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四人目

 夢を見ている。

 夢と現実の狭間、限界まで削られた精神が勝手に妄想や夢が混じった世界に落ちていく。


 俺はダンジョンを歩いている。一人でだ。

 モンスターがいない。ただ、薄暗いダンジョンを歩き続けている。

 恐れはない。ただ疲れていた。

 引きずるようにして足を動かし、ひたすら先に進む。

 潜るのではなく、戻っていた。階段があれば上がっている。そう、地上に戻ろうとしている。

 だというのに、上がるにつれて疲れがひどくなる。足が重くなる。ダンジョンが長く、複雑になっていく。

 地上に絶対に戻ることはできないとダンジョンが主張しているかのように。

 恐怖も感じるようになる。上に戻れば戻るほど、恐ろしくなる。モンスターの影すらちらちらと感じるようになる。

 ああ、戻れない。

 ついに、俺は絶望する。


 叫ぶ。絶望の叫びだ。


「うっ」


 その叫び声で飛び起きる。

 やばい、この状況で、うとうとしていたとは。


 が、妙だ。

 夢では俺が叫んだが、さっきの、俺を覚醒させた叫び、どうも俺のものじゃない気がする。


 俺以外の全員が立ち上がり、緊迫した表情で顔を見合わせている。


「下、か?」


 呻くようにジンが言う。


「おい、エニがいないぜ」


 獣の目で辺りを見回すヘンヤは、既に半分刀を抜いている。


「む、誰か見たか?」


 ウォッチの質問に答えるものはいない。


「まさか、エニが?」


 シロナが顔をしかめるが、


「いや、男の悲鳴に聞こえたけど、あれ」


 ちょっと寝ぼけて頭がぼうっとしているのが逆に作用して、冷静に判断できる。


「ともかく集まれ」


 と、ジンが全員をキャンプの中央に集めさせてから、


「さて、二択だな」


 とげっそりとした顔をする。


「キジーツとエニのことはほっといて、あの悲鳴は無視してとにかく上に昇る。もしくは、悲鳴の主を調べてみる。どっちだ?」


「当然、まず自分が生還するのを目指すべきだろ」


 ヘンヤが刀を収める。


「賛成だ」


 頷くウォッチに、


「反対」


 とシロナが異を唱える。


「理由は?」


 ジンが目を向けると、


「単純。この上にはポイズンリザードがいる。私のフォローが不可欠。けど、今の状況では私をきっと皆、信頼できない」


 その言葉に俺達はそれぞれの顔を気まずそうに見合わせる。


「もちろん、死ぬかもしれないのに解毒を拒むとは思えないけれど、一瞬の躊躇が命取りになる可能性は十分にある。今のメンバー、この状況で一撃ももらわずに地上まで戻るなんて不可能」


「ぬっ」


 反論の仕様がないのか、ヘンヤが唸って、


「くそっ、帰還石さえありゃあな。このダンジョンを探索する前に、あの入口にあるぶっ壊れた帰還石を修理してから潜るべきだったな」


「無茶を言うな。聖遺物を修理など不可能だ。帰還の仕組みの欠片も分かっていない今の技術レベルでは、壊れた帰還石とただの壊れた水晶玉との判別すらできない」


 そう冷静に諭してからウォッチは、


「だが、シロナ。悲鳴を調べるのは危険がある上に、それで信頼関係が回復するという保証もない」


 その意見に、シロナは無言で頷くだけだ。


 それを分かった上で、それでも確認するべきということか。


「ヴァン、どう思う?」


 ようやく頭がはっきりしてきた俺に向かって、ジンが投げかけてくる。


 一方の俺は、ようやく頭が回るようになって、今更ながらエニが行方不明ということに動揺していた。


「あ、ああ、どうかな」


 それでも、震える声を無理矢理押さえつける。


「お、俺が思うに、そうだな」


 だが、考えがまとまらない。

 どうしてエニが消えた? 全員休んでいたとはいえ、気づかれずに消えたということは誰かに連れ去られたんじゃなくて自分から消えたはずだ。少しでも騒ぎになれば気づくはず。

