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五人目と六人目と七人目と八人目と九人目、そして行方不明の十人目

 頬の傷を気にする様子もなく、今がチャンスとばかりにヘンヤが襲いかかる。

 いや、襲いかかろうとする。

 だが、やがて動きを止め、明らかに劣勢にも関わらずに余裕の笑みを浮かべるウォッチに向かって、


「何だ、お前」


 怪訝な顔をする。


「これ以上、血を流す必要はない」


 ウォッチは幾分息を落ち着かせる。


「面倒は御免だ。これで終わりだ、ヘンヤ」


「何だ、お前、どういう意味だ?」


「ここは、俺の勝ちで終わらせてもらう」


「頭おかしいのか、お前」


 二人の会話は絶望的に噛み合わない。


「ところで、まだ動けるのか?」


 支えを必要とせずに立てるようになったウォッチがそう投げかけた時、ヘンヤの顔色が変わる。


「お前」


 そこまで言ったところで、ヘンヤの手先が震え始める。


「馬鹿な、そこまで堕ちたか、この、元とはいえ剣術家が」


 からり、とヘンヤの手から刀が落ちる。

 今や、ヘンヤの顔色は紙のように白く、べっとりと脂汗に濡れていた。


「こんな結末、俺が」


 全身を震わせながら、ゆっくりとヘンヤが崩れ落ちる。


「毒だと、こんな、終わり、俺は、認めん」


「今回は、俺に勝ちを譲れ。再戦のチャンスはないだろうが」


 倒れて、震えもがくヘンヤを見下しながら、ウォッチが呟く。


 やがて、ヘンヤの動きは止まった。


「お、おい」


 唖然として呆けていた俺だが、ことここに至って、ようやく我に返る。


「な、何してるんだよ」


「もう終わった」


 ウォッチは、それだけ呟くと、くるりと俺達、そして倒れたヘンヤに背を向けた。


「終わった、じゃない。な、何したんだ、痺れ薬とか?」


「いいや、微量でも死に至る、上にいるポイズンリザードよりも強力な毒だ。仕込んでいたこの刃にそれを塗っておいた」


 平然と答えるウォッチを無視して、俺はヘンヤに走り寄って揺さぶる。


「おっ、おい、おい」


 だが、微動だにしない。

 これは、そういうこと、なのか? これで、終わり?


「お前、何てこと……」


 だが、俺の言葉に耳を貸す様子もなく、ウォッチは背を向けたまま遠くを見る目をしていた。

 ヘンヤを倒したことに、何か感慨めいたものでもあるのか。


「終わった、全て」


 自分に言い聞かせるように、ウォッチが呟いて、


「そうだ、お前はここで終わりだ」


 するり、とその背中にすべらかにジンが飛び込む。


「なっ」


 俺の驚きの声で異常事態に気づいたウォッチが振り返ろうとするが、それよりも先にウォッチの背中に、ジンがいつの間にか手にしていたナイフが突き立てられた。


「ぐあっ」


 絶叫したウォッチは、歯を食いしばって体勢を立て直そうとするが、やがてその口の端から血が一筋こぼれ出る。


「かぁっ」


 そうして、少量の血を叫びと共に撒き散らしてから、ウォッチはばたり、とその場に倒れた。


 沈黙。

 誰も動かず、喋らない。

 ジンも俺もシロナも。

 三人とも、誰も微動だにせず、ただ存在していた。三人、そう、三人だ。

 もう、残りはたった三人。

 いきなり、こんな。

 あっさりとしすぎている。いや、人が死ぬ時は、案外こんなものなのか?


