募集(3)
翌日に予選を行うということで、その場は解散ということになった。
ぶつくさ文句を言う冒険者は多かったが、交通費とその日の宿泊代、夕食代もベントが持つと分かったら全員喜々として屋敷を去っていった。
おそらく普段は泊まれないようなホテルに泊まり、食べられないような夕食を食べるつもりなのだろう。
こういう場合、俺みたいな公務員的な立場の人間は損だ。ここぞとばかりに贅沢するようなマネをすると、シャークの評判が悪くなる。
ということで、俺は近場にある小さな宿屋に泊まることにした。二階に数部屋の宿が、一階にちょっとした食堂がある本当に小さな宿屋だ。
「おっ」
日雇いの労働者で賑わうその食堂で、俺は赤い髪をした少女を見つけた。
トレジャー家で、ベントに話を振られて慌てながらも答えていた少女だ。
目が合った。
「ヴァン・ホームズ?」
いきなり名前を尋ねられて、
「うん、まあ」
曖昧に頷きながら俺は少女の向かいに座った。
「エニ。炎術師」
短く少女が自己紹介をしてきた。
これが、俺とエニの出会いだった。
「もっといい宿屋に泊まればいいのに」
当たり障りの無いところを喋ろうと、とりあえず俺はそこに触れてみた。
「いやよ。予選でしょ、だって」
「ん?」
意味が分からない。
「明日予選があるってことは、あたし達はライバルなわけ。同じとこに泊まったら何が起こるか分からないでしょ、毒盛られたりとか」
「げえっ」
思っても見なかった指摘に、俺は変な声を出してしまった。
「性格悪いな。普通、そんなこと考えるか?」
「あのねえ、冒険者っていうのは、基本的に性格悪いし汚いのよ。あんたみたいな上品な探偵様には分からないかもしれないけど」
「あ、確かに、そういえばそうかもな」
ジンの顔がはっきりと思い浮かんだ。
「まあ、皆、それを承知で高い宿と高い夕食をとることにしたんでしょうね。冒険者同士の足の引っ張り合いも、自分なら勝って抜け出せると信じて。冒険者なんて自信過剰な奴が多いから」
「それも分かる」
またジンの顔が浮かんだ。
「自信過剰なくらいじゃないと、ダンジョンに潜るなんて命知らずなことできないよね」
いやに冷めた調子で言うので、
「君、ええっと、エニは違うのか?」
「あたし? あたしは自信なんてないわね。ダンジョン潜る時は、常に死ぬかもしれないと思いながら潜ってるわ」
「なら、冒険者を辞めたらいいのに」
そこで料理が運ばれてきた。
肉と野菜を香辛料で煮込んだものと、固い丸パン。
「そういうわけにもいかないのよ。冒険者にはね、二つのタイプがあるの。一つは、さっき言った自信家タイプ」
エニはパンを割って煮込みに浸した。
「もう一つは、ダンジョンに取り憑かれたタイプ。あたしはこっち」
「憑かれたのか、ダンジョンに?」
「うん、もう、寝ても覚めてもダンジョンに潜ることしか考えられない。こんな新しい方法を試したらモンスターを倒せるだろうかとか、あのダンジョンを最深部まで潜るにはどうすればいいだろうかとか、一日中そんなことばっかり考えてるの」
病気ね、とエニは付け加えてからパンを口に放り込んだ。
「そんなにいいものなの?」
「やってみたら分かるわ。伝説の冒険者みたいに、聖遺物を持ち帰れるんじゃないかって期待、常に命の危険と隣り合わせの緊張感、モンスターを倒してアイテムを手に入れた時の高揚、最深部まで辿り着いた達成感、そして生きて地上に戻った時の解放感。全てが最高よ」
「そ、そうか」
うっとりとした顔をして語るエニに、ちょっと引く。
「そういえば、ヴァンはダンジョンは潜ったことがないの?」
「ない。探偵だからな」
探偵はダンジョンに潜るような職業じゃあない。
「けど、今回の仕事に参加するために、一応は色々と調べてはきている」
それに、調べ始めたら想いの外面白くて熱中してしまった。
「へえ、それじゃあ、あたしにちょっと教えてみなさいよ」
「何で?」
理由がない。お互いに。
「あんた、予選を勝ち抜く自信ある?」
「ない」
断言した。
冒険者に混じって、ダンジョンに対する付け焼刃の知識しかない俺が予選を勝ち抜けるとは思えない。
「協力しましょうよ。あんたなら、冒険者相手と違って裏切る心配なさそうだから、いいわ」
「俺と? 俺と協力してそっちにメリットあるか?」
自分で言うのもなんだが、ダンジョン関連でそこまで自分が役に立つとは思えない。
「あのマーリンの一番弟子とも言われる魔術の使い手で七探偵の一人の癖に、そんな謙遜は気持ち悪いわよ、やめて」
エニが顔をしかめた。
「悪かったな。けど、ダンジョンについては素人なんだぞ?」
「だから、どの程度予習してるのかを、ここで確かめてあげるって言ってるのよ」
上から目線がむかつくが、協力してもらえるならそれに越したことはない。
俺はこの仕事に向けて仕入れた知識を披露することにした。
ダンジョン。
精霊暦成立以前からこの世界に存在したとされる、聖遺物によって構成された建造物。