 休む前に考えていた色々なこと。どの材料を吟味すべきか。

 さっき見た夢のイメージ。全てがぐるぐると混ざっていく。


「ああ、うう」


 そうして、俺はまとまらないうちから、ほとんど支離滅裂に自分の思っていることや疑問、さっきみた夢の内容をつらつらと口に出していた。

 そこで、ようやく、エニがいなくなったことに自分がかなり衝撃を受けていることに気づく。

 どうも、俺は思っている以上に精神的動揺に弱いらしい。





 犯人は、笑いをこらえている。

 つい先ほど、予想外の出来事で狼狽してささくれ立った心を、愉快な見世物が癒してくれる。

 ヴァンという探偵、七探偵の一人でもある探偵が、熱に浮かされたように、ぐだぐだと妄想と願望と心情を混ぜたような内容を垂れ流している。

 しかし、仕方ないだろう。なにせダンジョン初心者だ。ベテランの冒険者ですら心が削られているこの状況で、平常心を保つことはできない。


 妄言を続けるヴァンに誰もが呆れた顔になって、そしてジンが何やらヴァンを諌め出す。


 それで、ようやくヴァンは疲れた顔をして発言をやめ、そのヴァンに向かってシロナが何か渡していた。白い紙包み。あれは、薬か。


 安定剤か何かか? おかしくなっているヴァンを気遣っているのかもしれない。

 だが、ヴァンは妙な顔をしてそれを広げて、笑顔でシロナに礼を言いはするが、中の薬剤を飲むことはせず、シロナが目を外した隙にそれを元のように丸めて懐に突っ込む。


 また犯人は笑い出しそうになる。

 全く信用していない、シロナのことを。これでは、ポイズンリザードの出現する上の階を戻る気にはならないだろう。


 そして、その一連の行動を、シロナ以外の全員が見ている。ヴァンのそのシロナを、仲間をあからさまに信じていないと思わせる行動を。


 全てが、犯人の思い通りになりつつある。

 自分が全てを行わずとも、なかなかの難易度のあるこのダンジョンで、互いに信用できない極限状態になれば共倒れが起きる。

 それが犯人の予想だった。

 現に、ひびが入り、パーティーは崩壊しつつある。


 あと、少し。

 これで、毒を恐れて上に戻れないまま、更に極限状態が続けば、決定的な何かが起こるだろう。起こらなければ、手を加えてやればいい。

 少しで済む。必要最小限の手出しで、爆発する。導火線には火がついているのだから。大した危険はない。

 そう、もうすぐだ。

 もっとも、一人や二人逃げ帰ったところで、特に支障はない。目的はパーティーの全滅などではないのだから。

 そう、犯人にとって目的は既に達成されているし、そして今も達成されつつあるのだ。


 一度だけ、誰からも見えないように犯人は笑いを浮かべて、そして次の計画を練る。


 さて、結局パーティーは全員、悲鳴が起こった場所に行くようだ。

 あれを見た時、どんな反応をするのか、楽しみだ。





 全員で、地下八階を探索する。

 それが出た結論だった。悲鳴が聞こえてきたことから、キャンプからそこまで離れているとは思えない。何より、どんどん下を探索するような力がパーティーに残っていない。精神的な力も、消耗アイテムも、信頼関係も。


