更に奥へ
五階より上とは違い毒を気にしなくてもいいせいか、それとも休息を挟んでこのダンジョン自体になれたためか、キャンプからさらに潜るのはこれまでの道のりよりもむしろ楽だった。
ダンジョンの道のりよりも問題なのは、ブラドの一件から明らかにパーティー内部に発生している暗雲、つまり疑心暗鬼だ。
誰もがお互いに距離をとっている。とはいえ、協力せずに楽々と進めるようなダンジョンではないから、お互いに一応の協力はしている。だが、薄皮一枚下に互いを信頼していないのが透けている。
協力している、というのはキジーツを除いてだ。彼だけは、超然と佇んでいる。
「さて、もう地下八階か」
ハントが確認するように呟く。
「ここからキャンプに戻ろうとしたら、別の階段を使わないといけないのよね」
昨日のことを思い出したのかモーラが尋ねると、
「ブラドがそう言っていたが、さあて、どうしたもんかね」
ジンは唸る。
よく考えてみれば、地下五階以降に潜った唯一の生き残りである、つまり地下十階までの水先案内人であるブラドを失ったのは痛い。唸りたくもなる。
「どちらにしろ、一階一階地図を仕上げてから降りていくという方針に変わりはないだろう。どの道、そうしていくしかない」
ウォッチが槍を構え直して、
「幸い、俺達が協力すればこの辺りのモンスターならば危なげなく倒せる」
「その意見には賛成だ。毒を気にする必要もない。医術師を信頼できなくてもそこまで問題はないな」
皮肉めいたヘンヤの言葉に、シロナはちらりと目をやるだけだ。
「やめなよ、そういう言い方」
モーラが割って入るが、雰囲気は悪いままだ。
チームワークは最悪だが、それぞれの能力が高いためか、そこまで苦労もせずにどんどんと地下に降りていける。あれよあれよという間に、俺達は地下十階、かつてブラドだけが到達して生きて帰れた地点にまで進んだ。
「モンスターの顔ぶれは変わらなかったな」
ジンの分析に、ハントも頷いて、
「大体のダンジョンでは四階から六階ごとにモンスターが切り替わるらしい。この地下に降りたところで更なる強敵が出現すると考えた方がいいかもしれない」
顔色は悪いが、それでも努めて平静に判断をしようとしているのが見て取れる。なかなかどうして、肝の太い男だ。
「問題は、かつてブラドが言ったところを信じれば、ここより地下に降りる階段が容易には見つからないということだが」
「どっちにしろ、とりあえずこの階を攻略して地図を作成するべきじゃないか?」
冒険者としての経験がないためか、少し自信なさげにヘンヤが言う。
「だな」
だが、全くもって合理的なヘンヤのその提案にジンが賛成する。
そして、俺達は地下十階を回るが、すぐにその探索は終了する。別に、これまで以上に攻略が手早く進んだわけではない。ただ単に、探索すべき範囲がこれまでに比べて狭かったためだった。
「むう、やはり、階段どころか、道がないな」
唸るジンは、
「何かしら仕掛けがあるんだろうが、しかしそれにしても調べられる範囲が少ないな。この階、狭すぎる。隠し道があるのだとは思うが」
と続ける。
「ともかく、この階をしらみつぶしに調べるしかないか」
諦めた表情をするヘンヤに、
「待って、この階とは限らない」
と異を唱えるのはシロナだ。
「どういう意味だ、シロナ?」
ハントの質問に、
「単純。これまでの階に、隠された階段があって、そこから降りて十階に来ないとそれ以上潜れない仕掛けなのかもしれない」
シロナの発言に、む、と全員が意表を突かれたように黙る。
そうか、そういうパターンもあるな。さすがは冒険者。
「なるほど、つまりこの階にどう調べても何もなかった場合、戻って上の階もしらみつぶしに調べる必要があるわけか」
苦りきった顔をするハント。
「いっそのこと、手分けをしたら?」
とモーラが提案する。
「何?」
「だって、はっきりいってこれまでの階なら、全員じゃなくて、三、四人ずつでパーティー組んでもこの面子なら危険はないでしょ。そっちの方が効率よくない?」
「だが」
まだ迷うハントに、モーラが重ねる。
「このダンジョンが未知だからこそ、慎重に慎重を重ねて、これだけのメンバーで常に団体行動してきたけど、今まで攻略してきたとこには別に未知はないじゃん。効率的にいこうよ」
「ふむ、そうだ、な」
一理あると思ったのか、ハントが俺達を見渡す。
「どう思う?」
だが、誰も意見を返さない。俺も何も言えない。
確かにモーラの言う通り、これまで通ってきた道のりに未知の危険はないと考えれば、二手に分かれるのもありかもしれない。
しかし、誰も指摘しないが、そして俺も分かっていながら指摘できないが、未知の危険はある。
ブラドが謎の死を遂げたのだから。
それを口に出せば、危ういところでバランスを保っているこのパーティーが完全に崩れる気がして、俺も、そして誰も言えないのだ。
「メンバーはどう分けるつもりだ?」
