募集(1)
俺は飛び跳ねる。
ボロ布を纏ったゴブリンが、粗末な弓から撃ち出す矢を飛び跳ね、転げまわって避けている。
「このっ」
手を突き出し、ゴブリンの周辺の空気が一気に高温になるイメージをする。
「ぎゃがっ」
そしてゴブリンは燃え上がる。
俺がゴブリンを発火させる。
「ぎっ」
だが、ゴブリンは炎に包まれて怯みはするものの、すぐに俺から距離をとって転げ回る。炎はすぐに消える。
本当に、戦闘向きじゃあないな、魔術ってのは。国でトップクラスと言われる俺でもこれか。
が、それでいい。今の一撃は怯ませて、ゴブリンの注意を逸らす為のもの。この程度で充分だ。
「焼き切れろ、青い炎の刃」
呟きと同時に、ゴブリンの体にきらきらとした粉が振りかけられる。
「ぐ?」
ゴブリンがそれを不思議に思ったのと、瞬間的に起こった高熱の青い炎がゴブリンの大半を丸焦げにするのが同時だ。
「いや、助かった。さすがだ、俺の炎とはわけが違う」
ゆっくりと倒れるゴブリンを尻目に、俺はそう言って手を叩く。
「やめてね、馬鹿にしてるの? 専門家でもないのに無詠唱であんな炎を出しといて」
膨れ面で俺を睨むのは、さっきの炎を出現させた張本人だ。
少女だ。
まだ幼い、俺よりも年下にしか見えない華奢な体と童顔、尖った耳、そして炎のように真っ赤な髪。耐熱性能の高い黒狼のレザー製のグローブ、ブーツ、ミニスカートにマントという黒一色の服装。
炎術師、エニ。
「いや、俺は器用貧乏って言葉を実感してるよ、エニ。お前みたいに何か得意な分野を持たないとやっていけないな」
「だから、あんた探偵なんでしょ? 事件を解決するのが得意分野なんじゃないの?」
見事に正論を言われて、俺は頭を掻く。
だが、魔術に関して、全体的にバランスよく学び実践してきたことを少し後悔しているのは本当だ。師匠であるマーリンのように研究に没頭して極めるならともかく、実務的には一つ得意な魔術を作っておき、それを応用する技術を身につけておくべきだった。
炎術師。炎の魔術に長け、それを極め、また油や爆薬などと組み合わせて炎を扱う技術を持つ、炎のスペシャリストだ。
エニはこれでも、幼い頃から得意な炎の魔術だけをずっと使い続けてきた、この国では中々の知名度を誇る有名な炎術師らしい。
この国、というのは俺の国であるシャークではない。
今、俺は西のシャークではなく、北のペースにいる。国土で言えばシャークを上回る、というより四国で最も広い国土を有する国だ。
「ごほっ」
ゴブリンの焦げ臭い匂いが漂ってきて、俺は思わず咳き込む。
ここには窓がない。匂いが篭ってしまう。
「なっさけないわね、ちょっとだけ我慢しなさいよ。すぐ消えるから」
エニの言葉が終わらないうちに、黒焦げのゴブリンの姿が突如としてかき消えて、嘘のように匂いも消える。
「はあ」
ルール通りにモンスターの死骸が消え去るのを見つつ、俺はため息をつく。
どうして、探偵の俺がこんなことをしなくちゃいけないんだ。年下っぽい炎術師には小言を言われ、モンスターと戦うために転げ回り、挙句にモンスターの燃える匂いまで我慢しなくちゃいけないのか。
俺達がいるのは窓のない廊下。暗く青い石レンガで組まれた床と天井と壁に囲まれた、狭い廊下に俺達はいた。
正確に言えば、石レンガ造りの古城、というか古城風のダンジョンに俺達はいる。
どうして、ダンジョンに俺はエニという少女と一緒にいるのか。
話は、五日ほど前に遡る。
「ペースに?」
猫舌なのか、コーヒーをちびちびと舐めるように飲んでいたキリオ・ラーフラが目を丸くする。
シャークの王都、中心部にあるカフェテリアで、俺とキリオは小さなテーブルを挟んで向かい合ってコーヒーを飲んでいた。
キリオは淡い桃色のシャツに白いパンツ姿だ。相変わらずスカートは履こうとしない。とはいえ、一時期の男装の麗人のような見た目からは大分変わった。黒髪も肩にかかるくらいには伸びたし、体つきも女性特有の柔らかさがある。
「どうして、ヴァンがペースに行くの?」
「ゲラルト団長の指示だよ。多分、その上に王族の方々の意向があると思うけど」
ゲラルト・マップ。俺の上司でありパンゲアの七探偵の一人。静かなゲラルトと呼ばれる、シャーク国宮廷探偵団の団長だ。
「ペースで、王族が殺されたりしたわけ?」
デートの話題としてはあまりに相応しくないが、探偵である俺がペースに行くように指示されたというのだから、キリオがそう考えるのも無理はない。
