう。
ジンも気にする様子はない。
「だがそんなことをせずとも、俺の感覚からすればあのパーティーの中に裏切り者が二人以上いれば、不意をついて全員を制圧することは可能なはずだ。そうではなくてじわじわ疲弊させるやり口が、どうも単独犯っぽいと思ってな。だが、その割に単独犯がモーラとハントの二人を一挙に、それも密室から消失させるなんてマネをして片付けるっていうのも妙だ。それこそ、じわじわ一人ずつ片付けそうなもんだろ。だから、あの二人の消失は茶番。けど、二人が組んでいるとなると単独犯という前提が崩れる。答えは簡単、どっちかが利用されている。で、ハントとモーラだとどっちが利用され易いかっつうと」
そこでジンはちらりとベントに目をやって、
「悪いけど、ハントだ。役者が違う。趣味で冒険者やっている貴族様と、裏切りや殺し合いも珍しくないダンジョン攻略を生活のために無数にこなしてきたベテランじゃあな。だから、犯人はモーラだ、そう思った。それから、だとしたら今も俺達を監視しているだろうな、そう思ったんだ、キャンプで休みながら。俺達から見つからない場所から、じっと俺達を見張っている。逆に、一人なら見張らないと安心できないだろ。つうか一方的に見張りたいから自分の死を偽装したのかもしれない」
その感覚は、何となく理解できた。
俺達も恐れていたが、モーラも恐れていたのだ。腕利きの冒険者達を。決して、無力な獲物ではなく、反撃で殺されかねない凶暴な虎だ。
「見張るのにちょうどいいものがダンジョンにはある」
「一方通行の壁」
シロナが答えを言う。
「そうだ。一方的に透明な壁から監視できて、声も聞ける」
俺は壁越しに声が聞こえた時のことを思い出している。
ハントとモーラ、あの二人が密室に入っていた時のことだ。
声は、はっきりと聞こえた。
「だとしたら壁に近い場所で、モーラが怪しいとか、重要な話をするのは危ないだろ。だから、キジーツの悲鳴の時、いい機会だと思って全員を壁から離れたキャンプの中央に呼んだ。そこでヴァンがモーラが怪しいって話をし出すわけだからな、危ないところだった。中央に集めてよかったぜ」
確かに、あれを壁に近い場所で喋っていたら、そしてその近くに一方通行の壁があってモーラがそれを聞いていたら、展開は全く違ったかもしれない。
「ともかく、そこで俺とヴァンの見解は一致した。だから遠くで見張っているであろうモーラには聞こえないように、俺達はぼそぼそと話し合うことにしたわけだ。俺とヴァンが説明したら、全員納得はしてくれたしな。もちろん、ずっとぼそぼそ話していたらモーラに怪しまれるから、どうでもいい話を大きめの声でしたりとかカモフラージュはしておいた」
「じゃあ、その時点で全員の中で、犯人はモーラで今の仲間の中に犯人はいないって共通認識ができてたわけ?」
内容を整理しようとしているのか、こめかみに指を当ててキリオが宙を睨む。
「ああ、ただし、それをモーラに勘付かれたらまずいからお互いを疑う演技を続けるようにしたがな。勘付かれた場合、シロナが一番危険だ」
「ええ」
自分の名前が出たことで、話はシロナに移る。
「モーラは私達をダンジョンから出したくない。そのための生命線は、私達の信頼関係の破壊と、ポイズンリザードの存在。特に、医術師の私が信用できないのが決定的。そのために、キャンプから上に行けない」
「けど、逆に言えば、信頼関係が一応でも回復すれば、あるいはダンジョンを突破して地上に戻ることも可能ってわけだ」
ヘンヤが言うとシロナは静かに頷いて、
「だから、信頼の回復が犯人にばれたら、一番に狙われるのは私。犯人は分からなかったけど、それは予想できた。だから、私はキャンプで薬の調合をするフリをしながら、その予想内容と、対策の提案を紙に書いて、それで薬を包んだ」
「俺に薬を渡してきた時はびっくりしたけどね」
