予選(1)
翌日、俺達が案内されたのは屋敷から馬車で二時間程度の場所にある、石造りの古城だった。
トレジャー家の領地の端にあるこの古城のことは有名だった。地下に潜るタイプじゃないダンジョンは珍しいからだ。
そう、実際の話、それは遠目からは森の中にある古びた城にしか見えない。だが、馬車が近づくにつれて少しずつその城の奇妙な点が目につくようになった。
古びているのにその城はどこにも欠けず風化せずひびすら入っておらず、そして何よりも正面についている扉以外に一切の出入り口がない。
ダンジョンの特徴そのものだ。入り口が一つで、決して破壊できない外壁で囲まれた領域。
やがて馬車が古城の前に着くと、参加者は全員ベントの前に集められた。
「さて、諸君も冒険者なら知っているだろうが、ここは『石の古城』と呼ばれる、数少ない城型のダンジョンの一つだ。ここで予選を行う」
参加者が揃うなり、一秒でも無駄にしたくないとばかりにベントが言い出した。
相変わらずの腹から出している大声に、背中にある古城も震えているように見えた。
「予選の内容は簡単だ。いいか、先着順だ。このダンジョンの最深部に、わしの息子を待機させておる。そこに到達したものを先着順で予選合格とする。ここで、先着何名までを合格とするかは発表せん。残り人数が少なくなって、焦って参加者同士で殺し合いでもされてはかなわんからな」
ぎろりと、剣呑な光を宿した目でベントが参加者達を睨み回した。
「いいな、わしが欲しいのは優秀な人間。この予選で殺し合いをする奴などわしの欲しい人間ではない。肝に銘じておけ」
「質問だ」
和服のような藍色の服を着た男が静かに口を開いた。
見た目からして、二十代後半から三十代前半、いや、四十代にも見えた。あるいは、もっと若いのかもしれなかった。
あの服装、あれはイスウのものだ。
イスウでは、いわゆる着流しが伝統的な衣装だ。最初に資料を見た時は、前の世界の和服そのものだったので驚いたものだった。
藍色の着流しと、それよりも少しだけ淡い藍の帯を腰に巻いただけの姿のその男は、ぼさぼさの黒髪を無造作に紐で巻いて束ね、それを肩に垂らしていた。
肌は青白くキツネ顔で、体格は小柄で痩せているが、着流しの袖から先の腕、特に指は異様な太さだった。
静かな口調とは裏腹に、その男の目は猜疑心に満ちて油断なく常に動き、鼻と口の辺りには傲慢さが見え隠れしていた。声も、どことなく人を馬鹿にしたような響きがあった。
「石の古城は、中級者向けのダンジョン。熟練した冒険者ならば、一人でも十分に最深部に辿り着くことができる。このダンジョンで先着順になると、単なる駆けっこになるんじゃないか?」
この古城は城の形をしているという意味で珍しくはあるが、逆に言えばそれだけのダンジョンだ。難易度も高くなく、珍しいアイテムが発見されたということもない。
もう冒険者に隅々まで調べ尽くされ、新しい発見なんてありえないダンジョンだ。
「ダンジョンの最深部まで行くのが単なる駆けっこか。ふふふ、なるほど、頼もしい」
腹を揺らしてベントは笑い、
「確かに、諸君のような優秀な人間にはこのダンジョンなど障害ですらないかもしれん。だから、このダンジョンを踏破するのに、一つ条件を付けたい」
笑みを消すと、ベントは猪のように獰猛な表情になった。
「帰還石の使用を禁ずる。帰還石を使った時点で失格だ」
その宣言に、質問した着流しの男はもちろん、全員が息を飲んだ。
なるほど、と俺は素直に感心した。
先着順プラス帰還石の禁止とは、うまいことを考えたものだ。
帰還石とは、ダンジョンの入口付近に必ず設置されている聖遺物だ。
見た目としては、床がそのままなだらかに盛り上がってできている台座に、人間の頭大の丸いクリスタルが乗っているのだ。そのクリスタルは吸い付いているように台座から動くことはなく、剣を叩きつけても魔術で爆発させても傷一つできることはない。
帰還石の役割はごく単純な、しかし重要なものだ。
その石に手を触れて『同期』すると、そのダンジョンにいる限り、帰還石の場所まで瞬時に戻ることができる。つまり、入口付近まで帰還できるわけだ。帰還するには、ただそれをイメージすればいい。帰還、とかリターン、とか口に出してもいい。要するに、魔術と同じだ。
