誰もが壊れていく
再びキャンプに戻った俺達はもう無言でそれぞれその場に座り込んだ。
誰も、何も言わない。
俺も誰からも距離をとろうとした結果、不愉快なことに例の鉄の棺の傍に寄ってしまう。
何が悲しくてこんな状況下で、死体の傍で休もうとしなくちゃいけないんだ。
慌てて離れようとして、ふとブラドの死体が目に入る。
全身についている傷痕。それに混じって、他のものとは少し違う、目立つ傷痕を見つける。傷痕、というより火傷痕か、あれは。
ブラドの右の手のひらに、酷い火傷跡があった。
「何見てるんだ?」
経験豊富なためか、残ったメンバーの中ではそれでも比較的に余裕のあるジンが俺の視線に気づいて近づく。
「ああ、いや、ほら、ブラドの手のひら」
「ああ、あれか。火傷痕だろう?」
「知ってるのか?」
「まあ、有名な話だ。今の若い冒険者にはそうでもねえか。まあ、まだ俺も、ブラドも駆け出しの冒険者だった頃の話だ」
状況とはそぐわない、照れ臭そうな顔をしてジンが続ける。
「あの当時は、その話を伝え聞いて、俺もびびったもんだぜ。同世代にそんなとんでもない奴がいるなんて、俺も頑張って名前を売らねぇとな、ってよ」
それは、ブラドの入っていたパーティーが火神洞窟というダンジョンを攻略していた時に起こったのだという。
「まあ、経験のない冒険者達によくある話だ。自分の力量を過大評価して、難易度が身の丈にあっていないダンジョンに潜ってパーティー全滅。帰還石を使う暇もなく、ブラド以外のメンバーが全滅したらしい」
だが、ブラドは生き残った。
「武器も防具も全て駄目にして、仲間も全員死に、絶体絶命の状況。そんな中、モンスターである炎に包まれた騎士の一撃を、ブラドはなんと騎士に組みついて、素手で騎士の攻撃を押さえつけて凌いだ。そうして、そうやって作った一瞬を使って、帰還して生き延びたんだとよ」
そこに出現するモンスター、炎の騎士は炎に包まれた鎧騎士の姿をしており、その鎧は見た目通り、高温となっているらしい。
「常人なら触れるどころか近づくのも躊躇するようなその騎士に、飛び込んで手首を右手で掴み押さえつけて生き延びる。ベテランの冒険者も全員、その話を聞いて仰天したもんだ。その話の後には、誰もが右の手のひらに大火傷を負ったルーキーに一目置くようになったもんだ」
「思い出話は結構だが」
大きな声を出して、ヘンヤが割り込んでくる。いつもの皮肉めいた表情はなりを潜め、もはやはっきりと苛つきを隠そうともしていない。
「これからどうするつもりだ?」
その疑問は、口には出さないまでも、誰もが聞きたい、そしてある意味で聞きたくないものだった。
「待つ」
そして、簡潔な答えを、ヘンヤに負けないくらいの大声でジンは答える。
「待つ、だあ?」
「ああ。今回の探索は別に秘密裡に開始したわけじゃない。ベントが知っているし、メンバーには息子のハントが含まれている。自分の息子を含むパーティーが帰還しなければ、救助をよこすはずだ」
「大筋で異論はない、が」
静かに、しかし大きな声でウォッチが言う。
「それは、いつの話だ」
「さあ、な」
そこを突かれると痛いのだろう、ジンは顔をゆがめて言葉を濁す。
「そもそも俺達が探索するのは未攻略、そして謎に包まれたダンジョンだ。だからこそ、長時間の探索にも耐えれるように装備を整えて俺達は攻略を開始した」
淡々とウォッチは事実だけを並べていく。
だからこそ救いがない。
「一週間やそこら俺達が帰らなかったからといって、即座にベントが救助をよこすとは思えない。そして、俺達がこの状態で一週間以上持つとは思えない」
一週間以上持つとは思えない、というのはウォッチが誤魔化した表現だ。嘘ではないが正確でもない。
正確には、あと一日も、いや今この瞬間にも崩壊してもおかしくない。
「はん、じゃあ、ウォッチ、お前はこのまま、このメンバーで地上まで突破するべきだって言うのか?」
半分自棄になったようにジンが言い返すと、ウォッチはそれには答えずに顔を逸らす。
険悪なムードになっていく。
「よほど信じられないのね、私の薬が」
ぽつり、と呆れたようにシロナが呟き、場の緊張感が加速する。
