募集(2)
馬車に二日間揺られてついたのは、野原の真ん中にそびえ立つ、巨大な屋敷だった。
が、屋敷というと豪華絢爛なイメージがあるが、どちらかと言えばそれは木造の単純な作りの、いわば山小屋がそのまま巨大化したような屋敷だ。
他の三国に比べると寒冷な気候であるとはいえ、やはりペースでも初夏の昼間に日差しを浴びていれば汗は吹き出る。
俺は屋敷の前に立ち、汗を拭いながら、早くも自分の格好を後悔し始めていた。慣れ親しんだ麻の上下だけでなく、やはり他国の有力貴族に会うのだからと、王宮探偵研修終了記念にもらった白絹のローブを羽織っていた。とんでもなく暑い。
この屋敷を見る限り、どうもトレジャー家というのは格好にそこまでこだわっていない貴族らしい。まったく、そうと知っていれば絶対にこのローブは持ってこなかったのに。
舌打ち混じりに俺は屋敷に入った。
内部も外観と同じ、シンプルなものだった。頑丈そうな、木で組まれただけで何の装飾品も存在しない広間が入ってすぐに目に入り、そこには既に大勢の人間が集まっていた。
巨大な剣を持つ巨漢。赤い目をした、耳の尖ったエルフの特徴を持つ弓使い。長い髭を蓄えた、筋骨隆々とした小男はドワーフの血が強いのだろうか。服も肌も髪も真っ白な少女。そして、大きな体を鎧で覆っている、髭面に傲慢さを漲らせた戦士。
「ん?」
その最後の傲慢な表情に見覚えがある気がして、顔を確認しようと近づいた。
「おお」
そして、先に向こうから声をかけられた。
「ヴァンじゃねえか。探偵も募集してるとは聞いてたが、お前も来るか。七探偵の一人、『革命家ヴァン』が」
声とこちらを見た時のふてぶてしい表情で俺も完全に思い出した。
「ジンさん」
ジンだ。シャークにおいて、教会の汚れ仕事専門の聖騎士だった男。
あの後、冒険者になったというか、戻ったとは聞いていたけど、まさかここで会うとは。
そしてジンが余計なことを言ったおかげで、周囲の人間の目が驚きに見開かれ、視線が俺に集中した。
本当に余計なことを。ネームバリューだけはあるんだから、できるだけ目立たないようにしようと思っていたのに。
「ジンさんもこれに参加ですか」
これ以上注目を集めないうちに、俺はそそくさとジンに近づいた。
「報酬もよさそうだし、何よりトレジャー家が本気で腕の立つ冒険者を集めているみたいでな。だったら、俺が来ないわけにはいかないだろう」
髭面に他人を見下したような笑いを浮かべるジンは、調べた限り確かに優秀な冒険者らしかった。
元々、聖騎士になる以前から冒険者として、いくつものダンジョンを巡っており、どんな状況にも即座に対応できる、万能の冒険者として有名だったと後から知った。
「腕の立つ探偵も募集しているとは聞いていたけど、お前で二人目だな。さすがに探偵はこういう仕事は敬遠するものらしいぜ」
「二人目?」
少なからず驚いた。
明らかに荒事と予想されるこの話に乗る探偵が、つまり冒険者と混じって危険な仕事をする探偵が俺以外にもいるとは。事件の解決という本分からはまったく外れたこんな仕事、まともな探偵が受けるはずもないと思っていた。
「おら、あそこだ」
ジンは顎をしゃくった。
その先には、異彩を放つ男が一人、目を閉じて佇んでいた。
体の線の細い若い男らしいが、確実なことは分からない。何せ、全身に色鮮やかな羽飾りをびっしりとつけているのだから。体はもちろんのこと、髪、果ては顔の半分までが羽飾りで隠れていた。
「な、何、あの人?」
「あ? 知らねぇのか、『皆殺しキジーツ』を。『荒野のジャンゴ』の弟子の中で、一番イカれてるって評判の探偵だよ」
「ああ、あれが」
それを聞いて、俺は思い当たった。
そう言えば、羽飾りで全身を飾り付けた男の話を聞いたことがあった。
荒野のジャンゴ。
パンゲアの七探偵の中で唯一の私立探偵だ。
探偵が公務員のような立場であるこの世界で私立探偵は多くない。
大抵はそれぞれの国に所属する探偵が事件を捜査するから、私立探偵に話が回ってくる事件というのは、二国間にまたがる微妙な政治問題付きの事件や、ダンジョンの奥深くでの冒険者同士のいざこざからの殺人事件といった危険極まりないものなどがほとんどだ。
それを、国からのバックアップを受けずに解決しなければならない。
いくら自由に高額の報酬を要求することができるとしても、割に合わない。
そんな中、超高額な報酬と引き換えに、どんな事件でも引き受けて解決してきたことで名を上げたのがジャンゴだ。
ただし、その捜査方法はかなり荒っぽいらしく、関係者をほとんど皆殺しにすることも珍しくないと言われている。
ジャンゴの通った後には、道すら残らないというところから、ついた二つ名が荒野。
その荒野のジャンゴは、私立探偵であり国のバックアップを受けられないため、常に数人の部下を雇って捜査している。
その部下のうち数人は、経験を積んでそれぞれ私立探偵として独立していて、それがジャンゴの弟子と呼ばれる連中だ。
弟子は今のところ『殺戮』『無手』『皆殺し』の三人で、そのうち一番危険と噂されているのが『皆殺し』のキジーツだ。