命の危険が差し迫った時に瞬時に入口付近に戻れることによって、冒険者が命を落とす危険は大幅に減っているわけだ。
更に、帰還石があることによる安心感も馬鹿にできない。ダンジョンの中での一挙一動には命がかかっている。そんな中で、何の保証もなければ恐怖と不安でがんじがらめになって身動きがとれなくなるかもしれない。だが、いざとなれば戻れる、という保証が、人を動かす。冒険者が勇敢にもダンジョンを攻略していくのは、帰還石があるからこそでもあるのだ。
その帰還石を使用すれば失格とすると、いくら先着順とはいえ危ない橋を渡ってまで早く先に進もうとする手が使えない。一回勝負だ。自然と慎重になる。
慎重に、自分の実力だけを頼りに中級のダンジョンを先を急いで攻略していかなければならない。なるほど、これは確かに冒険者の実力を計るにはなかなか悪くない試験だ。
「もちろん、命の危険に晒された時には自己判断で帰還石を使用してもらわなければいけないから、同期だけはしておくように。それでは、開始だ。今、ここから」
唐突にベントが言って、参加者達はしん、と静まり返って戸惑った。
だがそれは一瞬。
次の瞬間には、怒号と共に冒険者達が城の扉に殺到した。
「うわあああ、凄いな」
半分呆れてその場に突っ立っていると、ほとんどの冒険者が城の中に入っていってから、エニがひょこひょこと近づいてきた。
「なあにぼーっとしてるのよ」
「いや、一緒に突撃する気にはなれなくて」
「ま、それは同意だけどね。大体、ここで一分一秒を争ったってそんなに意味ないし。ダンジョンなんて、長かったら一か月単位でキャンプを張りながら攻略するものだしね。今回は中級だし競争ってことを考えたら、リミットとしては一週間以内、いや、三日か四日かなあ」
「マジ? 俺、一応半月くらい分の食糧とかも持ってきたんだけど」
背負ったリュックには食糧と寝袋、その他消耗品がいくつも詰まっていた。
「意味ないわね。というか、熟練の冒険者ほど持ち込むものは最小限にするものよ」
エニが言うように、誰も俺のような大荷物を持っている者はいなかった。
「そういうものか?」
「ま、それは帰還石でいつでも戻れるって前提があってのことだろうけど。今回、違うっていうのにそこらへんの感覚のずれに気づかずに突撃していく参加者が多いわね。ひょっとしたら、案外あんた一人でも予選勝ちぬけたかも。臆病者が勝ち残るのが冒険者の鉄則だから」
「へえ、じゃあ、協力関係解消する?」
冗談のつもりで俺が言うと、
「あら、べっつに構わないわよ」
完全にエニが拗ねた顔になった。
「嘘だよ嘘」
「くだらないこと言ってないで、行くわよ」
「だな」
俺達二人は連れ立って、ようやく城に向かって踏み出した。
まだ参加者がひっきりなしに通っているために開けっ放しになっている扉から、その奥が見えた。
「あれ?」
見ると、誰もが帰還石には触れることなく、奥へ奥へと進んでいた。
「皆、この程度のダンジョンでは帰還石なんて絶対に使わないって意思表示かな、すげえな、雇い主の指示でも逆らうとは。自信と反骨が半端じゃないな」
「探偵なのに馬鹿なの? ほとんどの参加者がこのダンジョンを攻略したことがあるから、もう同期済みってだけでしょ。あたしだってそうだし」
「あっ、そっか。でも、誰も触ってないのに俺だけ触るのも臆病っぽくてやだな」
「げっ、何の見栄よ、それ。だっさい」
「ださい?」
「超ださい。危険なのが格好いいと思ってるわけでしょ」
「確かにそう考えると超ださいな」
同意して、俺はちゃんと同期した後、エニと一緒に石の古城に挑みかかった。
そして、冒頭に戻る。
石の古城二日目。
ダンジョンには必ず数か所存在する、モンスターの出てこない広間、冒険者にはキャンプと呼ばれている広間で一夜を明かした後、俺とエニはモンスターを倒しながらひたすら突き進んでいた。
俺が大量にアイテムを買い込んでいるのでそれなりに大胆に行動できることもあって、俺達二人は結構な数の冒険者を追い抜いていた。
「結構いけそうだな」