その時のことを思い出して、俺は思わず笑ってしまう。
「本当に、俺の頭がおかしくなったと判断されたのかと思ったよ。けど、中を開いてみて内容が分かったから、全員にその文面を見せるようにしたけどさ。できるだけ自然に」
「ひひ、結構不自然だったぜ」
「いやあ」
ヘンヤの指摘に返す言葉がなく、俺は頭をかく。顔が熱い。
「本当は信頼できる人を見極めてその人にだけ渡すつもりだったけど、ヴァンとジンの話を聞いて、全員に見せるべきだと判断した」
「それで、対策の提案って言うのは?」
キリオが興味津々の顔をするが、
「その前に、言うことがある。紙に書いたのは、実はそれだけではない。エニのことも書いた」
「あ、そうだ」
目を大きくしてキリオがエニを向く。
「そう言えば、そのタイミングでは既にエニって行方不明になってたんだっけ」
「そういうこと」
ふふん、とエニは胸を張って、
「じゃあ、ここで凄腕炎術師エニが果たして何を思って何をしたのか、そしてどうやって皆の命を救ったのか教えてあげましょう」
「いいから早く言ってよ」
明らかにキリオはいらいらしている。
イラつくキリオは怖い。俺は特に怖い。
「私は、犯人が誰かっていうより、犯人じゃないのは誰かってずっと考えてたの」
イラつくキリオには目もくれず、というか明らかに意識的に無視しながら、エニはまた俺の肩に手を載せる。
正直、心臓に悪いからやめて欲しい。キリオの目が吊り上ってるし。
「つまり信用できるのは誰かってこと。それでよく考えてみると、犯人が私達の全滅を目的としてるならって前提でなら、一人だけ信用できる人がいたわけ」
「それが、シロナか。まあ、そうだ、考えてみれば当然だ。むしろ、異常な状況だったとはいえ、それにエニ以外の全員が思い至らなかったことが今となったら不思議なくらいだ」
ウォッチは本当に不思議そうな顔をする。
「まあね、冷静に考えれば当然の話で、傷の治療を最初の時点では任されていたシロナなら、毒を使えば私達を全員殺すことができた。そもそも、最初のブラド一人が死んだ事件だって、本当にシロナが私達を全員殺すつもりなら、全員の食事に毒を盛っておいて、自分だけ解毒剤を飲むなんて方法で簡単に全滅させられているはずでしょ」
確かにその通りで、更に言うなら、もしもシロナが犯人で目的が俺達の全滅ではないとしても、やはり俺達にとって、少なくとも殺される心当たりが無い人間にとっては脅威にはならない。
「というわけで、皆の目を盗んで、私はシロナと直談判したの。最初は警戒されまくってたけど、何とかなったわ」
「その時にモーラが二人の会話を聞いていなくて本当によかったよな。もし聞いてたら、エニとシロナの殺害を最優先にしたはずだ」
今更ながらぞっとしたように、ジンが強張った顔を撫でる。
「そこは確かに完全に運が良かったわね。んで、そこで直談判して、犯人の裏をかくことにしたわけ」
「裏をかくっていうのが、つまり」
ようやく合点がいったのか、キリオがまだきつい目をしながらも頷く。
「そう。ポイズンリザードの解毒剤をシロナからたっぷりもらって、単独で地上に向かったわけ。シロナを信用できないから上がれないっていうのが犯人の目論見なら、私一人がこっそりシロナを信用して協力してもらって上を目指すなら、盲点だから犯人も見逃すかもしれないでしょ」
「それにしたってギャンブルだ。さすがは冒険者というか、すげえ度胸だぜ」
ヘンヤは感心と呆れをミックスしたため息をつく。
その点に関しては俺も同感だ。
やはり、冒険者だからか、実際だったら恐ろしくて行動できないような行動をとる。たとえ、行動しない方が真綿で首を締められるように状況を不利にするものだと分かっていても、それでも危険な行動をとれないのが通常の人間だろうに。
それを動くことができるのが、冒険者という人種なのだろう。