「おい、いいか。単純に考えろ。さすがに、もうこれ以上ダンジョンを探索するって選択肢はない。だとしたら、つまり二択だ。つまり、待つかやるか」
俺達全員を睨みつけるようにしてジンが大声で意見をまとめる。
「いいか、このどちらかだ。お前らはどっちがいい? 待つのか、それともやるのか」
威圧するように一際声を大きくして、
「やるって奴は手を挙げろ」
「はいよ」
大して気負った様子も見せずに、ヘンヤだけが手を挙げる。
「お前、やるべきだと思ってるのか?」
「ああ、待つってのは不確実だ。本当に救助が来るかどうかも微妙だしな。間に合うかも分からねぇ。だったら、やるべきだろ。やったからといって、別に救助が来る可能性を斬り捨てるってことにはならねえしよ」
それに、とヘンヤは目をぎらつかせて少し前かがみになる。
「もう、我慢できそうもなくてな。斬りたくて仕方がねぇんだよ、ひひ」
その笑いには、明らかな狂気が見て取れた。
「斬る相手は、当然モンスターじゃなくても構わねぇぜ」
ぎろりと俺達を見回すヘンヤに、俺とシロナは圧倒されて一歩後ろに下がっていた。
「本気か、ヘンヤ」
不動のまま殺気を膨れあがらせるジンを、
「俺に任せてくれ」
とウォッチがするりと一歩前に出て制す。
「おお、ウォッチ、何のつもりだ?」
ヘンヤはむしろ嬉しそうですらある。
「お前が暴走しそうなんでな」
ウォッチとヘンヤの間の空気が異様な熱を帯びていく。
「おい、ちょっと」
止めないわけにもいかない。
俺が気を取り直して一歩前に踏み出そうとしたところで、
ふわり、とヘンヤが、姿勢を変えずに宙に跳ぶ。いや、跳ぶというよりも、見た印象のままを言えば、まさしく浮いている。
まるで重力が存在していないかのようなそのジャンプに、俺はもちろん、
「おお」
ジンも声まで出して驚愕する。
シロナも、無言ながら目を見開いている。
ただ一人、ウォッチだけが眉すら動かさず、その場に立っている。
「ひひ」
いまや、ヘンヤの頭は天井に着きそうだ。
そうして、これもまた重力がないかのように、くるり、とヘンヤの体が横に回転する。
足先が上に、頭が下に。まるで、ぶら下がった蝙蝠のようだ。
「ひひ、ひ」
ヘンヤの目はまっすぐにウォッチを向き、刀は既に抜かれていた。
そうして、ヘンヤの足が、天井を蹴る。
驚くべきことに、蹴って地面に向けて跳躍するのではなく、そのままヘンヤは天井を走っている。
目を疑う光景に、ウォッチは動揺を見せず、ただ片手に持った槍を天井を走り寄ってくるヘンヤに向けて恐るべき速度で突き出す。
「ひひっ」
その突きを跳んで避けたヘンヤは、曲芸師の如く、そのまま足を下にして地面に着地する。ウォッチの、すぐ傍に。
ウォッチにとっては潜り込まれた形だ。おまけに、突いた槍はまだ戻していない。完全な隙。
「ひっ」
ヘンヤの一撃。肩から袈裟に斬るそれを、ウォッチは突きの姿勢のまま体を揺らすようにして、紙一重でかわす。
そして、魔術でも見ているかのようだ。
そのかわす動きが、そのまま反撃になっている。かわしながら槍を引き戻すウォッチの動きが、懐に入ったヘンヤを槍の柄頭で打ち倒すものになっているのだ。
「ひあっ」
頭を下げてそれを間一髪かわしたヘンヤは、頭を上げることなく、その姿勢のまま後方に大きく跳躍する。またしても無重力のような動きで、常識外れの距離を跳躍している。
「一槍馳走」
呟いたウォッチは、槍を引き戻したことで既に攻撃体勢は整っている。が、既にヘンヤとの距離は開きすぎるほど開いている。
だというのに、ウォッチは引き戻した槍でヘンヤに向かって稲妻のような突き。単なる突きでなく、その長身をくねらせるようにして全身にて繰り出す突きは、絶対に届かないはずのヘンヤの頭を貫いた。
いや、貫いたように見えた。
実際には、ヘンヤは薄笑いを浮かべたまま、大きくのけ反るようにしてその突きをかわしていた。
あまりの速度の突きに、そのまま貫かれたように見えてしまった。
「さすがの反射神経だ」
するすると槍を再び引き戻すウォッチ。
「ひひ、この距離を届かせるか。いや、届くわけがないな。いくら全身を俺に向けて伸ばそうとも、突きの瞬間、槍を持つ手を柄頭まで滑らそうとも。ひひ、俺の目には、槍自体も伸びたように見えたが、気のせいか?」
