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攻略計画(2)

 土中迷宮。別名、帰らずの地下迷宮。

 名前だけは聞いたことがある。五年前に発見されたダンジョン。まだ誰も攻略していないどころか、潜った冒険者の大半が戻ってこなかったと言われる曰くつきのダンジョンだ。


「リターンマッチか」


 呟いたのはブラドだ。目を吊り上げながら笑うという壮絶な表情をしている。


「そっか、ブラドは生き残りだっけ」


 エニが隣の俺にだけ聞こえる程度の小さな声で言う。


「楽しみだ」


 ぬたり、と蛇を思わせる粘着質の冷たさでヘンヤが微笑む。


「それで、どういうわけであんな曰くつきのダンジョンを攻略させたいんだ?」


 ジンが俺達の疑問を代表するように訊く。


「ふむ、簡単なことだ。先程君が言ったように、未攻略で難易度の高いダンジョンは集客力を持つ。が、あのダンジョンの場合は行き過ぎで、今や冒険者が攻略に二の足を踏むようになってしまった。だからこそ、未攻略のダンジョンだというのに私が買える値段になったわけだが」


 未攻略のダンジョンについては、伝説にあるダンジョンのように最深部に聖遺物があるのではないかと思われているため、基本的には王家の管理下に置かれるのはどの国でも同じだ。

 だが、帰らずの地下迷宮の場合は、それが売り出されることになったらしい。誰も攻略しようとしないためか。


「呪われていて潜った人間は全員必ず死ぬだとか、空間を操るシャドウという未知のモンスターが徘徊しているとか、そんな噂まで流れる始末だ。絶対に攻略できないダンジョン、死だけが待つダンジョンだと言われている」


 肩をすくめてから、


「ちなみにシャドウというモンスターの噂が流れた原因は、明らかな密室で冒険者が死んでいたからだ」


 ちらりとベントが俺とキジーツに目をやる。


 なるほど、探偵も募集した理由が納得できた。万が一、俺達の攻略中に何か起こった場合、それを未知のモンスターなんかのせいにせずにきちんと解決するように期待されているわけか。


「冒険者は危険な職業だから、ゲンを担ぐ者も多い。そんな不吉なダンジョンには入らないというわけだ。その生存率ゆえに帰らずの地下迷宮は難易度も最高レベルだと推測されている。もしも、誰かが攻略して生きて帰れば、冒険者が殺到することになるだろう」


「未攻略ダンジョンが攻略済ダンジョンになったっていうのに、逆に価値が上がるわけだ。そして、あんたはそのダンジョンを使って儲けると。なるほど、話としては単純だな」


 ジンが不遜な口をきく。


「……それもいい、が」


 そこでヘンヤが何かを掴む仕草をする。


「そもそも、攻略が可能なのかどうかだな。斬れば片がつく問題ならなんとでもなるが」


 刀だ。

 おそらくは無意識に、刀を掴む仕草をしている。


「どういうこと? ダンジョンなんだから攻略は可能にきまってるでしょ」


 エニが不審な顔をする。


「とっころがそういうわけでもないよねー。まあ、実際に挑戦したことないエニちゃんは知らなくて当然だけどさ」


 にこにこと楽しそうにモーラが言うのを、


「ちょうどいい。君が適任だな。何しろ、発見者だ。詳しいことを知らない者もいるだろう。あのダンジョンについて軽く説明を頼む」


 ベントが手のひらを差し出して促す。


 発見者?