「いや、そういうことじゃないんだ。どうも、ペースで有力な貴族が何か催し物をするらしくてな、腕が立つ冒険者を集めているらしい」
「へえ、初めて知ったわ。ヴァン・ホームズは冒険者だったのね」
悪戯っぽくキリオが片頬だけで笑う。
「どういうことか分からないけど、探偵も募集しているらしい。ただし、腕の立つ、つまり戦闘力のある探偵を」
「なるほど。ヴァンはぴったりってことね」
自分で言うのも何だが、確かに俺ならぴったりな気がする。魔術についてはシャークでもトップクラスの自信がある。もっとも、魔術の腕イコール戦闘力となるほど単純な話ではないが。
「けどさ、それをヴァンが自分から志願するならともかく、どうして指示をされるわけ?」
キリオの疑問はもっともで、俺も不思議に思ってゲラルトに聞いてみた。
「どうも、俺の扱いに困ってるというのがその理由らしいな」
その時のゲラルトの答えを思い出しながら俺はコーヒーを啜る。苦い。
俺はとある事情から王族と教会、更にはゲラルトの後押しを受けて、華々しく探偵デビューすることになった。おかげでいきなり宮廷探偵団の副団長補佐という立場だし、知名度も高い。名前は他国まで知れ渡り、実績がないうちにパンゲアの七探偵の一人とまで言われるようになった。
その弊害だ。
「役職付きになったから、どっちかというと俺は部下に指示を出す立場なんだよ。自分が事件に関わっていって解決するってよりかはな。けど、何の実績も無い俺みたいな若造に指示されたら、やっぱり皆気分悪いだろ。だから、ほとんど指示を出さずにいるわけ」
「え? ゲラルトさんだって副団長補佐の時に、あの事件に一人で乗り込んでこなかったっけ?」
「あの事件は秘密裏に解決する必要があった。ゲラルト団長は王族から信頼があったし実績もあったから、あの事件の解決には適任だと判断されて呼ばれたわけ。逆に言うと、普通の事件で役職付きがいちいち先頭に立って捜査や推理なんてしないんだよ」
つまり、俺が実績を積む方法がないのだ。
「結局、俺を後押ししてくれた人達は能力は抜群にあっても浮世離れしているからさ、俺を引き上げればいいと思ってこういう問題を全然考慮してなかったみたいなんだよね」
まあ、王族に年下の上司と年上でキャリアも上の部下の関係が生み出すストレスなんて分かるわけもないか。
「ご愁傷様」
おどけたようにキリオが手を合わせる。
「とはいえ、俺を旗印に犯罪捜査の改革をするつもりだっただろ。個人的、感覚的な捜査から普遍的、論理的な捜査へ。だから、俺には頑張ってもらわないとその人達は困るわけだ」
「それで、ペース?」
「他の国のことだから特殊任務ってことで俺が一人で乗り込むのも言い訳ができるし、そこで実績を作ることができる。ペースに俺の存在をアピールすることもできるし、今話題のヴァン・ホームズを参加させるってことでそのペースの有力貴族、トレジャー家にも貸しを作ることができる」
「今話題とか自分で言う?」
「仕方ないだろ、そういう筋書きだってゲラルト団長に説明されたんだから」
自分でも若干恥ずかしくなって俺は顔が熱くなるのを感じて、誤魔化すように一気にコーヒーを呷る。
小心者なのだ。
「そういうわけで、しばらく俺はペースに行くことになるから」
「あたしを置いて?」
驚くキリオを見て、俺も驚く。
「え、どうやってお前を連れて行くんだよ。お前だって仕事あるだろ」
「うん、まあ、そうだけどさ」
詰まらなさそうにキリオは口を尖らせる。途端に子どもっぽい顔になる。
「そう拗ねるな。ゲラルト団長からも、まずはどんな話なのかはっきりしないから、それを確認するだけでもいいって言われてるんだ。やれそうならやって実績を積んでおけ、とは念を押されたけどな」
この世界に転生する前、冴えない探偵だった頃には光の当たらない端役であることに嫌気が差していたものだが、分不相応にスポットライトを当てられてもやはり苦労するだけみたいだ、と最近気付いてきた。
「じゃあ……約束して?」
不意に真顔になったキリオが、そう言う。
「約束?」
「うん、ペースに行っても浮気しないって」
「浮気って、そもそもお前」
正式に付き合ってるわけでもない。とはいえキリオが嫌いなわけでもない。ここで、今更ではあるがこちらから告白しようかと思ったところで、
「浮気したら、分かってるわよね」
にこり、と可憐な顔に見ただけで背筋を凍りつかせるような笑顔を浮かべたので、
「あ、はは」
と曖昧に笑って告白については延期ということにする。




