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攻略計画(1)

 屋敷に着いた時には夜だった。

 奇妙なことに、そのシンプルすぎるほどシンプルな屋敷は、日の光の下で見るのと月明かりの元で見るので全く印象が変わらない。あまりにもシンプルすぎるその屋敷は、ただ屋敷であるという印象しか持たせないのかもしれない。日の光の下の明るさも、夜の不気味さもない。


 ハントの案内で屋敷を通った俺達は、予選について伝えられた広間を抜けて、その奥にある客間に通される。

 客間と言っても大きな銀樹製のテーブルといくつもあるソファー以外には、何の変哲もないただの広い部屋だ。


「ああ、よく来た、座ってくれ」


 客間で待っていた、体を羊毛らしいバスローブに包んだベントが迎えてくれる。


 そして、俺達は思い思いの場所に座る。なんとなく、俺とエニは同じソファーに座る。


「今夜はうちの屋敷に泊まってくれ。私は元々冒険者の真似事もしていてな、そんな私からすればあの予選をクリアした君たちは尊敬すべき友だ」


「どうぞ」


 俺達を客間に案内してからふっと消えていたハントがいつの間にか舞い戻り、片手にはいくつものグラスを載せた盆、もう片手にはボトルを持っている。テーブルに盆を置き、俺達にグラスを配ってから、ボトルから琥珀色の液体を注いで回る。


「うちの蜂蜜酒は国内はもちろん、他国からもわざわざ行商人が買い付けにくる逸品だ。まず度数が違う。他の酒のように薄めていないからな」


 機嫌よく言うベントはハントを含む全員の手に蜂蜜酒がいきわたったのを確認してから、


「それでは、まずは飲もう。乾杯」


 ベントの音頭で、全員がグラスを傾ける。


「さて、あの予選を潜り抜けた猛者同士、もう自己紹介は済んだのか?」


「するわけないだろ、そんなこと」


 雇い主になるであろう相手に対して平気でため口で話すのはジンだ。


「ふむ、そうなのか、もったいない。馬車での道中や古城の最深部など、話す機会はいくらでもあったろうに」


「どっかの馬鹿が気絶してましたので」


 よせばいいのにエニが横目で俺を冷やかすようにする。


「まあ、すいません」


 が、気絶していたのは確かで、そのために皆を待たせたようなのでそこは謝っておく。


「ああ、まあいい。それじゃあ、ちょうどいいから私から全員を紹介させてもらおう。ハントから早馬で報告を受け取ってから、諸君が着くまでずっと諸君らの経歴を改めさせてもらっていた。いや、全員猛者揃いで、経歴を見るだけでも面白かったよ」


