混迷
言葉少なに全員で上を目指しながら、それでも必要最低限の情報交換として、それぞれのパーティーがどんな動きをしていたのかを教え合う。
だが、ジン側のパーティーに起こったことは予想を超えていた。
「バラバラ!?」
思わず大声を出す。
「別に完全にばらばらってわけじゃねえ。俺とエニは一緒だった」
それでも少し決まり悪そうにジンが言う。
「いや、その、キジーツが単独行動するのは分からないでもないけど」
黙って歩いている羽飾りの男を気にしつつ、俺は声を潜める。
「ウォッチとヘンヤは?」
「それが、段々と二人の様子がおかしくなってな。モンスターと戦っている時にも、隙あらばお互いの首を掻こうとする気配がするというか」
「ああ」
確かに以前からあの二人の間に妙な感じはあった。
「で、それを警戒しているうちにキジーツがふらりと消え、キジーツが消えたと騒いでたら今度は二人が消えやがったわけだ」
忌々しそうに顔を歪めるジンに呆れる。
「経験豊富なあんただからリーダーみたいな立ち位置だったのに、情けないな」
余裕が無いからか、いつしか俺はジンをあんた呼ばわりして、敬語もやめてしまっていた。
「やかましい。経験豊富だからこそ、危ないもんからは距離をとって、なるべく関わらなくするんだよ」
「で、バラバラになってからシロナが呼びに来るまで、それぞれ何をしてたんだ?」
「あっ」
ぽかん、とジンが口を開ける。
「おい、まさか」
「そう言えば、それどころじゃなかったから、すっかり忘れてたわね」
横でずっと話を聞いていた、幾分か回復したエニが言う。
それでは、と道中ウォッチとヘンヤの二人に問いただしたが、答えは二人揃って、
「はぐれた」
というだけのものだった。
「あの状況ではぐれるかよ」
とジンが毒づくが、
「はぐれたっつうか、ちょっと見失っただけだ。だから、シロナが呼びに来た時はすぐに集まれただろうがよ」
「それは、確かにな」
そこは認めざるを得なかったらしく、ジンは渋々頷く。
「で、キジーツ、お前は何をしていた?」
ウォッチが、われ関せずといった様子のキジーツに水を向ける。
誰しもがその返事が気になり、パーティーがしん、と一瞬静まり返る。
「調べていた」
例の無感動な目をして、キジーツはそれだけ言う。
「何を?」
「ダンジョンを。一人で調べたかった」
そこで、すいとキジーツの目が細まる。
「ジン、あのダンジョンは十階から下にいく道はないぞ」
「お、ああ」
虚を突かれたのか一瞬たじろいだ後、
「実は、俺もそう思った。多分、これ以上調べても無駄な気がするな。直感だけどよ、あれで行き止まりだ、このダンジョンは」
「ええっと、全十階だったってこと?」
ダンジョン初心者として質問するが、
「だとしても最深部なら、ご褒美やら、ボスやら、それらしい部屋やらがあるのが普通だ。こんなダンジョンがいきなり行き止まりになるなんて、俺の経験からしてもありえない」
ジンは不満そうに顎鬚を指で捻る。
「後戻りできないならまだしも、先に進めないダンジョンなんて聞いたことないわね」
エニも不思議そうな顔をする。
「ふう、ん」
結局、結論が出ないまま、俺達は歩き続ける。
が、全くはかどらない。俺が一人で急いでいた時の方が数倍マシなレベルだ。モンスターに遭遇した時にも、何事もなく進んでいる時にも、パーティーの足は遅々として進まない。
理由は分かり切っていた。ただ、それを口に出したら全てが壊れそうで誰も言えないだけだ。
疑心暗鬼。
常に、お互いがお互いを警戒していた。その状態では、戦闘中はもちろん、ただ歩いているだけでも神経をすり減らしていくことになる。
足が鈍るのも当然だった。
妙なもので、おそらくただ単に仲間の中に裏切り者がいる、という程度ではここまで疲弊はしていなかっただろう。
俺のせいだ。
シャドウ。そんな尋常じゃない、常識外れの、手に負えないような化け物がいるかもしれないと、いつ襲ってくるかもわからないと半信半疑で怯え、警戒しながら、同時に頼るべき仲間が裏切り者かもしれないと疑心暗鬼にならなければらない。
この状況が、パーティーの精気を削っていっている。