「どうして?」


 不自然なほどの沈黙を破ったのは、シロナのか細く、素朴な質問だ。


「逆に訊くが」


 その質問がスイッチだったかのように動き出したジンは、ウォッチから抜き去ったナイフをさっさと懐に仕舞い込む。


「目の前でヘンヤを殺したこの男と、これから運命共同体としてこのキャンプで待つつもりか? 耐えきれるのか、それに?」


 情け容赦のないその言葉に、シロナは黙りこむ。


「こうなった以上、どちらが勝とうとも、最終的には二人ともに死んでもらうしかない。俺は、二人の決闘が始まった瞬間にそう覚悟してたぜ」


 平然と言い放つジンに、俺もシロナも反論ができない。

 何故ならば、正論だからだ。

 目の前で一応は仲間であるヘンヤを殺したウォッチと、これからも仲間として、一緒にいることができるかと言えば、できないのが普通の神経だろう。こんな状況であればなおさら。


「俺はお前らの代わりに手を汚してやっただけだ」


 ジンがそう言ってにやりと笑うのと、ゆらり、とシロナがローブの袖から白く長い手を伸ばすのが同時。


「あん?」


 訝しげな顔をしたジンが何か問いかけるよりも先に、ひゅっという軽い音と共に、シロナの手から何かが放たれる。


「おっ」


 完全に油断していたのか、ジンの肩にそれは簡単に突き刺さる。

 それは、金属製の注射器のような形をしていた。


「安心して、毒ではないわ。痺れ薬」


「お前、ふざけたことを」


「私からしたら、仲間だった人間を不意を突いて殺して笑う、あなたも信用できない。眠っておいてもらうわ」


 どういうつもりだ?

 混乱の極致、意味不明で慌てる俺を吹き飛ばすような勢いで、


「小娘っ」


 鬼の形相のジンがシロナとの距離を詰める。

 その手にはナイフ。


「くそっ」


 今度こそ、と俺は止めに入る。

 ぶつかってでも、シロナへの攻撃を止める。

 その覚悟で向かった俺は、そのままジンの予想以上の勢い、そして巨体の迫力に気圧されて、無意識に足を鈍らせる。


「あっ」


 気が付いた時には、何とか必死でジンのナイフを持つ手を握っていたのはいいが、そのまま勢いに押されてジンと一緒にシロナにぶつかるはめになっていた。


「ぐあっ」


 衝撃。世界が回る。

 それでも、ジンの手首を離すわけにはいかない。

 ぐちゃぐちゃになる視界。それでも必死に手だけは離さない。

 体が何度も振り回される。叫びが聞こえる。ジンとシロナ、どちらのものかも分からない。ひょっとしたら俺かもしれない。


 ともかく、狂乱の時だ。転げまわり、俺は床に体を打ち付ける。


 だが、それも落ち着く。

 やがて動きが止まり、俺はぐるぐると回る視界にてこずりながらも体を起こして、周囲を確認する。


「う」


 そして、そんな声が出る。

 俺が必死に掴んでいたジンの手首、そしてそのジンが握っていたナイフ。

 そのナイフが、しっかりとシロナのフードの、胸の辺りを貫いていた。

 真っ白なフードに、突き刺さるナイフの刃。


「あ、う」


 両目を見開いたシロナは、虚空を睨むようにして仰向けに倒れている。

 完全に死人の顔色、目を大きく見開いたまま瞬き一つしない。

 死んでる? な、何で。


 しばらく、茫然としてしまう。

 ジンが、荒い息をある程度落ち着かせるまでの間、俺はずっと茫然としている。


「無駄なことをしたな」


 やがて、喋れる程度には落ち着いたがまだ荒い息のジンがそう言って、


「早くシロナを調べろ。解毒剤だ」


「あ、な、何を」


「お前も必要だろうが。全く、予想外の展開だがな」


「え」


 そこで気づく。

 突進してくるジンに対抗するために構えていたのだろうか、ジンに投げつけたのと同じ金属製の注射器がシロナの手には握られていて、そしてそれは俺の二の腕に刺さっていた。


 嘘だろ、俺にこんな。シロナが俺を刺そうとするはずもない。

 完全な事故だ。まさか、こんなことが。


「俺は痺れ薬らしいが、お前のはどうかな、即効性のある毒かもしれない。さっさと探すぞ」


 シロナが死んだ、いや殺したというのに、平然としているジンに俺が恐怖を覚えていると、


「何だ、その目は。言っておくがな、俺は殺すつもりなんてなかったんだ。多少脅して、解毒剤を出させるつもりだったぞ。お前が余計なことをしたから、ナイフがあんなところに刺さった。お前も共犯だ」


