推理2
気を取り直したように、闇の向こうの声は、
「あの事件は、結局のところ何が起こったのか。それを時系列で話してもらってルイルイやイースターの証言と照らし合わせる。それもいいが、俺としてはどうやって君が辿り着いたのかにも興味がある。君の推理の道筋を辿って話してくれないか? その方がココアも質問し易いだろう」
「推理の道筋……? えーっと、どこ出発だっけ?」
微かに身じろぎする音が聞こえる。結構考えているらしい。
「ああ、スタートは、多分、ニャンが何を企んでいたのか、だった、確か。それを考えていて……そう、通気口だ。あそこの鉄格子が外されていたんだ。そこからスタートだった」
「鉄格子……報告では、事件前に自然なトラブルで外されていたはずだ」
「そう。そして、それを戻すのを全員忘れていた。そういう証言があった」
そう言えばそんな話あったな。
「だから……ニャンの計画には元々の塔の中に共犯者、内通者はいないか、いてもタリィだけだということが分かった」
「ああ、なるほど。そうか、確かに」
「えっ、どういうことです?」
何者かは納得しているが、僕は意味がよく分からない。
「ん? ええと、説明するとだね、大事なことだけど、あの鉄格子が外されていたことをニャンは知らなかったはずなんだ……もし共犯者なり内通者なりがいてニャンがそのことを知っていたら、鉄格子は必ずもとに戻されていた。その指示を出してたはずでしょ」
「いや、むしろ鉄格子が外れていた方がニャンにとっては通気口出入りする時に楽なんじゃ……ああ、ちょっと待ってください。そうか、それよりも……通気口のことがばれる方がまずいのか」
「そういうこと。ドラゴンイーターなんだから鉄格子くらいいくらでも魔術で切断なり融解なり可能なはずだ。鉄格子はそこまでの障害にはならない。現に、元々取り外されていなかった鉄格子についてもきちんと通り抜けたわけだしね。むしろ、最初から鉄格子が外れていることで、通気口を出入りしたのだと気付かれてしまう方が嫌なはずだよ、ニャンにとっては。名探偵に挑戦、なんてことしてるんだから特にね。もちろん、通気口を使って部屋から部屋に移動するっていうのはメインのトリックじゃないからすぐにバレてもいいとは思っていただろうけど、それでも最初はどうやって倉庫1から倉庫2に移動したのか分からない方が絶対にいいでしょ」
そりゃあ、そうか。
「まあ、実際にはどっちにしろ通気口を使ったとはすぐにバレたと思うけど、それにしても、だ。塔の中の犯罪計画を企てたり俺が研究塔を訪ねることが分かっている時点で塔内部に内通者がいたことは確実。なのにニャンは鉄格子が外されたままのことを知らなかった。つまり内通者は鉄格子のことを知らなかったタリィ。で、タリィは今回の事件でずっと簀巻きにされていた。ということは、今回の事件――ニャン殺害は、犯人はニャン側じゃない。つまり、元々ニャンの共犯者だった人間が裏切って彼女を殺したという話じゃあないってことが分かった。で、それが俺を悩ませたんだよ」
ヴァンは肩をすくめているのかもしれない。そんな衣擦れの音がする。
「だってそうでしょ。ニャンの計画を全く知らない人間が、一体どうやってニャンを殺したんだろうか? 普通の犯罪者ならともかく、ドラゴンイーターだ。いや全く、正直なところ見当もつかなかったね。予言が外れた謎の方がまだ簡単で、いくつか仮説を思いついたくらいだ」
気になることを言いつつ、ヴァンは続ける。
「だから、ちょっと時系列が前後しちゃうけど、イースターの告白を聞いて話が一気に変わったんだ。俺はどうやってドラゴンイーターを殺すことができたのか、が謎でずっとそれを中心に考えてたからさ。まさか背後に諜報機関がいて、犯人はそこの殺し屋だからそれなり以上の訓練を受けてて、ニャンの計画をある程度把握してて、おまけに入念にニャンの注意を逸らすために仕組まれていた、なんて、そんなことがあるとは思ってもみなかった。というか無理だよね、それを推理するのって。まあとにかく。それで、一気に考え直さなきゃいけなくなったんだ。今まで謎だった部分が大した謎じゃなくなったからね」
「それは悪かったな」
ちっとも悪く思ってなさそうな声。
「まあ、だから、イースターの告白を聞くまでは、俺はその謎について色々考えながら……時々、余った時間を使うような感じで、他の謎を考えてたんだ」
「それは、やっぱり予言が外れた謎ですか?」
「ああ、いや、違うね。俺が考えてたのは、ジエリコ混入事件についてだよ。さっきも言ったように、元々のニャンの計画に共犯者はタリィ以外いなかったはずだ。だというのに、ジエリコは混入された。ニャン殺害の犯人が、何らかの目的でジエリコを混入したのか……いや、おかしい。だってジエリコ混入はニャン・ビンチョル侵入事件の前と考えるのが妥当って話だった。当然、侵入の前にニャンの殺害のためにジエリコ混入するっていうのは意味が分からない」
「ニャン侵入を予言機でよげ――ああ、いや、塔の外はダメでしたね、そう言えば」
すぐに僕は気付く。
「うん。ただ、タリィがニャンがいつ侵入するのか知っていたならば、そこから予言できた可能性もある。ただ、そもそも日々の研究で予言するのは、『事件』じゃなくて『事故』があるかどうかだからねえ。予言でひっかかることがないと思うけど。で……ええっと、何の話だっけ、そうそう、ジエリコの混入だ。だから、ジエリコの混入はニャン侵入事件前にされたとか考えられない。ということは、ニャンの元々の計画のため、だ。ところが、さっき言ったようにニャンの共犯者はタリィしか考えられない。けど、あの犯罪者は元々は簀巻きにはされていなかったにしろ、常に監視されていたらしい。ジエリコの混入はタリィには難しいって話だった。そうなると、残る可能性は――」
「残るって、何も残ってないじゃないですか」
ジエリコはニャンの計画のために混入された。ジエリコはニャン・ビンチョル侵入事件の前に混入された。ニャン・ビンチョル侵入事件の前に塔にいた共犯者、タリィには混入が困難。この三つの前提で考えると、何の可能性も残っていないはずだ。
「いや、残ってるよ」
混乱している僕を叩き切るように、あっさりとヴァンは発言する。
「残るは、つまり、侵入事件の前に、ニャンが自ら混入したって可能性だ」