「え? うち?」


 急な指名にモーラは戸惑った顔をするが、根が単純なのかすぐに切り替えて、


「んじゃ、おおまかなところだけでも」


 と咳払いをする。





 五年前、モーラを含む一団がそのダンジョンを発見したのは、偶然だった。

 彼らはクア地方の大地を掘ることを目的としていた。クア地方は山地が多くを占める地方だが、掘るのは山地ではなく山と山の間の谷間に位置する地面だ。

 山ではなく谷間を掘るのだから、鉱山開発ではない。


 クア地方はペースの中でも有数の地震の多い地方としても知られていて、精霊暦以前からずっと地殻変動を繰り返してきていると言われている。

 だから、クアの地面の下に何かが埋まっている、というパターンの言い伝えが数多く存在するのも当然だ。

 古い神殿が埋まっている、という民間伝承の指し示す場所を掘るため、ディガーとしてモーラは雇われた。雇い主は歴史学者で、純然たる研究のための発掘だった。


 だが、見つからなかった。

 掘る範囲を広げても見つからない。更に深く掘っても見つからない。

 やはりそんな神殿など存在しないのかと、一団の誰もが諦めかけたその時、大地の奥深くで何かを見つけた。

 壊れた、地中深く埋まっている建造物。石壁の一部。


 神殿か、そう喜び勇んだ一団はその周囲を掘り、そしてそれが神殿ではないことに気づく。


 だが、その時点では誰もまさかそれがダンジョンだとは思っていなかった。理由は単純で、壊れていたからだ。外壁、そのダンジョンの最上部にあたる場所の一部が、砕け、ひびが入り、滅失していた。ダンジョンは壊れないもの、その先入観から古代の建造物だとばかり思っていた。


 まずは外部からと考えていた一団だが、その建造物のあまりの巨大さ、特に深さに周囲を掘って全容を確認するのを諦めた。外部がダメなら内部から、とは当たり前の流れだが、出入り口が一切見つからない。冒険者としていくつもの修羅場をくぐった経験のあるモーラが、最上部の壊れた部分、外壁の割れ目から内部に侵入すると決心して、そこに潜ったところで、ようやくその建造物が何か判明した。


 破壊された場所から入ったモーラが最初に目にしたもの、それは外部と同じように破壊された内部だった。

 内壁もひびが入り、割れて土と混ざり、酷い状況だった。

 その中で、モーラは土塊のように転がるひびの入った水晶を見つけた。

 それが何を意味するのか分からずにモーラがぽかんとしたのも一瞬のこと。

 次の瞬間に、モーラは全てを納得した。

 これは帰還石のなれの果てだ。壊れてしまった帰還石に間違いない。

 なぜ出入り口がないのか。最上部に出入り口があったのだ、当然ながら。最上部から入って、下に潜って潜っていくのがダンジョンなのだから。その出入り口の部分が破壊されてしまっているから、出入り口が見つからないのだ。

 なぜダンジョンなのに破壊されてしまっているのか。確かに、現在の人の手ではダンジョンを構成する物質は分析することすらできず、壁にはかすり傷をつけるのがやっと。だが、人の手ではなく地殻変動、地震という大いなる自然の力の前には、一部が破壊されても何も不思議ではない。


 もちろん、ダンジョンだと分かれば、何の準備もなく一人でそのまま進むような愚かしいことをするわけもなかった。

 モーラを含めた一団は帰還し、そして国に地中に埋まっていたダンジョンについて報告。こうして、新しいダンジョン、土中迷宮が冒険者の噂に上ることになった。最初は、帰還石が使えない危険な、しかしまだ攻略されていないため貴重な宝を入手する希望もあるダンジョンとして。一年経つ頃には、挑戦したもののほとんどが死ぬ呪われたダンジョンとして。





 モーラの話が終わる。


「正確には、挑戦した者の大半が死ぬというのは間違っている。噂にすぎない」


 前髪をかきあげてハントが補足説明をする。


「帰還石がないことで攻略がかなり危険なものであることは分かっていた。更に、地下一階で中級のダンジョンの最深部に出てきてもおかしくないようなレベルのモンスターの出現を確認したところで、土中迷宮が全ダンジョンの中でも最高レベルの難易度のダンジョンだと判断された。もちろん、帰還石が使えない等の事情も含めた総合的な判断だ。ともかく、それが分かっているから冒険者も慎重になる。二階、三階降りたところで引き返す冒険者が大半で、彼らは無事に生還している。君もそうだな、ジン」


