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予選(2)

「はい。ここからは一本道だから」


 ブラドとの邂逅から一夜明けて、俺とエニは一方通行の壁の前に立っている。


「見れば分かる。一本道の上に一方通行なんだろ」


 透き通った一方通行の壁の向こうには一本の道が続いており、そしてまた一方通行の壁、その道の奥にまた一方通行の壁、そしてまた……といったように延々と一方通行の壁と一本道が続いている。


「そうそう、ここが石の古城の名物みたいなもんだから。最深部の一つ前の一本道。腕に自信のある冒険者は余裕で歩いていくんだけど、あたし達は走り抜けるわよ」


「え、何かあんの?」


「モンスター祭りだから。熟練者でも、一人で通るとなると、ここはちょっときついわね」


 懐から瓶や袋を取り出して、エニは準備を進めている。


「モンスター祭りか……けど、俺達の場合は一人じゃなくて二人だよな」


「うーん、あんたは熟練の冒険者の半分くらいとしてカウントした方がいいわね。経験がないし。だから、正確には1.5人かな」


「……ああ、そうですか」


 俺も剣を抜く。剣技にはあまり自信はないが、そんなことを言ってもいられない。

 身体強化の魔術も準備しておく。

 いつでも来い。


「さあて、じゃあ、行くわよ。ここを潜ればゴール。晴れて本番に出場決定、だけど」


 ステップを刻みながらエニはちらりと横目を俺にやって、


「あたし一人でもここからラストくらいまでなら行けるから、危なくなったらさっさと帰りなさいよ。足手まといを気にしてる余裕はあたしにもないし」


 心配してくれているらしい。


「ありがとう」


 素直な俺は礼を言う。


「はっ、はあ!? 何でそこでありがとうなのよ、意味わかんないっ」


 顔をそむけたエニは、


「じゃ、行くわよ、1、2、3っ!」


 と、照れ隠しとばかりにカウントをとってから、エニが一方通行の壁を通り抜ける。


 俺も、身体強化すると同時に駆け出す。


「うおっ」


 壁を通り抜けた途端、狭い通路に突然モンスターが湧き出す。その数は十や二十じゃない。狭い通路がモンスターであふれかえる。


「突っ込むわよ」


 足を止めず、そのモンスターの群れに突っ込むようにしながらエニが瓶を投げつける。

 群れの中心で瓶を中心に爆発が起こり、モンスター達がなぎ倒されていく。倒しきれていないが、もともと目的はモンスターを倒すことではない。ただ、前方に道を作ることだ。

 爆発でできた道をエニは走り抜ける。すぐにモンスター達が群がってくる。また、袋や瓶を投げつける。その度に、爆発や高温の炎がモンスター達を襲う。


 それでも、炎に耐性のあるモンスターや運よくエニの攻撃を潜り抜けてきたモンスターが襲いかかってくる。


 そいつらを狙って、俺は剣を振り回す。倒せなくていい。怯んでくれさえすればいいのだ。

 剣が届きそうにないモンスターに対しては、風の魔術で吹き飛ばすようにする。もちろん、俺といえども即席の魔術だけでモンスターを倒すことはできない。どちらかというと、押すイメージだ。空気を使って押す。少しでも俺とエニから距離をとらせる。


「助かるわ」


 呟きながらエニは次の壁を通り抜ける。またしてもモンスター。投げつけられる小瓶や袋。俺は剣を振るい、魔術を使う。


 その繰り返し。


 だんだんと余裕のなくなっていくエニはせっぱつまって至近距離で爆発炎上をさせることが多くなり、髪や肌が焦げ始める。


 俺も必死で剣を振るう腕の動きが鈍ってくる。強化して酷使しすぎたらしい。その分剣筋が荒くなり、仕留めきれないモンスターが俺とエニに襲いかかる。


「くそっ」


 それでも、足を止めるわけにはいかない。

 風の魔術で吹き飛ばすが、魔術の精度も落ちてきている。モンスターの牙が、爪が、武器が俺とエニの皮膚を割く。

 鋭い痛み。何とか深い手傷を負わずに済んだことに感謝しながら、走り抜ける。


「あとちょっとよ」


 この絶体絶命の中も、エニの表情には焦りがない。


 これで中級向けのダンジョンか。ひょっとして、これなんて冒険者にとってはピンチの中には入らないってことか? 嫌だな、どんどん本番に参加する気が失せてくる。ちょっときつい、なんてもんじゃないだろ、これ。