「気を緩めたら死ぬわよ」
エニに釘を刺され、首をすくめる。
「にしても、迷ってるらしい参加者が結構いるな」
それが意外だった。
外観は古城といってもダンジョンなだけに、中は迷路のように込み入っていて、おまけに罠や仕掛けが満載だ。
特に驚いたのは一方通行の壁だった。話には聞いていたが、実際に見るのは初めてで、それは見た目はガラスの壁のように見える。向こうの景色が透けて見えるし、声だって聞こえる。そして、その壁は通り抜けることができるのだ。だが、一度通り抜けた後で振り返れば、そこには普通の壁があるだけ。戻ることはできない。一方通行なのだ。この一方通行の壁はダンジョンの基本的な仕掛けの一つで、これによってダンジョンの迷路は複雑になっているらしい。
が、とは言っても、このダンジョンは参加者のほとんどが攻略済みのはずだ。
今更迷ってうろうろしているらしい冒険者が多いことに違和感がある。
「攻略した時とは違うルートを通ってるからでしょ」
軽快な足取りのエニが答える。
「違うルート?」
ダンジョンの攻略ルートは一つでないことが多い。このダンジョンに複数のルートがあっても別におかしくはないが。
「どうしていつものルートとは違うルートで進むわけ?」
「だって条件が違うじゃない。急がないといけないし、帰還石使えないし。急いだり、遠回りだけど安全なルート行ったり。馬鹿よね、ほんと。どんな状況だろうと自分の信頼できる道を進むっていうのは鉄則なのに。無意識のうちにこのダンジョンを舐めてたのね、きっと」
そう言うエニは以前攻略したルートを堅実に進んでいるらしく、さっきからエニの案内の通りに俺達は進んでいる。
「おっ」
先に小部屋がある。が、その小部屋には先客がいる。
たくましい体をした、髭を生やした男だ。赤く染めたらしい皮の鎧に、長い髪も髭も真っ黒で、オーガの血が反映されているのか肌は浅黒く、牙らしきものもある。
男は十数匹のモンスターに囲まれている。ゴブリンにスライム、そして狼。どれも中級程度のモンスターだが、あの数に一人で囲まれたら命の危険がある。というより、俺だったら絶体絶命のピンチだ。
だが、俺もエニもその男に助太刀しようという気にはなれない。別にライバルだから、というわけではなく、少なくとも俺はその男の迫力に圧倒されているからだ。
男はモンスターに囲まれた状況ながらも牙をむき出しにして獰猛に笑い、そして両手で剣を担ぎ上げている。
並大抵の剣ではない。長さも幅も俺以上にある、大剣だ。俺だったら身体強化を限界までしても持ち上げることもできなそうなそれをしっかりと握り締め、男は笑っている。
「ぎっ」
睨み合いに痺れを切らしたのか、ナイフを持ったゴブリンが男に迫る。
次の瞬間、ゴブリンの上半身が消失し、小部屋に入ってもいない俺のところにまで剣風が届く。
男が、あの巨大な剣を一瞬で振り回したのだ。
「ぐがっ」
それを皮切りにモンスターが全方向から男に襲いかかる。
それを、
「ははっ」
笑い、男は台風の如く剣を振り回す。モンスターが斬り飛ばされていく。
「はっはははっ」
男の背中には、剣よりも巨大な、男の体がすっぽりと入るくらいの大きさの金属製の箱が背負われていた。まるで鋼鉄の棺だ。
あんなものを背負っている限り、背後からの攻撃など通じるわけがない。そして、背後以外にいるモンスターは、一瞬のうちに細切れにされていく。
「はっはあ」
斬撃の嵐の中を偶然にもくぐり抜けて、ゴブリンの矢が男の鎧に突き刺さる。そして、もう胴体のない狼の頭だけが、執念によってか男の腕に噛み付く。
まずい。
あの状態で、少しでも痛みで怯んでしまえば、大剣を扱いきれずにバランスを崩す。
思わず飛び出そうと身構える俺をエニが制する。
「ははは」
まるで、矢に射られたことも噛み付かれたことも気づいていないように、いや、実際に興奮して気づいていないのだろう、男は嵐を起こし続け、数秒の後には、モンスターの破片だけが残った。
「ふん」
敵のいなくなった男は動きを止めて、強烈な笑いはそのままに自分の体をようやく確認する。そして刺さった矢と噛み付いた狼に目を留めて、顔をしかめる。大剣を地面に投げ出すと、懐を探り、傷薬らしきものを取り出す。矢を引き抜き、未だ噛んだままの狼の頭を引き離してから、その傷跡に無造作に傷薬をふりかける。