意外にも乗り気らしいのはジンだった。
経験豊富だからこそ、このメンツ、この人数でぞろぞろ歩くのが非効率的だと思ってずっとうんざりしていたのかもしれない。
「そうだな、一方のリーダーは経験豊富で何でもできるジンにまかせよう。その代わり、ジンは冒険者としての経験が浅いメンバーと組んで欲しい」
「ってことは、探偵達とヘンヤか、別にいいぜ」
鷹揚にジンは受け入れる。
「ああ、待て」
ハントは唸り、眉を寄せて、
「それでは万が一があるな。やはりエニとウォッチも君のチームに入れよう」
「じゃあ、そっちはハントとシロナ、モーラだけか?」
「ああ、こちらは上の階を調べるつもりだからシロナは必須だ」
ポイズンリザードがいるものな。
「そりゃ不安だな。せめてヴァンくらい持っておけよ」
「おい」
おまけみたいな扱いにむかつく。
「冒険者じゃあないが魔術の腕は中々だし、何よりも探偵だけあって頭が切れる」
「お、おう」
突然褒められるので照れる。
「そう、するか」
一瞬悩んだ後、ハントはそう結論を下す。
こうしてパーティーは二手に分かれることになる。
ハント、モーラ、シロナ、俺というパーティー。
ジン、ヘンヤ、ウォッチ、エニ、キジーツというパーティー。
キジーツはほとんど戦力外だから、実質四人ずつか。
俺達はここから上に、ジン達はこの階を徹底的に調べることになった。
俺が凍りつかせたスライムを、ハントの剣が危なげなく砕く。
あるいはメタルクラブをシロナが魔術であしらっている隙に、モーラのつるはしが潰す。
結構いい調子だ。
二手に分かれてから一時間。俺達は地下九階まで上がって探索を続けていた。
「さすがジンの推薦だ、冒険者に転身したらどうだい?」
あからさまなハントの世辞に、俺は曖昧に笑う。
「しっかし、何も新しい発見がないわね」
モーラが疲れた息を吐く。
「ああ、そうだな。とりあえずキャンプまでは戻ってみるか」
ハントの言葉に、全員頷く。
そこの辺りがきりがいいだろう。
「ヴァン、少し話が」
と、ハントに手招きされて俺は何事かと近づく。
「ブラドの件、どう思う?」
声を潜めて、そんなことを問いかけてくる。
モーラとシロナは何事かとこちらをちらちらと気にしている。
「探偵として、何か思うところはないか?」
「いや、申し訳ないですけど、今のところ何も」
本当に見当もついていないので、正直にそう小声で答える。
「外傷がないのは確かだ。シロナの見立てを別にしても、違うか?」
「それは、確かに」
外傷は見つからなかった。
「毒にしろそうでないにしろ、そんな手段でブラドを殺せるという意味では一番怪しいのは誰か分かるか?」
「ええと、つまり」
ハントの言ってほしい名前を思いつく。
「シロ、ナ?」
「そうだ。人体の知識が豊富な彼女が一番怪しい。君には、シロナをさりげなく調べてもらいたい」
「ああ……」
言っていることは分からなくもない、が。
「無理でしょう。今、俺とハントさんで密談してるからモーラとシロナも明らかに怪しがってますよ」
「なに、それについては心配することはない」
そう言うと、ハントは俺から離れてから、
「モーラ、ちょっといいか」
と今度はモーラと密談を始める。
ははあ、とその意図に気付く。
こうやって全員と密談を、あえて分かるようにしとくのか。木を隠すなら森、とは言うが、かなり乱暴な手だな。全員が全員を疑って終わりだろうに。
思っているうちに、今度はハントはシロナと密談を始める。
一体、俺以外とはどんな話をしているんだろうかと気になる。が、訊くわけにもいかない。教えてくれるわけもないし。
ダンジョンを探索しながら、それぞれに持ちかけた密談から話を逸らすためか、ハントはぼそぼそと自分が冒険者になった経緯を話しだした。
「父のベントは商人で貴族だ。そして、辣腕は国中に聞こえている。普通のことをすれば、父に勝てるはずもない。金を稼ごうが権力闘争をしようが、父以上にうまくできるとは思えなかった」
「だから、冒険者に?」
興味をひかれたのか、シロナが訊く。
「別に奇をてらって、というわけじゃあない。父の商売上、子どもの頃から、冒険者と触れ合う機会は多かった。ブラドを師として冒険者になって仕事を手伝いたいと言ったら、父は大喜びで賛成してくれたよ。もちろん、それは別として冒険者というのは魅力的だ。危険に満ちたダンジョンを攻略してモンスターを倒して宝を手にする。男なら憧れないわけがないだろ?」
「ま、そうですね」
同じ男としてふられ、俺も同意する。
確かにそれは同意せざるを得ない。男の子はそういうのに憧れてしまうものだ。
「そこら辺、やっぱり女の子のうちとは感覚が違うわねえ」
笑い混じりにモーラが口を出す。
「女の子って歳じゃあ、いや、何でもない」
怯えたようにハントは話を変えて、
「感覚が違うというのは、どういう意味だ? 君も冒険者だろうに」