「そんな」


 嘘だ、そんな。

 何か言わなければ、と口を動かそうとしたところで、気づく。

 うまく、口が動かない。


「あ、え」


 これは、そんな、嘘だろ。


「もう効き始めたか。どうやら、俺のよりも効果が強いみたいじゃねえか」


 余裕を見せて笑うジンだが、その手先が小さく震えている。


 お前も、効き始めてるじゃないか。

 そう突っ込みたいが、舌がしびれて、


「うぁも」


 俺の口からは意味不明な呻きのようなものが出るだけだ。


「ふん、ともかく、解毒、を」


 ジンの語尾が震えだし、シロナを探ろうとしていた姿勢からそのまま、ゆっくりとシロナに折り重なるように倒れていく。


「く、そ」


 一瞬だけもがいたジンだが、やがて停止する。

 びくびくと痙攣するジン。


 俺も、シロナのところにいかないと。

 がくがくと震える足を必死に動かして、俺はシロナに近づく。


 本当に、どうなっているんだ。こんなことになるなんて。

 何がいけなかった?


 一番の問題は、つまり今、俺がこうやって毒に苦しんでいることだ。

 俺は混乱する一方、冷静な部分でそう分析する。

 既に視界が霞み出している。喉が渇く。

 刺されてしばらく気づかなかったのが決定的だ。薬が注入されていることに気づいて、すぐにシロナの元に駆け寄ったら、ぎりぎり間に合ったかもしれない。

 いや、弱気になるな。まだ間に合わないとは決まっていない。


 あと数歩。

 それがやけに長い。

 シロナとジンが折り重なる場所まで、いくら足を動かしても近づけない気がする。


「ぐあ」


 それでも、近づかなければ。

 このままじゃあ、本当に死んでしまう。

 死。

 一度は味わったものだ。だからこそ、もう二度と死にたくない。この世界にまだいたい。


 足を動かす。


 混乱した状況、俺も混乱し興奮していた、あの時。

 まとまらない思考の中、無意識のうちに俺は失敗を分析している。

 そうだ、あんな状況、あんな状態だったから、俺はこれが刺さっていることに気が付かなかった。元から刺しても痛みが少ないように造られてはいるのだろうが、それにしたってあんな状況じゃなければすぐに刺さっていることに気が付いたはずだ。

 ちらりと、未だに俺の二の腕に刺さったままになっている金属製の注射器に目をやる。

 すぐに気づいていれば、対策が。


「うお」


 そこで、ようやく気づく。

 そういうことか。

 ああ、じゃあ、やっぱり。つまり、こうなって、そうだ。そういうことだ。

 パズルのピースがはまっていく。


 間違いない。

 細かい部分はまだよく分からないし、確実な確証もないが、けれど、つじつまは合う。


 いや、確証。あれさえ調べれば、全ては明らかになる。少なくとも、あいつが今回の事件に関与していることは確実だ。

 けど、今更それがどうしたというんだ。


 一瞬だけ明晰になった俺の頭が、再び靄に包まれる。


 だからといって、もうどうしようもない。

 全ては終わりだ。俺には、何をすることもできない。


 あと一歩。あと一歩なのに、シロナに辿り着けない。

 いや、あと辿り着けたところで、そこから解毒剤を探すことができないだろう。

 そもそも、よく考えれば解毒剤がどれかが俺には分からないじゃないか。


 馬鹿馬鹿しい。

 不意に、馬鹿馬鹿しくなって俺は痺れてうまく動かない顔に笑みを浮かべようとしてみる。

 うまくいったかどうかも分からないまま、俺はシロナのすぐ傍に倒れる。そうして、意識もぼやけていく。


 終わりか。

 そうして、俺の意識は消えていく。

 願わくば、これが毒ではなくて痺れ薬か何かであるように。

 それだったら、希望はある。ああ、それよりも、何よりも。


 エニが無事でありますように。

 そんなことを願ったのを最後についに意識は途切れる。

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