一番ジャンゴに近い探偵とも言われている。
「なるほど、私立探偵か。考えてなかったな」
私立探偵は俺の大好きなミステリではメジャーな存在だが、こちらの世界ではマイナーもマイナーなので無意識のうちに選択肢から除外していた。
「つうより、トレジャーは私立探偵を呼ぶつもりで探偵も募集してたんだろ。普通、国に雇われた探偵がこんな募集に応募するとは思わんだろ」
馬鹿にしきったジンの態度はムカつくが、発言内容はもっともだ。
「おっ、始まるぜ」
ジンの言葉に広間の中央に顔を向けると、そこには恰幅のいい中年の紳士と、すらりとした長身の青年が現れたところだった。
中年の紳士は量の少ない髪を綺麗に撫で付けてはいるものの、服は無地の麻かテキト布製のシャツとズボンといった地味なものだ。服装だけ見るのなら、この屋敷の庭師か使用人でもおかしくない。だがそのぎらぎらと輝くどんぐり眼に代表される精力的な顔立ちが、自分は特別な存在であると常に主張している。
紳士とは対照的に細身の体の青年は、涼しげな目鼻立ちや立ち振る舞いに品があり、服装もそこまで目立つものではないながらも絹の生地と銀細工が使われた上等なものだ。紳士の邪魔にならないように、存在感を消すために意識と金を割いているような青年だった。
「ようこそ、諸君」
低いバリトンの声が広間に響いた。
オペラ歌手のように、両手を広げて紳士は喋り出した。
「私がベント・トレジャー。君達を呼んだ者だ。これだけの人数が集まってくれて嬉しく思う。まずはそのことに礼を言いたい」
芝居気たっぷりにベントは全員の顔を見回した。
「貴族の中には、君達冒険者のことを見下す輩も存在するらしいが、私は違う。トレジャー家は元々冒険者から貴族になった家であるし、私の息子、ハントも冒険者として生計を立てている」
その言葉に応じるように、横にいた青年が軽く会釈をした。
あの男が息子のハント・トレジャーか。
「私は冒険者が好きだ。冒険者とは危険を恐れない開拓者であり、人の世に神の息吹をもたらす伝達者だ」
ベントが語った内容はそこまで的外れなわけではない。
冒険者とは、この世界で狭義で言えばダンジョンに潜る者のことだ。ダンジョンに潜り、中で手に入れたアイテムを持ち帰って生計を立てる職業こそが冒険者。
「さて、ダンジョンとは聖遺物だ。この意味が分かるかな?」
「えっ、あたしっ!? えっと、その」
いきなりベントに指差された赤い髪の少女が慌てながらも、
「言葉のまま、聖遺物で構成されてる場所ってことじゃないの、じゃなかった、ないんですか?」
「うむ」
満足そうにベントが頷いた。
「その通りだ。聖遺物とは、神がこの世に残された奇跡の物質化。我々の技術では解き明かすことができないアイテム。非常に貴重で、現在発見された聖遺物は全ていずれかの国によって厳密に管理されている。そして、ダンジョンとはパンゲアに最も多く存在する聖遺物。ダンジョンを構成する建材は人の手では半年かけてもかすり傷をつけるので精一杯。一方向からしか開かない扉に、無限に湧くモンスターとアイテム。精霊暦以前から人が研究し続けて、未だに謎に満ちている場所。それがダンジョンだ」
こう語っているベント・トレジャー自身が、ダンジョンと深い関わりがあることくらいは俺も予習していた。
彼が語ったように、トレジャー家は、ある冒険者が未発見のダンジョンを見つけ、ペース国王に報告し、その褒美として貴族となったところから始まる。
だが、ただの弱小貴族だったトレジャー家をペースでも有数の有力貴族にまで押し上げたのは現当主、つまりベントだった。
ベントは若い頃から、多くの貴族が下賎だと見下していた冒険者達と親交を結び、冒険者相手にダンジョン探索に必要なアイテムを売り、そして彼らからダンジョンから手に入れたアイテムを買い付けるという商売で財を成した。
そしてそれを元手に、ダンジョンの管理権を購入する、あるいは冒険者相手の金貸しをするなど、ダンジョンと冒険者に関連した商売を次々と行い、巨万の富を得た。ペースにおけるダンジョンに関係する全てを牛耳る立場も手に入れた。
それがこの男、ベント・トレジャーなのだ。
「ダンジョンは危険だけでなくあらゆる幸福を我々に与えてくれる場所だ。それを知っているからこそ、諸君は冒険者としてここに立っているものと信じている」
言葉を切り、ベントは一度目を閉じてから、そのぎらぎらと野心に光る目を見開いた。
「つまり、これから君達にしてもらう仕事は単なる仕事ではない。ダンジョンから、世界に新たなる幸福をもたらす崇高なミッションだと思ってもらいたい。そして、ただの仕事ではなく崇高なミッションだとすれば、それに参加するには、当然に資格がいる。栄光の場に立つためには、資格が必要なのだ」
「つまり、何だ?」
痺れを切らしたらしいジンが先を促した。
ありえない非礼ではあるがベントは気にする様子もなく、
「ふむ、つまり何かと聞かれれば、一言で言えばこうだ」
頬の肉を震わせ、体を少しのけぞらせながらベントは国中に響くような大声で言った。
「予選だ。君達には予選を受けてもらう」