とはいえ、あの状況でシャドウの話を俺が秘密にするわけにもいかないよなあ。
内心で自分にそう言い聞かせる。実際、なるようにしかならない。
しかしつらい。
結局、地下七階のキャンプに戻ってくるまでに、全員の顔色から疲労の濃さがうかがえるような状況になってしまった。
心底から、帰還石のありがたさを感じる。こんなダンジョンでなければ、帰還の一言でさっさと帰れているのに。
「地上に戻ろうとすれば、例の毒トカゲも出る。この状況で強行突破は危険だな」
ジンの言葉に逆らう人間は皆無だった。いや、誰もが早くこのキャンプで一息つきたいと祈っているのが互いに分かっていた。
「ジン、けど、まさかまた皆で同じ飯を食おうとか、男女に分かれて同じテントで寝ようとか言うんじゃないだろうな」
皮肉な口調ではあるが、そのヘンヤの発言は全員の内心のある一面を正確に表現してもいる。
「そうだな、各自、ばらばらに休むしかないだろう。一人でいるのも、誰かとつるむのも個人の自由だ。そうするしかねぇな。どうせ、お前ら俺が全員集合っつっても従うわけないしな」
諦めたようなジンの言葉に、思わずと言った様子でエニが苦笑いを浮かべる。
「あまり、休めそうにないわね」
「それでも、休まないよりはましだ」
ジンの声をきっかけに、誰もがキャンプの床に腰を下ろした。
それぞれが、ばらばらになっている。
エニは油断なく全員を見れる位置にいながら、水筒の水をこくりこくりと飲んでいる。
ヘンヤは腰を下ろして完全に目を閉じて眠っているようにしか見えない。だが、その右手はずっと刀の柄にかかっている。
そのヘンヤをじっと見るようにして壁にもたれているウォッチ。
シロナは何やら薬品の調合らしきことをしているが、目は手元にあっても、周囲に気を配っていることが一目瞭然だった。
ジンも、どっかと豪快に座り込んで干し肉らしきものを頬張ってはいるものの、顔がやつれ、目がぎらついているのは隠しようもない。
そんな中、しばらくキャンプをうろうろしていたキジーツが、ふらりとキャンプから出ようとするのが見えた。
「あ、ちょっと」
どうしていいのか分からず、所在無く誰かに近寄ろうにも近寄れずふらふらしていた俺はそれを見つけて、慌てて声をかける。
もはや、他のメンバーはキジーツに関しては諦め気味なのか、キャンプを去ろうとしているのに見ようともしない。
勝手に消えて死ぬなら別にいいし、敵として来るなら殺すだけ、それくらいの割り切り方をしているのだろう。
こっちはそんな割り切り方できないので、
「ちょっと、一人でどこに行くんだよ」
とビビりながらも声をかける。
「探索」
「一人じゃ、その、危ないと、思うんです、けど」
虚無のような目に圧倒されて、語尾がどんどん弱くなる。
「材料がない」
「え?」
材料?
「七探偵の誰だろうが、この事件をこの時点で解決することは不可能だ。誰もが疑心暗鬼で、推理を進める程度の材料すらない」
「まあ、それは」
確かに。
「これから材料を手に入れようとすれば、そのチャンスは敵が襲ってきた時だけだ。おそらく、いくらダンジョンを探索しても無駄」
「えっ、なら」
つまり、キジーツは。
「お、囮になるつもりってこと?」
「いや、そんなつもりはない」
その時、初めてキジーツの無感情な目に、光が宿る。
それは、圧倒的な悪意だった。
「返り討ちだ。俺がやる側、相手がやられる側だ。どんな状況であろうと」
悪意を秘めたその目に、笑みすら見た気がして、俺は黙って後ずさる。
「皆殺しのキジーツだ、俺は。だから、俺を襲おうとする犯人を生かしておくなんて絶対にしてはいけない。分かるか?」
その問いかけに、硬直した俺が答えられないでいるうちに、キジーツは身を翻すとキャンプを出ていく。
「あっ、ちょ、ちょっと、ねえ、皆、止めなくていいんですか?」
金縛りが解けたようになった俺が慌てて呼びかけるが、
「いいじゃねぇか、協調性ないし。こんな疑心暗鬼になった中で、一番心理的な負担になるのってああいう奴だぜ? 抱えない方がいいだろ」
とジンがドライな意見を出して、誰もそれに異を唱えない。
そんなもんか?