 思いながら限界まで両足を強化して、腿の肉が千切れんばかりに動かして走る。

 モンスターの群れの向こうに、開けた場所が見える。一方通行の壁の向こうだ。あれが、ゴールか。


「しゅっ」


 液体の入った瓶をエニが投げつけ、爆発が起こる。


「こっから先は強行突破よ」


 ラストスパートだ。


「エニ!」


 剣を近づいてくる猿のようなモンスターに向けて投げつける。それが命中したかどうかを確かめることすらせず、俺は空いた手でエニを抱き上げる。


「きゅっ!?」


 エニが変な声を出す。


 もう、この後どうなってもいい。

 それくらいの覚悟で、全身を限界まで強化して、俺は疾走する。


「ぎゅ、ぐ、え」


 肺が押しつぶされそうだ。喉の奥から異音がする。全身がばらばらになろうとしている。

 それでも、全力で走る。あとちょっとなんだ。


「ちょ、ちょっと」


 文句を言おうとするエニ。


 黙れ。強行突破なら、こっちの方が都合がいいだろ。


 爆発で崩れたモンスターの陣形を、モンスターを縫うようにして走り抜ける。

 全身が痛い。多分、傷だらけだ。


「ぐ、あ、あ」


 視界がちかちかと光る。その中を、俺は滑り込むようにして最後の一方通行の壁を通り抜ける。

 途端、モンスターの気配が遠ざかった。

 やった、ここはキャンプと同じ、モンスターが湧かない、入ってこれない場所なんだ。


「よし」


 小さく呟いた俺はそれでも急には止まれず走り続け、足は動いているのに意識の方が遠のいていく。


 バランスを崩した俺が最後に見たのは、慌てた顔で地面に着地するエニと、そんな俺とエニを呆れたような顔で見る数人の男女だ。

 ジンにブラド、真っ白い女の人もいるし、あ、キジーツもいる。あの着流しの男も。

 そんなことを思いながら、衝撃と同時に俺は意識を失う。




 目を覚まして、初めに見たのは心配そうに覗き込むエニ。

 倒れていることに気が付いて、俺は慌てて飛び起きる。


「あ、起きた」


 瞬時に呆れ顔に切り替えたエニが呟く。


「ここ、は」


 混乱する。

 意識を失う直前に滑り込んだ広間、のように見えるが、あの全身の痛みがない。おまけに、傷もない。


 自分の体を確認している俺を見て何を混乱しているのか察したらしく、


「治療してもらったのよ、シロナに」


 とエニが説明してくる。


「シロナ?」


「私」


 短く答えるのは、あの全身が真っ白な少女だ。純白のローブで全身を隠してはいるが、そこから覗く肌も髪も真っ白い。


「医術師」


 短く補足するシロナに、


「ああ、なるほど、それはどうも」


 俺は頭を深く下げる。


 医術師というのは、ほとんど医者や医師と同じ意味だ。ただ、診療所で人を診察、治療するのではなく、機材や薬品を持ち歩いて現地で行う。特に、戦場やダンジョン内で。


「報酬はもらっているから」


 ふい、とシロナは顔をそむける。


「報酬?」


「私が依頼した。君が苦しんでいては話が進められないからね。とはいえ、やれやれ、君が気絶していたおかげで、試験が終了したというのに三十分も待たされた」


 品のいい顔に苦笑を浮かべるのは、屋敷でベントの隣にいた息子、ハントだ。


 終了、という言葉に俺は周囲を見回す。

 そこには、数人の男女が佇んでいる。どれもこれも、雰囲気からしてただものじゃあない。


「にしても、馬鹿ね。あんな無茶するなんて」


「いや、だって、ピンチだっただろ」


「そこまでピンチってわけじゃないわよ」


 とエニは紫色の液体の入った小瓶を数本取り出す。


「高いから使わなかったけど、これを使えばあれくらいのモンスター全員消し炭にできるし」


「え、そうなの?」


「あれくらいで焦るなんて、冒険者としては駆け出しもいいとこよ」


「実際、俺駆け出しだからしょうがない」


「しょうがない、じゃないわよ」


 エニのげんこつが俺の頭を襲う。そんなに痛くないけど。


「ったく、馬鹿」


「悪かったよ」


「……っていうか、そんなにピンチだと思ってたら、どうしてさっさと帰還しなかったのよ」


「だって、エニがいたし。俺が帰還した後でエニも帰還するかどうか分からないだろ」


 こいつのことだから意地を張って一人でも突撃して、その挙句死んだら夢見が悪い。


「はぁ!? あたしのことを心配するなんて百年早いわよ、馬鹿」


「おい、夫婦漫才はそれくらいにしろよ」


 にやりと笑って言うのはジンだ。


 その言葉に俺は青くなる。


「お、おい、冗談でもそういうこと言わないでくださいよ。キリオが聞いたらどうするんですか?」


「は? キリオって誰?」


 エニの目つきが鋭くなる。


「あん? お前、あいつと付き合ってるのか?」


 ジンもきょとんとした顔をする。


 しまった、超やぶへびだ。


「そこまでだ」


 ぱんぱん、と手を叩く音が広間に響く。呆れ顔のハントだ。


「ヴァン君が起きたところで、まずは帰還するとしよう。続きは、私の家の屋敷で」


 言うが早いか、ハントの姿が消える。


 ほぼ同時に全員が消えていく。


 後に残ったのは俺とエニ。


「ああ、ここ、一方通行だから出口ないのか」


 俺はそんな抜けたことを今更口にする。

 恰好つけて帰還石に触れずに進まなくてよかった。詰んでたかもしれない。


「ヴァン」


「ん?」


「馬鹿」


 憎らしい顔をして暴言を吐いて、言い返す前にエニの姿が消える。


 俺は頭をかく。

 まあ、馬鹿だな。

 仕方なく、俺は一人でため息をついて、


「帰還」


 と、唱える。

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