推理1
夕暮れ。日が沈む直前。
指定された時間に、指定された場所に僕とヴァンは歩いている。
少しさびれた田舎の町の、そのまた郊外。細い道が町の中心部へとかろうじて繋がっている場所だ。荒れ果て、乾燥しつつある田畑が周囲にある、空き家なのかどうかなのか微妙な印象の家屋。
多少荒れてはいるが、何の変哲もない一軒家に見える。だが、よくよく観察すれば窓という窓が内側から板を打ち付けられているのが分かる。つまり、中から外の様子を、そして外から中の様子を窺うことはできない構造だ。
ヴァンはドアをノックする。何の反応もない。顔を見合わせる。しばらくしてからヴァンがノブに手をかけると、簡単にノブは回りドアは開く。
中に入る。すぐに奇妙なことに気付く。僕は思わず自分の鼻をこする。
臭いだ。何の臭いもしない。埃っぽくもない。見回せば、それなりにちらばった生活用具、使い古された家具と生活感が溢れているが、その反面まるで漂白されているかのように、どんな人間が生活しているのかが見えない。人工的な生活感と言うべきものが抽入されているかのようだ。
それにしても薄暗い。何の灯りもなく、日の光もほとんど入ってこない。そもそも夕暮れで日はほとんど沈もうとしているのだから、なおさらだ。
「ええと、こっちだ」
ヴァンは居間を抜け、廊下を歩き、突き当りにある部屋へとドアを開けて入る。
ぞっとするくらいに何もない部屋だ。窓もない。がらんどうの部屋の中央に、椅子が二脚だけ置かれている。
ドアを閉めて、薄暗かった部屋が更に暗くなった中、ほとんど手探りのようにして僕とヴァンはその椅子に座る。
もう、約束の時間寸前のはずだ。
おそらくは完全に日が沈み、隙間から漏れてきていた光すらも失われたのだろう。部屋の中は、完全な闇になる。
不思議なことに、真っ暗な部屋に座っていると、まるで一人で無限に広がる闇の中座っているような気分になる。壁も天井も感じられず、横にいるはずのヴァンも何の気配も発さないからだろう。
その静寂を壊すのがなんとなく気が引けて、僕もヴァンのように声を発さず、呼吸すら静かにしようと努力してみる。
「約束の時間だ。もう話してもいいか?」
と、闇の中、僕たちの前方から、声がする。ヴァンのものではない声。
奇妙なことだ。
この部屋に入る時、いくら薄暗いとはいえ椅子以外に何もなく、誰もいないことくらいは確認している。それから完全な闇になったが、それでもドアが開ければ気付くはずだ。
つまり、今声を発した人物は、突然出現したことになる。
それでもパニックにならないのは、横にいるヴァンが一切動じていないからだろう。いや、それどころかそもそも気配がないままだ。本当にいないのではないかとふと不安になる。
「ああ」
もちろん、そんなわけはない。
すぐにヴァンは返答をする。
「いつでもどうぞ。どうせ暇なんだ」
僕にとっては、訳が分からないまま事件が終わったのは数日前。
説明をせがんでも、ヴァンは首を振り、そして事件のことは他言無用だとかわるがわる色々な人間に念を押された。
もう記事にするのは諦めたから、とにかく何があったのか本当のことを教えてくれとヴァンに頼んだが「俺の一存じゃあ無理だよ」とはぐらかされた。
それが、つい昨日、今回の事件についての事情聴取があるから一緒に来ないか、と誘われたのだ。その聴取を横で聞くという名目でなら、事件についてココアに語ることもできるから、と。
「結局、あの事件の関係者は俺も含めて全員沈黙を守る。それでいいんじゃないの? 別にわざわざ聴取しなくてもさ……いや、俺はいいんだよ、暇だから。そっちは忙しいでしょ」
「ああ、忙しい」
闇の向こうで何者かが含み笑うのが見えた気がする。
「ただ、これも業務の一部だ。たとえそれをせずにスムーズに事が運ぶとしても、それでも実際のところどうだったのかを調べて、記録して、ファイルしておく。それが重要なんだ、うちみたいな組織には。そうやって積みあがっていったファイルの量がそのまま力になるような業界だ」