「お見事」
そこでようやく、動き出したエニが小部屋へと入って行く。
「ん? ああ、エニ嬢ちゃんか」
顔を上げた男はエニ、そして俺に気づいて笑顔を作る。
だが、顔には笑顔、と言っても鬼のような笑顔だが、を浮かべながらも、微妙に近づいてくるエニと距離をとるように動いている。モンスター相手のダメージに気づきもしないような戦闘スタイルとは対照的な慎重さが見て取れる。
「もうここまで来たのか」
「こっちは二人組だからね」
「ああ、あんたは、ヴァンだな。探偵の」
「どうも」
迂闊に近寄ったら襲われそうな気がして、俺は恐る恐る歩いていく。
「この男はブラド。知ってるでしょ、有名だから」
「ああ、やっぱり」
エニの紹介に俺は納得する。
あの大剣を見たときに、そうじゃないかとは思っていた。
どんなモンスターに対しても、防御無視でただただ大剣を振るう大男。冒険者の中でも戦闘力が高く、かつ乱暴な男として恐れられている有名人だ。
近くで見れば、ブラドの全身には古いものやまだ新しいものなど、無数の傷跡がある。あの無謀な戦闘スタイルのツケだろう。
「ちょうどいい、一緒に行くか?」
片眉を上げて笑いかけてくるブラドだが、目が笑っていない。
「結構よ。あたし達は堅実に進むつもりだから。あんたのことだから、どうせ帰還石が使えなくても最短ルートを突き進むんでしょ」
「もちろんだ」
大笑いしてから、
「けど、ここでお前らが俺に追いついたってことは、お前らも結構な先頭グループってことだぜ」
「ねえ、実際の話、誰が合格すると思う?」
「さあなあ。合格人数が分からねえから、何とも言えないが、あれだな、先着十名程度だとしたら、そうだな」
牙を剥くような笑みを深くして少しだけブラドは考え込み、
「俺は当然として、城の前で質問してたあのイスウの男、あいつも入るだろうな。見ただけでも相当な腕だって分かる。あんなのがよく今まで埋もれてたもんだ。それから、冒険者復帰しやがったジンだな。あいつもだ。そつなくこなすタイプだから、こういう実力を試すような試験はもってこいだろ。あと、モーラの奴もいたな。あいつも合格するだろ」
「え、モーラいた?」
「いたよ。あいつは気分次第で服装とか髪型変えるから気づかなかったんだろ。あの穴掘り屋は合格だろうな。シロナもいたよな、確か」
「ええ、一度会っただけだから自信ないけど」
「全身真っ白な女なんてあいつくらいだろ」
名前に聞き覚えはないが、真っ白い少女のことは覚えている。あれがシロナか。
「あの、キジーツって、どうなんですか?」
どうしても気になるので、こわごわと俺が質問すると、
「知らねえよ、あいつの実力なんて。探偵だし。いかれてる、とはよく聞く噂だけどな」
ブラドは肩をすくめて、
「もちろん、お前らも合格するだろ。さて、そろそろ行くぜ。じゃあ、本番ではよろしくな」
顔をくしゃりとして笑いかけてから、ブラドは去って行く。
あまりその背中を追いかける気にはならず、俺はその場でブラドを見送る。
「中々危機察知能力高いじゃない」
同じように横に立っているエニがぽつりと言う。
「ん?」
「後ろから不用意に近づいたら、斬りつけられていたかもよ」
冗談かな、と思ってエニの顔を見るが、真剣そのものだ。
「あたしが一緒に行くのを断ったのも、怖かったからよ」
「え、親しそうだったのに」
「表面上はね。あいつ、あんなファイトスタイルの癖に、猜疑心が強いし、おまけに怪しかったらとりあえず斬ればいいって発想だから」
なにそれ、超怖いな。
「はっきり言って、あたしの知る限り用心しなきゃいけない冒険者ナンバーワンよ。実力はあるんだけどね」
ということは、俺がこの予選を通過したら、本番ではそんな奴と一緒に仕事をしなければいけないってことだ。
「棄権しようかなあ」
半分本気で呟いた俺を、エニは冷たい目でじろりと見て来る。
「あっ、じょっ、冗談だから」
命の危険を感じて愛想笑いをする。
最近、俺の周りにいる女の子が怖い。