 早くも酒が回ったのか、ベントの丸い顔が赤く染まる。


「まずは君だ。ヴァン・ホームズ。名前は皆知っているな。有名人だ。よく来てくれた。別名が革命家ヴァン。冒険者ではなく探偵だ。パンゲアの七探偵の一人」


「ど、どうも」


 紹介され、俺は立ち上がった全員に一応会釈をする。

 気恥ずかしさのためか酔いが回ったのか、自分の頬が熱い。

 多分、両方だ。特に蜂蜜酒が、ベントの言葉通り、かなり強い。


「そしてその隣にいるのが、エニ。まだ若いが炎術師としては有名だな。冒険者一家で、幼い頃から炎術師として活動していた。生まれは、確かこの国だな」


「ええ」


 ほんのりと頬を染めながら、エニはまた一口蜂蜜酒を口に運ぶ。


「ジン。君のような高名な冒険者が参加してくれるとは心強い。どんな状況にも対応できるベテラン冒険者。一時期冒険者をやめて教会に雇われたという噂があったが?」


「さあて。俺は稼げるところに行くだけだな。ただ一つ言えるのは、俺が参加する限り、今回の仕事の成功は間違いないってことだ」


 グラス片手に偉そうなジンに俺はちょっと腹が立つ。

 なんだあいつ、あの事件の時には何もできずに右往左往してたくせに。


「いや頼もしい。それから、ああ、君については資料が見つからなかったんだ。謎の男だな。ウォッチ・ホウオウ」


 ベントの顔が向けられたのは、部屋の隅で佇んでいる長身の男だ。本当に背が高い。優に二メートルは超えている。巨人族の血が反映されているらしい。

 その長身を灰色のマントで包み、背中に身長と同じくらいの長さの槍を担いだ男は、言葉と顔を向けられても何の反応もせず、ただ機械的にグラスを傾けている。


「だがあの予選を潜り抜けたのだから力が本物なのは証明されている。期待しているぞ」


「承知」


 短髪と角ばった顔、眉間に刻まれた皺から連想されるのと寸分違わない、低く重い声でウォッチは短く答える。

 まだ若いようだが、雰囲気が老成しているために本当の年齢がよく分からない。


「ところで、姓があるということは貴族かな? ホウオウという字面からすると、イスウの出身らしいが。不勉強でまだホウオウ家については知らなくてね」


「今はもうない家だ」


「ああ、これは悪いことを聞いた」


 謝るベントとウォッチのやりとりを、あの着流しの男が目を細めて観察している。


「そうだ、イスウの出身と言えば君もだな。ヘンヤ」


 紹介されて、着流しの男、ヘンヤは視線をウォッチから外す。


「ああ、そうだ。俺は平民だがね」


 引きつるような笑みを浮かべるヘンヤ。


「だが有名人だ。厳密には君は冒険者ではないのだな。今回がダンジョンに潜るのは初めてか?」


「ああ、武者修行の一環だ」


「素晴らしい。イスウの王家指南役、セキウン殿の高弟が参加してくれるならば心強い。セキウン流免許皆伝の腕、見せてもらおう」


「はっ、免許皆伝ね」


 嘲りの表情で呟くヘンヤの目は、なぜかまたウォッチを向いている。


「医術師のシロナ。我が国の出身で、一時は宮廷医師への誘いまであった才媛だ。それを蹴って医術師として全国を渡り歩くなんて、最初に聞いた時は私も驚いたものだが、そっちでも大成功しているようで何よりだ」


「どうも」


 酒を飲んでも変わらずに真っ白い顔のまま、シロナは座って会釈をする。


「モーラ。お前とは古い付き合いだな。冒険者というより、穴掘り屋として、だが。昨年は世話になった」


「気にしなくっていいわよ、あはは」


 顔を真っ赤にして上機嫌に笑うのは、小柄な少女だ。いや、ベントの言からすると、見た目は少女だが実際にはそれなりの年齢なのだろう。ホビットの血か? いや、違うな。穴掘り屋、ディガーだとするとドワーフの方だろう。

 穴掘り屋、ディガーとはその名の通り穴を掘るのを職業とする。トンネルを掘ったり、あるいは鉱山開発をしたり。地面のスペシャリストと言っていい。かつては鍛冶を得意とするドワーフの多くが就いていた職業で、現在もドワーフの特徴を持つ人間が好む職業と聞く。


 モーラは小柄な女で童顔で、赤褐色の巻き髪とだぶだぶのつなぎがどこか修理工を思わせる。

 今は大きな鞄を床に置いているが、置く時にずしりと重い音がしたのを覚えている。おそらくつるはしだとか、そういう重量のある器具を入れているのだろう。それを彼女が客間に入るまで軽々と片手で扱っていたのも憶えている。

 おそらく、尋常な膂力ではないのだろう。


「うちにとっては穴を掘るのもダンジョン潜るのも一緒だからさー、こういう機会があって嬉しいのよね。ベントの旦那が関わるってことは、よっぽど大きな仕事なんでしょ、楽しみだわね」


 ぴょんぴょんと小さな体で跳ねるモーラを見て、ベントは苦笑する。


「ふふ、ディガーとしても冒険者としても腕が一流なのはよく知っている。今回もよろしく頼む。そして、キジーツ。探偵も募集したから、ひょっとしたらジャンゴ一門の誰かが来るかとは思っていたが、まさか君が来るとは。色々と噂は聞いているが、実際に会うのは初めてだ。よろしく」