「最悪な業界だな、諜報機関って」
呆れた声でヴァンは答えて、
「こっちも、いくつか確認したいことがあったから、好都合は好都合だったけどね。ああ、あと、ココアの同席を許可してくれてありがとう」
「イースターからは、付録がいてくれて、適度に質問した方がヴァンの話はスムーズに進むはずだ、というアドバイスをもらった。それもあってだ」
「マジかよ、あいつ適当なことを言いやがって」
「付録とは失……あ、じゃあ、僕は口を挟んでもいいんですか?」
おそるおそる確認すると、
「もちろん」
と、その何者かは答える。
「ああ、でも、ちょっと待ってくれよ。最初は俺だよ。俺が確認しておきたいことがあってさ」
ヴァンが口を挟む。
「どうぞ」
「今回の事件、どこまでお前の計画通りだったの?」
しん、と闇が静まる。
また、僕以外の人間の気配が一気に消失する。
「そもそも、計画などない」
そして、静寂を割ってそんな答えが返ってくる。
「そりゃ、細かい計画は無理だろうけどね」
「ニャンが何をどう仕掛けてくるのか、予想を絞ることができなかった。とにかく、あの檻に誘い込まれたニャンを、優秀な同士たちが現場で判断し、行動することで、結果的にニャンを倒すことができれば、それでよかった。こんなものは計画とは呼べないだろう?」
「じゃあ質問を変えるよ。タリィとビンチョルまで死んだ。あれは、予想してたの?」
「ああ、そういう意味か……いや、全く予想していなかった。恥ずべきことだが」
「えっ、でも、タリィ殺害についてはイースターさんが提案して許可を得てたって……」
僕が思わず声を出すと、
「確かに。あの男は優秀だが、生真面目すぎて許せないものを許容できない。殺人犯でありながら尊大なタリィを排除したかったのだろう」
闇の向こうからの声は、少し悩まし気なものに変化している。
「殺人犯で尊大ってお前も同じじゃん」
ヴァンの発言を無視して、
「そして確かに許可も出した。彼のモチベーションのために。だが、あれが実行されることはないと考えていた」
「どうして、ですか?」
「ニャンを最大限油断させて、不意打ちで殺す。それが基本骨子だ。だからこそ、ニャンの前にタリィを殺害することはできない。そして、ニャンを殺した時点でタリィ殺害は起きないはずだった」
「ああ」
そこでヴァンは素っ頓狂な声を出す。
「そういうことか、やっと腑に落ちた。お前の予想では、ニャンを殺した後、犯人は名乗り出るはずだったんだな」
「そういうことだ。そうなれば、その時点で事件は終わり、まさかイースターもその状況下で必要もないのにタリィを殺そうとは思わないだろう。いったんそれで話は終わり、それでもタリィを始末する必要があれば事故なり病死に見せかけて始末しただろう。あんな風に殺されることはなかった」
さらっと恐ろしいことが言われる。
「じゃあ、ニャン殺害後に事件が継続したのは完全に予想外だったわけだ。そんなことになるとはさすがのお前も、考えもしていなかったと」
「ちょっと待ってください。でも、イースターさんは自分でも同じ状況だったら名乗り出ない、と仰ってましたよ?」
「ああ、彼は諜報員であることに意味を見出している。だから、諜報員を引退しなければならないようなことはしないだろう。だが……」
また、闇の向こうの何者かが言い方を悩んでいるような素振りを感じさせる。
「今回の『犯人』は違ったってわけだ。少なくともお前の見立てでは」
「ああ。スカウトした俺から見ても、諜報員や諜報機関というものに魅力を感じているとは思えなかった。動機は完全に個人的なもので、『ニャンを倒したい』という欲だけがそこにあった。だからこそ、今回の計画に参加させたんだ。まさか、ニャンを倒したその後に、あんなことをするとは」
一度言葉を切って、ため息。
「そう、俺は――ルイルイという人間を分かっていなかった」