「危うきに近寄らずだ。発見されてすぐに潜ってみたが、危険すぎると判断してすぐに退却した。臆病だと笑う連中もいたが」


 ジンは目を閉じて思い出し笑いを噛み殺す。


「全員、死んでしまったよ、そういう連中はな」


 紛れもない、嘲りの色がそこにある。隠そうとしているのに、隠れようのない嘲りだ。


「俺以外は、だろう」


 部屋を見渡すように眼球だけを素早く動かしながらブラドが口を開く。この男から見え隠れする、猜疑心や慎重さがそのまま動作になって現れたようだ。


「ああ、そうだ、ブラド。紹介しよう、彼こそ土中迷宮の地下五階以降を知る唯一の生き残りだ」


 ベントが手を叩く。


「十階まで行ったところで、行き止まりで帰ってきたよ。俺以外は全員、目を離しているうちに死んでいた。降りる途中と帰る途中でな」


「その話は知っている。だから質問したんだ。斬ってかたがつく話ならいいが」


 また、ヘンヤがおそらくは無意識に刀を握るような仕草をする。


「行き止まりというのがどうも、気になってな。地殻変動の影響で入口付近が壊れているんだろう? ダンジョン自体の破壊の影響で、それ以降進むことができない、つまり攻略不能という可能性はないのか?」


「そりゃだいじょぶだと思うよん」


 モーラが自分の胸のあたりを叩く。


「詳しい話は専門的なことになるから省くけど、ダンジョンの入口付近が壊れているのは、他が全く壊れなかったからだからね、多分。ダンジョンっていうのがあまりにも頑丈過ぎたから、どこも殆ど変形しなかったわけよ。んで、地殻変動の凄まじい力がダンジョン全体にかかったんだけど、どこも変形せず、つまり力が逃げていかずに、多分構造上一番力が集中し易かった入口付近に全部集まって、耐えきれずに」


 ばん、とモーラは両手を使って爆発するゼスチャーをする。


「ちなみにこれ、うちだけじゃなくて、何人かの専門家との研究で出た意見だからね。念のため言っとくけど」


「そこのモグラ女の援護をするわけじゃないが、そいつの言うことは多分正しい。入口付近は破壊されて土が入って酷いもんだが、降りて行けば綺麗なもんだ。ごく普通のダンジョンだよ。行き止まりではあったが、多分あれは仕掛けがあったんだと思う。けど、半数が訳の分からない死に方した後だ、じっくり仕掛けを調べる気にもならなくてな。俺達生き残りは帰ることにしたわけだ」


「妙な死に方?」


 引っかかった俺が疑問を口に出すと、


「一人一人、死んで行った。あれは何だったんだろうな。今でも分からない。シャドウだったか、時空を操るモンスター、ふん、馬鹿馬鹿しいが、それを信じたくなる気持ちは分かる。仲間の一人が突然消えて死体になっていたり、怯えて小部屋に閉じこもった挙句、誰もいない筈の部屋で死んでいたり。不思議だったな」


 その内容よりも、むしろそれを夢見るような顔つきと声で言うブラドに俺は背筋を凍らせる。

 あるいは、仲間の死すらもいい思い出、懐かしい冒険譚として処理してしまうのが冒険者の性なのか。俺には分からない。


「それくらいでいいだろう、とりあえず簡単な説明でいいんだからな」


 ベントが大声を出して、ブラドの述懐は止まる。


「では、ここで最終確認をとるとするか。土中迷宮、帰らずの地下迷宮の攻略依頼、諸君は受けてくれるかな? そんな危険な依頼は断るという者はこの場で言ってくれ」


 言い放ちながら、ベントは誰もそんな者がいないと信じる不敵な微笑みを緩んだ頬に浮かべる。

 そのベントの予想は裏切られない。


 ブラドとジンは笑っている。

 シロナとキジーツ、ウォッチは表情を変えない。

 ヘンヤと俺の隣のエニは険しく目を尖らせる。

 そして、誰もが依頼を断らない。


 俺も、やめますとは言えない。が、俺の場合は単に誰もやめると言わないから自分からも言えなかっただけだ。元日本人の同調気質が出てしまった。もし、誰か一人でも依頼を受けないと言えば俺はそれにすぐさま乗っかっただろう。


 だが、とにもかくにも。

 それぞれの思惑は置いておいて、俺達予選突破者は全員が帰らずの地下迷宮に挑むことになる。

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― 新着の感想 ―
[一言] これで帰還もできない、ダンジョン自体をクローズドサークルに仕立ててるんですね。 ミステリーとファンタジーの融合、すごく面白いです。 そういう作品自体は昔からあるとのことでしたが読んだことない…
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