「地下八階を探索して何も見つからなかったら、早々に引き揚げてキャンプに戻る。それでいいな」


 ジンがそう念を押した。


「キャンプから更に上に戻る、とは言わないんだな」


 皮肉を込めて笑うヘンヤに、ジンはもちろん誰も答えなかった。


 そうして、全員で降りていき、


「うっ」


 それは、すぐに見つかる。

 あまりにも現実離れしたその光景に、百戦錬磨のはずのジンが、息を詰まらせる。


 地下八階の階段を降りてすぐの場所に、彼はいた。


 キジーツだ。


「何だよ、これ」


 俺の隣にいるヘンヤが茫然と呟くが、その思いは全員一緒に違いない。


 宙をにらみ、目を見開き、その瞳には悪意を漲らせたまま、絶叫がまだ聞こえるような気がするくらいに口を開けて。

 凄まじい形相で、キジーツは壁にもたれ座るようにして絶命していた。

 あのキジーツが死んだ、というのは衝撃ではあるが、はっきり言って悲鳴が聞こえた時からどこかで覚悟していたことだ。

 だが、こんな死に方は、想像だにしていなかった。


 キジーツは大振りのナイフを両手で握りしめていた。それはおかしなことではない。護身用にナイフを持っていることなんて何も驚くようなことじゃあない。

 だが握りしめていたのは、ナイフの刃だった。キジーツは、両手から血を流しながら、ナイフの刃を握りしめ、柄を突き出すようにしていた。

 意味が、分からない。


 それだけじゃあない。

 キジーツは、全身を刃物で貫かれ、傷痕からは血が流れ出ている。それは、いい。それが死因なのだろう。

 問題は、キジーツの全身に刺さっている無数の刃物、羽飾りごとキジーツを刺しているそれらの刃が、刺さっている方向だった。

 外から中に、ではない。逆だ。中から外に。

 つまり、どう見ても、キジーツの体内からいくつもの刃物が飛び出してきているようにしか見えなかった。


 そして極め付けは、そのキジーツの死体の横に、ごろりと見覚えのあるものが転がっていた。


「これで、こいつの死亡は確定だな」


 ぼそり、と顔色が悪いまま、それでも冷静にウォッチが呟く。


 キジーツの死体のすぐ横に転がっていたのは、ハントの生首だった。





 ただでさえ白い顔を青白くしながらも、シロナがキジーツの死体とハントの首を調べるのには三十分というところだった。


「一つ、謎が解決した」


 シロナが髪をかきあげる。


「解決?」


 訝しげなヘンヤに、


「体から突き出ていた刃物について」


「あれ、どういうことか分かったの?」


 驚いて身を乗り出す俺を冷たい眼で見て、シロナはフードで自分の顔を隠すようにうつむく。


「私もこんなのは初めて。致命傷はあの刃物じゃないわ。首元に鋭い刃物で斬りつけられた傷があった。全身から突き出た刃物は、攻撃を受けたのではなくて、反撃」


「反撃?」


 シロナ以外の全員の声が重なる。


「信じられないけど、キジーツの全身は改造されていたわ。体内に無数の仕込み武器があった。あの刃物は、彼の武器。多分、攻撃を受けて、反撃のために使用したのよ」


 あまりにも現実離れしたその説明に、全員が絶句する。


「じょ、冗談じゃないんだよ、な」


 恐る恐るジンが確認すると、


「私だってこんなのを見たのは初めて。全身に武器と仕掛けを埋め込んでいる人間なんて、まさか存在するとは思っていなかった。正直、自分の目で見ても信じられない」


「あの、刃の方を握っていたナイフは?」


 続いてウォッチが質問すると、


「さあ。あれは普通にキジーツが持っていた武器かも」


「刃を持っている理由は?」


 ウォッチの質問が続く。


「見当もつかない……いえ」


 そこで、はっとしたようにシロナが顔を上げて、全員の目を見る。


 瞬間、パーティーの中を微妙な空気が流れる。


 その空気の意味が分からず、俺はぽかんとする。

 なんだ、何が起きている?


「落ち着け、それは他に置いておこう」


 気を取り直すようにジンが言うと、場の空気が緩む。


「あの生首は?」


「あれは、見た通り、ハントの生首でしょう」


 あっけらかんとシロナが答える。


 まあ、そうだよなあ。どう見てもそうだ。俺が見たって分かる。


「ふん、なるほど」


 ジンは何やら考えながら、乾いた目を天井に向ける。


「とりあえず、なんだ、戻るか」


 ただ単に、とてつもなく疲れたその声に従って、俺達はぞろぞろとキャンプに戻り始める。


 これ、もう駄目かもな。

 俺は何となくそう思う。

 全員から、覇気がなくなっている。

 顔色の悪いシロナはもちろん、ジンも疲れ切っている。ヘンヤとウォッチは、幽鬼のような顔に目だけをぎらつかせて、お互いへの敵意をもう隠そうとしていない。

 これ以上耐え切れないかもしれない。もうすぐ、爆発しそうだ。そして、それはもはや止めることができない。

 今の俺にできるのは、爆発した時にどういう風に対処するか、シミュレーションしておくことだけだ。

 何よりも最悪なのは、ここまでの状態になっても、やはり外敵を、シャドウを、まだ見ぬ真犯人を警戒しながら歩かなければいけないことだ。

 精神が削られていく音が聞こえるようだ。


 キャンプまでたどり着いたら、そのまま倒れて眠っちゃうかもな。

 俺はそんなことを心配しながら歩き続ける。

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