「よろしく」


 初めて聞いたキジーツの声は抑揚が不自然だ。棒読みとでも言えばいいのか。羽飾りで全身を飾った男は、手にグラスを持っただけで、一口も酒を飲んでいないようだ。

 キジーツは、ずっと誰とも目を合わさず、グラスに注がれている黄金色の液体を、不思議そうに眺めている。


「ブラド。長年の友人でもある君が残ってくれて嬉しいよ。君は我が国のトップクラスの冒険者であり、私の事業の協力者でもあった。息子の冒険者としての教育係もしてくれていた君ならば信頼できる」


「もう子守はごめんですがね」


 気分よさそうに体を揺らすブラドのグラスは既に空になっている。


「以上九人が私の仕事に協力してくれるパートナーということだ。いや、こんな優秀なメンバーが集まって実にありがたい。神に感謝せねばな」


「父上、そろそろ」


 真っ赤な顔で熱弁するベントに、ハントが静かに促す。


「うん? ああ、そうか、そうだったな。これはすまん。仕事の話をするべきか」


 一息に蜂蜜酒を飲み干すと、


「では、選ばれし精鋭である諸君に頼みたい仕事を説明しよう。といっても、腕利きの冒険者を集めてすることだから、やって欲しいのはダンジョンの攻略に決まっている。実は、私が最近、大枚をはたいて購入したダンジョンがあってね、そこを是非攻略して欲しい」


「妙な話だな。攻略して、中で手に入れた宝を洗いざらい持って帰って欲しいってことか? 固定給で?」


 ジンが首を捻る。


 そうだ、どうも話がおかしい。

 もしそのダンジョンが高難易度なら、放っておいても熟練の冒険者達が乗り込むだろう。帰還した彼らと取引すればいいだけの話だ。

 それとも、そのダンジョンの中に絶対に手に入れたい何かが眠っているというのが分かっているとか?

 けど、ベントの言い方だと、アイテムは関係なく、ただ単に。


「いや、攻略だ。もちろん、攻略した証拠としてアイテムや最深部までのマップは必要だが、要は諸君らがそのダンジョンを攻略したという事実さえあればいい」


「何だそりゃ? 未攻略のダンジョンはまだ数は少ないけど存在する。けどよ、そのダンジョンはまだ攻略されていないから、何つうんだ、ブランドがあるわけだ。最深部には見たこともない宝があるんじゃねぇかってな。勝手に攻略される分にはともかく、持ち主が大枚はたいて攻略させようなんて聞いたこともねえぞ。集客力が減るだけだ」


 続けざまのジンの突っ込みに、


「いや鋭い。さすがは百戦錬磨のジン。そうだ、普通はその通り。だが、諸君に攻略して欲しいのは普通のダンジョンではなくてな。諸君らのうち数人は因縁もあるダンジョンだが」


 一度言葉を切ってから、ベントは大いなる秘密を打ち明けるかのように声を潜める。


「『土中迷宮』、いや、こちらの呼び名の方が通りがいいか。『帰らずの地下迷宮』だ」


 その言葉が出た瞬間、客間の空気が変わる。


 ジンは絶句し、ひげを撫でる。その両目は険しく吊っている。

 エニは体を強張らせ、唾を飲む。

 全く動かないのはキジーツ。だが、その握っているグラスに小さくひびが入る。

 ヘンヤはウォッチを見たまま何かを思案するように口を手で覆い、そのウォッチは目を閉じて深く息を吐く。

 モーラが目を見張って驚いている。だが、口には僅かに嬉しげな笑みが。

 シロナのローブで隠れた表情を読み取ることはできないが、その体が一瞬硬直したのは分かった。

 そうして、ブラドは天井を睨んでいる。睨みつけている。そこに何か敵が存在するとでも言うように。


 異様な周囲の様子を見回していた俺は、同じように観察していたハントと目が合う。

 静かな目だった。こちらの内心を覗き込むような。


「君達には、帰らずの地下迷宮を攻略してもらう」


 改めて、ベントが宣言する。

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