「うちの場合、謎とか不思議とか未知とか、そういうのに触れるためにダンジョンに潜ってるから。攻略するとか謎を暴くとか、そういう攻撃的というか侵略的なのってやっぱり男性的だわ」
「今のは、謎解きを職業にしているヴァンも敵に回したと思うが?」
「いやあ、探偵は謎を解くというか、謎を解いたと人を納得させる職業ですけど」
言っているうちに地下八階の上がり階段の前に着く。
「ここ、違うでしょ」
シロナがぼそりと言って、俺達ははっとする。
「ああ、そっか。こっちの階段を行っても、一方通行の壁があるだけか」
そう言えばそんな構造だった。そしてこっちからは逆方向だから、ここから上がってもどこにも行けない。ただの行き止まりだ。
「そうか、もう一方の階段に行かなければ」
そこまで言ってから、ハントは黙り込む。
「どうしたの?」
不審げなモーラに、
「いや、隅々まで調べるべきだな。この上も一応調べておこう。ただの行き止まりだろうが」
「ああ、そうする?」
そしてモーラとハントを先頭に階段を上がろうとしたところで、
「シロナとヴァンは一緒に来なくていい。この程度、全員が調べるまでもないだろう」
「だけど、それなら私達はどうすればいいの?」
当然のシロナの質問に、
「先に行っておいてくれ。すぐに追いつく」
ハントはそう言って、モーラと共に階段を昇って行く。
俺とシロナは顔を見合わせた後、仕方なくもう一つの階段に向かう。
正直なところ、まったく納得できなかったが、さっきの密談のことがひっかかり、これもハントの何らかの思惑があってのことかもしれないと思って従うことにした。
幸いなことに、モンスターとは遭遇しなかった。
しばらく無言で歩いていたが、やがて気まずくなったのと、どうしても違和感が拭えなかったので、
「あの、シロナさん」
「何?」
こちらを向きもせずにシロナが答える。
ふと、ひょっとして二人きりにして俺にシロナを探れということなのかと思うが、だとしたら虫のいい話だ。逆に、二人きりになって俺が殺されたらどうするんだ。
「その、冒険者じゃないんでよく分からないんですけど」
「ええ」
「先に行ってろってハントさんの指示、おかしくないですか?」
どう考えても、意味が分からない指示だ。
「後から追いついて来るにしても、その間二人と二人に分かれるなんて危険でしょう? 別に俺達二人が先に行ったら効率がよくなるわけでもないし」
少なくとも、俺の知識の上では、あそこで待たずに俺達が先に進むことはデメリットしかないように感じる。冒険者としての考え方、知識があったらまた別なのかと思っていたが。
「やっぱり、そうよね」
ぴたり、とシロナが足を止める。
「ねえ、ヴァン。あなた、ハントと何を喋っていたの、あの時?」
「え?」
あの時というのは、当然あの密談だろうが、しかし。
「い、言えるわけないでしょう」
「そうね。なら、私から話すわ」
「え?」
「私は、既に名声を得ている探偵、ヴァンが今回の件に参加するのはおかしい、調べたいことがあるから自分から遠ざけてくれ、そう頼まれたわ」
「ああ、なるほど、そんなことを、言っていたんだ、ハントさん。え、でも、それ、俺に教えていいんですか?」
混乱しつつもそう返すと、
「いえ、だとしても、さっきの話はおかしすぎると思って。頼まれたから黙ってヴァンと二人で来たけれど、やはり、おかしすぎるわよね」
「あ、ああ」
もう、誰を信じていいのか分からないが、何かがおかしいのは確かだ。
俺を騙して自分から切り離すにしても、もう少しうまいやり方があるはずだ。一発で俺に不審がられるような口実を、どうして。
「あ」
不審がられても、俺にシロナを調査するように頼んでおいたから、何かあるんじゃないかと思って一応は従うことまで計算にいれたのか?
あるいは、シロナの側もそうかもしれない。
つまり、どんなに強引でもいいから、ハントとモーラの二人きりになりたかった、とか?
あの場所、あのタイミングで、二人きりに。
「あの二人、遅いですね」
あの上の狭い空間を調べるだけなら、ほとんど時間なんてかからないはずなのに。
「そうね」
無言で顔を見合わせる。
二人きりになったハントとモーラ。ハントの密談。まだ来ない二人。
嫌な予感だけがする。
例えばモーラを殺すハント。逆に、ハントを殺すモーラ。
「心配になった、ってことで、ちょっと戻りましょうか?」
「そう、ね」
二人で互いに頷いた後、一気に走りだす。ありえないだろう、とは思いながらも嫌な予感だけが頭を溢れる。
モンスターが立ちふさがる。
こんな時に!
「どけっ」
俺とシロナで同時に魔術攻撃して、その隙に全力で剣を振るう。
あっという間にモンスターを跳ね飛ばして、例の階段まで戻ったところで、
「え」
目にしたものの意味が分からずに、俺はぽかんと口を空ける。
シロナも、唖然として立ちすくむ。
階段があったはずの場所には、俺の元の世界で言うところの、コンクリート製の打ちっぱなしの壁がそびえていた。




