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推理3

「ちょっと待ってくださいよ。侵入事件の前に、ニャンが混入? 意味が分からないですよ。どうやって侵入事件の前にニャンが混入するんですか?」


「言葉通りに受け取れば、侵入事件が起きる前にニャンはすでに研究塔にいた、ということか」


 闇の中の何者かがそう相槌を打つ。


「うん。そもそも、予言機は『特筆すべき大事件は起こるか』って予言に対して、どう予言したのか覚えてる?」


 ヴァンの問いかけは、当然ながら僕へのものだろう。

 だけど、あんまりちゃんと覚えてはいない。どんな内容だったっけ? ニャンとビンチョルが研究塔に侵入する、という話じゃあなかったっけ。いや、待てよ。それだと、『予言』にならない。過去の情報だ。だったら、ええと。


「侵入者が発見される、って予言でしたっけ?」


「そう。つまり――その日に侵入したのか、については定かではない。そうでしょ?」


「いや、じゃあ、ビンチョルが嘘をついていたってことですか?」


 確かにビンチョルは、その日に研究塔に乗り込んだ、と証言していた。あの怯えて憔悴した様子のビンチョルは嘘をついている様子はなかったし、そもそも、ニャンが殺された後のあの状況下でビンチョルが嘘をつく動機があるとは思えない。


「いいや、あいつはちゃんと本当のことを証言していたと思うよ。重要なのは、ほら、あの時も念を押したけど、ビンチョルとニャンは現地集合だったんだよ。つまり、ビンチョルは自分と同じくニャンもその日に潜水館の箱に入って研究塔に侵入したと思っていたけど――」


「ニャンは前回の潜水館からの搬入時に侵入していた、ということか――想像したくないが、つまり、そこからずっと木箱の中に潜んでいた、と?」


 何者かの声。

 まさか。そんな馬鹿な。


「いやいや、だったらジエリコの混入ができないでしょ。ニャンは、事件の起きる数日前――三日ごとだっけ、潜水館が来るのは。とにかく、その時に木箱に入って侵入した後、ニャンは通気口を通ってダクトの中に潜んでいたんだ。そしてそこを動き回りながら、研究塔の様子を窺って――多分深夜かな、人がいないタイミングを見計らって、研究室に入り込み、そして外から持ち込んだジエリコを混入した。あと、もうちょっと色々と『仕込み』をした。その後は、ビンチョルが侵入してくるのをまたダクトの中に潜んで待っていた」


「いや、そんなはずないでしょ」


 僕は思わず遮る。


「何日も前から、ずっとダクトの中に潜んでいたっていうんですか? そんな、人間に可能とは――」


 いや、違う。そうだった。ニャンはそもそも、人間ではなかった。


「不老不死なんだから、数日飲まず食わずで狭い場所に潜むことくらい可能だと思うよ。絶対に自分だったらやりたくないけど」


「俺も絶対に嫌だな」


 顔をしかめているのが分かるくらいに嫌そうな声が闇の向こうから聞こえてくる。


「こう考えると、色々と辻褄が合う。ほら、タリィがちょっと言ってたでしょ、ジエリコを飲むこと自体は事件じゃなくても、ジエリコを誰かが混入したこと自体は事件に該当しそうだ。だから、それが予言されなかったことがひっかかるって。ジエリコの混入が数日前に既に行われていたとしたら予言されるわけがない」


「いや、でも、それだったらその実際に侵入する日とか、ジエリコを混入する日に、それを予言されちゃうんじゃないですか?」


「俺もそこを確認したんだよ。ほら、普段、どんなことを予言してるのかって話。当たり前だけど、普通は事件なんて起こらないから、むしろ安全のために『事故が起こるか』について予言してるって。だから、ニャンの侵入やジエリコ混入が予言されることはなかったんだよ」


「そう考えると、ほとんどの謎は謎ではなくなるな。数日前から下準備を好きにできるのならば、『例の部品』を仕込むこともできる」


「そういうこと。こうして、そこをスタートにしてジエリコ混入の動機も、『例の部品』の使い道も、ニャンの計画の概要も推理できた――そうしたら、疑わしい人間も分かった」


「ちょ、ちょっと待ってください」


 ついていけない。


「どうして、それで、全部分かるんですか? だって――肝心の、予言が外れた理由がまだ、全く分かってないじゃないですか」


「え? あ、ああ。予言か。まあ、予言を外す方法については最初から何パターンか思いついていた。だから、後はどれが正解かなあ、とぼんやり考えていたんだけど、まあ正解は一番ニャンが好きそうなパターンだったね。俺に挑戦、っていうのがテーマらしいから、さもありなんだ」


「はい?」


「要するに、名探偵に『どうやって予言を外したのか解いてみろ』って挑戦しといて、実は『予言は外れていなかった』っていうね。まあ、芸術家気取りの犯罪者がやりそうじゃん、いかにも」


 わずかに、頭痛がする。鈍痛と耳鳴り。


「いえ、そんな、そんなはずはありません」


 脳裏に浮かぶのは倒れているドラゴンイーターの姿。床に刺さったナイフ。予言機。さよなら、という呟き。混然一体となって僕の頭から溢れそうだ。


「予言は、外れたはずです」


 予言を外して、それでドラゴンイーターの隙をついて殺した。そのはずだ。


「だって、現に予言は外れているじゃないですか。ニャンは殺されたし、脱出もしていた。予言を外さないとこんなことはできないはずで――」


「予言は外れていないよ」


 だが、混乱する僕とは対照的に、静かな声でヴァンはそれを遮る。


「最初から、予言については条件があった。塔の中のことしか予言できない。そして――」


 続きを、闇の中の何者かが引き取る。


「――その日のうちしか、予言できない。翌日のことは、予言対象外だ」


「ああ」


 ヴァンが頷いたのが気配で分かる。


「ニャンが脱出したのも、殺されたのも、予言機で予言した次の日だ。だとしたら、予言は外れていない」


「……じゃ、じゃあ、0時をまわってから予言機で僕たちが改めて予言を聞くまでの数分、数秒の間に、ニャンは脱出して殺された、と?」


 いくらなんでも無理だ。


「違う違う。要するにさぁ――、問題があったのは予言機でも予言でもない。問題があったのは、時計の方だったんだよ」

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