ダンジョンを潜る、という言い方をするところからも分かるように、大抵は入り口が地表にあり、そこから地下へと潜っていくことになる。
聖遺物が全てそうであるように、ダンジョンも各国が全力で研究をしているにも関わらず、その仕組み、実態についてはほとんど謎に包まれている。
無限に出現するモンスターとアイテム。どのダンジョンにどのモンスターが出るのかは固定されており、深く潜れば潜るほど出現するモンスターは手強くなっていく。モンスターは何故かダンジョンから外に出て暴れるということはない。ダンジョン内部の侵入者を襲うだけだ。
ダンジョンによって当然ながら難易度は変わり、そして同じダンジョンでも深く潜れば潜るほど難易度が上がる。難易度が高ければ高いほど、手に入るアイテムは貴重なものになる。
そんなわけで、遥か昔、それこそ精霊暦以前から冒険者という、ダンジョンに潜って生計を立てる職業は存在していた。幸運と実力を併せ持つ一握りの冒険者は、ダンジョンの奥底から聖遺物を持ち帰り、莫大な富と名誉を手に入れた。
そうやって持ち帰られた聖遺物は絶大な力を持ち、聖遺物をいくつ所有しているかが国力の差としても現れるほどだった。
聖遺物でなくとも、難易度の高いダンジョンの奥深くではかなり貴重なアイテムが手に入り、高値で取引されている。またダンジョンに潜るために冒険者が装備を整えたり消耗品を揃えるのでも中々の金が動く。
ベントがやったように、それを利用すれば巨万の富を生み出すことができるし、ただダンジョンのある土地を所有して、冒険者からダンジョンへの入場代をとるだけでも結構な利益を出すことができる。
荒地と肥沃な地では、同じ広さでも当然ながら価値が異なるが、その土地にいくつダンジョンがあるかも土地の価値を決める重要な要素だ。トレジャー家などは金にあかせて土地を手に入れたが、もっと広大で発展した土地を手に入れるのに十分な金を使って、狭い荒地を手に入れた。その理由は簡単で、そこに人気のあるダンジョンがあったからだ。そして、そのダンジョンの管理と冒険者相手の商売で、土地を手に入れるのにかかった金をあっという間に取り戻している。あのベント・トレジャーという男はダンジョンに関係する金稼ぎについては天才的と言わざるを得ない。
「とりあえずこんなとこかな」
俺が語り終えると、エニは眉間に皺を寄せて、
「んー、どうも、本で軽く齧っただけの、薄っぺらな知識っぽいわね」
「いや、実際に本で軽く齧っただけの薄っぺらな知識だから。俺、探偵だし」
「まー熱意は感じられるし、合格点ってことにしときましょうか」
少女はえへんと無い胸を張った。
「そりゃありがたい。これで、俺とエニで協力して明日の予選は進めるわけだ」
「そういうこと。裏切らないでよ」
ジト目で睨まれるが、俺が裏切るメリットはない。本番の仕事でも、エニのような協力者は絶対不可欠だからだ。ダンジョンについては素人中の素人なんだから。
むしろエニに裏切られることを俺としては心配すべきだよな。冷静に考えて。
だが、そう考えはするものの、本気でエニを警戒する気にはなれなかった。
その理由にすぐに思い当って、俺は自嘲の笑みにしては少し苦すぎる表情を浮かべてしまった。
「ちょっと、どうかした?」
笑っているような苦しんでいるような俺を見て、エニが不審がる。
「いや、なんでもない。俺が裏切ることは、別に心配しなくていいよ。小心者なんだ」
本当は、少し違った。
もっと単純な話で、心が弱いから一度仲間になったら、その相手を裏切ることなんて考えたくないし、逆に疑いたくもない。
どこかの誰かさんが傷をつけたから、そこが治りきっていないのだろう。厄介なことだ。
「小心者ねえ」
疑わしげなエニに、
「だから、無条件で信頼させてくれ」
真剣に俺が頼んで見つめると、エニはぽかんと数秒呆れた後で、
「あ、あのね、さっき会ったばっかりの人間を無条件で信頼してどうするのよ。冒険者だったら命取りだし、探偵だってまずいでしょ、それ」
「そうだな」
そこで俺はふっと笑ってしまった。
「何がおかしいのよ」
「いや、本当にお前が信頼できないような奴だったら、多分そんな忠告はしないだろうと思ってな。分かった自分を信じろ、の一言で終わりだろ」
「う」
言葉に詰まり、エニは顔をしかめた。
「今ので確信できた。お前は信頼できる」
「だからって、あたしはあんたを信頼したりしないわよ」
「ああ。別にいいよ。俺が一方的に、エニを信頼したいだけだ。仲間として」
目を見つめたままそう言うと、何故かエニはぷいと顔を逸らした。頬が少し赤かった。
「ば、ばっかじゃないの、いきなり仲間だなんて」
「え、違うのか?」
「違わないけどさ、ああ、もう、調子狂うなあ。冒険者だと、あんたみたいな奴いないから、もうっ」
何に苛ついているのか、エニはぶんぶんと頭を振って、
「分かった、信頼していいわよ、仲間だもんね」
自棄になったように、そっぽを向いたままそう言った。