確かに、俺としても返り討ちにしてやると心底から確信しているキジーツをどう止めていいのか分からない。
「くそ」
かといって、俺がキジーツについていってどうする? キジーツは別に有難がらないどころか、一人で襲ってくるところを返り討ちにするつもりなら邪魔だろう。俺が普通に殺されるかもしれない。そもそも、キジーツが犯人じゃないという確信がない、どころか態度からして怪しすぎる。
「ふう」
気を落ち着かせようと深呼吸をする。
「あいつは死にそうにないキャラしてるし、大丈夫だろうぜ」
無責任にヘンヤが目をつむったままで言う。
「うお、寝てなかったのか」
驚いてのけぞる俺を見て笑いながら、
「確かにな、あいつは死にそうにない。が、それを言うなら、こいつだって死にそうにはなかったがな」
ジンが言って、俺も何となくジンの言う「こいつ」の方を見る。
鉄の棺には、未だに物言わないブラドの死体が入ったままだ。
外傷はないが、肌の色はしっかりと青ざめ、全身が硬直しきっていて、見ただけで死を強く感じる。棺に入っているからなおさらだ。
外傷はないと言っても、全身に細かい傷痕がいくつもある。
あんな戦い方をしていたら、傷だらけなのも当然か。
「死に急ぐような戦い方をしているくせに、人一倍慎重で猜疑心の強い奴だったな」
多少しんみりした言い方でジンが語る。
「そんな彼が毒殺とは、やはり腑に落ちないわね」
その道の専門家として、いつの間にか薬品を片付けていたシロナがそう言って近づいてくる。
「なあ、ぶっちゃけた話だ」
ジンが、ふと力を抜くようなしぐさをする。実際に力を抜いたのかもしれない。あるいは、そんな振りをしてこちらが気を抜くのを狙ったのかも。
「シャドウがいると思うか?」
そのものずばりの質問は、キャンプを広がり、辺りは水をうったように静かになる。
「ヴァンが嘘をついていないという前提で言えば、ハントが死を目前にして嘘を言う必要はないように思うな」
最初に口を開いたのは壁にもたれたままのウォッチだ。
「その前提が信用できないがね」
くく、とヘンヤが今では目を開いて笑う。
「それに、ハントが嘘をついていないにしても、勘違いや騙されている可能性はある。何らかの魔法やギミックで、シャドウが現れたとしか思えないような演出をされた、とか」
考えながら半分独り言として俺が言うが、
「そもそもハントが死んだっていうのも、どうなの? 死んだ演技してた、とかは?」
エニが口出ししてくる。
誰もが、疑心に満ちて距離をとりつつも、やはり心のどこかしらで仲間を求めていたようで、会話に参加してくる。
「だがあの腕はどうなる? ハントの腕にしか見えなかったが」
「私にも確かなことは言えない、ただ」
ジンからの問いかけに言い淀んでから、シロナは少し遠慮がちに、
「けど、あの腕がハントの腕かどうか断言できないのは、その、言い方が難しいけど、偶然」
「は?」
あまりにも意味不明な発言に疑問符が口から出る。
「あの腕、よく見れば小指の付け根に傷があった。結構目立つ」
「ああ、そういやあったな」
「ああ」
シロナの発言に、ヘンヤとウォッチが同意する。
俺も含めた他は、そんな傷に気づきもしなかったのでぽかんとしている。
「私は、ハントの右手の小指に傷があったかどうか知らない。けど、結構目立つから、私じゃなくても、誰かが偶然目に入れたら分かると思う」
「おいおいマジかよ、誰かハントの指に傷があったかなかったか分かる奴いないか?」
ジンの呼びかけには誰も反応しない。
「ちっ、誰も見てないか」
「でも、それは偶然。さっきも言ったけど、結構目立つから、視界に入れてたら気づくはず。傷があったかなかったかくらいなら」
「つまり、ハントがわざわざ替え玉の腕としてそんな特徴のある腕を残しておくのは不自然なわけだ」
俺は情報をまとめる。
「じゃあ、やっぱりハントさんは殺されたのかな?」
エニが首をかしげる。
「となると、基本的にはハントの発言は信じるべきだし、そうなるとモーラも殺されていることになるなあ、ひひ」
何が面白いのか、ヘンヤが笑いを漏らす。
どうも、謎が多すぎる。いや、謎しかない。
仲間の話を聞きながら、俺はいつしか思考に没頭している。
何もかもが不確かで、誰もが怪しい。さっき、キジーツは材料がないと言った。だが、それは考え違いなんじゃないか?
慎重だったはずのブラドが毒殺、進めないダンジョン、ハントとモーラの死に方、これまで何人もの冒険者が死んでいったという事実、トレジャー家の土中迷宮に対する執着。
むしろ、材料がありすぎるのが問題なんじゃないのか。
考えろ、この中で一つだけ選んで、まず考えるとすれば一体どれだ? どれがきっかけになる?
ふと顔を上げてみれば、俺が思考に沈んでいるうちに話し合いは終わっていた。
また、それぞれがばらばらに散って体を休めている。ジンとヘンヤにいたっては完全に寝ていた。もっとも、双方とも剣を握ったままというのが凄まじいが。
「ふう」
息をつく。
よく考えれば、絶対に解決しなければいけないわけでもない。
ここで少しでも体を休めて、この迷宮を脱出しさえすればいい。その後のことは、後は野となれ山となれ、だ。何なら、師匠筋のゲラルトに解決をお願いしてもいい。
そう、楽観的に思い込もうとする、が。
この状況で、無事に全員がこのダンジョンを脱出できるとはあまり想像できなかった。




