プロローグ(1)
ある未知の要素について、それをそのまま受け入れればファンタジーとなる。恐怖して忌避するならばホラーとなる。分析し、それがどのような影響を世界に与えるかを思考実験すればSFとなる。
一方で、要素そのものがジャンルとなるものも存在する。謎と解明が存在すればミステリ、愛と恋が存在すれば恋愛。
要素こそがジャンルを決めるのであれば、複数のジャンルの要素を持つ物語はどうなるのだろうか。
愛と恋、謎と解明が存在するなら恋愛ミステリというものになりえるし、未知の要素を分析しながらもそこに愛と恋が絡むのであれば恋愛SFというジャンルも可能であろう。そう、ジャンルのハイブリッドは可能なのだ。いや、可能どころか、古今の物語において複数のジャンルの要素を持たない物語の方が珍しいと言える。
果たしてどこに焦点を置くのかによって『主たる』ジャンルは判別できるにせよ、古典の時代から物語の明確な『ジャンル分け』は不可能と言ってよいのである。
もっとも、相性の悪い、ハイブリッドしにくいジャンルの組み合わせも存在する。
例えば要素へのアプローチの違うSFとファンタジー、あるいはホラー。
また、ミステリとファンタジー、ホラーも同様である。これは、ミステリが『解き明かす』物語であるにも関わらず、そこに『受け入れる』あるいは『忌避する』要素を入れてしまうことで、機能不全が予測されるからだ。
――ヨーゼフ・ティッス
『ジャンルという名のレッテル』より
「フィクションってのは、要するに全部ファンタジーだろ? メルヒェン、フェアリーテイルだ」とマイクは反論を始めた。「現実とは違う」
「おいおい」私は驚いて口を挟んだ。「ノンフィクションだってファンタジーだよ。物語になった時点で、全てはファンタジーなんだ。我々は無意識に物語を作り出して生きている。現実というファンタジーを生きているんだよ」
「そりゃ、精神科医としての意見かい?」
「違う」私は強くかぶりを振った。「作家としての意見だ」
――クァリブル・クァバッタ
『兎の死』より
「信じられん」
老いた魔術師の声は、例になく動揺を隠せていない。
被害者の肉親である二人は声もなく目を見開き、
「これは」
切れ者と称される若き天才もまた、衝撃に耐えるように自らの口元を隠す。
いつもは傲岸不遜な壮年の男も、常に余裕を失わない淑女も、愕然としている。
俺も、仲間も、学生も教師も部外者も、誰もが目の前の光景を信じられないと拒否していた。
俺達は、部屋の中、少女の死体を囲んで、硬直していた。
誰もが、この展開を、光景を現実のものだと思えない。
だがその中でも、俺がもっとも目の前の光景を信じられない。
だって、これは不可能犯罪だ。まだ誰も気づいていないけれど、これは、完全にミステリ小説によく出てくる不可能犯罪だ。
この、剣と魔法の世界で、不可能犯罪?
ありえるはずのなかった事件。
いや、違う。
ありえると、俺はそう思って動いていたはずだ。
それが、起こってしまっただけだ。
最悪のタイミングで。
神聖な、白く穢れなかったはずの部屋の内部は血で汚れ、少女の死体には首がなかった。