「目もいいらしい」
ウォッチは槍を立てて、両手でしっかりと握りしめる。
「仕込み槍か。お前ほどの技量の持ち主がそんな小細工するとはなあ。いや、だからこそ、意表を突くのか。ひひ、面白い」
「いや、こちらもいいものを見せてもらった。セキウン流のヘンヤは、身体操作技術と風の魔術によって、鳥の如く飛び回るとは聞いていた。身の軽さはセキウン以上とも。話が大げさだと思っていたが、なるほど、確かにこれは大したものだ」
「ちょ」
殺気をぶつからせながら会話する二人を止めようとした俺は、
「止せ。もう、無理だ。決着を着けさせるぞ」
と後ろからジンに止められる。
「ジン、何を」
「もう、無理だ。ここで止めたところで、あの二人を抱えてパーティーは維持できない。どちらかは、ここで死んでもらおう」
憚ることなく大きな声でそう言うジンは、薄く笑みすら浮かべている。
そんな。
愕然とする俺に、
「巻き込まれないように下がるべき。ここで、死にたいならいいけど」
シロナが忠告する。
忠告が終わらないうちに。
「ウォッチ・ホウオウ」
俺をかすめるようにして、跳躍しながらのヘンヤの大振りの一撃がウォッチに襲いかかる。
「む」
槍を自分の体に巻きつけるかのような動きをしたウォッチの、巻き込むような一撃がヘンヤの攻撃を弾く。
「ホウオウとはな。ふざけた偽名だ。かつて我が師セキウンと指南役を争い、果し合いに敗北して当主が死亡、ついには消滅したホウオウ家。その名を俺の前で使うってことは、つまり最初から俺に喧嘩を売ってるんだろ?」
「悪いが、偽名ではない。もうない家の名だが」
「ひひっ、ひょっとしたらと思っていたけど、やっぱりお前」
「家の仇だ。セキウン流の高弟は全員殺すと決めていた」
「やってみろよ!」
叫んで、再び天井に足をつけたヘンヤが、ウォッチに向かって跳ぶ。
「ホウオウ家のお家芸は剣術だったが、どうもそれすら捨てて槍術に転向したらしいな。そんな半端者に俺が討てるかっ」
「試してみるか?」
対するウォッチは不動の構え、両足をずっと地に着けたまま、槍だけが変幻自在に突き出し、ヘンヤを襲う。
その嵐のような槍の連撃を、ヘンヤは天井と地面を跳び回るようにして避けながら、ウォッチとの距離を詰めていく。
「ぬるいなあ、ひひ、鋭いだけだ」
「だろうな、俺の本分は、やはり剣だ」
ついに間近に迫ったヘンヤに、ウォッチは突きを繰り出す。
「もらった、ぜ」
それをかわしたヘンヤが突っ込む。
その瞬間、
「だから、言っているだろう。俺の本分は、剣だ」
ウォッチの突き出した槍が伸びる。
だが、伸びて何の意味があるというのか。既にヘンヤは突きをかわしている。
伸びた槍の、前半分がそのまま更に伸びる。いや、伸びるというよりも、放たれる。
そう、完全に残りの部分からすっぽ抜けるように槍の前半分が、俺をかすめるように飛んできた。
「うわっ」
凄まじい速度のそれを跳び避けた俺が見たのは、槍の残った部分、槍の柄の途中から刃が生えているような、極めて異色な外見をしているが、それは。
「なっ」
虚を突かれたのか、ヘンヤの動きが一瞬鈍る。
「隙あり」
そして、ウォッチはそのあまりにも奇妙な「剣」をヘンヤに振るう。
「ぐっ、があっ」
叫びながらヘンヤはウォッチの肩を飛び越えるようにして跳躍する。今までのものとは違う、必死さの見える跳躍。
着地にも失敗し、そのまま転がるようにして距離をとってから、ヘンヤはウォッチに向き直る。
その頬には、かすり傷ではあるが、ウォッチの刃によるものと思われた切傷がある。
一方の、ウォッチもその隙だらけのヘンヤに追撃はしない。
ぐらりと体を揺らして、その妙な剣を支えにして倒れるのを拒否するような動きをした後、苦しげに顔を歪めながらゆっくりとヘンヤに向き直る。
「さすがだ、ヘンヤ」
「驚きだぜ、ウォッチ、まさかそんな仕掛けまであるとは。ホウオウ家も堕ちたものだな、おい。いや、もとから下らん家だったのか」
荒く息をつきながらそう嘲るヘンヤだが、
「くく」
今にも倒れそうになりながらも、ウォッチは苦しそうに歪んだ顔のまま、笑う。
そして、犯人もまた、笑っている。
理想的だ。
理想的な展開だ。




